──その二人が入店してきた時は何事かと思いましたよ。
地上げ屋?脅迫屋?ヤクザ?マフィア?宗教?取り立て人?取り合えず、頭ン中には思いつく限りの反社的な言葉が次々と。
「──。い、いらっしゃい…ませ…?二名様ですね、ご自由なテーブル席を…ご利用ください」
「ああ、ありがとう」
袈裟を着た男の方はなんというか、髪は長いしファミレスなんかに来てるし、所謂生臭坊主……そういう系かなぁって。
問題は隣に付けてた男の人でして、それがもう凄いの何の。こう、背筋に冷たい何かが…──とにかく凄かったとしか。
覇気──というか、気配というか。
これでも俺、霊感がある方だと思ってんすけど……あぁそうそう、その人の面、目玉がこう、ギョロッ、と。鬼みたいな感じで、それに──よくあるじゃないですか、小説とかで『人殺し』の目だとか顔だとか。
俺が持ってる感覚全てが…こう、人、殺してんじゃないかなー…なんて。
「何食べる?」
「…ふむ。あまり口にしたことのないものだな。色々と食べてみたい」
「色々ね」
──え?職業を聞いたかって?
いや、いやいやいやいや、アンタら目の前で見てないからそんな無謀を口にできるんだ。
気になって仕方がなかったから、そりゃ覗き見しましたよ。するとね、案外鬼の様な人は可愛らしい……つっていいんですかね。
「ふむ?…葡萄酒に、豚肉の薄切り…これは?」
「モッツアレラチーズ」
「もっつぁれら」
「ドリアとピザ、それにミネストローネも頼んでるから暫く食べといて」
運んだ料理を紹介されては、インコの様に単語を繰り返す。
ドリンクバーの前で立ち往生をして、多分他の人が使ってる所を視たかったんでしょうねぇ……でもそんな顔だから、誰も怖がって近寄らなくて一人で頑張ってたり。
仕草だけ見れば田舎から来たおじいちゃんって感じがして、可愛いもんだったんですけど、返してくるんですよ。
──視線を。
覗き見した分、気付かれないようにしてる筈なのに、ぴったりと。
…それで逃げたのかって?だから違いますってば!
「──お。来たな?」
「来たね、時間ぴったりだ、扉を開けに行ってくる」
「ほぉ、一つ目に木、蛸。一見は笑えるが……」
四人の義妹の大学費を払わなくちゃいけないのに、そんな無責任にバックレたりしませんって!
袈裟の人が謎に自動扉の前に立ったタイミングですよ!あの瞬間から、マジで死ぬかと思ったんです!店長何も感じなかったんですか!?
「これはこれは──物の怪と呼ぶにはデカすぎる」
「食は堪能した、ここでは窮屈だろう。外で話そう」
──急に感じたんです。あの着物の人に近づけば死ぬ。
袈裟の人が出入り口に立った時にも働いた生存本能、それ以上に今すぐに着物の人から離れないと死ぬ。気が付けば裏口から逃げて──…怒られて戻ってきた、それだけですよ…いやほんと。
なんだったんですかね──『アレ』。
■
「漏瑚、花御、陀艮。それが貴様らの名か、俺が言うのもなんだが、呪霊にも名はあるのだな。…──フ~~~~~~…」
現代の煙草は旨い、雑くて良い。
本部から受け取った以降、暇というものがあればもう一度擦ってみたかった。範馬殿が好んでいたのは葉巻の方だが、俺にはこっちの方が似合う。
満腹、そういった感覚すら失っている飯の後の煙草。
身体に良いも悪いも無い今となっては、これっきりの一吸いにするには勿体ない。しかし街通りを歩きながらの喫煙は憚られるのだな。その為の場所まで用意されているとは思いもしなかった。
「そうだ、宮本武蔵。我々にも名はある、人間の様に互いを切り分け区別せねば生きていけぬ…なんて事はないが、名は持つ事に意味がある」
「理解るとも──呼んで呼ばれる名こそ、己を表す形也。呪いとして在るものが辿り着けるとは、流石」
「言うではないか宮本武蔵。…──夏油、貴様が今更になって新参者を連れてくると聞いた時は燃やし尽くしてやろうかと思ったが、どうして中々、話が分かる」
「それはどうも」
漏瑚、火山の見た目をした一つ目の呪霊。俺の様に人の負の想い、そして呪いから生まれた事には間違いないが、受け皿になったものが違う。
自然への畏怖、江戸なら誰しもが恐れた地震や火災、山の噴火。大勢の人間の恐怖が集った存在だという。
近寄るだけでも感じる熱が、圧が、呪いとしての格を認識させる。しかしそうなると、自然などというものと俺だけに向けられたものとでは比べようも無い差がある筈だが、
「力量も申し分なし、その呪力を見れば分かる。練りに練られた殺意と人間の絶望、その集約こそが貴様だ」
「立ち合いもせず分かられては困るが、まぁ見てわかるものはしっかりと見ろ」
「『未練や怨念、人が持つ希望は死と共に反転するものです。争いによって途絶えた命達がそれでも捨てきれなかったものを背負うとは』」
「……花御だったか、その話し方は…どうにもならんか?」
「『はい』」
──。
ふぅむ、なるほどなるほど。
呪いとしての俺は『宮本武蔵』、だけという訳ではないのか。
戦場にて散った命、あの地獄を乗り越えられなかった者共の捨てきれなかったものを背負う、とな──?
勝手身勝手なものよ。人というものは。
それならば合点がいく、大地に、森に、海に、わざわざ想うまでも無く畏怖と恐怖を抱くように、凄惨極まる戦へ同じ想いを抱くものは多かっただろう。
苦しみも度が過ぎると信心をも砕く。
仏に祈り天に祈り、そう祈る理由はなんぞや。──終わりを望む為に、だ。兵糧が為に子が飢えて死ぬ。兵力が為に畑を耕す手へ槍と刀が握らされる。
そうして集った無念、執念、消えきらないものが今俺の腹にあるという事。なるほど、なるほどなぁ…──。
「晴らして漸く、だな」
「──?」
「気にするな。して、漏瑚よ。お前は何を望む?」
「──。儂が、望む、だと?」
「そうとも。何かを求め欲しない呪いが、どうして夏油と手を組む。ある筈だ、貴様らなりの『景色』が」
「………景色」
煙草を灰皿に押し付け問う、名の意味を問えるほどの呪いが何故人の手を借りているのかと。夏油──羂索を人と呼んでいいかは怪しいが、根本が違う。
──やはり呪いは呪い、人は人。
人に見える呪いが在っても、呪いに見える人が在っても、その境界は揺るがない。
「俺は飯に誘われただけでな、そこな三枚舌が何を話しているかは分からんが、仲間とみるには気が早いぞ」
「………」
「…──」
「答えを持たぬか?」
「黙れボンクラァ!…あるに決まっとろう、だが景色と聞かれれば難しい」
「ふむ。答えを手にしていながら難しいとは。だが呪霊としても人としても歪な俺が踏み込む話でもない、今日はここいらで──」
「待て」
口にくわえようとした二本目、唇へと挟む前に灰となり地へと落ちる。
長話になるようなら口寂しさを紛らわせたいものだが、燃やし尽くされては百物語の蠟燭にもならぬ。
どうしたのかと、問うまでも無い。
「我々は呪霊だ。嘘偽りのない人間の負の感情から生み出された存在だッ」
「そうして作られた我々こそが、真に純粋な、
「──!呪霊が、人間を羨むかッ!クククッ…」
「羨むだとぉ!?阿呆ォ抜かせぇ!!」
──喫煙所に佇む数人が、身体の内から炎を吹き出して倒れていく。悲鳴と絶叫が外に届く前に、音の欠片さえ燃やされて、骸へと変わり果てる。
大地の呪霊、その力の片鱗が街行く人々にも届く寸前で、武蔵の剣気が首筋を捉える。
「静まらんか、漏瑚」
「…あまり騒ぎを起こさないで欲しいな」
「……チッ」
「覚悟はよう分かった、理由もな。だとしてどうする、見たいものを見るにも札が少ない。そうだろう?夏油」
「まぁね。これから先の君の成長にもよるけど、現状君達だけじゃは望みに手を伸ばしても潰される側だ」
「──なんだと?」
──天上の人だな。
アレを乗り越えて全てを荒地に変えるには、あまりにもこやつらでは足りていない。封印にせよ何にせよ、万策謀って死力を尽くしたとて、まだ殺すのは無理だ。──む?
「まぁまぁ、ちょっと耳を貸してごらん」
「なんだ」
「…──ほう!獄門彊だと!…なに?」
──。
人が悪い人が悪いと思い続けてきたが、こうも嵌められると腹が立って仕方がない。
「クックック、カーカッカッ!そうか!貴様が五条悟と!」
「………夏油」
「ごめんね~当て馬にしちゃって~。こっちの方が君の為にもなるし」
「いいだろう!儂と戦え武蔵!獄門彊に頼らずとも、儂一人で五条悟は殺して見せる!それともなんだ、『立ち合いもせず分かられては困る』と抜かしておいて儂とやるのは怖いか?」
「…大陸の人の言葉を借りるなら、こうか」
「──俺は一向に構わんッッ」