歌う貴公子、エミリオ・バレッティが来日したようだ。
このご時世に海外公演ということで、世間は評価と非難の両方が嵐のように吹き荒れている。
「スタッフから感染があるかもしれない」「暗い世間に光を見せてくれた!」「自粛すべきだろ」エトセトラ。
まあ、そういう声はどこ吹く風。
エミリオ・バレッティのコンサートは3日後を予定しているらしい。
まあもっとも、実際はコンサートを隠れ蓑にした麻薬や武器取引の温床だからなんだろうけどな。
最近は感染地に麻薬や武器などを密輸してボロ儲けしているそうだ。
日本に来た理由は謎だ。
原作ではジランバ共和国の工作員と取引するためだったが……。
果たして。
今日は組織のアジトにやってきている。
4日ぶりのアジトだが、なんとか変わりはないようだ。
手足君はお腹が空きすぎたのか、私の姿に気づいてヒィヒィ言いながら私に抱きついて来た。
ハゲ散らかした頭、虎ぐらいの体格に人の腕がムカデのように生えている。
落ち窪んだ眼孔には人間のそれによく似た眼球が飛び出していて、削がれたような鼻がいくつもついている。
アップで見るとド凄い見た目だ。
屈強な大男が悲鳴を上げる見た目で、中身は割と幼児である。
おおよしよし、お前が買い置き分全部食ったのが悪いんやろ。
持ってきた冷凍豚肉を見せびらかしてやると、手足君は喜んで舞い上がった。
「ヒィーーーーヒィーーーー!!!」
「次からは食べ過ぎない。できますね?」
「ヒィ」
確約できないみたいな顔で手足君はそっぽを向いた。
お前素直だなおい。
首を縦に振るまで肉はやらんぞ。
部屋の隅に置いてあるウォーキングマシンはきちんと稼働記録が付いていた。
よしよし、手足君も運動は欠かさずしていたようだ。
食事以外の命令はちゃんと聞くんだよなぁ。
次はみんなを呼んで次代の体のお披露目会だ。
あらかじめベルモット、ジン、ウォッカには招集をかけておいたから、間も無くやってくるだろう。
RUMはこの建物の別の部屋で仕事中だから、この部屋とRUMの部屋を繋ぐ通信機器越しでの参加となる。
この辺の連絡は密にとった方がいいと言うことで両者合意で設置したものだ。
ふと、ノックもなくガチャリと扉が開く。
目をキラキラさせた手足がガバリと飛び起きた。
「なーーーーん」
ドスの聞いた声で入室したのはジンだった。
完全に不機嫌が極まった猫の声だったが、気にはすまい。
美味げでないことを理解した手足が再びふて寝に入った。
そういやさっきの肉まだあげてなかったか。
お前が食べ過ぎに注意すると誓えば貰えた話だぞ、まったく。
「シャッッッフシャーッ」
「フーーッフーーーッ!!!」
威嚇する猫が2匹、ウォッカとベルモットも入室して来た。
言いたいことはたくさんあるらしいが、まずは猫のまま組織の任務を生きてこなしたことを褒めよう。
私はパチンと指を打ち鳴らした。
「はい。これで猫語の縛りは完全に解除されました。お疲れ様でした皆様方」
「ったく、ひでぇ目に遭ったぜ!なあ兄貴!」
「殺す」
銃を向けようとした手は震えるだけで動こうとはしなかった。
次代に引き継がれようと縛りは有効。
抵抗など無駄であるからして。
ベルモットが怒り心頭の顔でジンを詰問した。
「ジン、聞いたわよ。バーボンを仕留め損ねたそうね」
「チッ」
「あれは兄貴のせいじゃねぇ、あの野郎がネズミのようにコソコソしやがったせいだ」
「ネズミ狩りは猫の得意分野じゃなくて?」
「奴はいずれ必ず仕留める。必ずだ」
案の定ヘイトを稼ぎすぎているようだ。
「バーボンを仕留めたら次は猿真似させますからそのあたりよく理解して行動してくださいね」と釘を刺しておくのを忘れない。
猿回しの猿もさせてやるから、と付け加えれば皆トーンダウンしたようだった。
ジンがジロリと私を睨め付けた。
「テメェが次代か」
「ええ。先代とは別人です。先代は僕を産む時命を落としましたからね。でも記憶も人格も完全に引き継いでいますから、概ね同一人物と言ってもいいでしょう」
正確には魂も一緒だから、転生者界隈では完全な同一人物とみなされるだろう。
ジンはフンと鼻を鳴らした。
「不気味な野郎だ。別人だってのにそれを平然と受け入れてやがる」
『ですがコンセプトは理解できます。トップはなるべく永続性を持つべきだ。王が代々記憶と人格を引き継ぐ。スマートな解決策です』
そう言ってのけたのはRUMだ。
部屋に設置してあるスピーカーからの言葉は、これまでの会話を聞いていただろうことがわかる。
これ自体は、電波会話はあまり秘匿性に信用が置けないということで設置されたものだ。
まあ、無症状感染者なら誰でも組織LINEに参加できてしまうからな。
帯域を変えてしまえば盗聴の心配は薄れるとはいえ、感染者ではそこまで自在に電波を操れないようで。
RUMは静謐に重みのある声で言葉を続けた。
『言われた通りエミリオ・バレッティを追いました。もっとも、猫のせいで精度は保証しませんがね』
「十分です。貴方の『目』は信用していますので」
「あぁ?誰だ」
「エミリオですぜ兄貴。世界的アイドル歌手の。新入りがアクスタ持ってるの見たことありやすぜ」
「そんな歌手なんざのことをRUMに探らせて何を企んでやがる」
訝しげにジンに視線を向けられて、私はうむうむと頷いた。
エミリオがただのアイドルだと聞かれれば、それは大きな間違いと言えるだろう。
彼らはイタリアのマフィア組織、ノストリオファミリーの傘下だ。
コンサートにかこつけて世界中で裏取引を展開している、なかなかにやり手の組織。
エミリオ自身才能はあるが、それが開花したのはコンサートを世界各地で開けるノストリオファミリーの資金力のおかげだろう。
まさに、抜け出せない深みという奴だ。
RUMは平坦に言葉を続けた。
『どうも、ヴェスパニア鉱石の取引を行うということで裏で話題になっていましたよ』
「ノストリオがどのルートからヴェスパニア鉱石を入手したかわかりますか」
『噂では火事場泥棒、というのが一番適切な形のようです。例のテロ組織による坑道爆破に乗じて掠め取ったのだとか』
「なるほど……となると手元に本物がある確率はそこそこありそうですね。取引は可能そうですか」
『一応既に買い手が付いていますが、交渉次第でしょう。あまり手を出したくないですが』
RUMは苦虫を噛み潰したような声で言った。
ヴェスパニア鉱石は命令拡散機の停止という最悪のテロを引き起こすものとして、世界各国の注意を向けられている。
手を出せばあらゆる国家の敵意を買う。
RUMとしては火中の栗を拾うようなものだろう。
「今後のため買い取れるか試してみてください。深入りはしなくて大丈夫です」
『かしこまりました』
原作では、その買い手は戦火に手足の跋扈が重なるジランバ共和国のエージェントだった。
そんな人同士の泥沼の戦いに投じられるぐらいなら、私の支配が及ぶ組織が回収した方がいくらか事態の収拾がつきやすいだろう。
それに、秘匿を重んずる黒の組織としても完全なマイナスなわけではない。
RUMとしても電波を無効化し電子機器に干渉するこの鉱石の存在は喉から手が出るほど欲しいはずだからだ。
ルパンはまだ忙しいだろうから日本に干渉してくるかはわからない。
例えばルパン三世が出たら、あっという間に手を引く分別がRUMにはあるだろう。
『ああ、それと。ノストリオファミリーと例のヴェスパニア鉱石テロ犯連中が揉めていましたよ。自分たちの獲物を掠め取ったとかで』
「なるほど。随分とさもしいことで」
もうテロ犯達は動き出しているだろう。
間も無く実行に移るだろうと降谷さんから聞いているが、今のところ証拠不十分で引っ張るのは難しいとのこと。
公安は実行直前まで粘るようだが……ふむ。
その状態でノストリオファミリーが日本で堂々と取引を始めるとなると、少し揉めるかもしれない。
ああ、面倒臭い。
「テロは止めますが抗争はさせておけばいいでしょう。あんまり面倒ならイタリアの手足をノストリオファミリー本拠地へ襲撃させます」
『わざわざそのためにパスポートを偽造するんですか』
「まさか。代が変わって通信範囲が改善しました。方向を絞ればイタリアまでなら命令が届きます」
『!!!』
RUMが思わずと言ったように息を呑んだ。
もう地球の半分ほどまでなら覆えるから、青年型になれば世界全土を覆えるだろう。
半分だけでも自死命令を下すことを考えたが、まだ噂でしかない女王の存在を世間に知らしめれば、別の厄介ごとが誘発しかねない。
今はまだ女王というものは「噂」「アメリカが報告した最初の被験体」でしかない。
手足の動きに規則性がないからこそ忘れ去られていれる、ひとまず思考の外に置かれているだけのそんざいだ。
ここで組織だった動きを手足にさせれば、人の社会は一気に疑心暗鬼に陥るだろう。
つまり何をするにしても非常に厄介ということだ。
RUMがやや慄くような声色で言葉を落とす。
『まさに今、人類社会の命運は貴方の手の上にあるわけだ』
「大袈裟でしょう」
『貴方が少し、軍事的に組織立った動きをネバダ虫にさせるだけでいい。それだけで多くの国々は陥落し、貴方の手中に収まるでしょう。この場から、一歩だって動くことすらなく』
それはまあ、事実だけれど。
私は重苦しく息を吐き出した。
「我が手足に声をかけると、物珍しさで日本に寄ってきてしまうのですぐ人間に居場所がバレます」
『声をかけた個体に近寄るな、秘匿せよと言明すればいいだけでは?』
「しました。前そうした時は『ここに女王がいるけど内緒だって!!!』と叫ぶ個体が出ました。幼稚園児の統制はかくも難しい……保育士さんへの尊敬の念が深まります」
『なるほど』
RUMは深く納得したようだった。
確かにこいつも賢くねぇからな、とウォッカが手足を覗き込む。
『むっ。悪口言った!下っ端が悪口言った!女王、女王、こいつ下等!!』
「いけませんよウォッカ。手足に変えますよ」
「うぉぉ気を付けるからそればかりは!」
「冗談です。人間は手足に変わりません」
まあ頭を食い破って手足が出てくるのはあり得るんだがな。
「仲直りの握手をしてください」といえば、ウォッカは露骨に嫌そうな顔をした。
ウォッカがそろー、と恐る恐る手を差し出す。
手足君も乱杭歯の生えた口を大きく広げてお手をした。
人の頭ぐらいすっぽり入ってしまいそうな大きな口だ。
お手じゃなくて握手なんだけどまあいいか。
『許す、許す。選ばれし女王の側近は懐が広い。美味げもってこい』
「思ったんだけどよ、こいつに死体処理させれば処分の手間もないし餌代も浮くしいいことづくしじゃねぇか?」
「だめです。贅沢を覚えさせると太ります。ただでさえタプタプしがちですし」
虫が湧いたらどうすんだ。
手足の腹をタプタプさせると、手足君はみじろぎしてそっぽを向いた。
危険域になったら強制絶食させるからいいけど。
もっと運動させるべきか。
『ところで、バーボンはNOCですよね』
RUMの言葉に、うっすら笑って私は肩をすくめた。
「さあ、どうでしょうね。僕の知るところではありませんよ」
『なんだかんだ言いつつ社会の維持を本志とする貴方が贔屓にするんですから、そうかと思いまして』
「さて。僕が社会を重んじていることは否定しませんが。バーボンがNOCかどうかまでは」
私はクスクス笑って、ペロリと舌を湿らせた。
「僕がNOCなら、国家の未来のために事故を装って女王なんて是が非でも消しますけどね」
『違いない。私もそうします。NOCだとして、あまり優秀なNOCではなさそうだ』
………。
それは降谷零への侮辱だ。
それっきり、部屋は解散の運びとなった。
ベルモットが何かいいたげにこちらを見ていたが、気にしないものとする。
肉体君が特に興味もなさそうに唇を尖らせている。
『こんな下等な人間どもなんて早く絶滅させればいいのに』
「手足君の汚い言葉を真似しないこと。それと、そろそろ名前決まりました?」
『だからヤですってば。僕は貴方と一緒の名前なんです』
頑なに自分の名前を決めようとしない肉体君に、私はため息をついた。
コナン君達に正式に二重人格だと知られるようになって、彼らから「それぞれに名前をつけよう」という案が浮上したのだ。
まあ、当然の流れだな。
それを肉体君が拒否。
断固たる姿勢で私と同じ名前を貫いているらしい。
「なんで嫌なんですか。名前ですよ、あった方が得でしょう」
『僕は貴方なんです。別の名前がついたら僕は貴方じゃなくなってしまう。母上に、みんなに愛されなくなっちゃう。やだ!』
「名前程度で変わりませんよ」
『やだ!』
夢小説に自分の名前入れるタイプの肉体君ってことらしい。
一体感を削がれると不安になるのかもしれない。
でもそろそろ親離れってか兄離れしてほしいしなぁ。
どうすべきかと考えつつ、私は冷凍肉を手足の前でヒラヒラさせた。
待て姿のまま、手足君は涎だらだらでヒイヒイ言いながら待っていたのだった。
お前節制すると言え、言わねばやらぬぞ。
やらぬってば!!!
・手足「妨害型」
タコのような見た目をした人間並の知能を持つ手足。
タコ足は電波に対する高い干渉能力を搭載し、付近の電波通信を妨害し無線・携帯電話・GPSなどが不安定になる。
その高度な処理能力で手足の会話を妨げず人間の電波のみを妨害する、非常に厄介な型。
生まれつき女王に対する忠誠が非常に高い。
・新しい手足フレンズについて
あらかじめ遺伝子に刻まれたアンロック型なので、女王誕生の電波を受けた範囲内では自動で新種が生まれる。
狩人型「やってるで!わいは狩りのプロや!」
掘削型「地下に巣穴作るやで!」
記憶型「図書館役です。手足図書館なり」
外交型「個体数増に対応するコロニー間調整役でーす」
女王「みんな帰ろうね……」