傲慢の魔女『フラン』   作:オド・ラグナの対義語

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『許してください』

 ──凄まじい剣舞が、吹き抜けの五層を舞台に展開されていた。

 

 長い赤毛を躍らせる眼帯の男が、たった二本の箸で、炎を纏う魔獣の群れを斬り伏せていく。

 

 頭部のない人間の上半身を乗せた、馬の魔獣。赤子の泣き声めいた絶叫を上げるケンタウロスたちは、腕に抱えた炎の剣を振り回し、掠めただけで人体を炭に変えかねない熱を撒き散らしていた。

 

 だが、レイド・アストレアにとって、その猛攻すら足を止める障害にはならない。

 

「そらそらそらそら! どうした、オメエ! こないだとは違ぇ状況だ、狙いどきだぞ! 周りのお友達利用して、ちったぁオレに報いてみせろや!」

 

 吠え猛るレイドの視線の先にいるのは、血を流しながらも騎士剣を構えるユリウスだった。

 

 彼は迫る魔獣を捌き、炎を躱し、蹄を斬り落としながらも、その顔に困惑を滲ませている。塔の一大事だというのに、レイドはなおも『試験』の続きを望んでいる。その狂気に、ユリウスの理性が追いついていないのだ。

 

「いったい、あなたは何を考えている!? 今は力を合わせて対抗すべき状況です!」

 

「はンっ! お行儀のいい剣筋の奴は、考えることまでお行儀がよろしいな。雨が降ったぐれえで遊びをやめる奴がいるかよ。……ま、髪がうねるのだけは気に食わねえがな。オレぁ癖っ毛なンでよ」

 

「何を……!」

 

 正論など通じない。

 

 レイドは魔獣を斬り、蹴り、殺し、なおもその合間にユリウスを試す。ユリウスが傷つけば嗤い、迷えば踏み込み、魔獣の群れに囲まれれば、まるで気まぐれのように助ける。そのすべてが、彼にとっては遊びの一部だった。

 

「この期に及ンで、まーだ本気でやれてねえな、オメエ」

 

 二本の箸が振るわれる。

 

 巻き起こった剣風が十数体のケンタウロスを宙へ浮かせ、次の瞬間には、十数体の肉体へ次々と斬線が走った。

 

 胴を裂かれ、心臓を穿たれ、人の上半身をへし折られ、蹄ごと床へ潰される。

 

 それが終わるまで、ほんの二、三秒。

 

「ちっ、きりがねえな。次から次へと巣から湧きやがる」

 

 レイドが舌打ちする。その言葉を肯定するように、階下からまた赤子めいた泣き声と蹄の音が迫ってきていた。

 

 階下から湧き続ける魔獣には終わりがなく、それを迎え撃つレイドにも疲労の色はない。対して、ユリウスだけは傷を増やし、確実に消耗していた。

 

 その一方的ともいえる戦場を、スバルは四層の吹き抜けから息を詰めて見下ろしていた。

 

 眼下の戦いは、自分が割り込めるようなものではなかった。レイドは論外だ。だが、初めてまともに目にしたユリウスの剣技もまた、スバルの理解の外にある。

 

 自分が挑めば、瞬きの間に四肢を落とされるだろう。

 

 エミリアも、ユリウスも、ラムも、ベアトリスも、エキドナも、シャウラも――この塔にいる誰も彼もが、自分とはまるで違う場所に立っている。

 

 ──俺に殺せるのは、メィリィみたいな小さな子どもだけ。

 

 その考えが、胃の底を冷たくした。

 

 しかも、それさえ自分の意思で成し遂げたことではない。メィリィを殺したのが内側の『ナツキ・スバル』なら、今の自分には誰かから秘密を奪う手段すらない。

 

 ならば、『死者の書』を増やすことなどできない。

 

 自分で殺せないなら、死ぬ状況を利用するしかない。

 

「────」

 

 そのとき、ユリウスが一瞬だけ動きを止めた。

 

 レイドの言葉に心を削られ、表情をなくしたその背後で、階下から上がってきた魔獣が大きく顎を開く。全身を包む炎が膨れ上がり、ユリウスの背中へと業火が放たれようとしていた。

 

 レイドは気付いている。だが、知らせない。

 

 このままなら、ユリウスは焼かれる。そして、書庫にユリウスの『死者の書』が増えるだろう。

 

「──後ろだ、ユリウス!!」

 

 気付けば、叫んでいた。

 

 ユリウスが弾かれたように動き、業火が彼の身体を掠めて五層の床を焼き払う。炎を纏う成体のケンタウロスが姿を現し、再び五層が魔獣に占拠された。

 

 ユリウスはマントを脱ぎ捨て、戦闘姿勢を取り直す。

 

 だが、その瞳は一度だけ、頭上のスバルを捉えた。

 

 その瞳には、スバルへの疑念と戸惑いが残っていた。それでも、その奥には、完全には捨てきれない信頼があった。

 

「──エキドナを、アナスタシア様を頼んだ!!」

 

「────」

 

 ひび割れた信頼だった。

 

 疑いを消せないまま、それでも託された懇願だった。

 

 その信頼を正面から受け止められず、スバルは逃げるようにその場を離れた。

 五層から目を逸らし、螺旋階段に背を向け、四層の通路を無様に駆ける。

 

 ──何故、叫んだ。

 

 ──何故、あのまま死ぬに任せなかった。

 

『見殺しなら、自分で殺すのと違って感触が手に残らないはずでしょお?』

 

 背後に、甘ったるい少女の声がまとわりつく。

 

 殺したはずのメィリィの幻影が、耳元で囁いている。

 

『死者の書、欲しかったんでしょお? だったら、どうして助けちゃったのお?』

 

「──っ」

 

 答えられなかった。

 

 自分でも、自分の行動がわからない。

 

 あのままユリウスが死ねば、本が増えた。なのに叫んだ。だが、結局ユリウスを置き去りにして逃げている。助けたわけでも、見捨てきれたわけでもない。

 結局、目を逸らして逃げただけだった。

 

「──スバル!」

 

 その足を止めたのは、横道から響いた声だった。

 

「捜したのよ! 今、そっちに行くのはマズいかしら!」

 

「べ、ベアトリス……!? それに……」

 

 駆け寄ってきたのはベアトリスだった。その背後には、アナスタシアの姿をしたエキドナもいる。

 

 だが、エキドナの浅葱色の瞳を見た瞬間、スバルの喉が詰まった。

 

 その浅葱色の瞳には、隠そうともしない警戒が宿っていた。

 

「……よりによって、ここで君と出くわすのか、ナツキくん」

 

「──ッ」

 

 知っている。

 

 エキドナは、もう知っているのだ。

 

 メィリィの亡骸が隠された部屋で、氷の檻に閉じ込められた自分が、エミリアとラムに何を言われたのかを。おそらく、ユリウスもベアトリスも、すでに事情を聞かされている。

 

「ベアトリス、お前は……」

 

「今はその話をしてる場合じゃないのよ! こっちにくるかしら!」

 

 ベアトリスが、迷いなくスバルの手を取った。

 

 その小さな手の温度に、スバルは息を呑む。

 

 正気なのか。

 

 自分は檻の外に出ていた。肩を外して逃げたとしか思えない状態で、内側にいる怪物の存在すら疑われている。そんな相手の手を、なぜ握れる。

 

「ベアトリス、本気かい!?」

 

 案の定、エキドナが声を荒らげた。

 

「彼は檻の外に出ている。この状況でだ! ラムが言った通り、彼はナツキ・スバルではないかもしれない!」

 

「そんなことないのよ!」

 

 ベアトリスがスバルの前に立つ。

 

「ベティーには分かるのよ! 契約は切れてない。手を取れば、確かにスバルだってちゃんと感じるかしら! 精霊のお前なら、それがどれだけ確かなものか分かるはずなのよ!」

 

「だとしても、信用はできない! 彼が何をしたのか、何を隠しているのか、説明できるのかい!?」

 

 エキドナは必死だった。

 

 その必死さは、スバルにも理解できた。彼女はアナスタシアの体を借りている。守らなければならないものがある。得体の知れない存在を警戒するのは当然だ。

 

 当然だからこそ、もう何もかもがどうでもよくなった。

 

「……もう、いい」

 

「スバル?」

 

 ベアトリスの手を、そっとほどく。

 

 張り詰めていたものが、音を立てて切れた気がした。

 

「もういい。疑いたいなら疑えよ。縛るなり閉じ込めるなり、好きにしてくれ」

 

「……どういうつもりだい?」

 

「どういうも何もねぇよ。もう無理なんだ。メィリィは死んだ。俺は疑われて、気付いたら檻の外に転がってた。ユリウスはレイドと魔獣に挟まれて、塔の中はめちゃくちゃだ。レイドまで二層から出てきてる。……もう、何が何だか分かんねぇんだよ」

 

「……妙な言い方をするね。まるで、この塔がこうなることを最初から知っていたみたいじゃないか。つまり君たちは、もう目的を果たしたということかい?」

 

「目的?」

 

 エキドナの顔色が変わる。

 

「とぼけないでくれ。君――いや、君と同じ側にいる何者かの目的は、祠の『魔女』なんだろう? それが叶ったから、本性を現した。……アナの直感に従うべきだった。この場所へは、誰も連れてくるべきじゃなかったんだ」

 

「知らねぇよ……」

 

 スバルは笑った。笑うしかなかった。

 

 何も知らない。何もわからない。なのに、誰も彼もが『ナツキ・スバル』の輪郭に自分を押し込めようとする。──いや、目の前のエキドナはきっと、『フリューゲル』と思っているのだろう。『ナツキ・スバル』が四百年前に生きた存在だと。

 

「スバル、そんな言い方、スバルらしくないかしら! こんなところで立ち止まるはずがないのよ!」

 

「俺らしい?」

 

 ベアトリスの言葉に、スバルの中で何かが裂けた。

 

「俺らしいって何なんだよ。お前らが見てる俺らしさって、どこにあるんだ」

 

「……まだ、記憶をなくしたという演技を続けるつもりなのかい」

 

 エキドナの言葉が、最後の火種に油を注いだ。

 

「演技!? 演技だと!? ふざけるな!」

 

 怒鳴っていた。

 

「演技なら、もっとマシな役を選ぶに決まってんだろ! 誰が好き好んで『ナツキ・スバル』になろうとなんかするかよ! なれるもんかよ、こんな気持ち悪い奴に!」

 

「────」

 

「お前らよってたかって、知らねぇんだよ! 俺はコンビニ帰りなんだ! 今日一日、店員と口利いた覚えしかねぇんだよ! それがいきなり異世界? 砂の塔? 死体! 試験! 偽物! ナツキ・スバル! ふざけるんじゃねぇ!」

 

 叫びながら、涙が出た。

 

 怒りなのか、恐怖なのか、情けなさなのか、自分でもわからない。

 

「そうだよ! どうせ俺が悪いんだよ! 家に帰りたくなかったんだ! 父ちゃんとお母さんに迷惑かけてるのが怖かったんだよ! だから最初はワクワクしてたさ、最初だけな!」

 

 言葉が止まらない。

 

 ベアトリスも、エキドナも、何も言えずに立ち尽くしている。

 

「なんで急にキレてんだって思ってんだろ? 俺だってわかんねぇよ! でも、限界が来たんだよ! 俺なんてこんなもんなんだって、無理だって糸が切れたんだよ!」

 

 膝が折れ、そのまま額を石床へ擦りつけた。

 

「だから……もう、許してくれ。許してください。俺を、うちに帰してください……。神様が俺に罰を与えようとしたんなら、わかりました。俺が悪かったんです」

 

 床に頭を擦りつけ、赦しを乞った。誰に頼ればいいのかも分からず、知っている限りの神の名を胸の内で並べ、誰でもいいから自分を赦してくれと願った。傷付きたくない。傷付けたくない。

 

 もう誰も巻き込みたくない。

 

「……ボクは、君を信じない」

 

 沈黙の末、エキドナが言った。

 

「泣いて縋られようと、一欠片の疑念が拭い切れない以上、ボクの答えは同じだ。ボクには、アナの体を借りている責任がある。彼女の身体と人生を無事に返すためなら誰に憎まれようと、恨まれようと構わない」

 

「エキドナ……」

 

 ベアトリスが掠れた声で名を呼ぶ。

 エキドナは苦しげに首を横に振った。

 

「……だけど、戻ったアナに顔向けできなくなることも、したくない」

 

 いつの間にか、エキドナの指先は跪くスバルの額へ向けられていた指が、ゆっくりと下ろされる。 命にかけられていた圧が消えた。

 

「ベアトリス、君は彼と行けばいい。ボクはユリウスのところへ行く。彼と合流して、何もなければ上で会おう」

 

「……わかったかしら。ほら、スバル、立つのよ。立てないなら、ベティーが担いででも連れてくかしら」

 

 エキドナが背を向ける。

 

 その背中を見た瞬間、スバルの脳裏にユリウスの叫びが蘇った。

 

 ──エキドナを、アナスタシア様を頼んだ!!

 

「────」

 

 気付けば、スバルはエキドナの袖を掴んでいた。

 

「これは、何のつもりかな?」

 

「……ユリウスに、頼まれて」

 

「彼に?」

 

 エキドナの表情が強張る。

 

「彼なら……そう頼むかもしれない。だが、君は彼と会ったのか? 彼は五層の様子を見に行ったはずだ。何を頼まれた? 彼は今──」

 

 矢継ぎ早の問いに、スバルは答えられない。

 

 だが、そのときだった。

 

 エキドナの背後、薄暗い通路の向こうに、赤い光点が浮かんだ。

 

「──ぁ」

 

 目が合った。

 

 闇に同化する黒い巨体。異様に発達した鋏。そして、頭上で大きくしなる尾節とその先端に光る尾針。

 

 巨大なサソリが、そこにいた。

 

「スバル!!」

 

 尾が振れる。

 

 次の瞬間、通路が砕けた。

 

 尾の先から放たれた白い光条が、石壁を穿ち、床を抉り、瓦礫と噴煙を巻き上げる。その破壊の中心へ、ベアトリスが飛び込んだ。

 

「──『不完全E・M・T』なのよ!!」

 

 小さな掌の前に、光の壁が展開される。

 

 尾針の雨がその壁に弾かれ、轟音が四層を揺らした。契約を通じ、身体の内側からマナをごっそり吸い上げられる感覚に、スバルの膝が折れかけた。それでも、ベアトリスは一歩も退かない。

 

「────」

 

 小さな背中だった。

 

 その背中が、スバルの命を守っている。

 

 だが、守れるのは正面からの攻撃だけだ。尾針に削られた床が崩れ、背後へ退こうとしたエキドナの足が空を踏む。

 

「──ぅ、あ!」

 

「──ッ!」

 

 とっさに、スバルは左手を伸ばした。

 

 エキドナの手を掴む。

 

「ナツキくん……!?」

 

「ぐ、おおおお……!」

 

 肩が軋む。無理やり戻されたばかりの関節が悲鳴を上げる。片手で人一人を引き止めるなど、できるはずがない。

 

 それでも、離さなかった。

 

「……君を、測りかねるようなことをしないでくれ」

 

「知るか……! とっさなんだよ……!」

 

 エキドナは不格好に身を捩り、どうにか崩れた床の縁へ這い上がる。

 

 その直後、天井に張り付いたサソリが巨大な鋏を振り下ろしてきた。

 

「──ムラク」

 

 ベアトリスがスバルとエキドナを掴み、不自然な跳躍で後方へ飛ぶ。

 

 距離が生まれた瞬間、エキドナが右手を構えた。

 

「エル・ジワルド──!!」

 

 五指から白い熱線が放たれ、サソリの顔面と鋏、甲羅を焼き払う。サソリは尾針と鋏を激しく振り回し、通路をさらに破壊しながら後退していった。

 

「ジワルド! ジワルド! ジワルドぉ!」

 

「待て! 落ち着け、エキドナ! 逃げた! あいつは逃げたから!」

 

 噴煙の奥へなおも撃ち込もうとするエキドナを、スバルは後ろから羽交い絞めにする。しばらく暴れていた彼女は、やがて力を失い、ぐったりとスバルへ体重を預けた。

 

「はぁ、はぁ……やった……?」

 

「やれてはねぇ。たぶん逃げられた」

 

「……その問題の一つが君なんだが、自覚がないようだね」

 

 息を整えたエキドナが、なおも警戒を滲ませた目でスバルを見る。

 

「君は、いったいなんなんだ? 何がしたくて、どこに拠って立つ?」

 

「細かいことはわからねぇよ。言っただろ。俺も何もわからないんだ。だって俺は……」

 

「記憶喪失」

 

 答えを引き取ったのはベアトリスだった。

 

 スバルは小さく頷くしかない。

 

「檻からはどうやって?」

 

「……気付いたら、肩が外れて檻の外に倒れてた」

 

 正直に答えた。

 

 信じてもらえるとは思っていない。けれど、もう取り繕うだけの力も残っていなかった。

 

 エキドナはしばし沈黙し、それから、視線を逸らしたまま尋ねた。

 

「……どうして、今、ボクを助けたんだい?」

 

「わからねぇよ」

 

 スバルは首を振る。

 

「なんにでも理由があるわけじゃないだろ。いきなりだった。全部、いきなりだった。だから俺は……」

 

「──それが、君という人間の本質なのかもしれないな」

 

「え……?」

 

 エキドナの声から、ほんの少しだけ力が抜けていた。

 

「この場で言い合いしていても仕方ない。移動しよう。ユリウスと合流したい」

 

「同感なのよ。ひとまず、ここを離れるかしら」

 

 ベアトリスがスバルの手を握り直す。

 

 その小さな感触を見下ろすと、彼女は真っ直ぐにこちらを見上げていた。

 

「ベティーを、連れ出してくれたことも覚えてないかしら」

 

「……ごめん。お前が何を言ってるのか、俺には」

 

「いいのよ」

 

 ベアトリスは寂しそうに、けれど不敵に笑った。

 

「スバルが忘れたって、ベティーは覚えてる。スバルが残してくれたものまで、色褪せたりはしないかしら」

 

「ベアトリス……」

 

「たとえスバルが忘れても、ベティーが忘れない。ずっと覚えてる。そして、スバルにも思い出させてみせるかしら。そのためにできることは、何でもやってのけるのよ」

 

「──ぁ」

 

 救われるとは、こういう感覚なのだろうか。たった一つ、小さな手が自分の手を握っているだけなのに、それだけで崩れかけた身体を支えてもらえている気がする。その温もりは、今のスバルには眩しすぎるほどだった。

 

「今の魔獣の攻撃で、ナツキくんが来た道は辿れそうにない。危険はあるが、魔獣が逃げた方の無事な通路を使うしかないな」

 

「エキドナ、お前も……」

 

「君を許したわけじゃないし、疑いが晴れたわけでもない。ただ、今はそんな話をしている場合じゃない。どうあれ、ボクの疑念が晴れることはない。ただ、状況がそれを許さないだけだ」

 

 それがエキドナの結論だった。

 

 スバルは小さく頷き、三人で崩れかけた通路を進み始める。

 

 背後の道は瓦礫に埋もれ、戻れない。前に進むしかない。

 

 そして、崩落した床を越えた先で、スバルはそれを見つけた。

 

「う……」

 

 床に転がっていたのは、巨大なサソリの尻尾だった。

 根元近くから断ち切られ、尾針ごと床へ転がっていた。

 

「なるほど。反撃がなかったわけだ。攻撃手段を削げたのは、ささやかな朗報かな」

 

「そのようなのよ。床も崩れかけてるのよ。足元に気をつけるかしら」

 

 エキドナとベアトリスが頷き合う。

 

 スバルはベアトリスを抱え、穴を飛び越えた。そのまま、落ちた尻尾へ視線を向ける。

 

 そこで、ふと違和感を覚えた。

 

「──?」

 

 切断面が、妙に綺麗だった。

 

 エキドナの熱線で焼き切られたなら、焦げ跡が残るはずだ。実際、通路の壁や床には白い熱線による焼け跡がある。だが、この尻尾の断面にはそれがない。

 

 まるで、自分から切り離した――トカゲの尻尾みたいな。

 

「──べあ」

 

 遅かった。

 

 床に落ちた尻尾が、びくりと震え──直後、光が弾けた。

 

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