コンサル・D・ルフィ~我が社は海賊王になる。海賊王という状態のKPIについて~ 作:デバッグ担当大臣
ナミは帳面を片手に、船の食料庫を覗き込んでいた。
「……おかしいわね。予定より減りが早いわ。」
「ルフィ、聞いてる? 食料の補給が必要よ。このペースだと、次の寄港予定地まで持たないかもしれないわ」
「近隣で補給可能な寄港地は。」
「そうねぇ……」
ナミはすでに開かれていた海図の一点を指した。
「ここ、ココヤシ村。みかんが特産物の島よ。食料の補給には向いてるし、航路からもそう外れてない」
「合理的な選択だ。針路をココヤシ村に変更する。」
「決まりね」
◇◇◇
数日後、ゴーイング・コンサーン号がココヤシ村の港へと接岸した。
船から降りたのは、四人だった。
「あれ、ナミは?」
ウソップが辺りを見回すと、ゾロが顎で船室の方を指した。
「さっきから帳簿とにらめっこしてるぞ。食糧が足りなくなった原因を探すんだとさ。」
四人はみかんの香りが漂う坂道を登り始めた。
ルフィは畑の一角へ歩み寄り、木に実っているみかんを手に取ってサンジに渡した。
「
「あ? 俺がか。――まず、色艶や形は綺麗だ」
サンジは皮を剥き、口に運んだ。
「……香りの質が違う。酸味の抜け方も、後味の締まり方もいい」
「他には。」
サンジが答えるより早く、ゾロが横から一房を摘み上げていた。
ウソップも「大船長が味を確認しねェでどうする!」と言いながらみかんを奪う。
ルフィも食べると無言のまま、もう一房、手を伸ばした。
みかんを頬張ったまま歩を進めるうち、辿り着いた村の中心部は――静まり返っていた。
昼日中だというのに、人通りがない。
遠くで誰かがこちらに気づき、慌てて家に駆け込む。
「な、なんだよこの村……。」
「ありゃ、俺たちを恐がってんじゃねェ。『恐がり慣れてる』面だ」
ゾロが刀の柄に手を置いたまま、目を細めた。
そして、四人の視線は、自然と同じものに吸い寄せられた。紋章だった。
ノコギリのような魚の鼻を模した禍々しい紋章が、通りに面したすべての家の壁に例外なく刻み込まれていた。
塗料の新しいものもあれば、風雨に晒されて薄れかけたものもある。
「おい、あんた」
サンジが、物陰からこちらを窺っていた老人に声をかけた。
老人は消え入りそうな声で言った。
「……悪いことは言わん。アーロンさんたちに見つかる前に、船に戻りなされ……。海軍に頼ろうなんて考えとらんだろうな。誰も来やせん……」
それだけ言うと、老人は逃げるように路地の奥へ消えた。
「なあルフィ、ここは一旦戦略的に船に――ルフィ?」
ウソップが振り返ると、ルフィは一行から離れ、通りの外れに立ち尽くしていた。
その視線の先には、村の斜面いっぱいに広がる、みかん畑があった。
荒れ果てた村の空気とは裏腹に、畑だけは手入れが行き届いていた。
万年筆で掌を叩く音が、ふつりと止んだ。
「……紋章、恐怖による支配の道具であり、徹底的なブランディングだ。」
「……おい、ルフィ? ろくでもないこと考えてる顔してんぞ」
ゾロの問いには答えず、ルフィは麦わら帽子を目深に被り直した。
◇◇◇
切り立った崖の上に、魚の顎を模した異様な建造物アーロンパークがそびえていた。
中に入るとそこには見知った背中があった。
――ナミだった。
気圧された様子もなく、正面に立つ巨大な鮫人間アーロンを睨みつけている。
「用意できたって言ってるでしょう!」
「シャハハハ、話は持ってきてからだ。8年も待ったんだ、今さら焦りゃしねェよ、ナミ」
背後で足音がして、ナミが振り返る。
「……ルフィ? な、なんでここに――」
「市場調査中だ。」
「な、なんでもいいから、あんたは先に船に戻ってなさい! これは私の――とにかく、話は済んだわ。アーロン、また来るわ」
背を向けかけたナミへ、ルフィの声が平坦に投げかけられた。
「ナミ。こっちの案件も頼む。」
「は……? 今、それどころじゃ――」
何かを言い返そうとして、しかし、言葉が出てこない。
アーロンが値踏みするような目でルフィを見た。
「シャハハ……人間、随分と余裕だな。ここが誰の縄張りか分かって――」
ルフィは麦わら帽子の下から、アーロンを見上げた。
「この村の事業について、
「……あ?」
「お前の掲げる魚人族の地位向上という
「ふらっと流れ着いたよそ者が。魚人族が積み上げてきた恨みも、悲願も知らねェくせに、したり顔で口挟んでんじゃねェェェッ!!」
アーロンの巨躯から、怒りが弾けた。
咆哮とともに、アーロンの右腕が唸りを上げてルフィへと振り抜かれた。
ただ半歩、視線をそらさぬまま身を反らすと――ノコギリのような鮫の腕が、ルフィの側頭部を捉える寸前で空を切る。
「『ゴムゴムの』――」
気づいた時にはもう、ルフィの両腕はアーロンパークの門柱を掴んで、弓のように反り返っていた。
「――『
音速を超えた二つの拳が、同時にアーロンの顔面へと叩き込まれた。
「ぶしゃァ……!!」という悲鳴とともに、鮫人間の巨躯はアーロンパークの外壁を突き破り、遥か彼方へ飛んで行った。
崩れた外壁の向こうには、崖下の波音だけが響いていた。
ナミは、しばらくその場から動かなかった。
それから、何かを確かめるように、両手できつく自分の腕を抱いた。
◇◇◇
数日後、村では、すでに笑い声が戻り始めていた。
とはいえ、まだどこかぎこちない。
長すぎた恐怖は、簡単には笑い方を思い出させてくれないらしく、子供がはしゃぐたびに、大人たちが一瞬だけ空を見上げては、何もないことに安堵する――そんな仕草が、そこかしこに残っていた。
どの家にも、紋章を削り落とした跡が残っていた。塗料は剥がせても、跡形までは消せなかったらしい。
そんな中、村人たちが畑に集まっていた。
その前で、ルフィは一枚の図面を広げた。
ゴーイング・コンサーン号の甲板の見取り図に、等間隔の丸い印が描き込まれている。
「事業の全体像を通達する。――第一に、我が社はこの畑から成木を数本、買い取り、船の甲板へ移植する。以後、我が社が売るみかんは、すべて船上で育った我が社の
「最後のだけ完全に悪事の口裏合わせじゃねェか」
サンジのツッコミを意に介さず、ルフィは図面を渡した。
村人たちは、ぽかんと口を開けたまま図面を見つめていた。
分かったのは、どうやら木を売るだけでいいらしい、ということだけだった。
「……ちょっと」
いつの間にか、ナミが立っていた。
腕を組み、視線は畑の一角――斜面の上の方の、ひときわ古い区画に向いている。
「甲板に植える木は、その畑のにしなさいよ。……この村で一番いいみかんが生る畑くらい、一目で分かるわ」
「ああ、間違いねェ。葉や果実、木の年季。ここのが頭一つ抜けてる!――ナミさんの慧眼、痺れるゥ!」
ルフィはその畑をしばらく眺め、それから頷いた。
ナミはそれだけ見ると、さっさと背を向けて坂を降りていった。
村人たちと一味が総出で、指定された区画の木の根を掘り起こしていく。
麻布で根鉢を包み終えた頃、一人の村人が、手を止めてぽつりと漏らした。
「……なあ。『物語を纏わせる』ってのは、一体何なんだ。うちのみかんは味は自慢だが、みかんの島なんて他にいくらでもある。話ひとつで、値がつくもんなのか」
「疑うのも無理はねェ」
答えたのは、ルフィではなかった。
裏返しにした出荷箱の上に、いつの間にかウソップが腰掛けていた。
「だがな、おっさん。あんたらは、このみかんの価値をまるで分かっちゃいねェ。……実はよォ。これは今まで誰にも話したことのねェ、俺様の秘蔵の武勇伝なんだがな」
村人たちが、思わず一歩、近寄る。
「昔、嵐の夜のことだ。俺様はある遭難船を救った。ボロボロの小船よ。だがな、乗ってたのはただの遭難者じゃねェ。身分を隠しちゃいたが……ありゃあ間違いなく、『高貴なる御方』よ。この世界のてっぺんの、そのまた上に立つようなお方だ」
「て、てっぺんの、上……!?」
「ま、まさか、天竜び――」
「シーッ!! 名は言えねェ! 言ったらこの島ごと消し飛ぶぞ!」
ウソップは慌てた素振りで周囲を見回し、それから声を潜めて続けた。
「で、だ。飢えて衰弱しきったその御方に、俺様が献上したのが――たまたま船に積んであった、このみかんよ。御方は口にして……何も言わなかった。ただ黙って、もう一房、手を伸ばしたんだ。……分かるか? 世界の全部を持ってるお人が、だぞ? ――『もう一房』だ」
しん、と静まり返った。
さっきまで不安を口にしていた男が、掘りかけの木と、自分の掌を、交互に見つめている。
「――完璧だ。これを
ルフィは淡々と解説を始めた。
「第一に、人物を特定させない
「……おい、待て」
ウソップが出荷箱から立ち上がった。その眉が、ぴくぴくと震えている。
「『匿名性』じゃねェ! 事実だ、本当のことなんだよ!」
「ならば好都合だ。」
「ぐ、ぐぬぬ……!」
退路を完全に断たれたウソップは、真っ赤な顔で歯噛みするしかなかった。
「ただし、この物語は販売時にも
「人の話を勝手に商品にした挙句、注文までつけんのか!?」
掘り起こされた木々の根鉢が、坂の下の港へと、一つ、また一つ、丁寧に運ばれていく。
◇◇◇
数ヶ月後。
ゴーイング・コンサーン号の甲板には、移植されたみかんの木々が等間隔に並び、潮風に濃い緑の葉を揺らしていた。
その一角で海図を検めていたルフィのもとへ、ナミが書類の束を抱えて歩いてきた。
「……見なさいよ、この卸値。ただのみかんが、一箱でこの値段。」
ナミは書類をめくり、呆れたように付け加えた。
「港の商人のあいだじゃ、いつの間にかあることないこと話が膨れ上がっているわ。誰が言い出したんだか……。『あの高貴な御方が愛したみかん』――そのひと言だけで、市場が勝手にこの値をつけてきたわ」
ルフィは書類を受け取り、数字の列に目を走らせ、頷いた。
「想定利益率を上回っている。
「ええ、そうね。……ほんと、大したもんだわ」
ナミは一番古い幹に、そっと指先で触れる。
ざらついた樹皮の感触も、この曲がり方も、枝分かれする癖も――生まれ育った村の記憶と、寸分違わなかった。
「……ねえ、ルフィ」
ナミは木に触れたまま、振り返らずに言った。
「私、ちゃんとした役職と権限、貰うわよ。曖昧な立場じゃなくて。この船の金は私が握る。文句ないわね」
「
「そうよ。……あんたには、その、いろいろと――」
言いかけて、ナミは一瞬だけ言葉を止めた。
それから、わざとらしいくらいに声を張った。
「――誰かが財布の紐、ちゃんと握ってなきゃ危なっかしいのよ!」
「ちょうど契約が切れそうなタイミングだ。――
「タイミングの問題じゃないでしょ!? 人がせっかく……ああもう、いいわよ! その代わり、契約料は増やしなさいよ! 文句は言わせないわよ!」
「じゃ、CFOとして最初の進言よ。この調子で稼ぎまくるわよ。次の目的地、決めなさい」
ルフィは海図の上に、万年筆の先を、トン、と置いた。
「――グランドラインだ。」
KPI(現在値/ 目標値)
※本連載における