テロ組織に注意しつつ、組織で日々を過ごす今現在である。
おおよそ半分が組織、もう半分が阿笠邸での暮らしといった形だ。
組織では組織解体に向けて降谷さんと連携しつつお仕事。
阿笠邸では新しい体のチェックを主に行なっている。
今までで新手足はおよそ18種類も発見されており、今博士達は研究でおおわらわだ。
アメリカの研究者達とも連携して調査しているが、不明な点も多く難航しているとのこと。
やはり、ひときわ厄介なのは次の三種だ。
電波中継の役割を果たす病巣型。
生きた知識の図書館として振る舞う記憶型。
人類の発する電波を遮断する、電波妨害型。
ここに来て、ラインナップが露骨に手足文明を構築し出したのが気になるところ。
降谷さんのいっていた通り、研究者達が次世代の人類を生み出そうとしていたのはほぼ間違いないだろう。
まったく困ったものだ。
ゴロンゴロンとばたつきながら、手足君の背中で読書している今現在。
私は移動が多いので電子書籍用の端末だ。
紙の本も好きなのだが、持って歩くのが難しいのが辛いところ。
手足君の背中は暖かく、クーラーが効いた部屋ではちょうどいい温度だ。
クーラーの効いた部屋って子供の体には少し寒い時が多いんだよな。
「手足君、あと腕立て伏せ15回」
「ヒィン」
手足君は悲しげに鳴きつつ頑張っている。
ちなみにアイスランドやロシアなど寒い地域では、今後手足の大量凍死が予想されているらしい。
奴らはファッションで布やネックレスを巻く程度なので寒さにはあんまり強くないからな。
とはいえ、寒冷地では人間から剥ぎ取った服やカーペットを体に巻いて暖をとる手足や、家を整備して籠る手足も結構いるらしい。
薪ストーブの使い方をマスターした個体が出現したとかでこの間ニュースでやっていた。
まったり動画配信サービスをはしごしていると、ふとコナン君から電話が来た。
「はい、空です。どうしましたコナン君」
『悪い。今すぐにベルツリータワーまで来てもらえねーか?』
「ベルツリータワー?」
確か私がお留守番の間に狙撃事件が起きて開館早々工事中になったところだ。
あんな高層の窓ガラスがダメになってもう工事が完了しているとは、さすがコナン世界の建築技術。
爆発で鍛え抜かれておるわい。
コナン君にお呼び出しされれば、行かぬわけにはいくまいよ。
よいせよいせと小さなリュックを背負って外出準備を整える。
羽を詰め込んで、手足君に帰るまでに運動メニューを終わらせておくよう言いつけて。
ヒィヒィ嘆く喉を撫でさすってやって。
なんだか、ここのところ寝つきが悪いんだよな。
体調はあまり良くないが、女王完成に体力を使ってしまったからだろうか。
うむむ。
さて。
呼ばれたのは工事用の足場を登った、ベルツリータワー展望室の屋上である。
露骨に人の入るための空間ではない。
風の吹き荒ぶそこは夕焼けを伴って赤く照らし出され、とても美しい。
うっかり風に体を取られて落下すれば死ぬしかない危険地帯だ。
だが、盗み聞きする者がいないと言う点でこれ以上の場所は無かろうよ。
エミリオとコナン君は、そんな場所で二人で夕陽を眺めて立っていたようだった。
エミリオが振り返り、困惑したような様子で私を見る。
「彼は……?」
「うん。少し事情通の子だよ。きっと貴方の力になる」
コナン君がそういってから、私を迎え入れてゆったりと口を開く。
「改めてだけど、クラウディアさんについて一から話してもらっていいかな」
急に呼び出されてなーんも分からん私のために、まず最初から説明してくれるらしい。
ベルツリータワー展望フロアの上でひとまずみんなして体操座りして、話を聞く姿勢を整える、
「僕は歌手としてよくあるように、長い下積み時代を経験してきたわけだけど。その生活を支えてくれたのがクラウディアだったんだ」
クラウディア・ベルッチ。
ほとんど恋人と言っていいほどに親密な関係を築いた、彼のマネージャーらしい。
売れない歌手でしかなかったエミリオは、彼女に支えられて暮らしていたそうだ。
だが今年に入って悲劇が起きた。
「イタリアの南部でネバダ虫が出現したんだ。あっという間に広まって、食べ物から水まで汚染されてしまった」
「……北部は都市ごとに壁を作ってるって聞いたけど」
「そうだよ。でもまちまちでね。EUは国境に壁を作って周辺国への流入を防いでる。イタリアは半分見捨てられたようなものさ」
暗い顔をして、エミリオは目を伏せた。
「そんな中、クラウディアが感染した」
「……まだ貴方のマネージャーを続けてるよね。今日の午前も警部と話をしているのを僕も見たよ」
「そうだ。彼女は無症状感染者だったんだ」
無症状感染者が初めて確認されたのは、アメリカでのことだ。
その神秘性ゆえに世界中で注目の的になったと同時に、偏見の対象にもなっている。
その主な特徴は手足との会話が可能、そして手足に襲われないという二点になるだろう。
症例は世界にまだ53例しか無く、それがいかに珍しいか、感染者数、死者数と比べれば実に稀有なことかを物語っている。
医療の観点でも期待されており、アメリカでは盛んに研究が進められているそうだ。
しかし彼らを取り巻く環境は過酷でもある。
彼らが天然の感染源であることに変わりはなく、猛毒の血液をもつに等しい劇物だ。
また、命令拡散機に被曝すれば命を落とすため、国を渡ることはおろか国内移動もままならない。
手足と同一視されて迫害されることもあれば、脳をネバダ寄生虫に乗っ取られた人もどきと見做されることもある。
エミリオが拳を握りしめた。
「クラウディアが自由に動けているのは、ルチアーノ達が僕への人質として使っているからだ。もしファミリーの庇護を失えば死ぬしかないと、僕らを脅しているんだ」
だから、コンサートを隠れ蓑にした麻薬取引を続けざるを得なかった。
エミリオの名声を考えるに、クラウディアさんが無症状感染者となるより前からずぶずぶの関係だったのだろう。
なんにせよ甘い蜜は啜っているというわけだ。
「もうすぐ、EUの主導でイタリアの地上浄化作戦が行われる」
「それは……」
「クラウディアへの配慮はない。クラウディアは庇護を失えば死ぬしかないんだ」
これに関して、人権団体も憂慮の姿勢は出していたんだったか。
だが無症状感染者が脳にネバダ寄生虫を宿しているのは本当のこと。
つまり本当に「ネバダ寄生虫が脳を乗っ取って死体を動かしているだけ」と言う可能性が否定しきれないのが現状である。
世論はどちらかと言えば「お前達は死んでくれ」でまとまっている。
その血にネバダ寄生虫を宿しているだけでなく、脳が乗っ取られているならば。
それは人間ではないからだ。
コナン君が険しい顔で詰問した。
「どうやってクラウディアさんは日本に入国したの」
「ネックレスだよ。ファミリーから妙なゴツいネックレスを支給されて、命令拡散機エリアを通る時だけスイッチを入れるんだ」
バッテリーを内蔵して、ヴェスパニア鉱石に電気を通しているのだろう。
ヴェスパニア鉱石は通常、特定電圧に反応して電子機器を無効化する機能を持つ。
空港の設備が無効化すればすぐに大問題になるから、自分の周りだけ結界を張るように電波をかき消すように調整しているのだろうか。
それは少しと言うレベルではなくまずい状況だ。
手足にネックレスをつければ命令拡散機を素通りできるし、あらゆる悪いことに使える大発明がマフィアの手の中にあることになる。
そのための実験体がクラウディアさんだったのか。
「頼む、クラウディアを助けてくれ!」
「あの……後から来た僕は分からないのですが、なぜこんなところにいるのですか」
「コンサートが嫌で逃げ出してきたんだ。もうこれ以上ファンのみんなを騙したくない…」
私は瞬いた。
「その、今もうすでにクラウディアさんは見せしめに処分されている可能性はありませんか」
「!?!?」
エミリオは「どういうことだ!?」ギョッとして半身を乗り出した。
私は困惑して首を傾げた。
組織なら間違いなくそうする、というだけの話だ。
「まあ、殺すと後が問題なので片腕を落とすとか、顔を避けて背中だけ鞭打ちするとか。相手はマフィアですよね。早く戻った方がいいのでは…」
「そ、そんな……!」
「組織取引の関わるコンサート前に逃亡は結構やばいと思います。今大丈夫でも、制裁が下る前に国外逃亡した方がいいかと。メンツがかかってるので本気で潰しに来ますよ」
「助けてくれ!クラウディアだけでもどうか!」
考えて逃げんかいワレェ!!!と私は内心叫びつつ、まあ仕方ないかと思い直した、
彼は本当に普通の青年なのだ。
裏の感覚がまるでない、周囲の皆が思う煌めくアイドル。
アイドルが裏の制裁を知っていたら、舞台でうまく笑えないというやつか。
なかなかノストリオファミリーもアイドルP業が上手いじゃないか。
ふぅむ、と私は考え込んだ。
手足に拠点を潰されて斜陽のノストリオファミリーは正直どうでもいいが、電波無効ネックレスは技術基盤ごと回収しておきたい。
どうせテロ組織とファミリーが揉めるだろうし。
満身創痍になった後でイタリアの本拠地は手足に襲わせれば後腐れなく潰せるだろう。
「コナン君、例のテロ組織の動きはどうなってます?」
「対応のためインターポールの人員も派遣してもらってる。今公安と連携して、漁夫の利を狙ってるとこだ」
「了解しました。ならネックレスだけ注意すればいいですね」
私は温度の篭らない瞳で微笑んだ。
「貴方を助けましょう、エミリオ・バレッティ。これからの貴方に待っているのが不名誉と醜聞、惨めな逃亡生活だとしても。その命を助けましょう」
「………ッ」
私なら無症状感染者を助けられる。
すなわち、脳から虫を下ろし、その上で虫だけを排除する。
まだこの世に存在が確認されていない、ネバダ寄生虫の完全治療を成し遂げられるのだ。
だが、エミリオが裏で麻薬取引と通じていることはすぐに報道されるだろう。
それは拭い得ぬ最悪の不名誉となり、加えてファミリーの残党に追われる日々も重なる過酷な生活が待っている。
だが、今この場に在る破局から逃れられるだけでも大した幸運だろうよ。
そのように断じて、私は笑顔のままにエミリオに手を差し出したのだった。
・「手足」汚染型
翼の生えた風船みたいな形の手足。
風船のような体には空気感染する幼生入りの塵埃が詰まっていて、衝撃を受けると破裂する。
小鳥等に幼生が寄生すると生まれる。
野生の鳩・雀の群れなどに蔓延すると数万羽とかの単位で発生することもある。
・その頃、ある東南アジアの汚染地域にて
妨害型「現在我らが女王は身を隠しておられます。この汚れた下等な人間達から身を守るためです」
手足「なぬ!女王かわいそう!」
手足「美味げを許すな!」
妨害型「下等で美味なる人間は我々が食糧として繁殖、管理しましょう。そのうえで、清浄となった地上に女王をお招きするのです」
手足「賛成!」「賛成」「とても賛成!」