バスケットボールは何色か。 作:バレテーラ
家を出ること三十分程度。
千夏先輩と並びながら歩いていると目的の場所へと到着する。
そこは母さんが昔在籍していた母校であり、現在千夏先輩が通っている学校であり、そして春から俺が入学する予定の高校。
栄明高校である。
まず真っ先に職員室に立ち寄って千夏先輩が先生に事情を説明してくれたのだが、これが思いの外すんなりと承諾された。
千夏先輩が信用されているのか、それとも学校側が緩いのか……。
雰囲気的に前者だと思うけど。
「こっちがみんなの教室がある校舎」
許可も取れて、早速千夏先輩に先導されながら案内してもらう。
……とはいえ、だ。
校舎内なんてどの学校も似たような間取りや内装だから正直そんなに変わり映えはしなかったりする。
というか、入試以前の案内で一通り見てるし。
「で、そっちには美術室と音楽室。反対側には化学室があるよ。あ、ちなみに一年生のクラスは一階で、私は二年だからその上だから」
もし何かあったら遠慮なく頼ってね、なんて。
少しばかり先輩風を吹かせる千夏先輩。
多分本心で言ってるんだろうが、先輩方のいる場所に赴くのは以外と勇気がいるんだよなぁ……。
そもそも頼るようなことにならないようするつもりだが。
と、粗方校舎内の案内を終え、窓から見えるグラウンドを眺めながら二人で歩みを進めていく。
そうして最後に辿り着いたのはこの学校の目玉とも言えるドデカい建物。
「そして、ここが体育館です」
扉を開けると、外観と釣り合うほどの広々とした空間が広がった。
「入試のときから思ってましたけど、やっぱり広いですね」
「ここでいくつもの運動部が活動してるからね。これでもうちはスポーツ強豪校だから。今日はどの部活も休みだけど」
成程。確かに複数の部活がここに収まってるって考えると、これだけ広くないと活動出来ないよな。
「それを言ったら第一、第二、第三といくつも体育館あった帝光も大概だけど……」
ははは、と改めて自分のいる中学の規格外さに呆れていると、カラカラカラとキャスターを引く音が聞こえて振り向く。
するとそこには、何故かバスケットボールが入った籠を出している千夏先輩の姿が。
……え、何してんのこの人。
「えっと……千夏先輩? 何、やってるんですか??」
「え? バスケの準備だよ?」
「なして?」
思わず方言が出てしまった。
「だって颯斗くんバスケやってるんだよね。だったらせっかく体育館にきたんだし一緒にやりたいなって」
「やってるというか、やってたというか……」
だとしてもアグレッシブすぎだろ。
「けど、勝手に体育館使うのはマズいんじゃないですか? ほら、今日はどの部活も休みって言ってましたし」
「別に休みってだけで使っちゃいけないわけじゃないよ。自主練とかで使う人はいるし。それに許可ならさっき先生にとったから大丈夫」
最初に立ち寄ったときかぁぁ……!
てことは、最初からこれをやるつもりだったってことじゃねえか。
急な案内にも快く受けてもらえて親切だなんて思っていたけど、裏ではこれが目当てだったとは。
結構強かというか、図太いというか。
……とまぁ、それはそれとして。
正直言って、やりたくない。
もうやらないと決めたのに、またバスケに手をつけるようなことはしたくない。
……したくないんだが、ここまで準備されて「いや、やりませんけど」なんて言える筈もなく。
それに、
「〜♪」
こんなウキウキな千夏先輩の頼みを断るのも気が引ける。
案内してもらった事実は変わらないし。
……。
「ハァ……分かりました。ただし一回だけですからね」
「うんっ」
そう、一回だけ。一回だけだから。
そう自分に言い聞かせて。
千夏先輩が着替えに更衣室に向かい、俺も準備するためにカバンを開けると中にはバッシュだけでなく練習着まで入っていた。
つまり母さんも仕立て人だったってわけだ。
「……余計なお節介だっての」
ボヤきつつ、練習着に着替えてバッシュを履き、準備を済ませると籠にあるボールを一つ手に取った。
練習着の軽い肌触り……。
キュッキュッと床を擦るバッシュの音……。
バスケットボール特有のザラついた硬めの感触……。
やめてからまだ一ヶ月くらいしか経っていないのに、ひどく懐かしく感じる。
ちらっとゴールを一瞥。
ドリブルをつきながら近づき、
ガコンッ
「げ」
シュートを撃ったが、ものの見事にリングに当たって外れた。
だいぶ感覚がズレてるな。
「惜しい」
と、いつの間にか練習着に着替えた千夏先輩が。
「けど、シュートフォームはすごい綺麗だった。さすが経験者」
「いやいや、どんなに綺麗でも入らなきゃ意味ないですって」
「わ、卑屈だ」
そう言ってくれるが、事実だ。
バスケに限らず、スポーツはゴールを決めてなんぼ。
俺が知ってる中にはトンデモない体勢で決めまくる奴が一人いるし。
ぶん投げたり、ゴール裏からだったり、何なんだろうなあのガングロ。
それから軽くストレッチやランニングなんかをしてお互いウォームアップを済ませると、早速1on1をすることに。
「「じゃんけん、ポン!」」
俺がパー、千夏先輩がチョキ。
先輩の先行だ。
「じゃあ、いくよ」
「どこからでもどうぞ」
ボールを渡すと千夏先輩はドリブルをつき始める。
……さて、どうしたもんか。
一回だけとはいえ、馬鹿真面目に本気でやる必要性は一切ない。
ここはテキトーに流して……
「……!」
なんて考えていると、千夏先輩が右側からドライブで一気に切り込んで抜き去ろうとする。
考えごとをしていたせいで反応が一瞬遅れて進路をブロックすることはできなかった。
……が、まだ届く。
「……ッ」
バチィッ!
「えっ!?」
気が付けば、千夏先輩の後ろからぐるりと手を伸ばしてボールを弾いていた。
…………や、やっちまった!?
ハッと我に返ったときにはもう遅く、千夏先輩はきょとんとした顔で驚いていた。
「びっくりした。絶対抜けたと思ったのに……」
「あー、いやー、偶々ですよ。ワンチャン届かないかなーってやったら出来ちゃったってだけで……」
「いやいや! バックチップなんて偶々できるような芸当じゃないよ!」
だよなー……流石に無理があるよなぁ……。
いや、別に誤魔化す必要なんてないんだけども。
なんていうか先輩を立てるじゃないけど、こっちも調子にのるような振る舞いは見せたくないというか……ねえ?
「……」
「ヨーシ、次は俺がオフェンスですよね。ガンバルゾー」
ジト目を向けてくる千夏先輩。
俺は無理やり会話を切ってボールを拾う。
「……フゥ」
さて、言ったとおり今度はこっちがオフェンス。
俺がドリブルをつき始めると、千夏先輩は腰を落としてディフェンスの体勢に入る。
うん。先輩も経験者だけあって良いディフェンスだ。
けど、
「シッ!」
「……っ!?」
まだ甘い。
ダムッとクロスオーバーを一つ入れ、千夏先輩の体が寄った瞬間右側からドライブで抜き去る。
千夏先輩が一瞬遅く反応するも止めることは叶わず、俺は先輩を置き去りにしてレイアップを決める。
「よし、流石にレイアップは忘れてないな」
……………………って。
違う! そうじゃないだろ!
何で普通にシュート決めてんだよ、馬鹿か俺は!
やる気は出さないようにって思っていたんだが、一瞬でも気を抜くと身体が勝手に動いてしまっていた。
「……あー」
恐る恐る振り返ると、そこにはやや俯きがちにぷるぷると震えている千夏先輩の姿が。
マズい、怒らせたかもしれない。
ヘタすると一方的にやられて落ち込んだり……。
なんて思っていたのだが、
「……かい」
「え?」
「もう一回! もう一回やろっ!」
「えぇぇ……」
それは杞憂だったようで、食い気味に再戦を頼み込んでくる千夏先輩。
「いや、でも一回だけって話で……」
「あと一回だけ! あと一回だけだからっ!!」
「アッハイ」
あまりの勢いに思わず了承してしまう俺。
さらには気を遣っていることもバレていたようで「本気でやってね!」と釘を刺される。
で、その結果、またもや俺の勝利。
千夏先輩のドライブを今度は完全にブロックしてボールをカット、俺の番になると一気にドライブで抜く……と見せかけてジャンプシュート。
こうして泣きの一回による勝負は終わり。
なんてなるわけもなく、
「もう一回! ラスト!」
と言った感じに、それからまた何回も続き。
もう二十回近くしたところで千夏先輩がヘトヘトになって、ようやく事が落ち着いたのだった。
「……結局、一勝もできなかった」
「まあ、男子と女子じゃ体格差もありますから仕方ないと思いますよ」
「それはそうかもしれないけど、やっぱり勝ちたいよ」
むぅ、とむくれる千夏先輩。
結構負けず嫌いなんだな、この人。
「でも、これなら颯斗くんがうちに入ってくれれば男バスも安泰だね」
「あー……」
ふと、千夏先輩がそんなことを口にする。
俺はその言葉に居心地の悪さを覚え、首に手を当て、目を逸らし、迷った末それを教えることにした。
「そう言ってくれるのはありがたいんですけど、俺高校からはバスケはやるつもりないんですよ」
「…………………………えっ?」
目を大きく見開き、呆けた声を漏らす千夏先輩。
「やるつもりがないって、どうして……」
「詳しいことは長くなるんで省きますけど、色々あって……一言で言えば “続ける理由” がなくなったからですかね」
「続ける理由?」
「……はい」
俺は小さく頷き、その理由を掻い摘んで説明した。
楽しくなくなってしまったこと、仲間が挫折する姿を見たくないこと、頑張っても報われないこと。
「だから、これ以上続けても辛いだけだなって」
「……」
これを聞いて千夏先輩は何を思ったのだろう。
情けない奴だ、かっこ悪い、ガッカリした。
まあ、何を言われても俺は……
「それは、バスケが嫌いになったってこと?」
「いや、そういうわけじゃ……」
「だったら、続けるべきだよ」
そこまで大きく無い声量。
だが、広い館内でしっかりと聞こえた。
「嫌いになったなら何も言えないよ。……でも、そうじゃないなら、まだ好きでいるのなら “やめる理由” にはならないと思う」
やめる理由にはならない。
その言葉に思考が一瞬だけ止まり、なんとかしてとりあえずの反論をする。
「けど、挫けたってことは結局その程度だったってことで……」
「だったら何でバッシュを今日まで残してたの? 本当にやめるつもりなら、とっくに捨ててるはずだよ」
「それは「なによりっ!!」
「さっきまでの颯斗くんは、すごく楽しそうにしてたっっ!!!!」
「ッ!」
こちらの言葉を遮るように千夏先輩が声を張り上げ、俺は何も言えなくなる。
「あんなに楽しそうにしてて、好きだって気持ちがあるのにバスケをやめるなんて! そんなの……誰も納得なんてできないよっ!」
まるで決壊したダムの水のように、思いの丈を吐き出す千夏先輩。
けど、そんな先輩からは俺に対する怒りというよりは、どこか不安や焦燥なんかの感情を感じられる。
「ダメだよ……そんな風に全部投げ出しちゃ……一人で抱えて、勝手にいなくなって……それじゃぁ、私は
「あ、あの、先輩落ち着いて……」
千夏先輩は涙を流し始めてしまい、俺は慌てて宥める。
どうやら先輩にとっての地雷を踏んでしまったようだった。
それから10分くらい、千夏先輩がようやく気持ちが落ち着き始める。
「……ごめんね。急に泣いちゃったりして」
「いえ、こっちが気を遣わせるようなこと言ったせいなんで」
「そんなことないよ。颯斗くんだって事情があるのに、私ばっかり言いたいこと言っちやって……」
「それを言うなら、俺がテキトーに聞き流していればよかった話ですから。お互い様です」
それに、
「嬉しかったです。あんな風に言ってもらえて」
「え?」
「やめない方がいいって言ってもらえて。お陰で、まだバスケを好きなんだって気付けたんで」
バッシュも未練たらしく残して。
バスケが好きって言われて否定しきれず。
久しぶりにやった勝負は楽しかった。
……やっぱり、俺はまだバスケが好きなんだ。
「あ、でも。まだ完全に立ち直ったわけじゃないんで、続けるって決めたわけじゃないですから! ただ、その……もう少し、ちゃんと考えてみようと思います」
最後までやっぱり続けますと言い切れない自分が恥ずかしい。
そんな情けない俺に、千夏先輩はぽかんとした表情を浮かべていたが、ふいに顔を綻ばせる。
「ふふっ、うん。その方がいいと思う。ここでやめるのはもったいないもん」
「まあ、続けない可能性もありますけどね。そのときは泣かないでくださいよ」
「えー? どうしようかなぁ? あ、目元腫れちゃったかなー、楓さんに『どうしたの?』って聞かれたら何て答えよう?」
「それはマジで勘弁してください」
バレたら本気で殺されてしまう……!!
「ふふっ冗談だよ。その代わり、もう一回1on1しよ!」
「……うす」
当然、俺にそれを断ることなんて出来るはずもなく、千夏先輩が満足するまで付き合ったのだった。
*
あれから何回か勝負してから帰路に着くと、母さんたちが出迎えてくれた。
「ただいまー」
「おかえりー。結構時間かかったわねぇ」
「よく言うわ。最初から一枚噛んでたクセに」
「あら〜何のことかしら〜?」
惚けやがって。
まあ感謝こそすれ、責める気持ちなんてないんだが。
……まぁ、素直にお礼を言うつもりもないが。
「千夏ちゃんもお疲れ様。ごめんなさいね、この子に付き合わせちゃって」
「いえ、こちらも楽しかったので」
うん、案内じゃなくてバスケの方をね。
「でも、春香ちゃんから話を聞かせてもらったのだけど、千夏ちゃん春から海外に行っちゃうんでしょう?」
「えっ……」
ふいに母さんの口から出た言葉に思わず呆けた声を漏らしてしまう。
千夏先輩に目を向ければ、バツが悪そうな様子だった。
「お父さんの仕事の都合で、一緒に家族でついていくことになってるの」
「そう、なんですか」
父親の仕事の都合、うちと同じだ。
家庭の事情というなら仕方ない。
……仕方ないんだが、なんというか納得できず顔を顰めてしまう。
「そのことで提案があるんだけど……千夏ちゃん、うちで一緒に暮らしてみない?」
「えっ?」
突然の、それも思いもよらない母さんからの言葉に今度は千夏先輩が呆けた声を漏らす。
いや、声にこそ出てないが俺も内心驚いてはいる。
「私が楓ちゃんに相談したの。千夏だってまだこっちでやり残したこともあるだろうし、けど一人暮らしさせるのはいろいろ問題だし。そうしたら楓ちゃんが『うちで預かっちゃおうか?』って」
「そんなペットを預けるみたいな感じで……」
「絶対千夏ちゃんって癒し系だと思うのよねぇ〜」
もうペットとして見てるだろ、それ。
「流石に今までと勝手が違うから少なからず窮屈な思いはさせてしまうだろうけど、言ってくれれば好きなご飯もつくるし、なんならお小遣いもあげるし。……この愚息と毎朝顔合わせることになるのはどう足掻いても避けられないけど」
「俺のことは余計だろ……というか、俺の意思は?」
「あるわけないでしょ」
ですよねー。
「それで、どうかしら千夏ちゃん。もちろん断ってもらっても大丈夫よ?」
「えっと……」
千夏先輩は困惑した表情で迷った様子を見せる。
そりゃ、いきなりそんな提案をされてすぐに決めるなんてのは無理だろう。
そう思って助け舟でも出そうかと思っていると、ふいに千夏先輩が俺を見て、目が合った。
そして少しばかり逡巡すると、決意を決めたような真剣な表情をして母さんと向き直り、
「ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします」
その提案を受け入れた。
しかも原作完結しそうになってるし!