『BLEACH 〜煩悩代行・千堂遥の現世奮闘記〜』 作:トート
藍染惣右介(あいぜん そうすけ)の大反逆から、数日。
瀞霊廷(せいれいてい)を揺るがした未曾有の大混乱は、護廷十三隊の懸命な戦後処理によって、少しずつではあるが落ち着きを取り戻しつつあった。
「――はい、これで全ての治療は終わりですよ。もう走っても大丈夫です」
四番隊の静かな診察室。おっとりとした聖母の微笑みを浮かべた四番隊隊長、卯ノ花烈(うのはな れつ)さんが、緑色の温かい霊圧の手を僕の胸元からゆっくりと離した。
藍染の『鏡花水月』によって完全に切り裂かれていた僕の肉体と精神の傷は、彼女の神業のような医療術(回道)によって、跡形もなく完全に再生されていた。
「ありがとうございます、卯ノ花隊長! いや〜、あのお堅い眼鏡元隊長に刺された時は三途の川で織姫ちゃんが僕を呼んでるのが見えた気がしたけど、隊長のその美しい顔を見たら一瞬で生き返っちゃいました! 記念に僕と、隠密で朝まで――」
ピキリ。
「うふふ、千堂遥さん。あなたの元気な不純さが戻ってきたのは何よりですが……。もう一度、私に『治療』されたいようですね?」
卯ノ花隊長は満面の聖母の笑みを浮かべたまま、その背後から地獄の底のような凄まじい「無言の威圧感」をスッと放出させた。笑顔のまま、目が完全に据わっている。
「す、すみませんでしたぁあああ! もう調子に乗りません! 手当てありがとうございましたっ!!」
僕は人生で二度目となる直立不動の音速土下座を決め、冷や汗を流しながら、慌てて診察室の窓から這い出すように退散した。やっぱりあの人は白哉のお兄さんや藍染より怒らせたら絶対にヤバい。だけど、最高の美人だったなぁ。
その日の夕方。僕たち旅禍(りょか)が、現世へと帰還するための巨大な門――『穿界門(せんかいもん)』が設置された広場には、僕らの旅立ちを見送るために、驚くほどたくさんの死神たちが集まっていた。
「おい、ハル! 傷はもういいのかよ!」
オレンジ色の髪をクシャクシャにした一護が、包帯を巻いた体で背中に巨大な大刀『斬月』を背負いながら、僕の肩をガシッと叩いてきた。その隣には、織姫ちゃん、石田雨竜、茶渡泰虎(チャド)、そして両拳を腰に当てた幼馴染みの有沢たつきちゃんの姿もあった。
「あはは、バッチリだよ一護。それより見てよ、一護さん。俺たちの旅立ちを惜しんで、あんなにたくさんの『戦場の華(美少女)』が集まってくれてるんだから!」
僕が鼻血を袖で拭いながら視線を向けた先。そこには、処刑を免れ、現世の時と同じように元気なツンデレ姿に戻った朽木ルキアちゃんが立っていた。
そしてその横には、僕がこの世界で命懸けで遭遇してきた、憧れの女性死神たちが勢揃いしていたのだ。
「あらあら、現世の迷子くん。もう帰っちゃうの? あたし、あんたみたいな面白い男なら、もう少し十番隊でお酒の相手をさせてあげてもよかったんだけどなぁ」
波打つ金髪をなびかせ、死覇装(しはくしょう)の胸元を妖艶に着崩した十番隊副隊長、松本乱菊(まつもと らんぎく)さんが、悪戯っぽく笑いながら僕に手を振ってくれた。その見事な爆乳が、手の動きに合わせて視覚破壊をもたらすほどに揺れ動く。
「キターーーーーッ! 乱菊さん! 寂しいなら俺、ソウル・ソサエティに永住してお嫁さんになります! 今すぐその豊かな胸にダイブさせて――」
「戯言(ざれごと)を言って泥棒猫のように色目を使うな、旅禍」
間髪入れずに、乱菊さんの横から、冷徹で鋭い凛とした声が響いた。
すっきりとした黒髪ショートに、白い布で包まれた2本の長いお下げ髪を微風に揺らした二番隊隊長、砕蜂(ソィフォン)ちゃんが、切れ長の目で僕をキッと睨み据えていた。
「私の『雀蜂(じゃくほう)』の二撃決殺の恐怖、まだ身体が忘れていないようだな。次に見苦しい舌を動かせば、今度こそその根元から蜂の針で突き刺してくれる」
「ひえっ!? 砕蜂ちゃん相変わらずツンツンしてて最高! 罵倒されるのもご褒美です!!」
僕が両手を合わせて拝んでいると、頭上からカカッ、と喉を鳴らして楽しそうに笑う大人の女性の声が響いた。
見上げると、回廊の屋根の上に、上着を羽織った褐色のプロポーション抜群の美女、夜一(よるいち)さんが座っていた。
「相変わらずブレん小僧じゃな、ハル。良い、おぬしは現世に戻っても、そのくだらん煩悩を極限まで磨き続けるが良い。妾(わらわ)の真の姿を力でねじ伏せるという約束、忘れるでないぞ?」
「もちろんです夜一さん! 次に会う時は絶対におれの嫁に――」
ゴッ!!!
「いったぁああああい!!!(悶絶)」
僕の脳天に、本日最大級の見事な正拳突きが炸裂した。振り返ると、両拳から湯気を立てた有沢たつきちゃんが、完全に怒髪天(どはつてん)を衝いた顔で仁王立ちしていた。
「あんたねぇえええ! 帰る瞬間まで、織姫の前で他の女の人にデレデレナンパしてんじゃないわよ! この大馬鹿エロ遥!!」
「痛いよたつきちゃん! でも、ソウル・ソサエティの美女たちにボコボコにされて、最後にたつきちゃんに殴られる……あぁ、これぞ俺の愛すべき日常だ……!」
僕が頭を押さえてへらへらと笑うと、一護が呆れ返った顔で「テメエはマジで、どこに行っても変わらねえな……」と盛大にため息をついた。
だけど、その一護の瞳にも、そして僕の胸の奥で静かに微笑む大斧『恋慕断絶』の意志にも、確かな絆と、この世界を守り抜いたという男の誇りが、熱く宿っていた。
ゴゴゴゴゴ……! と激しい音を立てて、現世へと続く穿界門がゆっくりと開き、その向こう側に、住み慣れた空座町の夕焼け空の景色がうっすらと見え始めた。
「――一護、遥。そして現世の仲間たち。……本当に、ありがとう」
ルキアちゃんが、一歩前に出て、涙を堪えながら僕たちに向かって深く頭を下げた。
「謝るなよ、ルキア。また学校の屋上で、コスプレしてサボりに来いよな」
一護がニヤリと笑う。
「そうだよ、ルキアちゃん。君の席、毎日僕が綺麗に拭いて待ってるからさ。次に来た時は、僕とデートしてね!」
僕がいつもの軽いウインクを送ると、ルキアちゃんは呆れたようにクスッと笑い、「フン、考えておいてやる」と、いつもの強気な顔に戻ってくれた。
「よし! 行くぞ、みんな!」
一護の掛け声と共に、織姫ちゃん、チャド、石田、そして僕の背中を強引に押すたつきちゃんが、次々と穿界門の光の中へと足を踏み入れていく。
僕は最後に、乱菊さん、砕蜂ちゃん、卯ノ花隊長、そして夜一さんに向かって、満面の笑みで大きく手を振った。
「みんなー! またナンパしに来るからねーーーっ!!」
「テメエは最後までうるせえんだよバカ野郎!!」
一護に思い切り背中をドツかれながら、僕は光の中へと真っ逆さまに飛び込んだ。
背後で、ソウル・ソサエティの美しい門が静かに閉じる音が響く。
女の子が大好きで、お調子者。
だけど、誰かの涙を決して放っておけず、超巨大な斧『恋慕断絶』を振り回して世界の掟すら叩き潰した、不純で最高に熱い男子高校生。
千堂遥の、ひと夏のソウル・ソサエティ冒険劇は、これにて一旦の幕を閉じる。
明日からの放課後は、またいつものように騒がしく、そして僕のたくさんの愛と煩悩で、最高に満たされることになるだろう。
(『BLEACH 〜煩悩代行・千堂遥の現世奮闘記〜』・全編完結)