※NTR要素は幼馴染が他人に好意を向けたという事実だけで、他に含まれません
長年一緒にいた幼馴染に絶縁を迫られた俺
失意に暮れ彷徨う俺の前に自称天使様が現れた
幼馴染の縁を間違って繋げたから、貴方は彼女と結ばれません
そんな宣告を受けて俺は一言、「ふざけるな!」
天使様の小道具でちょっと突かれたぐらいで、人の人生を決められてたまるかよ
絶対に俺たちの関係を証明してみせる!

※なお、上記の会話の記憶を全部消された為、とんでもない迷走を始める模様

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脳は砕けば砕くほどいいとされており


拝啓、クソッタレの天使様へ

 

 1

 

「私、好きな人が出来たんだ」

 

 放課後の教室で俺の幼馴染はそう言った。

 特段、驚くべきことでもない。

 子供の頃から高校に入ってもずっと続く腐れ縁。

 

 その中のうちで、こんなのよくあることだ。

 続く台詞は大体『だから私の恋路を応援してよねっ』みたいな身勝手な言葉が飛び出してくるのがいつものテンプレだった。

 

「だから、雅人は私に関わるのはやめて」

 

 一瞬、頭がぽかんと真っ白になった。

 教室の端で屯していた女子グループの会話すらピタッと止まって、気まずい沈黙が訪れる。

 

「……冗談で、言ってるんだよな」

 

 ふらっと知らないうちに伸びた手も、すぐさま彼女にはたき落とされる。

 

「聞こえなかった? 私に関わらないでって言ったの、もう私に話しかけないで」

 

 それでもなお冗談きついってと笑い飛ばそうとして、彼女の顔を見てぎごちない表情のまま、顔を引き攣らせるしかなかった。

 むすっとした今にも炸裂しそうな不機嫌な表情、これ以上触ってもどうしようもない。

 

 素直に鞄を持って、俺は教室を出た。

 幼馴染に何も言わないまま。

 いつも二人で帰っていたはずの道を、一人とぼとぼと歩き始めた。

 

 2

 

 中谷(なかたに) 雅人(まさと)には秋野(あきの) 由美(ゆみ)という幼馴染がいる。

 これもまあ部屋の片付けはできないし、性格も大してよろしくないし、何かあれば暴力に頼る、そのくせ抵抗されればすぐ涙目で被害者ぶるというカスのハッピーセットみたいなもん。

 

 まあ、容姿はいいのだけれど。

 前者の弱点を全て補って余りあるレベルなのだから、常々人は生まれによるんだなと雅人は思っていた。

 

 というか、生まれてこの方彼女にずっと引きまわされていたから、俺からしてみればそういう性格なら仕方ないという諦観の念。

 どうせ治らないモノであるし、それが改善されたら改善されたで、きっと由美は自分の隣にいないだろうという確信があった。

 

 まあ、間違いなく俺と彼女は釣り合ってはいない。

 ただ彼女の性格の悪さに誰も近寄ろうとしないだけだった。男だけならまだしも、女子からもなんとなく距離を置かれてるのだから、本当に救いようがない。

 

 だから由美が『私の恋路を応援しなさい』といくら俺の背中を蹴り飛ばそうが、そして俺がどれだけ彼女のために汗水流して努力しようが何も変わることはなかった。

 彼女に彼氏ができることはない。

 そして当然、俺にも彼女ができることはない。

 

 まあ、俺の想い人は幼馴染である由美であるのだから、そこら辺は別に問題ないのだが。

 好きな相手と一緒にいられるというのは、苛烈な性格、それに無茶な要望を込みにしても差し引きプラスだった。

 当然といえば当然、だって好きなのだから。

 性格が無理とか、そういうハードルはとっくに飛び越えていた。

 

 なんで俺は由美のことを好きなんだろう?

 たまに布団の中で一人考えることがある。

 きっと明日も色々巻き込まれるんだろうな、それがわかっていながら、どうして俺はそれを拒まないんだろうと自問自答を繰り返す。

 

 真っ先に思いつくのは顔、何はともあれ顔。

 ふんわりとした肩に届くぐらいの天然パーマに、いかにも気の強そうなぱっちり開いた瞳。それに薄い桃色の唇。

 昔は可愛い、可愛い、お人形さんみたいだと煽てられていたのに、気が付けば綺麗でも可愛いでもなくカッコいいという方向に容姿ポイントを振り始めていた。

 まあ、そういうところが好きなのだが。

 

 顔が除いたら、そこに何が残るんだろうか。

 そう、きっと、俺は由美が自分のことを好きなんだと勘違いをしていたのだ。

 

 まだ明るい道を一人で帰りながら、ため息を吐く。

 なんとなく、裏切られた気分だった。

 

 互いに同じ感情を向け合っていたと思っていたのに、そんなに俺は簡単に切り離せる物だったのか。

 邪魔だと思ったら、自分勝手に捨てられるような存在でしかなかったと告げられたような気がして。

 

「……俺ってその程度の存在だったのかよ」

 

 思わずそんな言葉を漏らしながらふらふら歩いていると、否が応でも家の前に辿り着く。

 

 門扉を抜けて、ふっと顔を上げたところで思わず立ち止まる。なんか、玄関の前に長い布切れを一枚纏った異常者が立っていた。

 

 3

 

 家の玄関の前に長い布切れを纏った痴女がいた。

 一際目を引く長い金髪と日本人離れした他人を拒絶する美貌が、この状況を一層理解不能へと導いていた。

 何も言い出せないまま、俺は門扉のすぐ近くで立ち止まっていると、彼女はゆっくりと口を開いた。

 

「どうも、天使です」

 

 その言葉を聞くなり、体はすぐさま動き始めていた。

 ズボンのポケットからスマホを引っ張り出して、すぐさまコールダイヤル110。

 

「あーすいません、警察ですか? 家の前に布切れしか一枚しか纏ってない異常者がいるんですけど」

「無駄ですよ、ここは現実ではないので。あとこれは布切れではなくトゥニカという正装です」

 

 ぴっと自称天使が手のひらを向けて静止してくる。

 通報しないでほしいという懇願だろうか、しかし確かに一向に電話が繋がる気配がない。

 チラッとスマホに目を落とすとアンテナの表示どころか、時計の表示も消えていた。

 

「理解していただけたでしょうか、私が天使だということに」

「あーこれ夢か。お前もなんか既視感あるもんな、クラスメイトに確かお前みたいな奴がいるよ」

「……まあ、そういう認識でも構いません」

 

 不思議な沈黙の後、ここは夢だと彼女はいう。

 夢ならばと異常者の胸に手を伸ばそうとすると、彼女の右腕がしなって頰に飛んできた。

 

 普通にビンタされた。

 頰が痛い、夢なのに。

 というか夢だというのに、痛みを感じても不思議なことに全然目の前の現実は変わらなかった。

 

 不思議な夢だなと思いながらも、無性にむしゃくしゃしていた。

 夢の中ですら好き勝手できないのかよ、と。

 胸の内で怒りが煮え繰り返って、それが形になって飛び出てきた。

 

「何抵抗してるんだよ、コスプレ痴女野郎がッ!」

「私のセリフですよねッ! クラスメイトと顔が似てるやつの胸を何触ろうとしてるんですかッ!!」

「おっぱいに触ろうとしたんじゃない!!ちょっと服の下がどうなってるのか捲ろうとしただけだ!!」

 

 ぼっと顔を赤く染めて、凄い勢いで拳が降ってきた。

 どうしてこんなことになったんだろう。

 ほんの少し服がどういう形になってるのか知りたかっただけなのに。いや、もちろん、中もちょっと気になるっちゃきになるけど、ほんの少しだけなのに。

 

 夢の中でこんな痛みを味わいながらボコボコにされるなんて初めての経験だった。

 はあはあと肩で息をする痴女の横で、これはほんとに夢なんだよなと芝生の上で横たわりながら、やたら静かな夕暮れの空を見上げていた。

 

「いい加減、本題に入りたいんですけど」

「別になんでもいいけど、早く目を覚まさせてくれよ」

「……まずは謝罪を。私、縁結びの天使の仕事をしてるんですけど」

 

 思わず芝生からガバッと身を起こす。

 聞き捨てのならない言葉だった、縁結びの天使?

 それってもしかして、いきなり対応が冷たくなった幼馴染と関係があるんじゃないか?

 こっちの言いたいことを感じたのか、深く頷いて彼女は言葉を続けた。

 

「ええ、あなたの予想通りです。本来なら中谷 雅人と秋野 由美は結ばれる筈でした」

「……筈でした?」

「こう、人を矢で貫くのが私の仕事なんですの。秋山 由美の矢で、中谷 雅人を貫く計画でした」

 

 気が付けば、痴女の手には大弓と一つの矢が握られていた。

 矢の羽の部分には赤いリボンが結び付けられている。

 

「その予定だったんですけど、全然関係ない第三者に秋山 由美の矢が突き刺さってしまって、彼女は彼と結ばれる運命に陥ったのです」

「いやちょっと待てよ」

 

 頭痛がして、思わずこめかみを抑える。

 間違えたのは100歩譲っていい、いや全然良くないんだけど今はそれを置いておくことにしよう。

 

 それじゃあつまり、俺は矢で貫くなんて工程を挟まなければ、俺たちは結ばれない関係だったってことじゃないか。

 こいつが言ってるのはつまり、運命なんて天使みたいな存在が弄んでることになるんじゃないか?

 

「……これは夢なんだよな、俺の妄想なんだよな」

「夢だと思いたいなら、どうぞご勝手に」

 

 否定するわけでもなく、肯定するわけでもなく、どっちでもいいかのように彼女は佇んでいる。

 あくまで俺が夢の中で、俺と彼女が繋がらなかった理由を適応化してるという可能性もある。それで終わらせても全然構わないし、何よりこいつを信用する理由がない。

 それでも、聞かないなんて選択を選べるはずがなかった。

 

「……続きを言ってくれ」

「あなたは秋野 由美と結ばれる筈だった、それなのに私の失敗により不利益を被った。だからそのための補填にわざわざここまで訪れたんですよ」

 

 あなたはどうしたいんです? とにっこり笑みを浮かべて彼女は囁く。

 

「貴方の矢を特別に、今なら誰でも突き刺してあげましょう。行き遅れの英語の女教師でも、みんなの憧れの生徒会長でも、貴方のことを密かに思っている同級生でも、今なら出血特大大サービスで好き放題に選ばせてあげますよ」

「……それを刺せば全部どうにかなるって?」

「ええ、貴方はどうしたいんです? 誰と付き合いたいんです?」

 

 全部、それで運命が決まるというのか?

 これさえあれば全部どうにでもなるというのか。

 全部こいつの手の内か?

 

「……ざけるな」

「……?」

「ふざけんなって言ってんだよ!!」

 

 思わず掴みかかろうとするも、彼女は一歩後ろに下がってしゃがみ込んだかと思えば、ガクンと不意に上へとずれた。

 大きなジャンプかと思った、けれども彼女は物理法則に反して一向に降りてこない。

 

 そのまま、すーっと手が届かない距離へと離れていく。

 真っ白い羽が一つ、目の前を過ぎっていく。

 バサリと大きくもう一度彼女の背中で翼がはためく。天使という事象に相応しく、気が付けば彼女の背中から大きな翼が生えていた。

 

 不思議なことに、なんとなく翼そのものを使っているのではないような気がした。それを使っている割とには羽ばたきの量が明らかに少なかった。

 到底あり得ない。CGを使ってるんじゃないかと思うぐらいな神秘的な光景を目の前だというのに、やりようのない怒りが俺の胸の中に渦巻いていた。

 

 矢が刺さらなかったから、だめなのか?

 たったそれだけで俺と幼馴染の縁は切れたというのか?

 その程度で切れるような縁を俺たちは積み上げていたのか?

 

「そんな施し誰も求めてないんだよ、コスプレ野郎」

「ほう」

「俺の運命がその程度のちっぽけな矢で決められてたまるかよ、夢の中で人を惑わすことしかできないくせに」

 

 やれやれと呆れたように自称天使は首を振った。

 

「貴方より私の方がずっと人の付き合いを見てきたんですよ、何も知らない癖にほんとに哀れですね」

「そもそも、ね。その矢で人の思いを変えられるというなら、その第三者に刺さったっていう間違った矢を抜いてみろってんだ」

 

 何を言ってるかわからないと、彼女は首を傾げた。

 

「どうせ、人の結びつきなんて矢で決まるんだから、あの人が誰にくっつこうがどうでもじゃないですか?」

「……ほんとに理解できないんだな、お前は」

 

 根底から価値観が違うのだ。

 誰と誰がくっつこうが、どうでもいいと思ってる。

 結局、こいつにとっては記号でしかない。だから、他人のことなんて考えずに好きな人とくっつけてあげると提案できるのだ。

 

「こんなにお得な提案をしてあげてるのに、私が責められる意味がわからないんですよね。付き合えるはずのなかった人と付き合えるんですよ? 誰でもいいんですよ?」

「それじゃダメなんだよ、それを理解しなきゃダメなんだよ」

「別に、理解できなくても困らないので。じゃあ貴方の矢を秋野 由美に刺せばいいんですね」

 

 すーっとそのままどこかに飛び去ろうとするのをみて、慌てて俺は両手を振った。

 

「それをやめろって言ってんだよ! お前の矢で人の感情を上書きすんな、偽物の感情なんて受け取って誰が喜ぶんだよ」

「……さっきから言わせておけば、貴方、私の仕事を侮辱してるんですか?」

 

 彼女の逆鱗に触れてしまったような気がした。

 でも、ここだけは引き下がれない。

 そういう意味で言ったわけじゃなかったと首を振るが、それでも彼女の行動だけは止めなきゃ行けない。

 

「運命が決まってるなんて俺は信じたくないんだよ、少なくとも俺は」

 

 認めたくない。

 俺は矢を使わなければ幼馴染と結ばれなかったなんて、どうしても受け入れられなかった。

 それを証明するためにも、もう一度彼女と向き合わなければ。

 

「俺はお前の矢を使わない、その上であいつと俺のハッピーエンドまで辿り着いて見せるから」

「……言いましたね、その言葉、忘れないでくださいよ」

 

 賭けをしましょう。

 ふよふよと中を彷徨いながら彼女は言った。

 

「あなたはこれから記憶を消して、現実に戻ります。その上で貴方の思いが本物かどうかを証明してください」

 

そうして彼女は一つ指を立てた。

 

「気をつけなければいけないことがあります、まず貴方と彼女の縁はそれより強い縁が結ばれたことにより徐々に薄れつつあります」

「無くなるのか?」

「完全になくなるなんてことはありません、ただ見込みはなくなるでしょうね。そしたら貴方の負けと私は判断しましょう」

「ちょっと待て、元々縁が結ばれてるとするなら矢の効果はなんなんだ」

 

 これは確定させるものなんですよ、と彼女は言った。

 

「矢はその縁を確定させます。そして生存が決められた強い縁は他の縁の可能性を吸い取り、強く成長していく」

「その縁が育ち切るか、俺が勝ちの目がなくなるぐらい弱くなるのかってこと、か」

 

 ふと、矢が刺さらなかったら俺たちはどうなったのだろうと疑問が思い浮かんだ。

 俺と彼女の縁が一番強いのであれば、わざわざ矢の剪定を挟む必要はなかったんじゃないか?

 その疑問を遮るように彼女の声が飛んできた。

 

「縁が繋がるのは矢だけではないという妄想が現実であることを、私に教えてくださいよ」

「記憶を消すってどうやって……まあこれが夢みたいなもんなら起きたら忘れるか」

 

 っていうか、どうやって目を覚ませばいいのか。

 そんな疑問が浮かんだ。さっきボコボコにされた時も痛みでも目が覚めなかったんだよな俺。

 どうすればいいのか教えてもらおうと空を見上げると、視界いっぱいに迫り来る矢があって。

 

「それじゃあ幸運を」

 

 いや、そんな物理的な方法なのかよと、呟く暇もなく右目が真っ赤に染まったかと思えば、何も見えなくなって。

 激痛。眼窩をぐちゃぐちゃに貫いた矢が一瞬にして思考を根こそぎに持っていってしまった。

 

 絶対さっきまでのやり取り根に持っていただろうと、散り散りの思考の中で抗議しようとするけれど、もう口も動かない。

 

 完全な暗転。

 

 3

 

「……雅人、ねえ雅人ってば!!」

 

 遠くから、微かに声がする。

 キンキンとした声が頭に響く。

 

 頭が割れるかと思うぐらいの頭痛と相まって、ひどく不愉快だった。

 やめてくれ、と言おうにも呂律が回らない。

 

 というか、俺は今どこにいる?

 今、どういう状況なんだ?

 

 どうしてこうなっているのか、全く理解できなかった。

 痛みで潤んだ視界を探ると、俺は自宅の前にいるようだった、隣にいるのは由美。

 そうだ、今日は一人で家に帰ろうとしてたんだったか。

 

 門扉のところまで辿り着いたところで酷い頭痛に襲われて、思わず動きを止めてたんだった。

 理解が追いついてくると、不思議なことに痛みもすっと引いていった。

 

 もう大丈夫だ。

 隣で心配そうに俺の背中を摩る由美を置いて、家に入ろうとして。

 

「ねえ、雅人ってば……ッ!?」

 

 

 心配そうに伸ばされた手を振り払っただけ。

 でも、思った以上に力が入ってしまった。

 

 それでも拒絶されるとは思っていなかったのが、由美は愕然とした表情をしていた。謝らなきゃという気持ちに駆られるけれど、必死に押さえつける。

 

「……ほんとに大丈夫だから、俺のことは気にすんな」

「でもっ、あれは明らかに異常だよ……? すぐに病院に行かなきゃ……」

「あのさ」

 

 由美は自分で言ったことを忘れてしまったのだろうか?

 

「関わるなって言ったのは由美だろ、喋りかけるなって拒絶したのはお前だろ。俺のことは俺でケリをつけるから、お前は俺に関わるな」

 

 そう人差し指を突き付けて、彼女の返す言葉も待たずに家へと逃げ込む。

 面白いぐらいに真っ白な表情と、今にも溢れ出しそうな瞳を無視して。

 

 本当に大丈夫だから。

 頭がかち割られるかと思うほどの痛みもとっくに消えたから。

 

 手も洗わず、うがいもせずにそのまま部屋へと逃げ込む。

 鞄を適当放り出し、一つ息を吸い込んで、思い切り机に足を蹴り込んだ。

 ゴンっと言う鈍い音が部屋に響く。当然、頑丈な机は無傷だったし、加減もしなかったから背中を痛みが駆け抜ける。

 

「……ッ!! ほんと、痛いってーの!!」

 

 ぴょんぴょんと小指を押さえながら跳ね回る。

 痛い、思わず涙が出るぐらい痛い。

 

 痛い痛いと呟きながら、ベッドに倒れ込む。

 加減効かなすぎて、思わず小指が砕け散ってしまったんじゃないかと思うぐらい。

 

 まあ、悪くない。

 馬鹿なことをやったとは思ってる。

 それでもちゃんと欲しかったものはもらえたのだ。

 

 この痛みもこのポロポロと溢れる涙も、自暴自棄が原因だと錯覚することができたから。

 

「俺、失恋したんだな……」

 

 ポツリと漏らした言葉が、ジワリと疲れた体に染み込んでくる。

 結局、そこなのだ。

 もう俺の幼馴染の縁はスッパリと切られてしまった。

 さっき彼女が話しかけてきたのも、ほんの偶然。

 

 ただ、俺が少し気分悪くなったから気にかけてくれただけ、まああんな偶然何度も続かないし、それに縋る気もなかった。

 

 自分の弱さを人質にするなんて、あまりになまっちょろすぎるし、そもそもの話で、彼女は絶縁を迫るぐらいには俺に感情を持ち合わせていないのだから。

 互いに不幸になるだけの延命作業なんてやる必要がない。

 

「明日から少しだけ平和になるんだろうな」

 

 そう、平和で退屈な日常が帰ってくる。

 それだけはきっと確かなことだった。

 

 4

 

 翌日の朝。

 自室の窓から家の前を見下ろすと、由美が出待ちをしているのが見えた。

 何をしてるんだ、あいつは。

 

 確かに今までは通学時間を合わせていたけれど、わざわざ言うまでもなくそんな関係は解消されているつもりだ。

 

 それがまだ解消されていないというのなら、きっと、とっくにインターホンは鳴らされているはず。

 それでも由美は押さなかった。

 

 何故か?

 多分、こうだろうという推測はある。

 あくまで、俺と偶然遭遇してしまったという体を装って俺に話しかける為。

 

 馬鹿馬鹿しいとため息をつく。

 何をやってるんだ、あいつは。

 

 俺に関わってる暇はないだろう。

 だって無関係の他人同士なのだから。

 そもそも偶然あったところで、昨日言った通りに俺たちは一切会話をする気はないのだから。

 

 由美の思惑に乗るつもりは全くなかった。

 彼女が家の前から消えるまでの我慢比べ。

 

 勝者は俺、代償は遅刻。

 報酬は特になかった。

 

 

 

「なあ、橋立。今日も学食行くんだろ、俺も付き合っていいか?」

「いいけど、珍しいな」

 

 四限終了時、クラスメイトである橋立の元へ近づいて軽く提案をする。視界の隅で由美の頭がぴくりと揺れたような気がしたけれど無視、彼女も俺に対して学校内では我関せずというスタンスを貫くようだった。

 

「いつもみたいに、秋野さんと飯食うんじゃないのか?」

「ああ、あいつとはもう何も関係しないってことになったから」

「何だそりゃ」

 

 怪訝な表情を浮かべているけれど、そうなのだから仕方がない。

 それ以上の説明はする気が無かった。振られましたなんて、恥ずかしくて言えるはずがない。

 まあ、そのうちバレるのだろうけれども。

 

 あの一連の会話は女子グループに聞かれていたし、俺と彼女が実際に断絶したということに気が付けば自然と話は広まっていくだろうと予想がついた。

 

 渡り廊下を二人で歩きながら、隣を歩く橋立の顔を見上げる。

 それにしてもイケメンだなこいつ、由美が惹かれるのもわかるような気がした。俺が女の子だったら間違いなく放っておかなかっただろうし、実際モテモテではあるのだけれども、彼は独り身を貫き通していた。

 

 縁がね、ないんだよ。

 たははと笑っているが、ただ縁を繋ごうとしないだけだということを俺は知っていた。

 バスケ部のエースという一軍グループの癖に、他人と積極的に関わろうとしないのだから理解が出来ない。

 

 女どころか、男からも遠ざかっていく一匹狼。

 都会って息苦しーよなとは彼の言葉だが、都会ではなく学校と言い換えるべきなのを俺は知っている。

 そんな奴が俺と縁があるのも不思議な話だが、あるのだから仕方がない。

 

「で、今日は何? どうせ何かあったんだろう? 聞くだけならいくらでもいいけど俺に相談に乗って欲しいって言われても、恋愛に関しては無理だからな」

「八百屋に魚を求めるわけないだろ」

「またまた、手厳しいね」

 

 橋立は中華丼をスプーンでかき込むのを横目に、俺はやっすい狐うどんを啜っていた。

 

 こいつが、幼馴染の想い人。

 確証はないけれどきっとそうだろうと言う確信はあった。すくなくとも由美がなんらかの感情を他人に向けているとするのであれば、間違いなくこいつであるのは間違いない。

 授業中、クラスの後方から何となく幼馴染の動向を観察していたところ、チラチラとこいつの方に向けられていた。

 

 そんな思考に沈んでいると、当の橋立が喉に詰まらせそうになってるのに気づいて慌てて、水を差し出す。

 

「……うずらの卵に負けるところだったわ」

「何でこんなバカしか相談相手がいないんだろうな」

「そりゃお前に友達が少ないからだろ」

「由美のせいでな」

「でも自分で好き好んで相手してるんだろ?」

「まあ、そう」

 

 ならいいじゃねえか、そういって再び中華丼を食らい始めた。

 まあ今日からは解禁されるのだが、別に今言うことでもないだろう。それより先に聞かなきゃいけないことがあった。

 

「橋立ってさ、好きなやついんの?」

 

 ぴたりと動きを止めて、じっくりと中華丼を噛み締めて一言。

 

「……勘違いさせたら悪かったが、俺にそっちの毛は無いからな」

「変な勘違いしてんじゃねーよ! ただの日常会話だよ!!」

 

 思わず机を力強く叩こうとするが必死に堪える。

 ここは食堂、みんなの憩いの場。

 一人の身勝手で暴れてはいけないのだ。

 そんな暴れ方をしたら食堂出禁になることを由美で学んだ。

 

「恋バナとか、女子でもあるまいし」

「こういうの嫌いだったか? ならやめとくが」

「でも面白い、しようじゃないか熱い恋の話を」

 

 ざわっと周りが騒めくのを無視して、橋立はそう言った。意外と耳目を集めていたらしい、まあ間違いなく俺ではなく、橋立が集めているのだけれども。

 そんな耳目を無視して、こいつはお前の好きなやつを一方的に知ってるのは確かに釣り合ってないからなーと宣っていた。

 

「誰が、誰を好きだって?」

「お前が――を、好きだって話だよ」

 

 パクパクと声に出ない言葉を口で描くのをみてため息をつけば、ほらなと自慢げな表情を橋立が浮かべていた。

 何でばれてるんだろうと深く考えまでもなかった。

 

 そもそも由美本人以外にバレているのは想定内。

 好意でもなければ付き合ってられないだろうという野暮な推測は、実際事実なのだから否定しようがなかった。

 

「ほら耳を出せよ、特別に教えてやるよ」

 

 流石に大っぴらにこの場で言うつもりはないらしい。周りのことを無視しているとはいえ、彼自身も周りから注目を集めているのは知っていた。

 しかまなく机の上に身を乗り出して、片耳を差し出すと。

 

「俺が好きなのは、空山 蕾(そらやま つぼみ)だよ」

 

 一瞬、誰だと脳内ライブラリーを漁る。

 それほどまでに印象のない人物だった。

 同じクラスメイトなのに。

 ああ、そうだ。

 いつもクラスの窓際の片隅で文庫本を開いてる奴。

 

「……予想外だな」

「だろ? 応援してくれよな」

 

 返事を返さないまま、思考に沈む。

 秋野 由美では無いのは予想していた。

 こいつの脳内カップリングでは俺と由美が繋げられているのだから、そもそも守備範囲外。

 

 だが、その先の空山 蕾という人物は。

 

 どんな人物だったっけ。

 

 んー?と首を傾げるのをよそに、言うことは言ったと言わんばかりに再び橋立が中華丼をぱくつき始めた。

 それをみて俺も伸び始めたうどんを啜る。

 

 恋バナの盛り上げ方を俺たちは知らないのだから仕方がない。

 深掘りしようにも彼女のことを、俺は何にも知らないのだからどうしようもない。

 

 本当に不思議なことに、空山 蕾というクラスメイトについて詳しいことを俺は思い出すことができなかった。

 

 5

 

 放課後である。

 帰りのHRが終わるなり、鞄を引っ掴んで立ち上がる。由美がこっちを振り向いてきたけれど無視、目標の人物はと空山 蕾の席を見ると不思議なことに空っぽだった。

 

 いつの間にいなくなったんだろう、HRが終わる前に逃げ出してるんじゃなかろうか。

 そう思いながらも、彼女を追って教室を出る。

 

 行き先は文芸部の教室。

 彼女がそこに所属していること、好都合なことに毎日真面目に一人だけ出席しているという話までは調べがついた。

 

 彼女と少し、話をしなければならない。

 文芸部の前までさしかかり、一つ深呼吸。

 

 軽くノックを4回、返事も待たずに部室に入り込むと事前情報の通りに空山は一人で文庫本を読んでいた。

 入り込んできた俺に一ミリも視線を動かさないまま、ただページを捲っている。

 

「あー、ちょっとだけいいか?」

 

 言葉を投げかけると、ようやく視線を上げた。栞を挟んで文庫本を置いて、気怠げに背もたれに寄りかかる。

 

「……どうぞ、入部希望ですか?」

 

 暗に、そうじゃないんだろうと言わんばかりのやる気のない言葉だった。

 返事をしないまま、俺は彼女の向かいの席に腰掛けた。

 

「俺のことはわかるか? クラスメイトなんだが」

「何って、秋野由美の付き人でしょう?」

「みんなそういう認識なんだな」

 

 もうこれはどうにも染み付いてしまっているらしい。どうしたもんかと、対面に座った彼女をまじまじと見つめる。

 

 やぼったい黒縁のメガネとおさげに纏めた髪。全体的に草臥れたオーラを身に纏っているけれど、こうやって向き合ってみると確かに可愛いと言っていい部類なのかもしれない。

 飾り気がないから目立ってないだけの原石。

 ちゃんと磨けば光るのだろうという予感があった。

 

「……でも、なんか見たことあるんだよなぁ」

「何のために来たんですか、ナンパなために来たんですか?」

「……いや、まあ、うん」

 

 どうにも不思議な既視感があった。

 なんか、最近とんでもない目に遭わされたような胸騒ぎがしている。

 

 ここから逃げ出したほうがいいという警鐘がガンガン鳴り響いていたけれど、そうなる理由が全くわからない。

 

 だって話したことがないのだから。クラスメイトだというのにまるで接点がなかったし、今日話すのがファーストコンタクトのはずで。

 

「……まあ、いいや。ちょっと空山さんにお願いがあって」

「私にできることなら、どうぞ」

 

 何を言われるのか、まるでわかってるかのように彼女は首を垂れた。

 うん、と頷いて俺は口を開いた。

 

「橋立に聞いたんだけど、あいつ、空山さんの事を好きらしいんだ」

「……へえ、そうですか」

 

 あっさりと、俺は橋立に聞いた個人的な感情をバラしていた。

 我ながら最低な事をしているとわかっていたけれど、俺の目標のためにはやらなきゃいけない事だった。

 

「中谷さんが何を言いたいのか、予想はつきました」

 

 彼女はつまらなそうに文庫本を自分の方に引き寄せた。

 

「最近秋野さんが最近橋立君にお熱なのも見えていたから、そういう事なんでしょう?」

「へえ、よく周りのことを見てるね」

「まあ、本読むことと周りを見ることしかできないので」

 

 空山の自虐的な呟きに、思わず感心する。

 なかなか察しがいい、そこまで来たら俺の目的も言わずもがな察してくれたのかもしれない。

 

「つまり、中谷さんは私に人の恋路の邪魔をして欲しいってことでしょう?」

「まあ、そういうことになるね」

「……ほんと、性格の悪いことを考えますね」

 

 そう言われても、俺にできることはと考えたらそれしかないのだから仕方がない。

 

「私に橋立さんと付き合えなんて、よく言えますよね」

「……え?」

 

 不意に変な方向に話が飛んで思わず椅子から滑り落ちそうになった。

 途中までの推測は正しいのに、唐突にレールを切り替えられた感じ。

 空山さんは不思議そうに首を傾げていた。

 

「違うんですか?」

「いやいや、全然違う。わざわざ他人に誰と付き合えなんて最低なこと言うはずないだろう」

「人の想い人をバラすのは最低じゃないんですか?」

「それは横に置いておいて」

 

 ごほんと咳を鳴らして、俺は言った。

 

「付き合って欲しいのは俺なんだよ、空山さん。俺と恋人になって欲しいんだ」

「…………何を言ってるんですか、あなたは」

 

 断るでもなく、受け入れるでもなく、真っ先に疑問を返される。それもそうかと肩を竦める、結構簡単な話だと思うんだけれど。

 

「だって、貴方が好きなのは秋野さんでしょう。その人が他人を好きになった、そうなったときにする行動は何か、中谷さんだって当然わかるでしょう?」

「うん、分かってるよ」

「告白するか、他人の恋路を邪魔して自分がそこに割り込むか。結局はその二つなんですよ、貴方はそれのどこでもない選択肢を選んでる、中谷さんはないものを選ぼうとしてる」

「そこだよ、そこが致命的に間違ってる」

 

 選択肢は二つじゃないのだ。

 だからこんなすれ違いが起きた。

 

「俺はね、好きな人のためにありたいんだよ。彼女の幸福を願いたいんだよ」

「……何を言ってるのか、私にはわかりません。だって、それは、あまりに迂遠的でしょう。わざわざいらない犠牲を出してまで、橋立さんとの友情を犠牲にしてまでやることなんですか」

「俺にとって何も優先されるのは由美なんだよ」

 

 俺が何をやろうとしてるのか、ちゃんと分かっている。

 これがとんでもない最低な行為だってことも、無駄に三人が傷を負うだけだってことも、一人だけが何も知らずに報酬を手に入れるだろうってことも。

 

 だが、それが俺の在り方だったから。

 彼女に対する献身でしか、俺の位置を確認できなかったから。

 

「まあ橋立には悪いとは思ってるよ、けれども由美も一緒にいたら悪くないってすぐ気づくはずだから」

「どういう前提条件で話をしてるんですか。私が貴方と付き合うことを呑むと思ってるんですか? そうしたら秋野さんは橋立さんと付き合うと思ってるんですか?」

「ダメならダメで、また他の手を考えるよ」

 

 気まずい沈黙が訪れる。

 やっぱり元から無理筋だったか。

 鞄を持って立ち上がり、部室の外に出ようとすると再び彼女から声が飛んできた。

 

「……中谷さんは、秋野さんの事をどうしてそこまで好きになったんですか」

「顔、って言ったら話は早いんだけど」

 

 うーんと頭を掻いて、振り返る。

 きっと彼女になら言っても構わないだろう、そこから広まることもないのだから。

 

「あいつは誰かが守ってやらなきゃいけないぐらい弱かったから、だから俺が守ってた。正直ね、本当に好きだったのかもわからない。守らなきゃいけないと思ったから好きだと錯覚していたのか、好きだから守ろうと思ったのかどっちなんだろうな」

 

 多分、始発点はそこだった。

 守ってあげようと、俺は図々しく思っていた。

 どれだけ彼女に振り回されようとも、彼女が俺を必要としてくれたから、俺は隣にいることができた。

 

 でも、もう違う。

 由美はもう俺に守られる事を望んでいない。

 守られなくてもいいと思ったのか、他人に守ってもらおうと思ってるのか、そこのところはわからない。

 

 だから、最後に一つだけ。

 由美が橋立と付き合えるように、全部をめちゃくちゃにしてやろうと思ったのだ。

 

 やけっぱちな行動だと思う。でも、俺にできる最善手はこれだろう。

 行動でしか人の感情は測れない、ここまでしたってことは多分由美のことを好きなのだろう。

 

 もしかしたら、俺が彼女のことを好きだと証明したいから、こんなことをしてるんじゃないか?

 そんな考えが脳裏に浮かんで、すぐに埋もれていった。

 

「……中谷さんのことは十分わかりました」

 

 彼女は眼鏡を取り外して、雑に制服の端っこで磨いていた。眼鏡を外すと整った顔が顕になって、橋立の見立ても意外と外していないんだなと思わずフッと息が漏れた。

 

「……やっぱり、駄目か?」

「正直ふざけるなって気持ちです、こんな馬鹿げた提案通すはずがないでしょう」

 

 当然も当然だ。少し肩を落とすけれども、彼女はすぐに言葉を繋げてきた。

 

「でも、中谷さんはユニークです」

「ユニーク?」

「独特、って言えばわかりますよね」

 

 ガタリと音を立てて彼女は立ち上がった。

 ただ、こちらに近づくことなく、窓際へと遠ざかっていく。

 

「ほんの少しだけ、その告白に対する返事を待ってもらっても構わないですか」

「いくらでも待つよ、どうせ時間はいくらでもあるんだから」

「じゃあ、また明日。この部室で」

 

 そういって、彼女はゆらゆらと手を振っている。

 ここで話は終わりだと言わんばかりに。

 

「それじゃ、また明日来るよ」

 

 そう言って彼女に背を向けて、部室から去る。

 確かに手応えはあった。

 これからどうなるならわからないけれど、きっと何かが変わっていくような感じがした。

 

 この感情を誰かにぶつけたいのに。

 もう誰も受け止めてくれないことだけが、少しだけ寂しかった。

 

 5

 

 空山 蕾は再び本を読む気にもなれないで、ぼんやりと立ち尽くしていた。

 中谷 雅人がここに来るのは予想外だった。

 だって私と彼の間には縁が繋がっていないのだから。

 

 それを見ていたからこそ、彼がどう動くのかを高みの見物と洒落込むつもりだったのに、全く思った通りには話が進まない。

 

 ちゃんと記憶操作は効いてる。

 中谷君は何も知らないまま、過去の自分が結んだ勝負に挑んでいる。

 

 それを知ってるのは、私だけだ。

 再び元の居場所に腰掛けて、部室の入り口の方へと視線を向けた。

 

「で、秋野さんは何のよう? 私、疲れてるから手短にまとめて欲しいんだけど」

 

 気が付けば中谷君と入れ替わるように、秋野さんが立ち尽くしていた。ピクッと呼びかけに反応して、幽鬼のようにふらふらとこちらに歩み寄って来る。

 

「私、少しだけ、話を聞いたんだけどさ」

 

 いつもの溌剌とした様子と打って変わって、何かに打ちのめされたかのようにオドオドと話している。

 

「空山さんは、雅人の告白を当然断ってくれるよね」

「……ふーん」

 

 どうやら、彼女は途中からしか話を聞けてなかったらしい。

 

 私にとっては好都合、中谷君にとってもきっと運が良かっただろう。

 きっと全部話を聞いていたのならば、彼女は烈火の如く喰らい付いていたに違いない。もしかしたらそれが一番早い解決方法だったのかもしれない。

 

 そうして、真っ向から向き合えばもしかしたら折り合いがついた。関係性を前に進めるにしても、そこで終わりにするにしても、とにかく何かが始まっていたのだろう。

 

 まあ、そんなことは起こらなかったのだが。

 

「いえ、私は結構中谷君の話に乗る気ですよ」

「……っなんで、なんでよっ!! あんたは何も関係ないじゃない!?」

「そんなの、あの人となら関係を前に進めてみても構わないと思ったからに決まってるじゃないですか」

 

 幾分か、怒りで調子を取り戻した秋野さんに対して冷水をぶっかける。

 私ぐらい大人しいやつならば簡単に組み伏せられると思っていたのか、予想外の反論を喰らって彼女は思わずたじろいでいた。

 

「そもそも、秋野さんは橋立君のことが好きなんでしょう?」

 

 痛いところをつかれたのか、さっと顔を赤くする。

 あー、これもしかして殴られるかな。

 痛いのはちょっとだけ勘弁して欲しいのだけれども。

 必死で理性を保とうとしているの、わなわなと震える腕を秋野さんは自ら抑えていた。

 

「それでも、それでも、雅人は私のものなんだから」

「……はぁ、そうですか」

 

 思わず失笑してしまうぐらいのちっぽけな独占欲。

 つまらない、本当につまらない。

 

 こんなのより全然彼のイかれっぷりの方が面白かった。

 こんなのを好きになる彼が一切理解できなかった、こんなものの為に彼は縁というものに立ち向かおうとしているのか。

 なら、軽く小突いてやろう。

 

 ようやく席から立ち上がり、彼女の一歩前まで歩み寄る。軽く気が触れたらすぐさま拳が飛んでくる距離に、私は踏み入った。

 

「そんなに中谷君を自分のものにしたいなら告白すれば良いじゃない、告白して私のものだってみんなに喧伝すればいいじゃない。なぜ秋野さんはそうしようとしないの?」

「……ッ」

「だから、秋野さんはそこまで行けなかったんでしょう? 結局、中谷君もその程度の存在でしかないの。橋立君と天秤に掛けて、選ばれない程度の価値でしかないんでしょう? そうだというのに貴女は、上手くいかなかった時用に彼をキープしようとしてるだけ」

 

 秋野さんって、ほんと最低ね。

 

 そこまで言って、パンッと頬に衝撃が走った。

 彼女が何も言わないまま、部室から出ていくのをじっと見ていた。しばらくして明日になったら腫れなければいいなと思いつつ、再び読書の作業に戻る。

 

 これでいい、ちょっとだけハンデがあったぐらいが良い。きっとこれで秋野さんにも火がついただろう。

 

 もしかしたら橋立君の方に一気に振れるかもしれないけれど、私にヘイトが向いたのであれば、少なからず中谷君にもチャンスが訪れるはずだ。

 

 考え事に気を取られ、同じページを何回も読み返した挙句、もう今日は本を読む気になれないと鞄の中に本を仕舞い込んだ。

 

 開けっぱなしのカーテンを閉める。

 今日は本当に楽しい一日だった。

 

 縁結びの天使様として義務的に人と人の縁を繋ぐ日常。

 

 そんな日常の中で一個のミスがあった。

 

 珍しいミスではある、が別に責められる謂れはない。

 

 別に罰があるわけでもない、ただ神様から縁結びのノルマだけ渡されているだけなのだから。

 わざわざ、間違えちゃいましたなんて彼に伝える必要もなかった。

 

 何も言わないで、適当に他人と結んであげれば良かったのに、ほんの気まぐれで彼の要望を聞いてあげたいな、なんて思っちゃったから。

 

 あの人は、まだ私をみていない。

 

 私に付き合ってなんてお願いした癖に、彼の眼中には秋野さんしか映っていなかった。

 

 人もしてサイテーだ、こちとら天使様だというのに。

 まあ君は忘れてしまったし、そもそも天使が空山 蕾だということにも気づかなかったのだけれども。

 

 でもね、中谷君。

 君のことを、私のモノにしたいと思っちゃった。

 

 まだ、君は勝ってない。

 勝てるかもわからない。

 

 それでもきっと、彼は縁の矢があろうとなかろうと、秋野さんをきっと惹きつけてしまうのだろう。

 

 多分、私は負けるのだろうと思った。

 きっともう、負けているのだろうと思った。

 そんなことあり得ないと知っているはずなのに、そんな確信があった。

 

 それでも、

 それでもだ。

 

 私が君を欲しいから。

 だから君の賭けすら、ひっくり返して見せる。

 

 公平に、公正に、何の力も使わないままに。

 私だけしか見えないようにしてあげるんだから。

 


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