「あれ、帰ってきてるぞ?」
普通に寝て起きたら、元いた時代に戻っていた。
これは、少年が英雄を目指し続ける物語。
馬車の中で少年が肉をかじっている。ガッフガッフと食らっている。
白髪であどけない顔立ちのヒューマン。冒険者志望の十四歳、ベル・クラネル。肉の次は菜っ葉の束を豪快に平らげていき、満足そうな顔で水を飲んだ。
「いい食いっぷりだねぇ、坊や」
「はい! 食べないと体が大きくならないので!」
同乗していた老婆は孫でも見るような優しい顔で、食べ終わったベルに声をかける。
「そうだよねぇ、オラリオに行くんなら、体づくりは大事よねぇ」
「そうなんです。冒険者は弱いと仕事にならないので」
ベルはこれから迷宮都市オラリオに乗り込む。冒険者になってダンジョンで戦い英雄を目指す。そしていつか初恋の少女と結婚するのだ。
練りに練ってきた人生設計はカンペキだ。夢に浮かれて現実が見えなくなっている痛いヤツ。というわけではなくて、ベルにはきちんとした勝算がある。
「やることは沢山あるんで、気合を入れていきます!」
「おぉ、心強いねぇ」
これは実に驚くべきことなのだが、ベルは今まで
およそ十年前くらいから始まって、おおよその活動期間は五年かそこら。何が原因でそんなことになったのかは完全に不明。はじめは戸惑いながらではあったが、ベルは過去の世界で沢山の冒険をして、様々な人と絆を深めてきた。
悩ましかったのは帰る方法がわからなかったこと。
いつまで経っても帰れないから半ば諦めていたのだが、普通に寝て起きたら戻ってきていた。
そこでベルは焦った。なんか時期がズレていたからだ。ようやく戻ってこれたと喜んだのも束の間。今はタイムスリップしてしまった直後ではなく、オラリオで冒険者になる
「もう少しでオラリオ。早く神様達に会わないと!」
「嬉しそうだねぇ。フフン、ババアまで嬉しくなってしまうよ」
つまり、ベルはこれから起こることを知っている。
あれから期間が空いているから、オラリオがどうなっているのかとても楽しみ。
思うところは勿論あるけど、こうなった以上はウダウダと悩んでいても無駄である。前向きに生きていこうと決めていた。
「えー、それでは
大
場所は変わってオラリオ。
今から始まるは
そして、本日の議題は『
「ふざけるな! べるキュンは私のものだ! 私達の愛は誰にも邪魔させるわけにはいかん!」
と、熱く語るのは赤い髪の男神、アポロンである。
かつてはベルを奪おうと【ヘスティア・ファミリア】に戦争を吹っかけたが、結果はものの見事な返り討ち。その様式美をもってオラリオに感動をもたらした
「黙れアポロン! 大体、どうして貴様がオラリオにいるのだ!」
「追放処分されたはずでしょう! 私のベルちゃんに近寄らないで汚らわしい!」
「オラリオから出ていけ浅ましいショタコンめ!」
「天界に帰れ!」
「「かーえーれー!」」
アポロンが発言した直後、女神の軍団が罵詈雑言を叩きつけた。返り討ち&追放の事実は消えても、皆の記憶にはしっかり残っている。
周囲からゴミカス扱いされるのは道理であった。
「黙れ黙れ! 私は
一方、アポロンは開き直っていた。
タイムスリップ。改変騒動。呼び名は色々あるものの、この現象は彼にとっては千載一遇。
辛酸を舐めさせられた未来は消えた。今はまだ【ヘスティア・ファミリア】に負けていないし、そもそも【ヘスティア・ファミリア】自体ないのである。
「おいアポロン! さっきからやかましいんじゃ! 最初に言ったやろ! ベル・クラネルは【ロキ・ファミリア】で貰う! ウチから言いたいことは以上! ソッコーで議題が片付いたんやから、喜べや!」
「黙れロキ! ベルきゅんに貴様は相応しくない! なんだその貧相な体は! 女神かどうかすら怪しい存在にベルきゅんは任せられん! 冗談ではない!」
「冗談でないのはこっちやぁ! アポロン! ジブン、ぶっ殺されたいんかアァン!?」
体型について指摘して嘲笑するアポロン。キレ散らかすのは糸目の女神ロキである。
そこに輪をかけて、「たしかに」「需要なき絶壁」「哀れロキ」などとヒソヒソ話を始める男神達。
場は混沌としていた。しかし、これでもかなり
原因は、前代未聞の巻き戻り現象。
ベルは
「ちょっと、うるさいわよ貴方たち。もっと落ち着きを持ちなさい」
「やかましいぞ追放されしクソ神二号!」
「はぁ……妙な呼び方をしないでくれる?」
頬に手をあてて悩ましいポーズを作るのは、アポロンと同じく追放されたはずの女神フレイヤ。彼女の場合は【ヘスティア・ファミリア】だけではなくオラリオそのものを敵に回し、大手を振って都市を歩くことはできなくなった。
その事実も消えたので今は普通に出歩いている。
「つーか落ち着きを持てって……十四の少年に発情した挙げ句、破滅覚悟で暴走するような女神に言われたくないわ……」
「知らないわ、そんな女神」
「……」
数ヶ月前だ。
ある日いきなり、全ての神が、人々が、
で、気付いたらこの状況というわけだ。
オラリオの街は大混乱。時間は戻るわ死人は蘇るわ未曾有のパニックパニックであった。そんな中でも一部の神々はいち早く冷静さを取り戻し、迅速な動きで
ベルは過去の世界で頑張ってはいたが、知らずに対処できていなかったことがいくつかあった。主に邪神絡みの件とか。向こうも同じ状況だとしたら不味いので、先手必勝とばかりに急いで行動したわけだ。主にロキとフレイヤが。
「ともかく! 少年はウチんとこで預かる! どチビが遅れてるんやからそれでいいやろ!」
「断じて認められないわ」
「救いようのない色ボケは黙っとれ! なんでジブンはそんなに偉そうにできるんや!」
懸念材料は複数あって、後に破壊者として
フレイヤは半分以上を担当して鮮やかな手並みで殲滅した。所要期間は半月。結果、やっぱフレイヤいないとダメじゃんという空気になった。現在では『居なくなられたら困る』という声が激増している。
「ロキ、少しいいかしら」
「なんやデメテル」
ここで挙手したのは豊穣の女神デメテル。彼女はおっとりとした口調で提案した。
「ベルのもんだいについては、くじ引きで決めましょう。それなら恨みっこなし。丸く収まるわ〜」
「く、クジ引きぃ……?」
まさかのクジ引き。
そんなもので行き先を勝手に決められる少年の、なんと哀れなことか。ここにヘスティアがいれば決してそんな真似は許さず、何がなんでもベルを守り抜いたことだろう。だが、現実問題として彼女は不在。
その理由をベルが聞いたら、きっと落ち込む。
「いやクジって……うぅーん、その発想はなかったけど、戦争になるくらいならアリなんか……?」
「アリじゃないかなー。ヘスティアは多分しばらく来ないよー。
同意するのは仮面の牛神ハトホル。
最強格の母性を持つ存在として高い人気を誇っている女神だ。彼女が述べたことは事実である。
ヘスティアはまだ引きこもっている。天界で。
少し前に降りてきた神の話によると、『行動するのはいつでもできるし、一年、いや二年後くらいでいいかなぁ』とノンビリしているらしい。働かざる者食うべからずという下界の鉄則について、やっぱそれ違くねって思い始めてしまったそうな。自堕落な彼女らしい理由だ。実にどーしよーもない。
「今頃は記憶が戻ってるのかもしれないけどー、順番はすぐには回ってこないっしょー」
今になって焦ったところで
だから、この話し合いはとても重要なことだ。
英雄に肩を並べることのできる少年を、いつまでも遊ばせておくわけにはいかないのだ。
「つまり、ベルは私が貰っていいということだね。私はヘスティアとは
「いや、ぶちギレられるに決まってるやろ。キリッとした顔で言ってもアカンから」
「ハトホル! 見損なったぞ! 貴方は節操というものがないのか! 古株たる貴方がそんなことでは示しがつかない! ベルきゅんは私が美味しく頂く!」
「アポロンは死んどや、
ベル・クラネルはどこかの【ファミリア】に入らなければならない。神々の個人的な欲望は抜きにしても、いつ来るんだかわからないヘスティアを待たせるというのはナシだ。
神様を待ってたらヒゲまで白くなっちゃいましたー、などという未来は許されないのだ。
下界にはとっておきの大問題が残されている。三大
「ガハハハハハハ! それではクジ引きと洒落込むか! ベル・クラネルはどうしても欲しいと言う訳ではないが、クジで手に入るなら安いもの! ところ肝心のクジはどこにあるのだ!」
呵呵大笑を響かせるのはディアンケヒト。金にがめつい老人の姿をした男神である。もらえるものはもらっておく。そういう気構えのようだ。
「ディアン、それではベルがあまりに哀れだ。ここは私が……そうすればナァーザも喜ぶ」
同じ医療系【ファミリア】の主、ミアハが頭痛を
「おいおいミアハ。それを言うならうちのアスフィも喜ぶぜ?
「お前らな……ベルをなんだと思ってるんだ」
自称『ベル君の大ファン』、ヘルメスが羽付き帽子を指でクルクルと回転させる。後ろに座っていた武神、タケミカヅチが悲痛な表情でうなだれた。
「あら、タケミカヅチ。そんなの決まっているじゃない。ベルは私達の
「いやちげーからー、ベルは私とネルティのお見合いの相手だー」
好き勝手なことをのたまう美の女神フレイヤ、お面の内側で静かな対抗心を燃やすハトホル。
「あー、アカン! まとまらへん! ムリやこんなん! しゃーないからクジ引きやるでー! 参加資格は全員やー!」
これはもう無理。話し合いで決まるわけがない。
誰もが確信した。そしてロキは、カッと糸目を見開いた。迫真の表情で皆の意向を確認する。
「戦争で決めるわけにもいかんし、もうクジしかないやろ! どうやみんな!」
「「賛成!」」
「さんせー!」
答えは満場一致。
速やかにクジが用意され、箱の前に立った神々はただならぬ闘志を燃やした。これより始まるは、ベル・クラネルの所有権をかけた熱い戦い。
後で話を聞いたベルは急な目眩に襲われ、白目をむいてひっくり返った。
「これより、貴様の再改造を始める。
「……」
そして今回の顛末。
当たりを引いたのはフレイヤ。
ベルはオラリオに来るなり
原野に正座させられたベルを見下ろしてくるのは、鬼教官ならぬ鬼妖精。ヘディン・セルランド。
ベルの【ステイタス】はオールゼロに戻ってしまっていたが、彼はそれを
「一ヶ月でLv.5は、ムリです、いくらなんでも」
「ならば消滅するがいい。貴様はその程度の兎だったということだ」
「……」
かくして、ベルのあらたなたたかいが、はじまった! ベルはしんだ!