ナギサ様が先生に渡すはずだったケーキを、セイアが三か月忘れた結果です。
ティーパーティーがシャーレでvsヘイロー持ちG…に敗北します。
※Gネタ・虫ネタ注意。

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ナギサ様が先生に渡すはずだったケーキを、セイアが三か月忘れた結果です。
ティーパーティーがシャーレでvsヘイロー持ちG…に敗北します。
※面白く書けたとは思いますがGネタ・虫ネタ注意で!



シャーレにヘイロー持ちGが出た日

 

 

 ⭐︎

 

 シャーレの執務室という場所は、気を抜くとあっという間に紙と箱と謎の備品で埋まる。

 もはや様式美というやつだ。

 

 その日も先生は、溜まった書類を片づけ、束にまとめ、クリップで留める。

 そして、床に置きっぱなしだった資料箱へイン。

 それを数十回繰り返した後、ようやく執務室の外の倉庫へ、箱を仕舞い終えることができた。

 

「すっかり掃除が長引いちゃったなー」

 

 倉庫から出てきた先生は『ようやくひと段落出来る…』と、腰を伸ばしてストレッチする。

 

 ひとしきり身体を捻ったあと、「ヨシ!」と一拍置いて、扉を開ける。

 

 そこには誰も立っていなかった。

 

「……あれ?」

 

 ⭐︎

 

 今日は、ティーパーティーの面々がシャーレを訪れていた。

 

 ナギサ、ミカ、セイア…言うなれば、最近よく来る、いつもの三人である。

 

 元々は先生に用があって来たらしいのだが、執務室に積まれた書類の山を見た瞬間、ナギサが静かに固まり、セイアが「これはまた見事に堆積した地層だね」と感想を述べ、ミカが「先生、これ一人でやるつもりだったの?」と目を丸くした。

 

 結果として、なぜか三人はそのまま書類整理を手伝ってくれることになった。

 

 ナギサは分類を整え、すぐにチェックが必要なものを先生の前に置き、

セイアは処理したばかりの書類の不備を淡々と見つけ、

ミカは「ねえ先生これは?」と賑やかに確認しながら、

 それでも…思ったよりは手際よく束を運んでくれていた。

 

 おかげで、今日の作業は予定よりもずっと早く進んだ。

 

 最後に、明日やるつもりの残った資料箱だけは倉庫へ運ぶ必要があったため、先生が一人で外へ出たのだ。

 

 その間、三人は執務室で待っているはずだった。

 

 ナギサが「せっかくですから、お茶を淹れておきますね」と言ってくれていたし、ミカも「先生、戻ってきたら一緒に休憩ね!」とケラケラ笑っていた。

 

 セイアも、どこか楽しそうに目を細めていた。

 

 「紅茶が冷めないうちに戻った方がよさそうだね」と、先生は執務室の扉に手をかけたのだ。

 

 ⭐︎

 

 誰も居ない…?

 

 不思議に思った先生が首を傾げると、部屋の隅から震えた声がした。

 

「せ、先生……」

 

 声の主はナギサだった。

 

 ただし、いつものように優雅に立っているわけではない。

 ナギサは部屋の隅で、セイアとミカと一緒に固まっていた。

 

 ミカは棚の端を掴み、セイアは腕を組んでいる。

 もっとも、セイアの腕組みは余裕というより、プルプルと震える恐怖を理性で押さえ込むための姿勢に近かった。

 

「ナギサに、セイアに、ミカまで。そんな隅っこで何してるの?」

 

 先生が尋ねると、ナギサは青ざめた顔で執務机の下を指さした。

 

「あ、あれを……」

 

「あれ?」

 

 先生はナギサの指先を追った。

 

 机の下…?

 そこには、黒っぽい何かがあった。

 

 紙くずかと思った。

 

 見た瞬間、

 少なくとも、先生はそう思いたかった。

 

 だが次の瞬間、それはかさり、と動いた。

 

 かささささ、と、妙に速く。

 

「……oh、ぉおう」

 

 先生は思わず一歩下がった。

 

「…Gだね」

 

「先生、それの名前を言わないでください…!」

 

 ナギサは小さく悲鳴を上げ涙目になり、セイアは目を細める。

 

「先生。君は時々、言葉にしてはいけないものを、あまりにも平然と口にするね」

 

「まず現実を直視しないと、私も対処できないなって…」

 

「直視したくない現実もあると思うんだけどな〜…」

 

 ミカは落ち着いた声でそう言ったが、その視線は机の下から一切動かなかった。

 

 さしものミカもGはちょっぴり苦手のようだ。

 

 もっとも、ナギサにへばりつかれてて、動きたくても動けないのだが。

 

 先生は丸めた古い資料を手に取る。

 

「とりあえず、退治するしかないよね」

 

「なにとぞ…何卒お願いします、先生……!」

 

 ナギサが両手を胸の前で握りしめる。

 どこか本気で祈るサクラコを彷彿とさせる。

 

 その声は、普段のティーパーティーのホストとは思えないほど切実だった。

 

「私もできればやりたくないんだけどなあ」

 

 先生が苦笑すると、ミカがすかさず言った。

 

「先生ならできるよ! 先生、いつもすごいし!」

 

「ミカの方が物理的には強いんじゃない?」

 

「う……まだ一人でビナー行く方が気が楽かな」

 

 普段なら冗談半分に聞こえるミカの声も、今ばかりは本気だった。

 

 セイアが静かに頷く。

 

「大きな脅威は理解できる。だが、小さな脅威は理解より先に拒絶が来る。そういうことだね」

 

「…あのセイアさん?なぜミカさんに登っているのですか??」

 

 ナギサが自分よりも目線が高くなったセイアに問いかける。

 

「……親交を深めようと思ってね」

 

「このタイミングでですか?…私も上で親交を深めましょうか…」

 

「すまないがミカの上は一人用だ」

 

「そろそろ暑いよ?二人とも」

 

 そう言われながらも、セイアはさらに10センチほど、登った。

 

 先生は使わなくなった資料の束を構え、そろりそろりと机へ近づく。

 

 標的を目視した。

 

「動かないでくれよ……本当に動かないでくれよ?」

 

 動かないからこそ、余計に嫌だった。

 いっそ出ていってくれ。

 

 そんな祈りは通じることもなく…諦めて先生が資料を振りかぶる。

 

 その瞬間だった。

 

『ブォン‼︎』

 

「……え!? ヘイロー!??」

 

 黒い影の上に、見覚えのある光の輪が浮かんだ。

 

 いや、見覚えがあると言っていいのかは分からない。

 

 少なくとも、先生は今まで、Gの頭上にヘイローが現れる光景など見たことがなかった。

 

 かさっ。カササササ…!

 

 /⌒\ /⌒\

`/ | o⌒o  |ヽ

| \/__ヽ/ |

| ヘf川巛ハミハヘ |

|| |川川Nミリ | |

 / ヘVソ川ソミリヘ \

  | Y彡ノミツ|

 / V彡ミソ \

    )八(

 

 

「うわ!動いたんだけどっッ!」

 

「キャーーーーーー!!!?」

 

「グェェッ⁉︎ナギちゃん?え、ホントにナギちゃん??」

 

 虚を突かれた先生が叫び、ナギサも叫んだ。 

 ついでにナギサに思いっきり締め上げられたミカが叫んだ。

 

 黒い影は先生の足元をすり抜け、信じられない速度でドアの方へ走っていく。

 

「速い速い速いッ!!」

 

 先生は資料を撒き散らしながら後退した。

 完全敗北の後退だった。

 

 セイアが、わずかに息を吐く。

 

「先生」

 

「…はい」

 

「勇気は認めるよ」

 

「結果は?」

 

「悲しいね」

 

「だよね」

 

 先生は肩を落とした。

 

 だが、問題はそこではなかった。

 

 問題は、先ほどの黒い影の頭上に、明らかにヘイローらしきものが浮かんでいたことである。

 

「……セイア」

 

「なんだい、先生」

 

「今の、見えた?」

 

「見えたとも」

 

「ヘイローだったよね?」

 

「…おそらくね」

 

「だよね」

 

 先生が引きつった顔で尋ねると、セイアは顎に手を当て、妙に真面目な顔で考え込んだ。

 

「黒光りするGは、環境に適応し、進化する生き物だと聞いたことがある」

 

「うん」

 

「…ならば、おそらくあのヘイローも、進化の過程で得たものなのだろう」

 

「「この一瞬で!?」」

 

「んなアホな」

 

 先生は即答した。

 

「先生、進化とは時に我々の認識を超えるものだよ」

 

「超えすぎてるよ!」

 

「もう……もう嫌です……」

 

 ナギサが涙ながらに震える声を漏らした。

 

 その声には、普段の優雅さも、ティーパーティーの威厳も…もはやなかった。

 

「ナ、ナギちゃん……ナギちゃん??」

 

 気遣おうと思ったミカだったが、思わず引きつった声で幼馴染の名前を、再度呼んでしまった。

 

 なぜか?

 

 見慣れたはずの幼馴染の表情が凄まじいことになっているからである。

 

 再度言うが、Gが苦手なのはミカも同じである。

 

 同じなのだが、ナギサがあまりにも密着してくるせいで、Gの恐怖とは別の意味で恐怖が近かった。

 

「あの、ナギちゃん」

 

「はい……?」

 

「…暑いから、そろそろ離れてほしいなって」

 

 これは方便である。

 そろそろ涙だけでなく、鼻水まで付きそうだから離れて欲しい。

 ただそれだけ。

 切実に願っていた。

 

「無理ですイヤですダメです」

 

「何がっ!?」

 

 ナギサはミカの腕をさらに強く抱きしめた。

 

「今離れたら、私はもう二度と自分の足で立っていられる自信がありません、貴女が居ないと…もう誰も、私を裏切らないで……」

 

 グスングスンと堰を切って涙が溢れ出した。

 

「重い! 色々と重いよナギちゃん!」

 

 セイアがそれを横目で見て、静かに頷いた。

 

「ふむ。危機的状況下における依存行動だね」

 

「分析しないで助け…ちょっどこまで登るの!?セイアちゃん!??」

 

 ミカの抗議に、先生は深くため息をついた。

 

「…現実を受け止めるしかないね、先生」

 

「受け止めたくない現実ばかり増えていくけどね」

 

⭐︎

 

 ナギサは未だ震えている。ミカは動けない。セイアは言葉こそ冷静ぶっているが、どう見ても冷静ではない。

 

「仕方ない。エンジェル24かどこかで駆除スプレーを買ってくるよ」

 

「そ、それが一番ですわ!」

 

 その手があったか!と、

 パァァァと明るくなった表情のナギサが何度も頷く。

 

「文明の力に頼ろう、先生。私たちは今、文明に救われるべきだよ」

 

 セイアも必死だった。

 

 先生は頷き、ドアノブに手をかける。

 

 しかし。

 

 がちゃ。

 

 開かない。

 

「……ん?」

 

 もう一度回す。

 

 がちゃがちゃ。

 

「開かない」

 

 室内の空気が固まった。

 

「え?……え??」

 

 ミカが顔を引きつらせる。

 

 先生はノブを何度か回したが、扉はびくともしなかった。

 

「立て付けが悪いのかな」

 

 セイアが少しだけ目を逸らして言った。

 

「そういえば、この扉はここ最近少し重い時があったね」

 

「…もう少し早く言ってほしかったよ?セイア?」

 

「…言う機会がなかったんだ」

 

 バツが悪そうなセイアとへばりついてくるナギサを取っ払ったミカが前へ出た。

 

「私の出番だね⭐︎どいて、先生。私がやる」

 

「ミカ、落ち着いて。こういうのは力を入れればいいってものじゃ――」

 

「えいっ!」

 

 ばきん。

 

 無残。無情。無慈悲。

 

 乾いた音がして、ノブが取れた。

 

 見下ろすミカの手の中には、ひしゃげたドアノブだけが残る。

 

 沈黙。

 

 先生も、ナギサも、セイアも、そしてミカ自身も、しばらくそれを見つめていた。

 

「……ドアノブ、トレチャッタ」

 

 ミカが小さく言った。

 

「ミカ?」

 

「…ごめんなさい」

 

 泣き虫が二人増えそうで、

 セイアが額に手を当てる。

 

「見事な解決失敗だね、恐れ入ったよ」

 

「今追い討ちする!?」

 

 その時、足元でかささささ、かささささ、と音がした。

 

 G Mk-2だ。

 

 全員が同時に悲鳴を上げた。

 

 Gはドアの前を横切り、ちょうど退路を塞ぐような位置で止まった。

 

 先生たちは、ほぼ同時に応接用のテーブルの上へ、セイアに限っては、再度ミカの上まで避難した。

 

「……ドアの前を占拠されたね」

 

 先生が言うと、セイアが頷く。

 

「退路を断たれた、とも言えるね」

 

「言い換えなくて結構です!」

 

 ナギサの声は震えていた。

 

「前門のG、後門のG…」

 

「どっちもGじゃないですか…」

 

 ミカとナギサは並んでテーブルの端に座り込み、ズーンと両膝を抱えている。

 

 セイアのポジショニングにツッコむ者は誰もいない。

 

「私たちはこのままシャーレで、一晩をアレ達と過ごすことになるのかな、先生…?」

 

「…それだけは避けたいね」

 

 先生は真顔で答えた。

 

 その時、ナギサが不意に眉を寄せた。

 

「そもそも、なぜシャーレにこのようなものが……?」

 

「…そうだね…原因、か」

 

 先生が室内を見回す。

 

 片づけたばかりの執務室。

 詰め込まれた棚。

 いつもと変わらぬ机。

 先日も使ってた応接スペース。

 ……窓際の収納棚。

 

 その収納棚を見た瞬間、セイアの表情がわずかに動いた。

 

「セイア?」

 

「セイアちゃん?」

 

「セイアさん?」

 

 幸か不幸か。

 これを見逃すほど、仲は浅くなかった。

 

「…フー……白状しよう。原因なら、一つ心当たりがある」

 

 先生が凝視する。

 

「あるの?」

 

 セイアは少しだけ視線を逸らした。

 それはナギサの方へと向いた。

 

「以前、ナギサが先生へ渡そうとしていたケーキがあっただろう?」

 

 その言葉に、ナギサの肩が跳ねた。

 

「ケーキって……?」

 

 少しした後、ミカが「あー」と声を漏らす。

 

「ナギちゃんがすっごく気合い入れてたやつだよね。先生に渡すからって、茶葉まで合わせて選んでた」

 

「あ…ミカさん!」

 

 ナギサの顔がちょっぴりと赤くなる。

 

 セイアは静かに続けた。

 

「ほら、あの日なんだが…。シャーレ付近で小規模な襲撃があった。先生も対応に行かざるを得なかっただろう?」

 

「あー、あったね」

 

「そう…あの日、私がラッピングを請け負って…此処に来たんだ」

 

「来てた来てた」

 

 先生は記憶をたどる。

 

 急な襲撃。

 慌ただしい連絡。

 避難誘導。

 予定外の報告書。

 

 あの日は確かに、かなり混乱していた。

 だがセイアに諸々協力してもらって、そこまでの残業とはならなかったんだ。

 

 セイアは頷いた。

 

「その時、つい忘れてしまっていたよ」

 

「何を?」

 

「ナギサのケーキを、シャーレの収納棚に入れたままだったことを」

 

 再び沈黙が落ちた。

 

 先生はゆっくりと、窓際の収納棚を見た。

 

「……えーと、ごめん。いつの話だったっけ?」

 

「………約三か月前だね」

 

「セイア」

 

「うん?」

 

「それはもう………事件だよ」

 

「そうだね、私もそう思う」

 

 ナギサがふらりと揺れた。

 

「か、確認不足とは言え…わ、私の……先生にお渡しするはずだったケーキが……」

 

「ナギちゃん、そこはもう諦めよう」

 

「いえ、先生にお渡しできなかったことももちろんですが……それ以上に先生のシャーレへこのような災厄を持ち込んでしまったことが……!」

 

「ナギちゃんってば真面目!」

 

 ミカが叫ぶ。

 

 セイアは咳払いをした。

 

「責任の一端は私にもある。襲撃の混乱があったとはいえ、忘れたのは事実だからね」

 

「一端というか、セイアちゃんだよね?悪いの」

 

「ミカ、今は責任の所在を追及している場合ではないよ」

 

「急に逃げたね?あと、おりてね??」

 

 その時、窓際の収納棚の方から、かさ、と音がした。

 

 全員が息を止める。

 

 かささ。

 

 かさささ。

 

 かさささささささ。

 

 ミカが真っ青になった。

 

「……先生。あの棚、開けたらどうなると思う?」

 

「開けない。絶対に開けないから!」

 

 先生は即答した。

 

 セイアも頷く。

 

「封印は、封印されているうちが最も美しいからね」

 

「…封印物は三か月前のケーキだけどね」

 

「言わないでください、先生!」

 

 ナギサが耳を塞いだ。

 

 だが、事態はそこで終わらなかった。

 

 ドアの前にいた一匹が動く。

 

 それに反応したミカが、思わずテーブルの上に置かれていた紙袋を掴んだ。

 

「こ、これを投げて、あっちに行かせれば!」

 

「ミカ、待って。それ中身何?」

 

「分かんない! でも黒っぽい塊が入って――」

 

 ミカが紙袋の中を覗いた瞬間、目を見開いた。

 

 袋の中で、何かが動いた。

 

 ………G Mk-3だ。

 

「三匹目ぇぇぇぇぇっ!?」

 

 ミカは紙袋を投げた。

 

「こっちに投げないでェェェェ??!」

 

 先生が叫ぶ。

 

 紙袋は床に落ち、中身が散った。

 

 黒い影が二つばらばらと動く。

 

 どうやらMk-4も入っていたようだ。

 お得だね。

 

 ナギサは声にならない悲鳴を上げて、テーブルの上で固まった。

 セイアは一瞬だけ目を閉じ、深く息を吸った。

 

「先生」

 

「何?」

 

「私は今日ほど、未来が見えていたらよかったと思ったことはないよ」

 

「見えてたらどうしてた?」

 

「来なかった」

 

「正直だね」

 

 その時、ナギサがふらりと倒れかけた。

 

「ナギサ!」

 

 先生が慌てて支える。

 

 ミカは半泣きで叫んだ。

 

「先生、誰か呼ぼう!」

 

「うん。私もそう思う」

 

 ティーパーティVS G。

 Gが勝利す!

 

 明日のクロノス報道部内のトピックは決まった。

 

 先生は端末を取り出した。

 

 最初に七神リンへ連絡しようとしたが、指が止まる。

 

 送ろうとしている内容は、端的にこうだ。

 

 シャーレの執務室にGが出たので助けてほしい。

 

 先生は瞑目する。

 その文章を受け取ったリンの姿を想像した瞬間、先生はそっと画面を閉じた。

 

「先生?」

 

 セイアが目ざとく見ていた。

 

「…いや、リンちゃんに送るのは少し気が引けるなって」

 

「命と尊厳を天秤にかけている場合かな?」

 

「もうプライドとか言ってる場合じゃないよ!?」

 

「尊厳もプライドも大事なんだよ、大人って」

 

 とは言っても、外部に連絡して助けを求めるより他に無い。

 

 仕方なく、先生はアロナへ連絡した。

 

 数秒後、端末から明るい声が響く。

 

『先生! どうしましたか?』

 

「アロナアロナ、緊急事態なんだ」

 

『はい! 事件ですか?事故ですか?それとも…戦闘ですか?』

 

「Gが出たんだ」

 

『……』

 

「アロナ?」

 

『先生、頑張ってください!』

 

「アロナさん!?切らないで!!いちごミルク3個…」

 

『10個なら考えたんですけどね!』

 

ガチャリ

 

「ちくせう!!」

 

 通信は切れた。

 

 ミカが絶望した顔で先生を見る。

 

「先生…もしかして、いま私たち見捨てられたの?」

 

「…いや、まだだよミカ。まだ他にも手はある」

 

 仕方なく、先生はモモトークでいくつかのグループチャットへ連絡した。

 

 まずは便利屋68である。

 

 こういう時、何だかんだで頼りになることもある。

 そう…頼りになることも、ある。

 

 先生は自分にそう言い聞かせながら、状況を簡潔に送った。

 

 アルからの返事はすぐに来た。

 

『任せてちょうだい、先生! 便利屋68にかかれば、そんな害虫の一匹や二匹、完璧に始末してみせるわ!』

 

 と、妙に頼もしい返事が届いた。

 

 続いてムツキからは、

 

『えー? 先生たち閉じ込められてるの? なにそれ楽しそー♡』

 

 という、まったく頼もしくない返事が来た。

 

 そして、ハルカからは、

 

『先生を苦しめる害虫……許せません……。シャーレごと焼き払えばよろしいでしょうか……?』

 

 と届いた。

 

 先生は、『やっぱ大丈夫です』とだけ書いて、そっと画面を伏せた。

 ちなみに、ちょっと長文で書こうとしていて、間に合わなかったカヨコはダメージをくらっていた。

 

「……ゲヘナは駄目だね」

 

「ミカ…そういう言い方は」

 

「そう言う先生も、なかなかの速度でチャットを閉じたじゃないか」

 

 横から覗いていたミカとセイアが、静かに言う。

 

「…今のは早く判断しないとシャーレが爆発して消えちゃうから」

 

 その言葉を聞いたナギサの頭には、ハードラックとダンスっちまう未来が見えた。背景は爆発、お相手はG兵器だ。

 

「賢明な判断だと思います…」

 

 ミカが青い顔で先生を見る。

 

「ねえ先生、今の人たち、本当に助けを呼ぶ候補だったの?」

 

「やめるんだミカ…きっと先生も焦ってたんだろう」

 

 セイアの声は冷静だった。

 

 冷静だったが、内容は容赦がなかった。

 

 先生は咳払いをして、次の連絡先を開く。

 

「じゃあ、ヒナに……風紀委員会なら、こういう時きっちり対応してくれるはず」

 

「まだゲヘナに期待を置くあたり、なかなか勇敢だね」

 

「セイア、今はそういうこと言わないで」

 

 先生は風紀委員会のグループチャットへ状況を送った。

 

 数秒後。

 

 ヒナより前に、まさかのアコから即座に返事が来た。

 

『先生? まさかとは思いますが、ヒナ委員長を害虫駆除のために呼び出そうとしているのですか?』

 

 先生は鳩が終幕:イシュ・ボシェテを喰らったかのように動きを止めた。

 そうだ、此処にはアコが居たんだった…。

 

 後悔をしている間に、

 続けて、また通知が来る。

 

『ヒナ委員長はただでさえご多忙なのです。そのような雑務でお手を煩わせるなど言語道断です。ですが先生が本当にお困りであれば、このアコが現地の状況を確認し、必要に応じてシャーレ全域を封鎖、消毒、制圧――』

 

 先生は、返信することなく、そっと画面を伏せた。

 

「……万策を尽くしたけど、これも駄目だね」

 

「先生」

 

 セイアがじっと先生を見る。

 

「失礼ながら、またもや人選ミスではないかい?」

 

「…そうかもしれない」

 

「ようやく認めたね」

 

 ナギサは震える声で言った。

 

「もう嫌です……救援要請の段階で、希望の燈が削られていきます……」

 

「ナギちゃん、いい加減…先生から離れてほしいなって?」

 

「無理です」

 

「まだ即答するんだ……」

 

 その横で、先生はさらに連絡先を探す。

 

「分かった。じゃあ、別の学校にしよう」

 

「トリニティ以外でお願いします」

 

 ホストの哀れで切実な願いを聞き入れ、先生はトリニティの生徒リストを閉じた。

 

 そして、ミレニアム方面の候補を開いた瞬間、コユキからの通知が目に入った。

 

『面白そうなことやってますね!^ ^』

 

 先生はそっと通知を閉じた。

 

「ミレニアムも駄目だった」

 

「…そんな」

 

 まさかコユキに見られていたとは。

 

 彼女たちに…言うべきか?

 …否、伝えるべくもない。

 

 先生は静かに端末を下ろした。

 

「世の中、冷たいね」

 

 セイアがフッと、諦観し笑うように言った。

 

「セイアさんが言うと妙に重いですね」

 

「ナギサ、キミには負けるさ」

 

「あっつぃ……」

 

 そうこうしているうちに、床の黒い影は少しずつ増えていた。

 

 どう考えても、窓際の収納棚が原因だった。

 

 ナギサは意識を取り戻しかけては、床を見てまた固まる。やばい感じがする。

 ミカはテーブルの上で「私は石、私は石」と呟き始めた。やゔぁい⭐︎感じしかしない。

 セイアは冷静に見えるが、さっきからミカを掴んで離さない。

 

「セイア」

 

「何かな」

 

「そろそろ離してあげて」

 

「不可能だ」

 

「怖いんだね」

 

「言葉を選びたまえ」

 

 その時だった。

 

 廊下の向こうから、足音が近づいてきた。

 

「先生、いらっしゃいますか?」

 

 聞こえたのはリンの声だった。

 

 先生たちは一斉に顔を上げる。

 

「リンちゃん!」

 

 先生が叫ぶと、扉の向こうでリンが足を止めた。

 

「何事ですか。先ほどからSNSで机の上に登っている先生と皆さんの…その…写真が」

 

 晒されていた。

 是非もないよね。

 

 だが今すべきはSNSの鎮火ではない。

 

「助けて。ドアが開かない。あとヘイロー持ってるGがいる」

 

 極めて端的に伝える。

 少しの沈黙。

 

 リンは短く息を吐いた。

 

「状況は理解したくありませんが、理解しました。いま業者用の駆除スプレーと工具を持ってこさせます」

 

「ありがとう、リンちゃん。やっぱり頼りになる」

 

「後ほど、なぜシャーレの執務室でそのような事態になったのか、詳細な報告書を提出してもらいます」

 

「……はい」

 

 数分後。

 

 リンとヴァルキューレの生徒たちが、工具と駆除スプレーを持って現れた。

 

 外側から扉が外され、白い煙が室内へ広がる。

 

 先生たちはテーブルの上から、どうにか廊下へ脱出した。

 

 ナギサはミカに支えられ、ミカはミカで先生の腕を掴み、セイアは最後まで平静を装っていた。

 

 ただし、廊下へ出た瞬間、セイアは小さく呟いた。

 

「……強敵だったね」

 

「本当にね」

 

 先生は心から同意した。

 

 その後、換気と処理が終わるまで、一同は廊下で待つことになった。

 

 ナギサは深々と頭を下げた。

 

「先生……本当に申し訳ありません。私が先生にお渡ししようとしていたケーキが、このようなことに……」

 

「いや、ナギサだけのせいじゃないよ。襲撃もあったし、忘れたのは仕方ない」

 

 先生がそう言うと、ナギサはますます恐縮した。

 

 ミカは隣で腕を組む。

 

「でも、次からケーキはすぐ食べようね。絶対だよ」

 

 セイアは少し離れた場所で、涼しい顔をしていた。

 

 先生がその顔を見る。

 

「セイアも反省してる?」

 

「もちろんだよ」

 

「本当に?」

 

「次からは、ケーキを忘れないように、先生の机の上に置くことにする」

 

「それはそれで困る」

 

 セイアは楽しそうに目を細めた。

 

「では、冷蔵庫に入れよう。今度こそね」

 

 その言葉に、ナギサが小さく頷いた。

 

「……今度は、ちゃんとお渡しします」

 

 先生は少し笑った。

 

「楽しみにしてるよ」

 

 その一言で、ナギサの顔がほんのり赤くなる。

 

 ミカがすかさず指を差した。

 

「あ、ナギちゃん照れてる!」

 

「ミカさん!」

 

 ナギサが慌てて声を上げる。

 

 セイアはくすりと笑い、先生はやれやれと肩をすくめた。

 

 だが、その平穏は長く続かなかった。

 

 処理が終わった執務室に、リンが確認のため足を踏み入れたからだ。

 

 窓は開け放たれ、床には駆除された黒い影がいくつも転がっている。

 

 リンだって、得意なわけではない。

 証拠に、先ほどから結構顔を顰めている。

 

 先生たちは廊下側から、その様子を見守っていた。

 

「……凄まじい光景ですね」

 

 リンは眉間に皺を寄せながら、淡々と室内を確認していく。

 

「念のため、残留がないか確認します。先生はまだ入らないでください」

 

「分かった。気をつけてね、リンちゃん」

 

「ええ。そもそも、先生がもう少し執務室の衛生管理を――」

 

 その時だった。

 

 机の陰から、かさり、と小さな音がした。

 

「……え?」

 

 リンが振り向くより早く、最後の一匹が黒い影となって床を走った。

 

 それは一直線にリンの足元へ向かう。

 

「きゃっ」

 

「危なっ!?」

 

 先生は反射的に飛び込んだ。

 

 そして、七神リンを抱えて、廊下側へ引き寄せる。

 その直後、ヴァルキューレの生徒が駆除スプレーを噴射し、最後の黒い影はようやく動かなくなった。

 

 七神リンを抱き抱えたまま、ほんの数秒。

 

 けれど、廊下にいたナギサ、ミカ、セイアの三人にとっては、永遠にも近い数秒だった。

 

 先生は息を吐き、リンの前に膝をついたまま振り返る。

 

「大丈夫、リンちゃん?」

 

 リンは一瞬だけ目を丸くしていた。

 

 それから、いつもの冷静な表情を取り戻す。

 

「……ありがとうございます、先生」

 

「よかった。怪我はない?」

 

「ええ。問題ありません」

 

 リンは淡々と答えた。

 

 しかし次の瞬間、その視線がゆっくりと廊下へ向いた。

 

 ナギサが肩を震わせる。

 

 ミカがそっと目を逸らす。

 

 セイアだけが、何かを察したように小さく息を吐いた。

 

 リンは静かに口を開く。

 

「……トリニティの皆さん」

 

「は、はい……?」

 

 ナギサが震えた声で返事をした。

 

「分かっていますよね?」

 

 その声は穏やかだった。

 

 穏やかだったが、廊下の気温が一度下がったような気がした。

 

 ミカが小さく呟く。

 

「……ナギちゃん」

 

「はい……」

 

「これ、かなり怒ってるよね?」

 

「ええ……かなり……」

 

 セイアは諦めたように目を伏せた。

 

「ふむ。これは報告書だけでは済まないかもしれないね」

 

「セイアさん、今は冷静に分析しないでください……」

 

 ナギサの声は、今にも消えそうだった。

 

 リンは眼鏡の位置を直し、淡々と告げる。

 

「シャーレの執務室に三か月前のケーキを放置し、害虫を発生させ、扉を破損させ、業務を停止させた件について、後ほど詳細な経緯書を提出していただきます」

 

「……はい」

 

「もちろん全員からです」

 

「全員分……」

 

 ミカが絶望した顔になる。

 

 セイアは目を細めた。

 

「先生」

 

「何?」

 

「やはり、未来が見えなくてよかったよ」

 

「見えてたら?」

 

「今日は絶対来なかったね」

 

「正直だね」

 

 リンはその会話を聞き流しながら、先生へ向き直った。

 

「先生もです」

 

「私も?」

 

「当然です。管理責任があります」

 

「……はい」

 

 こうして、シャーレにおけるティーパーティー史上最も不名誉な事件は、ひとまず幕を閉じた。

 

 なお、後日。

 

 ナギサが改めて用意したケーキは、その日のうちに全員で食べた。

 

 先生いわく、味はとても美味しかったらしい。

 

 ただし、誰一人として、黒いチョコレートの飾りには手をつけなかった。

 




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