遥かな刹那を希求する   作:甘朔八夏

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2. 夢幻氷晶舐めども溶けず

 

 

「次の進軍先が決まった」

 

上官の歯切れいい言葉と共に、スクリーンに地図と重要地点の写真が映される。毎回思うけど、この地図すごく旅行雑誌のまとめページに似てる。言ったら怒られるかな。一応軍の秘匿資料って扱いだし、純粋にかっこいいと思ってる人がいたら申し訳ない。

 

「問題なく征圧できる相手だが、『骨董(アンティーク)』技術の入手は不可能だと思っておけ」

 

「えー、ボクがいるのに?」

 

心底以外そうに開いた口を手で押さえるリズ。上官は苦々しく告げた。

 

「『テインヴェ』が一度攻略した特区なのだよ」

 

「———!」

 

会議に参加している者の顔に、一気に緊張が走る。

テインヴェ。それは俺たちの宿敵であり、お互いに意識せざるを得ないライバル特区だった。

 

 

 

「……分かったな? 今回は白星を得て、最低限の情報と報酬を確保すればすぐに退避だ。万が一、硝子音(がらすね)の消耗時に宣戦布告されたらまずい」

 

周囲の視線が一斉に俺……の隣へ向く。「え、なんでボクを見るの?」そう、まずいのである。この特区で最強(リズ)を扱えるのは俺だけだから。

 

 

こほん、と可愛らしい咳払いをして上官が自分へ注目を戻した。特注のゆめかわ軍服の裾をふわりとたなびかせ、上官は画像の変わったスクリーンに指先を向ける。スクリーンには、小麦色に日焼けをした軽装の少女の後ろ姿が映されていた。

 

「改めて注意喚起をしておく。五人未満の編成でこの女に遭遇した者は逃走だけを考えろ。特に捕虜として有用になる地位の者。部下を盾にしてでも逃げろ」

 

 

漆間夜(うるまや) 王利(おうり)

テインヴェ基地の絶対的エース。かの特区の異様な強さは、彼女一人によるものと言っても過言では無かった。

 

 

「硝子音、ヴォイドブリーズ殿。君たちが漆間夜に遭遇した場合、

 

叩きつぶせ」

 

「!……了解」

 

「もっちろん!」

 

 

俺は稀代の天才では全くないし、戦闘狂でもない。普段の戦いでも生きるか死ぬかの緊張と向き合っている一般人だ(『呪物』の使用者だということを除けば)。

 

しかし俺は男の子だ。自分しか対処できない強敵。特別な相手。そう言われてワクワクしないなんて俺には無理だった。

 

俺は今日も戦うだろう。明日も戦うだろう。それが俺の日常だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()

 

地上の大部分がひび割れたコンクリートで埋め尽くされ、人類は辛うじて生き延びた大地に身を寄せ合って毎日を(しの)いでいる。

 

コンクリートの砂漠に断片的に残る大地。人類はそこを『特区』と名づけ、限られた資源を分け合い、奪い合い、細々と生を繋いだ。

 

やがて各々の特区は独自の科学技術を発展させる。過去のオーパーツを分析し、解明し、現代に復活させる。それじゃあ飽き足らない。他の特区と戦い、技術を取り込む。改良する。滅びゆく世界において、停滞は緩やかな死と同義だから。

 

 

それが俺たちの生き方で、それ以外の生き方を俺たちは知らなかった。

 

 

 

「——連絡事項は以上。何か質問は?」

 

 

漆間夜についての説明、次回進軍についての簡単な方針を述べた後、上官はふんすと息を吐いてそう言った。

 

おずおずと手を挙げる者がいる。

 

「君」

 

「えーっと、どうして私はここに居るの?というか居ていいの?」

 

側面の髪をくくってツインテールっぽくしてる少女。以前俺が戦った爆弾使いの捕虜ちゃんであった。彼女は居心地悪そうに身を縮こまらせ、檻の中の草食動物のように震えていた。

 

「まず、なぜ君はここに居るか。情報を得たいだろうと思ったから呼び寄せた。そして、居ていいのか。無論だ。この基地の最高責任者は私であり、私が君の在席を許可している。——他に質問は」

 

淡々と回答を終えた上官に、捕虜ちゃんはぽかんと口を開けて放心した。すぐに正気に戻り「なによそれ」って顔をしている。

 

「……なによそれ」

 

あ、言った。納得がいかないご様子の彼女の隣へすすっと移動する。彼女はビクっと肩を跳ねさせて俺を見上げ、俺を思い出したのか目を見開かせた。賑やかな振る舞いをする子だ。

 

「俺たちは勝った。君の特区から技術を()()()()()()訳だが、それが原因で険悪な関係になるのはいただけない。そこで、君の出番だ。共有すべき情報は共有しよう。それがスポーツマンシップに乗っ取った戦後関係だと俺は思う」

 

「……勝者の余裕ね」

 

「終わったことだ。お次はWin-Win(ウィンウィン)にやろうぜ」

 

いまだ納得いかない顔だが、ひとまず理解はしたようだ。正直、早く受け入れてほしい。巧妙に隠されているからこの子は気づいていないが、先ほどからリズの視線が、彼女を射殺さんと刺さっている。あんな目見たらトラウマになるわ。どうか気づきませんように……。

 

俺たちの会話を見届けた上官がパン、と手を打った。

 

「では定例会議を終了する。解散」

 

 

一気に空気が弛緩する。

多くの女性隊員は一緒にお昼を食べるために上官のもとへ殺到。熱烈なラブコールに「許可する」とだけ伝え、上官は何人ものお供を引き連れてダイニング・ホールへと進軍していった。

お弁当が入った巾着についているアップリケ。そのデザインが上官のゆめかわ服の背中についているものと同じファンシーな天使の羽であることを、俺は見逃さなかった。

 

他の隊員たちも思い思いの昼休みを過ごすのだろう。いつもの仲良しグループで集まったり、尊敬している先輩のもとへ駆け寄ってみたり。

 

捕虜ちゃんも例外でなく、転校生みたく何人かの隊員に囲まれて目を回していた。

 

 

 

え、俺?ぼっちだけど。いつも通り誰も話しかけてこない。は?泣いてねえし。適当なこというなし。あほ。

 

「あの…硝子音先輩」

 

「!!」

 

首をぎゅん、とやりたい欲求をこらえて、俺は声の方向へとゆっくり顔を向けた。そこにいたのはいつも眠たげな目をしている少し年下の後輩男子。

 

「おお、どうした?」

 

彼は視線を床に彷徨わせたあと、控えめな視線を俺に送った。

 

「今度、僕に稽古つけていただけませんか」

 

「!…ああ、もちろんだ。待ってな、ちょっとリズに確認を」

 

「いえ、硝子音先輩と二人がいいです」

 

「!!」

 

 

正直に言おう。とても嬉しい。

俺は自覚している。俺が特別たる所以は、俺が強者とみなされる理由は、全てリズにあることを。とはいえ俺だってリズの使用者として恥ずかしくないよう鍛錬は怠っていないし、後輩に教えられる実力はついているはずだ。

 

「よし、任せろ。……どうだ?よければこの後ご飯でも食べながら打ち合わせを」

 

「! い、いえ、とても嬉しい提案ですが遠慮させていただきます」

 

 

ぺこりと一礼、彼は俊敏な動きで俺の前から去っていった。……やっぱり泣いてもいい? 嫌われてんのかな、俺……。なんで基地の最古参なのにこんなに友達少ないんだろ。俺なんかした?いや違う、なんもしてないからか…? 友だち料金とか払ったら、みんな俺に優しくしてくれんのかな…?

 

 

「あれれ、遥?今日も一人?」

 

すぐ背後から響くリズの無邪気な声が、どこまでも深く俺の心を抉った。その場に崩れ落ちる俺。そんな惨めな男の肩に、リズは優しく手を置いた。

 

「ご主人が寂しそうにしてたら、構ってあげるのが相棒の(つと)めだよね!」

 

「リズ……!」

 

やはり持つべきものは相棒だ。彼女だけは俺に友人のように接してくれる。依存しそう。でも屈服とは違うからこれは大丈夫なはず。友人関係って対等な感じするし。……ん?友人?

 

友だち料金。

 

……俺、いつもリズに何か対価渡してるっけ?

 

 

「リズ、なにか欲しいものないか?何でもプレゼントするぞ」

 

「えっ、ホント!?何でもいいの?」

 

頷いてから、気づいた。「何でも」の中に()()()()入ってたりする? 冷や汗が垂れたが、リズは楽しそうに考えたあと「決めたらまた言うね」と笑うだけだった。

 

「あ」リズはわざとらしく口に手を当てた。

 

「ところで、さっき話しかけられてたけど。何だったの?」

 

「ふっ…聞いて驚くな。俺と二人で訓練したいって言ってくれたんだよ」

 

リズが硬直した。

 

「……ボク抜きで?」

 

「そうだ」

 

「ボクがいた方が絶対いいと思う」

 

 

その目が声が、あまりに真剣だった。俺ごときが教えるなんて片腹痛いってか?普通に傷つくんだけど。今日めっちゃ刺してくるじゃん。

悔しくて言い返す。

 

「いやいや、人に物を教えるってのは、案外お前みたいな天才よりも俺みたいな凡人の方が適してると思うんだ。『ヴォイドブリーズ』は、唯一無二すぎる

って聞けよ!」

 

リズは俺を無視して部屋に戻って行った。俺より広い自室を持ってるくせに、当然のように俺の部屋入りやがって……。でも対抗してリズの部屋に入ることはしない。出来ない。いくら相棒でも女の子の部屋に無断で入るなんて蛮勇を俺は持っていない。

 

孤独な俺は、一人風を浴びに行くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……前の戦いで負けた時、あいつ銃より速く動いて私を抱えたんだけど。それで凡人とかほざいてるの?」

 

「あー……硝子音さん、自分が特別なのはヴォイドブリーズさまの契約者だからで、自分単体だとエースの器じゃないって自己評価だと思う」

 

「え、キモ」

 

 

 

 

 

ーー

 

 

 

 

ふわ、とリズがあくびを漏らす。そのままゆっくりと俺の背中に体重を預け、っておい。おんぶしないよ?自分で立ちなさい。

 

「えー」

 

不満げな声を漏らしながら、リズは二度目のあくびをした。秘蔵のチョコレートを口に放り込んでやる。リズの目がぱっと輝き、口の中で甘味をころころ転がし始めた。いい笑顔だ。この喜びようが見れるなら、自分で食べるより得している気がする。

 

 

「ヴォイドブリーズ殿。すまないな、こんな早朝に呼び出して」

 

上官が申し訳なさそうに眉を下げた。

時は日の出前、場所は出撃用ハッチの前。体内時計が壊れそうな煌々とした人工照明の下で、俺たちは戦闘準備を済ませていた。

 

「上官、俺への(ねぎら)いは?」

 

軽口を叩くと、上官はジトっとした目で俺を見上げた。出撃命令を出すだけなのに、上官はしっかり軍服に着替えている(もちろんゆめかわの)。律儀なものだ。

 

「お前に早朝も深夜も関係ないだろう」

 

それはそうなんだけど、俺だけ無視は悲しい。上官からの激励があれば頑張れる気がする。

上官はため息をひとつ、俺の口に何かをぶっ刺した。

 

「っ!?なにこれ——」

 

 

甘い。

自分の口から棒が伸びているのが見えた。…棒付きキャンディー?

 

「時間外手当だ。舐めておけ」

 

 

手当これだけかい。まあ貰えるなら貰うけど。お菓子は普通に好きだが、新しい装備のために貯金するのが常であるため、飴玉、それも棒付きキャンディーなんて久しぶりに味わう。たまに食べるとやっぱり美味しいんだよな。

 

上官は自分用のキャンディーの包装を外し、口の中に放りこむ。すぐに口からキャンディーを出した。唾液に濡れた棒の先の飴玉を一瞥して、

 

「間違えた」

 

「———んぶっ!?」

 

上官は勢いよく俺の口からキャンディーを引き抜く。俺から奪ったキャンディーを咥え、上官は自分のキャンディーを俺の口に押し込んだ。

 

「——!?」

 

先ほどとは違う甘みが口の中に広がる。顔が熱くなるのを必死で堪えた。今さら彼女と食べ物を共有するだけで騒いだりしない。と、言いたいところだが、飴の間接キスは流石に意識するわマジで。

 

そこまでしてそっちの味が食べたかったのか。俺は熱を持った額を手で冷やしながら訊く。

 

「……何味なんですか、それは」

 

「いちごミルク&コットンキャンディーだ」

 

わぁメルヘン。ゆめかわな上官にぴったりである。

 

 

「では、健闘を祈る」

 

用は済んだとばかりにこの場を去ろうとする上官。俺はその背中を見ると、なぜか彼女を呼び止めたくなる。呼び止めないといけない気がする。

軍服の背に縫われた天使の羽が、彼女を空へ連れていく。そんな妄想をしてしまう。

 

 

そんなことを考えている時に上官が突然振り向いたから、俺はどきりとしてしまった。上官の口からは、俺の口から引き抜いたキャンディーの棒が飛び出している。

 

 

「硝子音。先程言及した時間外手当だが、きちんと給与に加算される」

 

「……はい?」

 

何の話?

上官がため息を飲み込んだ。少し頬を赤く染めて、荒々しく俺に告げる。

 

「———っ先ほどの発言は冗談だ。当たり前に受け入れるな、軍の犬め」

 

 

上官はいつもより大股で歩き、足早に俺たちのもとを去っていった。……ああ、じゃあこのキャンディーは、上官の奢りなのか。甘味なんてはした金とは言えないくらいには高級品なのに。

当たりはきつくなったが、こういう優しい所は昔から変わっていない。知らず口元に笑みが浮かんだ。

 

 

「準備できたー?」

 

軽い調子で俺を呼ぶリズの声。振り向くと、すぐ目の前に紫色の瞳があった。リズは女性にしては背が高い。ほんの少し下から俺の顔を覗き込むリズの表情は、目は、ひどく冴えていた。

 

 

リズは、俺と上官の会話にほとんど混ざらない。上官もまた、俺とリズの会話の輪に入ってこようとしない。

しかし最初から三人で話している時は、二人がお互いに向ける態度は気の知れた同僚そのもの。

 

二人の間に何があったのか、俺は知らない。「聞いてくれるな」と言われてしまったから。知らないままでいいんだと、思いこんでいる。それが俺の日常だと受け入れている。

 

 

 

再びアメジストの瞳と視線を交わす。散歩前の犬のように俺の言葉を待つリズ。

 

「ああ、すまん。行こうか」

 

ついさっきまで眠そうにしていた彼女は、そのまんまるな目をふっと細めた。

 

「うん!」

 

 

 

 

 

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