白尾エリの召喚事故   作:スルメスメル

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色彩「……おっ?あそこに面白そうな奴がおるやんけ。せや!折角だし、接触してみたろ」


銃撃戦

 

ワイルドハント芸術学院。

 

昨日の干渉から一夜が経ち、空には日が昇り始めていた。キヴォトスは今日も気持ちの良い陽光で照らされ、空はどこまでも青く澄み渡っている。

 

窓から差し込む光が目元を照らし、そこで俺は目を覚ました。だが、そこで起き上がるでもなく、すぐさま窓の外、彼方の先へと魔眼(め)を向ける。

 

目線の先は昨夜と同じ──世界の外側。

 

キヴォトスの理が及ばぬ無明の領域だ。そして、その領域の中では何かが煌めき、蠢動している。

 

それは漆黒の穴のような形をしており、まるで皆既日食かのように円周が光り輝いている。それこそが俺に干渉しようと動く不可解なものの正体。

 

根源の記憶を辿ると、その名が判明した。

 

──色彩。

 

キヴォトスの外に在る、ただ到来するだけの光。

 

人々を狂気に陥れ、「神秘」を「恐怖」へと反転させる力を持った──外なる領域に君臨せし観念。

 

それが世界の内側へ干渉を試みようと相変わらず外側で蠢いているが、俺が全てを<深魔(アギド)>の力で覆ったことにより、迂闊に手が出せないでいる。

 

あまりにも昏く、深い闇で全ての世界を覆ったのだ。いかに強大な「色彩」とて、そうしてやれば俺や世界(キヴォトス)を見つけることはできず途方に暮れる。言ってしまえば、果てしなく広大な砂漠の中から砂粒の一つを見つけ出す以上に至難の業なのだ。

 

これで、しばらくは安泰だろう。そう結論づけた俺は身を起こし、その場から立ち上がる。

 

だが、その瞬間にノックが聞こえてきた。

 

「入れ」

 

そう言うと、ゆっくりとドアが開く。

 

そこから出てきたのはエリだ。

 

「にゅふふ、おはようございます。アノスさん、昨日はぐっすり眠れましたか?」

 

「おかげでな。しかし、まだ朝は早いというのに騒がしいことだ。隣室からでも分かるほど大きい騒音が聞こえてきたが」

 

「あ、それは……えへへ、すみません。それは私が興奮しすぎちゃって」

 

エリはばつが悪そうに頭を掻きながら、ウィザードハットの鍔を下げる。興奮、か。

 

「だって、今日は──」

 

そこで、彼女はぱっと顔を上げた。

 

ウィザードハットの下から覗く双眸が、再びキラキラと輝き始める。先日、本物の魔法を目にした時と同じ。否、それ以上の輝きだ。

 

「昨日、約束したじゃないですか!キヴォトスの名所を一緒に巡るって!」

 

「ふむ」

 

そう言われ、俺は昨日の会話を思い返した。

 

評議会との面談を終え、寮へと戻る道すがら。

 

エリはやけに饒舌で、しきりにキヴォトスの各所を語っていた。D.U.区の街並み、トリニティの荘厳な学園、ミレニアムの先進的な街区。それぞれの場所に何があり、何が美味で、何が美しいのか。その熱の籠った語りに、俺は確かに頷いた。

 

『ならば、一度連れて行ってもらおうか』と。

 

なるほど、確かに約束したな。

 

「忘れたわけではない。ただ、お前が朝一番で乗り込んでくるとは思っていなかっただけだ」

 

「だ、だって待ちきれなくて……!」

 

その姿はとても、現代最後の魔法使いを名乗る者には見えぬ。むしろ、初めて街へ連れて行ってもらう子供のような無邪気さだ。

 

くつくつと俺は喉を鳴らした。

 

「くはは。そう慌てるな、すぐに支度をする。お前は外で待っているがいい」

 

「はい!」

 

エリは元気よく返事をし、足取り軽く部屋を出ていった。ぱたぱたと駆けていく足音が、廊下の向こうへと遠ざかっていく。

 

俺は寝台から立ち上がり、軽く身支度を整える。

 

そして、もう一度だけキヴォトスの外を覗いた。<深魔(アギド)>で覆われた闇の向こう、色彩が今もなお輝きながら蠢いていることを確認し──

 

「精々、迷い続けるがいい」

 

俺は短く呟き、扉へと向かった。

 

そして俺達は外出許可を得て、ワイルドハントの自治区外へと歩みを進める。そこからはエリの案内に従って電車に乗り、然るべき駅で降りた。

 

途中、乗客の少女達がちらちらと俺へと視線を向けてきたが、仕方あるまい。なにせ、人間の男手というものが極めて稀少な世界であるらしい。

 

「アノスさん、こっちですよ!」

 

エリは俺の袖を掴み、早歩きで先導する。

 

降り立った先は、トリニティ自治区。第一印象としては、荘厳の一言に尽きた。

 

純白を基調とした石造りの街並みは、まるで聖堂をそのまま街区に拡張したかのような佇まいで、行き交う少女達も品の良い気配を漂わせている。

 

鐘の音が遠くから響き渡り、その響きが街全体に厳かな空気を齎していた。

 

「着きました、ここがトリニティ自治区です!」

 

「ほう」

 

俺は軽く魔眼(め)を凝らし、街並みの深淵を覗いた。

 

すると確かに、建造物の一つ一つに何らかの理念に基づいた意匠が緻密に施されている。それは見る者の心を引き締めさせる格を持った街並みだ。

 

「この先に行くと、トリニティ総合学園が見えてきます。ワイルドハントとはまた違った雰囲気で、すごく綺麗ですよ!」

 

エリの先導で街の中心部へと足を進める。

 

石畳の道は緩やかな坂を成しており、その先には一際大きな学園の威容が見えてきた。

 

「流石に中までは入れませんけど……横を通るだけでも雰囲気が伝わるかな、と」

 

「構わぬ。この距離からでも十分に趣はある」

 

そうして敷地を取り囲む壁に沿って歩を進めた。

 

その時──

 

学園の敷地内、奥まった一棟の建物。窓越しに、ふと一つの気配を感じ取った。

 

魔眼を向けるまでもない。

 

誰かが、こちらの存在に気づいた。否、気づかされたと言うべきか。その気配は俺を捉えるや否や、明らかに動揺の色を見せた。

 

俺は僅かに眉を寄せ、そして理解した。

 

なるほどな。この学園には少しばかり鋭い感応能力を持つ者がいるらしい。この世界の外側に潜む「色彩」と、全ての世界を覆う<深魔(アギド)>の魔力。

 

その僅かな余波を感じ取ったのだろう。

 

否、感じ取ってしまったと言うのが正しい。

 

俺の魔力は本来、この世界の生物が直視するには荷が勝ちすぎる代物だ。ゆえに深淵を覗ける素養を持つ者であれば、その重圧をまともに受けてしまう。ふむ。少し、抑えておくべきだったな。

 

俺は意識的に外へ滲ませていた僅かな魔力を内側へと押し込めた。そして更に魔力を希釈しておく。これで必要以上に消耗することはあるまい。

 

「アノスさん、どうかしましたか?」

 

エリが小首を傾げて見上げてきた。

 

「何でもない。続きを頼む」

 

「はい。じゃあ、次は商店街の方に行きましょう!この辺は美味しいスイーツのお店がいっぱいあるんですよ……!」

 

エリの目が輝きを増した。

 

俺はそれに頷きを返し、彼女の先導に従って歩みを再開する。背後、トリニティ総合学園の窓辺から向けられていた気配は遠ざかっていった。

 

 

 

 

 

 

◇

 

トリニティの商業施設は賑わっていた。

 

純白の街並みに溶け込むように設けられた洒落た店構えが軒を連ね、その一つ一つから甘い香りや香ばしい匂いが漂ってくる。

 

行き交う少女達は思い思いに菓子を頬張り、笑い合い、写真を撮り合っていた。

 

「アノスさん、まずはこれ!この店のシュークリーム、すっごく美味しいんですよ!」

 

エリはとある一軒の店先で立ち止まり、目を輝かせた。ガラスケースの中に並ぶ、ふっくらと膨らんだ菓子。その表面に纏わせた糖衣が陽光を反射し、ちらちらと輝いている。

 

「ふむ。では、頼むとしよう」

 

「じゃあ、二つ買ってきますね!」

 

エリはぴょこぴょこと店内へ駆けていき、しばらくの後、両手に紙袋を抱えて戻ってきた。

 

俺は袋から一つを取り出し、軽く口にする。

 

……ふむ。確かに美味だ。

 

表面の糖衣は薄く香ばしく、中の生地はふっくらと柔らかい。そして包み込まれたクリームはボリュームもあり、上品な甘さで舌を満たした。

 

「……美味しい、ですよね?」

 

エリが期待を込めた目で見上げてくる。

 

「ああ。中々のものだ」

 

「やった!じゃあ、次は隣の店のクレープも!」

 

「ふむ。クレープ、というと……あそこか」

 

「そうですそうです。ほら、あそこの──」

 

エリの手が伸びた、その時。

 

街の空気を、乾いた破裂音が引き裂いた。

 

「……?」

 

エリの指が宙で止まる。俺は静かに、音の聞こえた方角へと魔眼を向けた。二発、三発と、連続して響き渡る音。それは祭事の花火でもなく、玩具の弾けるそれでもなかった。銃声だ。

 

「……あ、あれ……?なんか、人が走って……?」

 

エリは音の方向へと顔を向け、首を傾げた。

 

商店街の向こう、緩やかな坂の先。

 

そこから怒号とともに、幾つもの人影が駆けてくるのが見えた。色とりどりの髪、制服を着崩した姿、手に握り締めた金属の輝き。

 

これは、いわゆる──

 

「えっ、あれって」

 

「下がっていろ」

 

俺はシュークリームを口に運ぶ手を一旦止め、彼女の前へと一歩出た。向こうから駆けてくるのは、制服を派手に着崩した一群の少女達。

 

手にした得物を構え、何やら別の方角へと向けて再び乾いた音を響かせる。

 

それに応じて、別の方角からもまた銃声が返ってくる。街の中央、白い石畳を舞台に二勢力の交戦が始まっていた。俺は半ば食しかけのシュークリームをエリへと渡し、ゆるりと前へ踏み出す。

 

「えっ。ア、アノスさん……?」

 

「なに、すぐに済む」

 

俺はそう告げ、大通りの方へと足を進めた。




色彩「何も見えねェ」

セイア「なんだアイツ(白目)」
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