永遠も一瞬も、変わりはない。時間と言うもの自体が、私たちにとっては意味がない。定められた役割を過不足なくこなす、それを延々と続ける。それしか知らなかった筈の私はでも、見てしまった。遥か彼方にある、青い星の人々を。
生きて100年、短ければその半分にも満たない。そんな短い命を、自分のやりたいように生きて燃やし尽くす。
――そうなりたい。私も、生きたい。
ただ一つの決意だけで私は地球へと降り、彩葉に出逢って。色んな事を知って、だけど自分の創られた理由からは逃げ切れなくて。
連れ戻されてから、仕事中いっぱいいっぱい考えた。もう一度、彩葉に逢いたい。その為に、どうすればいいかを。
幸い私には技術と素材がある、仕事を託せる影武者を組むのは難しくなかった。腕輪を通じて感じる彩葉の歌も、私を奮い立たせてくれる。
少しだけ時間はかかってしまったけど、仕事しながら手慰みに開発した時間遡行プログラムがあれば問題ない。それに成功は確定している、「窓」から見た地球の光景がその証拠。記憶より歳を取った彩葉の隣に、私がいるのが見えたのだ。時間軸は不変であり、観測された未来は決して曲がらない。私が時間を遡って「今」より過去へと赴き、彩葉と再会する事は決定事項。
なら後は、とっとと実行するだけだ。前のようにならないよう引き継ぎも済ませ、許可をちゃんと取って舟……もと光る竹を地球へ向けた。
それなのに。それなのに――。
ヤチヨ、聞こえたら返事をして。助けて、ツクヨミに入れれば月と通信できる。ヤチヨ、ヤチヨ――。
海に沈んだもと光る竹の中、物質としての身体を持たない私はそれでも思念を飛ばそうとする。でもそれは何の意味もないまま、虚空に消えるだけ。
やってしまった、失敗した。
完璧に組んだ筈の航行計画、過去への移動と地球への降下を同時に行おうとしたそのルートに、イレギュラーが生じてしまったのだ。
激突した巨大隕石はこちらの時空間移動航路をメチャクチャにした上、何処かの時代へと落ちていった。私のように。
もと光る竹は今や自律移動不能、擬態構築機能も死んだ。今際の際に犬DOGEを緊急顕現させたけど、それが最後の御奉公。もはや月の技術の粋を集めた舟は、私を囲う棺桶と化している。
その上なまじ完璧な設計だから、身の安全だけは100%確保され私は消えることも出来ない。
ウミウシ型になった犬DOGEと感覚を繋げば周囲の様子は見られる、でもそんな小さな姿で何が出来ようか。
彩葉、彩葉。私は今、海の中だよ。一緒に遊びに行った海、楽しかったね。カニの軍団なんか作ってさ、彩葉がすごいビビっててー。
どうせする事も出来る事もないから、私は彩葉へと語りかける。返事なんか無い、誰にも聞こえやしない。それでも、止めたくない。
思念の塊である私の記憶は、決して消えない。でも最初に彩葉に逢ったときみたいに、不具合で閲覧できなくなるかもしれない。だから記憶の確認は怠らない、何度だって思い出す。月人との接触で不具合が修正されたお陰で、地球に来てからの記憶は全て完全だ。
彩葉に抱き抱えられてあのアパートに入った夜の事、赤ちゃんの身体でバブバブしてた事。彩葉が作ったクソまじぃパンケーキ、あのお店で食べた美味しいパンケーキ。勝手にお金使って怒られた事、ツクヨミで遊んだ事。いろPに勝てたら結婚したげるー、なんてよく言ったな私もさ。恥ずかしいったら無いよ、うん。そして彩葉のお兄ちゃん達に勝ってヤチヨとライブして、月からお迎えが……というか強制送還の報せが来て。卒業ライブ、一大決戦、全部全部鮮明に覚えている。
彩葉、私は必ず帰るからね。そしたらまた、続きをしよう。楽しい思い出を、いっぱいいっぱい作ろうね。
色々な事があった。
色んな人を見てきた。
悲劇も喜劇も繰り返され、たかだか100年も生きられない儚い命を見守る日々。
月では考えたこともなかった、彩葉との日々でも気に留めなかった。人は生きて、死ぬのだ。
心が擦り切れる程長い長い時間を過ごし、2030年までは残り約85年。8000年近くかかったけど、もうすぐ彩葉に逢える。西暦という単位が分かったのは助かった、指針になってくれるものは大事だなやっぱり。彩葉が産まれるのが2013年、後たかだか68年。指折り数えて待とう、まあ指無いけどね私。
彩葉と過ごした日々を、何億回も頭のなかで繰り返してきた。私は「自分じゃない私」に逢った記憶がないから、多分2030年にあっちの私が月へ返るまでは、彩葉の所へは行けないんだろうな。でも良いや、そんなの瞬き程の時間でしかない。
哀しい別れを上書きする、華やかな再会が待っている。今は身体がないから触れることは出来ないけど、でもそれも多分どうにかなる。ヤチヨの手を借りればツクヨミにアクセス出来るだろうし、何より私は自分が彩葉の隣にいるのを見ているのだ。ツクヨミを介してもと光る竹を修復できたら擬態もやり直せる、彩葉が可愛いと言ってくれたあの姿になれる。
いなくなった私がケロッと帰ってきたら、彩葉はどんな顔をするだろう。何やってんの散々心配かけてアンタは、なんて怒るかな。それともまた逢えて嬉しい、って言ってくれるかな。あのタワマンで、前みたいに一緒に暮らそう。毎日、毎日、なかよしして生きよう。彩葉の生命が終わるその日まで、ずっとずっと笑って生きるんだ。
楽しみだなぁ、といつものように思った少しあと。
空の彼方に煌めく何かを、犬DOGEの視界が捉えた。
星とは違うその光は、どういう訳か真っ直ぐに降りてきて――
一斉に
弾け飛ぶ地を引き裂く天
を壊す地を砕く闇を焼き払う光を叩きつ
ける耳
をつんざく爆音を奏で狂狂狂狂回る回る回る
回る回る回る回る回る
回る回る回る回る回る回る
全ての要素が緊急事態を告げリンクは強制遮断、こちらの意識までフィードバックで白く染まる。
どうにか接続を回復させ周囲を見渡した、その筈だった。
「……なに、これ」
そこには、何もなかった。
少し前に起きた地震の時でさえ、ここまででは無かったのに。
長い年月をかけて技術を伸ばしここまでになった建物は粉々になり、空は黒く染まり。集っていた人々は殆どが原形を留めないほど引き裂かれ、僅かな生き残りも血にまみれ死を待つばかり。
戦争、というものがあるのは知っている。いや、見てきた。火と死と血に彩られた歴史を、私は何も出来ないままただ見ていた。ウミウシの身体と、機能を失ったもと光る竹の中で。
だけど、でも。これは無いだろう、余りにも酷すぎる。
「嘘だよね!? もう100年も無いのに!! こんなの、有り得ない!」
誰にも聞こえない、聞くものもいない。慟哭は闇に溶けるばかり。
これで間に合うわけがない、間に合わせようがない。
もしかしたら今の私が知る暦は彩葉たちのものとは違うのか、本当は8000年前ではなくもっともっと古い時代に落ちていたのか。ここから彩葉に逢うまで、どれくらいの時間が必要なのだろう。
8000年、私はずっと待ち続けた。この虚無の先に、彩葉と過ごす未来があると信じて。でも次の8000年、その次の8000年、私はまだ待ち続けられるのか。
思念体である私には無限の時間がある、何もできず希望もない永遠の時間が。
「やだよ……もう、生きたくない……。いっそ殺してよ……こんなの嫌だよぉ……」
犬DOGEは、何も言わない。存在しない膝を抱えて呻くだけの私は、涙さえ流せない。
彩葉、ごめんなさい。私、間違えちゃったみたい。きっともう、二度と逢えない。私は誤った時間の中に来てしまったんだ、そうでなければこんな事が起こるわけがない。
ハッピーエンドに連れていくって約束したのに、私はもう、ダメなんだ。
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一体どのくらい、俯いていただろうか。
ウミウシの私が絶望している間にも、人々はたくましく生きていく。あの東京大空襲と名付けられ何もかも焼き尽くしたた地獄から何十年かが経ち、ワールドワイドウェブが開発され一般に公開された頃。私はふと、ヤチヨの事を思い出した。
スマコンで繋がる仮想空間ツクヨミの管理者にしてトップライバー、その前身はインターネット上で活躍するコテハンだったそうだ。時には掲示板で口喧嘩し、時には仲間を募って大きなプロジェクトを立ち上げたりとヤチヨは活発に動き回っていたらしい。
私にも、それは出来るんじゃないか。デバイスは記憶よりずっと古いし回線も原始的、だけど。それでも、誰かと繋がれるかもしれない。
人は殺しあう為に新しい技術を産み出すけど、その使い道は一つじゃない。毒薬が量次第で命を救えるように、誰かを生かす為にも使える筈だ。
この世界が殺伐として危険なら、もう一つの世界を作ろう。誰もが穏やかに過ごせる、楽しさで充ちた暖かな空間を。皆思いのままに交流し、笑いあえる場所。
もしも彩葉に逢えたなら、そこに導きたい。彩葉が笑顔でいられる居場所、辛い「現実」を少しだけ忘れられる世界にしよう。
「――っ」
そこまで考えて、漸く。漸く私は、……気が付いた。それこそが、ツクヨミなのだと。
8000歳のVライバー、か。そういう事だった、んだ。
何故ヤチヨが彩葉を気にかけてくれていたのか、月人が畏まったのか。簡単な事だったんだ。
「私は、……ヤチヨにならないといけないんだ」
かぐやのままでは、例え逢えても彩葉を救えない。ヤチヨだけが彩葉の希望になる。いつか「かぐや」が現れて、彩葉の新しい一番になるまで。
私は二度と彩葉に触れられない、彩葉はヤチヨを推してはいるけど隣に置こうとしたりはしない。愛することも愛されることも、不可能に近い。
「……仕方ない、かな」
完全無欠のハッピーエンドには落とし込めそうもない、だけども彩葉を幸せには出来そうだ。
約束は果たせなくても、彩葉が笑ってくれたらそれでいい。
8000年前に二ヶ月だけ関わったヤチヨの情報を記憶から引きずり出し、トレースしていく。ヤチヨならどうするか、ヤチヨはどんな風に喋るか。全てをエミュり、ヤチヨになりきる。
かぐやのままでは、いられないから。
ああ、知られてしまったか。
犬DOGE――FUSHIが余計な事をしなければ、それで済んだのに。
そう後悔した瞬間から、早いものでもう10年になる。全てを知った彩葉は、でも私をかぐやと呼んでくれた。
かぐやに戻っていいんだ、私は私でいいんだ。
意識を切り離して独立させ造った「ヤチヨ」は、もう一人の私としてツクヨミを運営している。
彩葉は凄まじい勢いで文明技術のブレイクスルーを起こし続け、今では完全な人型機構――アバターボディを完成させた。勿論これが即上手くいってめでたしめでたし、となるかは分からない。
もしこれが成功すれば、次はヤチヨのボディも作りたいと彩葉は言っている。かぐやもヤチヨも大事な人だから、と。……ちょーっとだけジェラしいかな、ちょっとだけ。浮気じゃん、とかは言わないって言うかあっちも私だから言えない。彩葉の一番は私だから良いんだけど、良いんだけどさ。
まあでも、それが私たちの選んだ道だ。愛する人と結ばれるのが普通のハッピーエンドなら、それが二人もいたら更なるハッピーエンドになる……んじゃないかなぁ多分。
うーん、どうなんだろうなぁ。私は優柔不断で悪いやつなのです~、なんてね。
仕事放り出して地球へ逃げてきたかぐや姫は、超ムリ限界ギリな女子高生に拾われました。
色々あって連れ戻されても、大好きなあの子に逢いたくて地球に舞い戻りました。
そんな適当で無責任なかぐや姫は、罰が当たってめっちゃ苦労する日々を送ることになります。
まあでも、だけどね。
頑張って耐えたんだから、これで報われなきゃ話が落ちないでしょ?
あれこれ無理を通して道理を蹴っ飛ばして、かぐや姫は力尽くでハッピーエンドを掴み取ろうとするのでした。
はてさてここからどうなるか、それはまだ誰にも分かりません。だってエンドマークは、ずーっと先だから。
人生なんて、そんなもの。私のも彩葉のも、そして――そこにいる貴方のも皆。
喜びを歌にして、怒りは脚に込めてステップ踏んで。悲しみはメロディに変えてしまおう。
そしてお楽しみは、目の前で待っているよ。さあお遊びはここからだ、歌って笑って駆け抜けよう。
目指すは最高のハッピーエンドだ。
まあ独自解釈ネタですので……(言い訳)