異世界転生した少女は、自分の名前も過去も思い出せないまま、スラム街で目を覚ます。
残っていたのは「人間を理解できない」という違和感と、他者の動き・戦闘・殺意を見ただけで完全に再現してしまう異常な観察能力だけだった。
彼女はスラムの中で生き延びるため、出会う殺し屋や無法者たちの戦い方を“模倣”し続ける。理解ではなく観察、習得ではなく再現。その結果、彼女は自我ではなく他者の残骸で動く存在へと変質していく。
やがてスラムでは「正体不明の殺人模倣体」の噂が広がり始める。
その噂を嗅ぎつけ、興味本位で現れた一人の男――ヒソカ。
彼は彼女を恐れず、ただ「面白い」と評価する。
理解できない少女と、理解しようとしない狂気の男。
二人の出会いは、模倣と欲望が交錯する観察劇の幕開けとなる。

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空っぽの街

 

 血の匂いがした。

 

 それを“嫌悪”と認識するまでに、少し時間がかかった。

 私は路地裏に立っていた。

 正確には、そこに“いた”。

 理由は分からない。

 ただ、そこが私の現在地だった。

 足元には男が倒れている。

 腹部が裂け、黒い液体が地面に広がっていた。

「……ぉ……」

 まだ生きている。

 そう判断できる程度には、わずかに動いている。

 だが、それもやがて止まる。

 それは理解できた。

 私はしゃがみ込み、男の顔を覗き込む。

 目が合う。

 

 恐怖。

 

 痛み。

 

 焦り。

 

 それらが筋肉の動きとして表れている。

 私はそれを“観察する”。

 なるほど。

 人間はこういうとき、こういう顔をする。

 

「たす……け……」

 声。

 意味は分かる。

 だが、どうすればいいのか分からない。

 私は少し考えてから、男の頬に触れた。

「大丈夫」

 そう言った。

 次の瞬間、喉を踏み潰した。

 鈍い音。

 痙攣が止まる。

 静かになる。

 私は立ち上がる。

 これが正しいのかは分からない。

 ただ、静かな方が良い気がした。

---

 

 ここはスラム街と呼ばれている場所らしい。

 後から知った。

 国家も秩序も曖昧な、捨てられた都市。

 ゴミの山。錆びた鉄骨。崩れたコンクリート。

 空気は濁り、昼でも薄暗い。

 私はその中を歩いていた。

 自分が何者かは分からない。

 ただ一つだけ確かだった。

 私は人間ではない。

 それだけが、内側に沈んでいる。

 さっきの男を殺した動きも、自分のものではない。

 前に見た別の男の動作を、そのまま写しただけだ。

 踏み込み。

 角度。

 重心移動。

 それだけで、人は壊れた。

 

「……」

 

 私は自分の手を見る。

 白い。

 細い。

 人間の女の手。

 だが違和感がある。

 これは“私”のものなのか。

 それとも誰かの残像なのか。

 分からない。

 記憶はない。

 名前もない。

 過去もない。

 あるのはただ一つ。

 “人間を理解できない”

 その感覚だけだった。

 

---

 

 その街では、暴力は日常だった。

 叫び声は珍しくない。

 死体も珍しくない。

 だから私は観察を続けた。

 殴り方。

 刺し方。

 逃げ方。

 殺し方。

 すべて“記録”する。

 そして必要なときに“再現”する。

 

 それだけで生き延びられた。

 

---

 

「へぇ」

 声がした。

 私は振り返る。

 路地の出口。

 人影。

 細身の男。

 異様な雰囲気。

 その存在だけが、周囲から浮いている。

 

 危険。

 

 本能がそう判断する。

 だが同時に、目が離せなかった。

 

「それ、キミがやったの?」

 

 男は死体を見下ろしながら言う。

 楽しそうだった。

 まるで壊れた玩具を見つけたように。

 私はその動きを観察する。

 視線。呼吸。重心。

 無駄がない。

 

「そう」

 

「ふぅん♥」

 

 男は私を見る。

 評価する視線。

 初めての種類だった。

 

「ボク、ヒソカ♥」

 

 軽い声。

 まるで雑談。

 

「キミは?」

 

 私は少し考える。

 名前。

 ない。

「分からない」

 

「ないの?」

 

 男は楽しそうに笑う。

 

「まあ、いいや♠」

 どうでもよさそうに言った。

 

 そして、一歩。

 

 空気が変わる。

 視界が跳ぶ。

 男が消えた。

 

 ――速い。

 

 右。

 身体が勝手に動く。

 風切り音。

 頬に鋭い感触。

 トランプが壁に刺さっていた。

 

「避けるんだ♥」

 

 声は目の前。

 近い。

 いつの間にかそこにいる。

 私は観察する。

 そして、写す。

 同じ構え。

 同じ重心。

 同じ動作。

 男が動く。

 私も動く。

 拳がぶつかる。

 

 衝撃。

 

 骨が軋む。

 一歩下がる。

 男も下がる。

 

 そして笑う。

 

「へぇ……♠」

 

 楽しそうだった。

 私は理解できない。

 なぜ笑う。

 戦っているのに。

 そのとき男は言った。

 

「ボク、ヒソカね♥」

 

 もう一度、名前。

 

「忘れないでね♠」

 

 それを私は記録する。

 ヒソカ。

 危険対象。

 観察対象。

 

 模倣対象候補。

 

「キミさ♥」

 男が一歩近づく。

 

「面白いよ♣」

 

 意味は分からない。

 だが少しだけ、胸の奥が揺れた。

 

「普通は怖がるんだけど♠」

 

 私は答えない。

 怖いという概念が分からない。

 

「キミは違う♥」

 

 男は笑う。

 

「空っぽだね♣」

 

 その言葉が、少しだけ残る。

 空っぽ。

 私はそれを考える。

 否定も肯定もできない。

 ただ、事実のようにも思えた。

 男は満足そうに目を細める。

 

「いいねぇ♥」

 

 そして言った。

 

「また会おう♠」

 

 背を向ける。

 だが途中で振り返る。

 

「忘れないでね♥」

 

 そう言って、消えた。

 

---

 

 静寂。

 私は一人、スラムに残される。

 さっきの戦いを反芻する。

 動き。

 間。

 呼吸。

 すべて記録できる。

 そして再現できる。

 私は理解する。

 この男は“写せる”。

 それは危険かもしれない。

 それでも。

 少しだけ。

 胸の奥がざわついていた。

 

 私は歩き出す。

 

 ヒソカの歩き方を真似ながら。




何となく浮かんだんだ
HUNTER×HUNTERと葬送のフリーレンよりリーニエの物語
特段続きはありません。
誰かリーニエでHUNTER×HUNTERを書いて欲しい。


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