物語の開幕
星穹列車の旅路とは、即ち「開拓」の軌跡。
未知を探求し、突き抜け、新たな世界へとその一歩を踏み出していく旅路だ。
しかし、如何に開拓者といえども全ての繋がりを過去とする訳ではない。
その象徴の一つが宇宙ステーション「ヘルタ」。
天才クラブ#83を拝命する、ミス・ヘルタの名を冠するその拠点は、星穹列車との互助協定があり、ビジネスライクの付き合いがある。
その繋がりを示す様に、ステーション内には設けられた巨大なプラットホームが存在する。
ここで、銀河を掛ける列車は補給であったり整備であったりを行う。
しかし現在、列車は駅に停車せずステーションから数十メートルほど距離を置いたに場所に停車していた。
その理由は、宇宙ステーションを包囲する不穏な不穏な影にあった。
――宇宙ステーション「ヘルタ」は今、反物質レギオンの襲撃を受けていた。
「――どう見る」
白黒の市松模様が刻まれた盤上に並ぶ、三十二の駒。
それらを見下ろし、ヴェルト・ヨウは静かに問いを投げかけた。
眼鏡の奥にある茶褐色の瞳が、対面に座る男の出方を鋭く伺う。
「興味ない」
木で鼻をくくったような応対をしたのは、シキ・クレナイ。
女性と見紛うほどに中性的で端麗な貌に、雪の結晶を思わせる白髪。
長く伸びたその髪を、背後で無造作かつ優雅に束ねている。
「興味が無いのは重々承知だが……あなたの意見を聞きたい」
「……奴らがこれほど執拗に牙を剥くからには、相応の『理由』がここにあるのだろう」
渋々ながらも言葉を紡ぎ、シキは黒のナイトを滑らせるように進めた。
カチリ、と硬質な音が静かなラウンジに響く。
現在、列車のラウンジに留まっているのは、この二人と車掌のみ。
他の乗客たちは、既にステーションの救助活動へと出払っている。
「やはり、そう見るのが自然か。少なくとも、『絶滅大君』が来ている様子はない。もし仮に来ていたのなら、如何に天才クラブのメンバーが居ようとも、この程度の被害では済まないだろうからな」
「もっとも、その肝心の天才は、今この『物置』には不在のようだがな」
白と黒の駒が、一定の拍子で盤上を踊り続ける。
チェスクロックは用いていない。公式戦でもなく、そもそも二人の指し手には「長考」という概念そのものが存在しないからだ。
互いの思考の先を読み合い、流れるように手が進んでいく。
「となれば、どう見るべきか」
「今それを考えてみせたところで、詮無き仮説の域を出ない。ならば我々が成すべきは一つ。あいつらが帰還する場所を護り、待つ。それだけで十分だろう」
「……そうですね」
「チェック」
「む」
シキの鋭い一手に、ヴェルトが僅かに眉をひそめて思考を挟む。
しかし、それも数手のこと。程なくして、盤面の駒が半分以下に減り、勝敗の天秤が完全に傾いたところで、ヴェルトは静かに息を吐いた。
「まだまだ、あなたには勝てないか」
「私とお前では経験に差がある。年の功というやつだ」
一手差で、シキの勝ち。
盤面を自在に操り、流れを引き寄せる手練手管において、ヴェルトの右に出る者は少ない。
だが、この男には何の意味もない。
その程度の物、容易く踏み越えてくる。
傍から見れば緊迫感のない呑気なチェスに見えるが、二人とも備えはしている。
だがあまり心配はしていない。少数精鋭の様な形となっている星穹列車のメンバーは何れも強者ぞろいだ。
「…………この反応……」
「どうした?」
シキが視線を伏せた、その刹那。
ヴェルトの耳に問いが届くより早く、ラウンジの重厚な扉が勢いよく跳ね上がった。
「緊急事態じゃ!」
ラウンジへ駆け込んできたのは、この列車の車掌であるパムだった。
短い手足を大慌てで振り回し、今にも転げそうな勢いで二人の前へと飛び込んでくる。
「『終末獣』が確認された!既に、宇宙ステーションを襲っておるようじゃ!」
「やはりか」
「どうやってもこのステーションを落としたいらしいな」
ヴェルトは顎を撫で、眼鏡のブリッジを押し上げた。
終末獣――それは反物質レギオンが有する、一種の生態兵器。
その巨躯と圧倒的な破壊衝動を食い止めるには、通常の防衛武力ではあまりに心許ない。
「宇宙ステーションの守備隊も奮戦しているようだが、既にレギオンの物量に圧されている。これ以上の対応は難しいだろう」
「かといって、防衛線の維持に手一杯の姫子たちに、その怪物の相手までさせるのは酷だな」
「さて、どうする。俺か、あなたか、対応すれば宇宙ステーションに借りも作れる」
「私がわざわざ動くほどでもあるまい。行くのであればお前が――ん?」
言葉の途中で、シキの切れ上がった瞳が、ふと窓の外の虚空へと向けられた。
ヴェルトはその微かな、しかし絶対的な変化を見逃さなかった。
シキは列車の窓越しに、遥か彼方のステーション内部を凝視し、唇の端を微かに釣り上げる。
「ほう、面白い奴がいるな」
「……あなたがそこまで興味を示すなど、一体何を見つけたんだ?」
ヴェルトの口調に、警戒と緊張が混じる。
シキ・クレナイが本気で興味を示す対象など、この広い銀河を以てしても片手で数えるほどしか存在しない。
「ああ……どうやら姫子たちと共に、最寄りのホームに向かっているようだ」
「なるほど、状況は一刻を争うか……パム!」
「了解じゃ!」
パムが慌ただしくラウンジを去り、再び二人の間に張り詰めた静寂が戻る。
ヴェルトはシキを見据え、核心へと踏み込んだ。
「あなたが気になる程とは、何を感じたんだ?」
「……そいつから『星核』と同じ反応を感じた」
『星核』。
それは「万界の癌」とも呼ばれ、触れた環境や生物を超常の変異と破滅へと導く、災厄の種子。
「まさか、星核を内包した人形……いや、人間とでもいうのか?」
「そこまでは分からん。だが……面白い。私の宝物庫にも収蔵してあるが、アレを身の内に飼い慣らそうという奴がいるとはな」
呟くシキの瞳には冷徹な観察者のそれとは異なる、微かな好奇の灯火が揺らめいていた。
「終末獣の反応が移動している。どうやら、姫子たちを明確に狙っているようだ」
「なるほど……狙いは星核というわけか」
シキは細長い指先で、白い駒を拾い上げると、勝負の終わった盤面の中央へ、ことりと置いた。
それは新たなゲームの始まりを告げる一手のような仕草だった。
「支度をしておけ、ヴェルト。必要なら、私の蔵から宝物を一つ二つ、貸し与えても構わないぞ?」
「魅力的な誘いだが、遠慮しておこう。私には、これがあれば十分だ」
ヴェルトは傍らに立てかけてあった黒い杖を手に取り、静かに立ち上がった。
《シキ・クレナイ》
・崩壊3rd本編開始の約50年前、今まで見てきたどの世界とも違うこの世界の在り方に興味を持ち、漫遊がてら足を運んだ。
・それから数十年間、各地を放浪しながら世界の行く先を観測していた。
・第二次崩壊より約数年前、どこからか噂を聞きつけてきたヴェルト・ヨウによりネゲントロピーに勧誘され一時的に協力。
・ヴェルト亡き後は暇つぶしに教鞭を執るのも悪くはないか、と思い聖フレイヤ学園に教師として就職。なお、戦艦ハイペリオンの艦長の座も押し付けられる。
・
・そこから色々あって星穹列車に席を置き開拓者として旅をしていたところヴェルトと再会した。
・(なお、誰にも何も言わずに出ていったためキアナ達は急にいなくなったシキを探し回った。)
今回、初めてスタレの二次創作書きました。
イメージキャラは言わずもがなです。