地下大聖堂には、まだ硝煙の臭いが残っていた。
壁には無数の祝福銃剣。
崩壊した柱。
聖句で焼け焦げた床。
つい先程まで、“人間の姿をした災害”が暴れていた痕跡だった。
その静寂の中で。
キング・ブラッドレイは、壁へ寄り掛かったまま深々と溜息を吐いた。
「……諸君。」
疲れ切った声だった。
「イスカリオテとアンデルセンの異常さが、分かったかね?」
誰も、即答出来なかった。
ウェイバーは未だに青い顔をしている。
ケイネスは壊れた結界を見て沈黙。
ディルムッドは、血の着いた槍の穂先を見つめ。
イスカンダルだけが豪快に笑っていた。
「ハハハ!!
凄まじい神父であったな!!」
「笑い事ではないぞイスカンダル。」
ブラッドレイは真顔だった。
「アレが、“神の狂信者”。」
“究極の眼”が、突き刺さった銃剣群を見る。
「あれが、“絶滅危惧種”の人間達だ。」
ウェイバーが、恐る恐る口を開く。
「ぜ、絶滅危惧種……?」
「ああ。」
ブラッドレイは静かに頷く。
「現代では、減った。」
「合理性。」
「損得。」
「政治。」
「組織維持。」
「今の教会も時計塔も、結局はそこへ行き着く。」
ナルバレックは否定しなかった。
ロード・エルメロイである、ケイネスすら、完全には否定出来ない事実。
だが。
ブラッドレイの声は、僅かに低くなる。
「だがイスカリオテは違う。」
「特に、アンデルセンは別格だ。」
「奴は、“神の為なら死ねる”ではない。」
「“神の為なら死んで当然”。」
沈黙。
言峰綺礼が、静かに目を細める。
理解出来てしまう。
あれは信仰ではない。
生き方そのものだ。
ブラッドレイは続ける。
「だから止まらん。」
「勝ち負けで戦っていない。」
「合理で動いていない。」
「恐怖でも止まらない。」
「命令が来るまで、永遠に殺しに来る。」
ウェイバーが引き攣った声を漏らす。
「最悪じゃないか……」
「最悪だ。」
ブラッドレイは即答した。
その横で。
マルグリット・ラ・ヴェルデュールが、楽しそうに笑っている。
「でも好きよ、私は。」
「壊れてる相手って、綺麗だもの。」
「君は黙っていてくれ。」
呆れたように、ブラッドレイは呟いた。
「えぇ〜?」
ギルガメッシュが、鼻で笑った。
「狂信者か。」
「下らんな。」
だが。
ブラッドレイは静かに首を横へ振る。
「違う。」
「アレを、ただの狂信者と思わない方がいい。」
“究極の眼”が、暗い通路の奥を見る。
まるで、去っていった神父の残響を追うように。
「アンデルセンは、“人間”だ。」
「だから恐ろしい。」
静寂。
その意味を、全員が考える。
怪物ではない。
死徒でもない。
英霊でもない。
超越存在ですらない。
ただの人間。
それなのに。
二十七祖より危険だと、ブラッドレイは断言した。
その事実が。
誰よりも不気味だった。
戦闘の余韻だけが残る静寂の中。
キング・ブラッドレイは、壁へ寄り掛かったまま、ゆっくりと話しだした
言葉が聖句の残滓漂う空気へ溶けていく。
「……まぁ。」
静かな声だった。
「生前の私も、他所から見れば、同じようなものか。」
ウェイバーが思わず顔を上げる。
「いや、かなり同類だと思うけど……」
「否定はせん。」
ブラッドレイは淡々と頷いた。
“究極の眼”が、崩れた大聖堂を見渡す。
突き刺さった銃剣。
焼けた聖句。
破壊された結界。
人間達の狂気の跡。
「だが。」
煙を吐く。
その顔は、どこか遠い昔を見ていた。
「私は、生憎と神への信仰など欠片もない。」
ナルバレックが静かに目を細める。
マルグリット・ラ・ヴェルデュールだけが、楽しそうに笑っていた。
ブラッドレイは続ける。
「私は、純粋な“人間”として。」
「異端者と化け物を狩る、“処刑人”だったつもりさ。」
沈黙。
その言葉には。
狂信は無い。
祈りも無い。
ただ。
鋼のように冷たい“意思”だけがあった。
言峰綺礼が、静かに問う。
「では、何故戦った?」
ブラッドレイは即答した。
「人間だからだ。」
短い答え。
だが。
その場の誰もが、続きを待っていた。
「怪物に怯える人間が居た。」
「喰われる者が居た。」
「蹂躙される街があった。」
「だから斬った。」
双剣へ視線を落とす。
「それだけだ。」
ウェイバーが、ぽつりと呟く。
「……英雄みたいな事を言うんだな。」
ブラッドレイは、鼻で笑った。
「英雄ではない。」
「ただの元軍の代行者だ。」
「違いは、“誰を殺したか”だけだよ。」
静寂。
ギルガメッシュが、僅かに口角を上げる。
「フン。」
「随分と人間臭い怪物だ。」
「そう言われるのは嫌いではない。」
ブラッドレイは肩を竦めた。
その横で。
マルグリットが、くすくす笑う。
「でもアンデルセンは、“そこ”が気に食わないのよ。」
「神の為じゃない。」
「組織の為でもない。」
「人間の為に、人間のまま怪物を狩ってる。」
銀髪の処刑人は、愉快そうに頬杖をついた。
「だからアイツ、“同族嫌悪”みたいにブラッドレイへ突っかかるの。」
ブラッドレイは、本気で疲れた顔をした。
「迷惑極まりない話だ。」
その瞬間。
床へ突き刺さっていた一本の祝福銃剣が、カラン……と倒れる。
誰も喋らなかった。
だが。
全員が理解していた。
あの神父は、また来る。
命令が止まれば。
理屈を超えて。
笑いながら。
“神の敵”を殺しに来る。
ブラッドレイは、煙草の火を揉み消しながら、小さく呟いた。
「……まったく。」
「平穏な余生というのは、難しいものだな。」
崩壊した地下大聖堂。
突き刺さったままの祝福銃剣。
焼け焦げた聖句。
戦闘の余韻が、まだ空気に残っている。
だが。
狂気の嵐が去った今、ようやく“交渉”を再開出来る空気が戻っていた。
キング・ブラッドレイは、瓦礫へ腰掛けながら静かに口を開く。
「さて、ナルバレック。」
疲労を滲ませながらも、その眼だけは鋭い。
「アンデルセンのせいで、話が途中だったな。」
ナルバレックは、静かに腕を組む。
埋葬機関局長。
死徒二十七祖討伐の責任者。
地下大聖堂の頂点に立つ女。
「……ああ。」
短く返した。
ブラッドレイは続ける。
「我々に対する“不干渉”。」
「そして、有事の際の協力関係についてだ。」
静寂。
その場の全員が、ナルバレックの返答を待った。
時計塔。
埋葬機関。
イスカリオテ。
そして、受肉した英霊達。
今後の均衡を決める言葉になる。
ナルバレックは、しばらく沈黙した後、ゆっくり口を開く。
「結論から言おう。」
冷たい声。
だが。
先程までより敵意は薄い。
「埋葬機関は、貴様らへ直接干渉しない。」
ウェイバーが、僅かに息を吐く。
だが。
ナルバレックは続けた。
「ただし条件がある。」
「死徒化。」
「禁忌指定魔術。」
「一般社会への大規模神秘露出。」
「そして、人類敵対行動。」
一つずつ、確認するように並べる。
「それらを行った場合。」
“埋葬機関第七聖典”が、鈍く光る。
「その瞬間、貴様らは討伐対象となる。」
ギルガメッシュが、不快そうに笑う。
「命令する気か雑種。」
だが。
ブラッドレイが片手を上げた。
「当然の条件だ。」
静かな声。
「我々も、好き勝手暴れる気は無い。」
イスカンダルが豪快に笑う。
「うむ!
世界征服は少々惹かれるがな!」
「イスカンダル、黙っていてくれ。」
ウェイバーが頭を抱える。
ナルバレックは、僅かに口角を上げた。
「そして、“協力関係”についてだが――」
その瞬間。
地下大聖堂の空気が変わる。
埋葬機関の代行者達も、真剣な顔になる。
「死徒二十七祖。」
「神代級危険指定。」
「封印指定災害。」
「あるいは、人類圏そのものへ危害を加える超常存在。」
ナルバレックの視線が、受肉英霊達を順番に見ていく。
「その際は、貴様らへ協力を要請する。」
ケイネスが、静かに目を細めた。
「……正式な戦力として扱うのか。」
「ああ。」
ナルバレックは即答した。
「特に。」
視線が、ブラッドレイへ止まる。
「二十七祖第十一位 “黒血のベラムド” を討伐した実績は重い。」
マルグリット・ラ・ヴェルデュールが、くすくす笑う。
「正直、想定以上だったわ。」
「埋葬機関でも、単独討伐はかなり危険だったもの。」
ブラッドレイは肩を竦めた。
「こちらも死ぬかと思ったよ。」
「嘘つけ。」
ウェイバーが即座に突っ込む。
「一番冷静だっただろあんた!」
その空気に、僅かな笑いが生まれ、張り詰めていた空気が、ほんの少しだけ緩んだ。
だが。
ナルバレックは最後に、静かに釘を刺した。
「勘違いするな。」
「これは友好条約ではない。」
「利害一致による、一時的共存だ。」
ブラッドレイは頷く。
「ああ。」
“究極の眼”が、静かに局長を見据える。
「十分だ。」
そして。
元埋葬機関の処刑人は、小さく笑った。
「少なくとも、“今すぐ首を刎ね合う関係”では無くなった。」