千早愛音は恋愛弱者である 作:腸煮えくり返り丸抜刀
恋心を自覚出来た。
言葉にすればそれだけだけど、困ったことに自分から気付いたわけじゃなくて、そよりんに指摘されて否定することが出来なかったからだった。
心の整理だってついてないし、どうやってひーくんと顔を合わせればいいかわかんない。
ただ、ひーくんが今誰とも付き合ってないことは確かだと思う。これで付き合ってたら……泣く。
「あれ、陽向くん遅いわねぇ。愛音、ちょっと起こしに行ってあげて」
「え、あ。ほんとだ」
今日は週に一回ある一緒に朝を過ごす日。元々朝に弱いひーくんだけど、最近は少しだけ早起きさん。そんな彼が今日は顔を見せていない。
「もー、ひーくんってばお寝坊さんなんだから!」
手早く靴下を履いて向かい側のひーくんの家に入る。あ、合鍵はあるよ。何かあったときのためにうちの玄関に置いてあるからね。
当たり前のように入った家のなかは真っ暗だ。ひーくんのお母さんとお父さんは海外出張とかで忙しくて帰ってこれないみたい。年に数回は帰ってくるみたいだけど、ひーくんは多分寂しいよね。私だったら……きっと、すごく寂しい。
ロンドンから帰ってきたからこそ、二人のありがたさと、ひーくんの切なさを感じ取れる気がする。怖くて一回も確認したことないけど。
「……ひーくーん?」
寝室に向かって控えめに声をかけてから、部屋に入った。窓は閉めっぱなしだからか、なんだか薄暗い。
「ひ、ひーくん……起きないと遅くなっちゃうよ〜……?」
「……ん…………」
頬をつんつん、と突つくと嫌がるように反対側を向く。え、めちゃくちゃかわいくない!? まるで子どもの時のまんまなんだけど!
少しだけ興奮して、落ち着く。今の私は朝寝坊した幼なじみを起こす女の子という、神様に選ばれた人間だ。……あ、祥子ちゃんじゃないよ。
普通に考えれば嫌な顔をされてもおかしくない状況だけど、ひーくんは普通に感謝してくれる。だから寝起きの彼に八つ当たりされるから怖いー、とかはないんだけど……。
「……起こしにくいなぁ」
そよりんにこの前言われたことが引っかかってるからかな。こうやって頬に触れるだけで前とは違うことを否応なしに感じる。
私は世話焼き系幼なじみじゃないから布団を奪い取って起こす役じゃないし、少女漫画によく居るとっくに付き合ってる系幼なじみでもない。
ともりんの前では世話を焼いてるーなんて言ったけど、ひーくんの方がよっぽど世話焼きだと思う。
あれ、これって、もしかしたら普段と逆の立場なんじゃない?
「う────ん…………」
うそ。私の立場、なさすぎ?
いけないいけない。そんなことないって!
「あぁ、朝かぁ…………愛音、起こしに来てくれたの?」
「エッ、ウン……」
「別に休日なんだから起こさなくてもよかったのに」
「しょうがないじゃん! 起こしてきてって言われたんだもん」
「おばさんかぁ……なるほどなぁ……」
今日はテンション低めな日かな? ぼんやりと天井を見つめていたひーくんはベットから起き上がってクローゼットを開けると、シャツを脱ぎ捨て──って、ちょっと!
慌てて後ろを向く。ひーくんの身体を見る千載一遇のチャンスかもしれないけど、ムリ! ぜったい、ムリ!
「今日の服どうするかな……」
「ひーくん、服選ぶとかするんだ」
「おれのことなんだと思ってるの?」
「年中無休でパーカーから離れないじゃん……」
「愛音は素材がいいから楽しいだろうけど、おれは別に良くないからね……」
「え? 褒められた?」
「今余分なこと言ったことを後悔してるところ」
「余分なことってなにさ!」
素直に喜んでたのに!
こういうやりとり、何百回繰り返してきたんだろう。同じ言葉、同じ空気のはずなのに、数えきれないくらい繰り返してきたこの空気がいつもと違う。
ううん、空気が違うんじゃない。きっと、感じ方が違うんだ。
「ひーくんにとっては私を褒めるのはどうでもいいことなんだね!」
「……愛音さ、なんか変じゃない?」
「へっ……?」
どきり、と心臓が跳ねる。なにもおかしいところはないはず。一生懸命頑張って寝癖だって直してきたし、ちょっとだけお化粧もした。少しでもひーくんによく見てもらいたい。そんな気持ちがある。
「……ま、気のせいかな」
「……あれ?」
こういうのって、フツー、オメカシに気付かれて褒められる展開じゃないの?
ラブコメだとそうだったのに!
「……ん、よし、お待たせ」
「もー、跳ねっ毛あるから後ろ向いてよ」
「そのくらい自分で……」
「できてないから言ってんのー。いいから素直に言うこと聞くー」
「……ありがとう」
素直なのはいい事だよねー。ひーくんの髪を梳くと、意外とサラサラ。天然パーマ気味だから、この表現だとちょっと違うかもだけど、いい髪質だと思う。ホント、オシャレしたら変わるだろうなぁ。そうなったらモテたりするのかな。
「なんか理由あるの?」
「なにが」
「オシャレしないりゆー。面倒ってだけじゃないでしょ?」
おすすめした化粧水は使ってくれてるみたいだし、たまに服が増えてるから全く興味ないわけじゃないと思うんだけどなー……。
「ひーくん、なんかはぐらかしてるときの顔してるんだもん」
「そうかなぁ。いつも通りだと思うよ」
「してるー。目、ちょっと逸らしてるもん」
「そんなよく聞く話、実際にやるわけないでしょ……」
「なら聞かせてくれても良くない?」
ちらっ、と私のほうを見てくる。
「……ちょっとしたこだわり、かなぁ」
「こだわり?」
「高校生のうちは、今のままでもいいと思ってさ」
「ふーん……」
なんでわざわざ私のこと見たのかな。
大学デビューしたいってことかな?
「ひーくん、たまになに考えてるかわかんないときあるよね」
「いつもは分かってるの?」
「まー、ひーくんは分かりやすいからね〜」
「そうかな……?」
「そうだよ」
ずっとあなたを見ているからだよ、なんて言えたらいいのに。
「……そろそろご飯食べに行こっか。そのあと愛音の荷物持ちだね」
「えー、なんか味気なーい」
「もう何年も続けてきてるでしょ」
もう何年もこんな関係。この関係性が居心地よくて、変えたくなくて、それなのに、心の中心にある。
ひーくんも、きっと大切に思ってくれてるんだろうなと思うと自然と口角があがった。