三年間グーしか出さなかった狂気の男、山岡。
卒業式の日、彼はついにチョキを解禁する。

弁当のおかず、掃除当番、文化祭の木の役。
じゃんけんで奪われ続けた青春を取り戻すため、山岡は校内を駆け回る。

そして最後に向かったのは、三年間で一番勝ちたい相手――中学からずっと好きだった女の子の教室だった。

※本作はカクヨムにも掲載しています。

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じゃんけんに青春を懸けた男の短編です。


じゃんけん最強になった男

「えぇー……卒業生諸君、まずはご卒業おめでとうございます。えぇー、晴れ晴れとしたこの空の下で、卒業式を挙行でき――」

 

 校長先生のありがたい式辞が、耳の中を通り過ぎていく。両耳が一本のちくわで繋がれたかのようだった。

 つまり、全く耳に入ってこない。

 右耳から入った声が、僕の意思とは関係なく、独りでに左耳から排出されていく。

 

 長話が得意技で、ダルさの象徴として扱われていた我が校の君主とも、今日でさよならだと思えば少しだけ物哀しい。

 友達と一緒に、校長が何回「えぇー」と口にするか数えたのも、今となっては良い思い出だ。

 ちなみに最高記録は116回だった。

 

 卒業してしまえば、校長の無駄話なんて二度と聞くことができないだろう。

 そう思えば、このラストオブザ校長スピーチにもいくらかの希少性を見いだせる気がした。

 

 最後くらい真面目に聞こうかな。

 親孝行ならぬ、校長孝行。高校生活最後の日くらい、立派な卒業生として耳を傾けて終わりたい。

 

 そう決めた、ほんの二分後。

 僕の意識はあっさり旅立っていた。

 

 

 あと少しの高校生活を名残惜しむように、みんな寄せ書きにメッセージを書いたり、写真を撮ったりしていて、HRが終わっても教室から人が減る気配はなかった。

 

 僕はその生徒たちの合間を、忍者のようにすうっと縫っていく。

 つもりだったのだが、すぐに肘が当たった。

 あ、ごめん。僕の肘が悪さしちゃいました。後でしっかり叱っとくんで。

 

 忍びの道はまだまだ険しいらしい。結局何度も謝りながら、僕は親友の席へと向かった。

 

「はあ、はあ……。よし山田! 僕とじゃんけんしてくれよ」

「別にいいけど。なんでそんなボロボロなの?」

 

 幾多の肘打ちと謝罪を乗り越え、やっとの思いで親友の席にたどり着いた僕に対して、山田は心配の眼差しを向けている。

 

 その心配そうな顔を見て、僕は内心ほくそ笑んだ。

 これからじゃんけんで打ち負かされるとも知らずに、ずいぶんと呑気なものだ。

 

「気にすんな。ちょっと百人くらいに肘鉄してきただけだ」

「なんかこの学校に恨みでもあるの……?」

 

 山田が若干、僕の肘を警戒して距離を取った。

 

 失礼だな。ちゃんと普通のじゃんけんで、正々堂々と勝負する予定だ。

 もし物理攻撃ありじゃんけんなら、僕は今この教室で一番強い。

 

「いいから手を出せ。グーでもチョキでもパーでもいい」

「はいはい、分かったって」

 

 山田は完全に油断していた。

 こいつはまだ、このじゃんけんがただのじゃんけんだと思っている。

 

 甘いな。卒業式の日に親友が息を切らしてまで挑んでくるじゃんけんが、ただのじゃんけんであるはずがないだろう。

 

「せっかくの高校生活最後のじゃんけん。勝った方が、負けた方に一つだけお願いできるってのはどうだ?」

「そんなこと言っていいのか、山岡? お前、一度も俺に勝ったことないじゃん」

「いいや、勝つのは僕だ」

 

 きっぱりと断言する。

 

 確かに僕はこの三年間、一度たりとも山田にじゃんけんで勝ったことがない。

 それどころか、校内の誰にも勝ったことがない。敬意を込めて「最弱の山岡」と称えられていた。

 

 だが、今日この瞬間だけ、僕は「じゃんけん最強の男」になる。

 

「そこまで言うのなら……」

「ああ、行くぞ!」

 

 拳に闘気を宿す。全身の力を、右手に集める。最強の形を作り上げる。

 

「最初はグー!」

 

 もはや慣れ親しんだ掛け声。無意識のうちに口がそれを唱えている。

 僕はこの三年間、誰彼構わずひたすらにじゃんけんを挑み続けてきた。

 

「じゃんけ~ん……ポイっ!」

 

 これは、その集大成だ。

 

 僕のチョキに対して、山田の手は当然のようにパーだった。

 

「なっ、おい! そんなんアリかよ!?」

 

 明かされた僕の手の内に、山田が目を見開く。

 堪えきれず、思わずニチャアという汚い笑みがこぼれた。

 

「お前、グー以外出せたのかよっ!」

「ブフッ! 引っかかったな! そうだよ、今までグーしか出してこなかったのは、今日この日のためだ!」

 

 そう、僕がこのマンモス校でじゃんけん最弱の名を欲しいままにしていたのは、決して駆け引きが苦手だったからではない。

 ただひたすら、グーだけを出し続けてきたからだ。

 

 おかげで弁当のおかずや発表の順番など、学校生活で不当に搾取され続けたが、今や誰も僕がグーを出すことを疑わない。

 ちょいとチョキを出してやれば、簡単に勝てるってわけだ。

 

 一部女子から「逆に男らしい」と褒められていたのは非常に心残りだ。

 だが、すべてはこの日のために用意したこと。今日限りの反逆と行こうじゃないか!

 

「あーあー、負けたよ。それで、お望みはなに? 焼き肉でも奢れって?」

「そんなの要らないよ。ただ……卒業しても、たまには遊んでくれって」

「はあ? どうしたお前、気持ち悪いぞ」

 

 不快感を隠そうともせず、山田は思いきり眉をひそめる。

 

 いや、自分の気持ちに正直なのは美徳だと思うけどさ。もうちょい取り繕わない?

 三年間グーを出し続けて最弱と罵られた僕にだって、傷つくことはあるんだぞ。

 

「こんなこと今日くらいしか言えないだろ? 進路も違うし、普通に言うの照れるじゃん」

「まあ、そういうことなら」

「ということで、お前はこれからセリヌンティウスだ。じゃ! 僕はいろんなやつに恨み晴らしてくるから!」

 

 あの山岡がグーをやめた。この情報が校内に広まる前に、狩れるだけ狩る。

 えっ、と呆けている山田を置き去りにして、僕は教室を飛び出した。

 

 三組のあいつに、雑用を押しつけてきた担任教師、エトセトラ……。

 

 僕がグーしか出さないのを良いことに、散々こき使ってくれた奴らはメモしている。

 さてさて、どう料理してくれようか……。

 

 

「何ぃ!? あの漢の中の漢といわれた山岡が、ちょ、チョキだとぉ!?」

「さあ、今まで奪われた金! 綺麗さっぱり返してもらおうか!」

「ほらよ、うまい棒の十円。悪かったな」

 

「山岡……! お前、チョキを使えたのか!?」

「先生! 今まで、クソお世話になりました!」

「成長、したな……」

 

「こんなの、ボクのデータにないぞッ!」

「一人称かぶってるからさ。俺様とかにしてくんない?」

「こんなの、俺様のデータにないぞッ!」

 

「私、グー以外使わない山岡君のこと、ちょっとカッコいいかもって思ってたんだけどな」

「うん……。そっかぁ……」

 

 今日いちばんの敗北だった。

 

 うまい棒が好きなヤンキーの山口。何度も拳を突き合わせた担任の山本先生。ノリの良いメガネこと山野。果ては、図書委員の山崎さんまで。

 

 行く先々でチョキを突きつけ、復讐行脚を終えた僕は、最後にある教室の前へ立っていた。

 

 さっきまであれほど軽かった足が、ぴたりと止まる。

 たった一枚の引き戸の向こうに、僕の三年間で一番勝ちたい相手がいる。

 

 逸る気持ちを抑えるために、深呼吸をする。

 別になんてことはない。三年五組――そこにはただ、僕の想い人がいるってだけだ。

 

 手のひらを握って、開く。

 グー、パー、そしてチョキ。

 何度も確認してから、僕はようやくドアに手をかけた。

 

 ガラガラっと勢いよくドアを開け放つ。

 想い人の居場所はすぐに分かった。脳が勝手にフィルターをかけてくれているのか、視線が向かった先にその人はいた。

 

「や、山蔦さん……!」

「あれ、山岡くんだ。どうしたの?」

 

 その声だけで心臓が跳ねる。

 山蔦さんとは中学も一緒で、聞き慣れた声であるはずなのに、心臓はちっとも慣れてくれない。

 

 肩のあたりで切りそろえられた髪が、彼女が振り向く動きに合わせてふわりと揺れる。

 卒業式だから、胸元には小さなコサージュがついていた。

 ただそれだけのことなのに、僕の中の語彙は一瞬で死滅した。

 

 可愛い。

 以上である。

 

 僕のただならぬ雰囲気を察したのか、山蔦さんの周りに集まっていた女子生徒が散っていく。

 そして遠巻きにニマニマしながらこちらを見守り始める。

 

 やめてほしい。

 人の恋路を観客席から眺めるんじゃない。せめてチケット代を払ってくれ。

 

「じゃんけん……しない? ほら、高校も最後だしさ」

 

 いやに喉が渇く。上手く自分の口が回っているか分からない。

 それと、告白じゃないんかい! と物語っている野次馬どもの視線が痛い。

 

 山蔦さんは、懐かしむような顔で笑った。

 

 三年間、僕は何かにつけてじゃんけんを持ち出していた。

 掃除当番も、購買へ買い出しに行くのも、文化祭で誰が木の役をやるかも、全部じゃんけん。

 そのたびに僕はグーを出して、負けて、周りに笑われていた。

 

 山蔦さんはいつも少し困ったように笑っていた気がする。

 今みたいに。

 

「山岡くんって、ほんと変わらないね」

 

 その声は少しだけ嬉しそうだった。

 

「いいよ。やっぱり高校生活の締めといったら、じゃんけんに限るよね!」

「じゃあ、せっかくだしさ、勝った方が一つお願いできるなんて……どう?」

「うん、面白そう。やろうよ!」

 

 山蔦さんは軽く言ったけれど、その指先がほんの少しだけ制服の裾をつまんでいた。

 

 緊張しているのだろうか。

 

 いや、まさか。こんなじゃんけんで緊張しているのは、きっと僕だけだ。

 

「それじゃあ、行くよ?」

「うん!」

 

 山蔦さんが右手を胸の前に、ちょこんと構える。

 見慣れたじゃんけんのはずなのに、相手が山蔦さんというだけで、まるで別の競技みたいだ。

 

 勝ったら、何をお願いしようか。

 

 僕と付き合ってください――と、本音をいえば頼みたい。

 しかし、それはあまりにも相手の気持ちを顧みていないだろう。

 

 勝ったから付き合ってくれ、なんて言われても困るに決まっている。

 好きな人を困らせるために、三年間グーを出し続けてきたわけじゃない。

 

「じゃんけ~ん」

 

 僕の三年間の努力は間違いなく今日のためのものだけど、想い人が嫌がることは、やっぱりしたくない。

 

 それくらい、どうしようもなく、好きなんだ。中学からずっと。

 

 今もまともに告白できていないようなヘタレだけど、せめて、最後に一緒に写真くらい――。

 

「ポイ」

 

 声が重なり、二人の手が明かされる。

 

 僕の方は、パー。

 やっちまった。緊張で頭が真っ白になって、グー以外を出すことしか考えていなかった。

 

 いや、まだ大丈夫。

 山蔦さんもパーなら、まだあいこだ。

 

「あ、あれ?」

 

 またお互いの声がハモった。

 山蔦さんの手は、チョキだった。

 

 僕はじゃんけんとなるとグーしか出さない。

 そんなこと校内の常識のはずなのに、一体何故、山蔦さんはチョキを出しているんだ。

 

「ど、どうしよう。負けるつもりだったのに、勝っちゃった」

 

 慌てた様子の山蔦さん。

 僕も心の中では慌てふためいている。

 ど、どうしよう、負けちゃった。

 

「えっとぉ……。山岡くんが、なんでも言うこと聞いてくれるってことだよね……?」

「う、うん。そうなるのかもしれない」

 

 ちらっと上目遣いで確認してくる山蔦さん。

 

 普段なら、ここで何かしょうもない冗談を返していたと思う。

 謎のツボは買えないよ、とか。

 

 けれど、彼女の声が少しだけ震えていたから、僕は戸惑い気味に首を縦に振ることしかできなかった。

 

「そ、それじゃあ、第二ボタンとか……。もらってもいいかな?」

「えっ、うん。こんなのならいくらでも」

 

 ブチっ、と力任せにボタンを取る。

 僕はこれでもクイズ部で副部長を張っていたから、筋力には絶対の自信があった。

 

 早押しクイズのコツは筋肉にある。

 知識だけでは、ボタンは押せないのだ。

 

 それにしても、第二ボタン程度でいいのか……?

 なぜかオーディエンスから非難の視線を向けられている気がする。

 

「そっか、分かんないよね。学生服のボタンって、渡す位置によってそれぞれ意味があるんだ」

 

 急に始まった山蔦さんによる学生服ボタン講座。

 不思議に思いつつ、僕は分かっているふうの顔で神妙に頷いた。

 

「第一ボタンは自分、第三ボタンは友人、第四ボタンは家族。第五は……ごめん、忘れちゃった」

 

 てへっと謝る山蔦さんも可愛い。

 

「それで第二ボタンはね……。一番、大切な人」

 

 言い終えた山蔦さんは、第二ボタンを両手で包むようにして持っていた。

 その指先が、さっきよりも少しだけ赤い。

 

 そうか、山蔦さんは文芸部だから、そういったことにも詳しいんだな。さすがだ。

 僕もクイズ部としてこれくらいは知っとけって話なのだけど。

 

「って、あれ? それって……」

 

 第二ボタンに込められた意味は、大切な人。

 それを知りながら、山蔦さんは僕にそれを求めた。

 

 勘違いだったら、物凄く恥ずかしいけど、それって、つまり……。

 

「うん、ずっと前から好きでした。ひたむきな山岡くんのことが」

「えっ、と……」

 

 顔がみるみる熱くなっていくのを感じる。

 見れば山蔦さんの顔も耳まで真っ赤で、僕らはきっと鏡写しのようになっているに違いない。

 

「僕も、そうなんだ。中学から、ずっと」

「えへへ……。私たち、お揃いだね?」

 

 照れくさくなって、二人して頬をかく。

 おい、そこの女子たち。僕らを肴にニヤニヤするのをやめてくれ。

 

「山岡くんはじゃんけんに勝ったら、何をお願いしようとしてたの?」

「いろいろ考えたんだけど、一緒に写真撮ってくださいって言おうと思ってた」

「ふふっ、山岡くんらしいね。じゃあ、撮ろっか」

 

 山蔦さんが隣に並ぶ。

 肩が触れそうな距離に、心臓がまた忙しくなった。

 

 可愛い、近い、どうしよう。

 そんな情けない言葉ばかりが頭の中をぐるぐる回って、僕はぎこちない手つきでスマホを構えた。

 

「山岡くん、手、グーになってるよ」

 

 言われて見れば、緊張のあまり、僕の右手は固く握られていた。

 思わず苦笑する。三年間グーしか出さなかった僕には、やっぱり最後の最後までグーが似合うらしい。

 

 山蔦さんは楽しそうに笑っていた。

 その笑顔ごと、僕は高校生活最後の一枚に収めた。




最後までお読みいただきありがとうございました。
「山岡、しょうもないけど嫌いじゃないな」と思っていただけたら嬉しいです。

もし作風が合いましたら、カクヨムにて別作品『鶴が恩返ししないんだが』の加筆修正版を更新しています。
本文の調整や加筆もしていますので、よければ暇つぶしに覗いてやってください。

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