現場は混乱して、まだ多くの人が中に取り残されているようだった。
出入り口は念入りに爆破されて、一階は脱出不可能になっている。
爆弾がまだあることが内部に伝わっているかは分からない。
ただあまりに突然のことに被害人数も把握に手間取っているようで、時折怒号が飛び交っていた。
私が突入してもやれることはほとんどない。
爆弾解体にしろ、そもそも警視庁には本職である爆発物処理班がいるからだ。
いや、と私は眉間にシワを寄せて奥歯を噛み締めた。
今日は成田と羽田、そして多数の湾港を対象としたテロに対応するため、多数の爆発物処理班が駆り出されているはずだ。
三年前に警察にも被害を出したあのプラーミャの爆弾の解体なのだ。
出払っていて警視庁に誰もいなくても不思議ではない。
そもそもまだ内部に爆弾があるのか、どこにあるのかも定かではないはず。
煙はもうもうと立ち込めている。
この煙に撒かれれば、爆弾の捜索は困難を極めるだろう。
そこで不意に、背後から声がかかった。
「君は空君!?」
「っ、高木刑事!逃げることができたんですね」
高木刑事は明らかに焦燥に駆られていた。
「でも目暮警部も佐藤さんもまだ中で、僕は偶然買い出しに行ってただけで」と動揺しつつも答えてくれる。
煙によって、内部の人間は上に追い立てられているはず。
窓ガラスを割って、ロープなどで降りる手もあるが……いくら鍛えられた警察官とて、救急隊員というわけではない。
身ひとつで10階以上の高所から降りるのは危険すぎる。
縄梯子があれば多少はマシなのだが…どちらにしろ煙が激しいため難しいか。
高木刑事が緊迫感に顔を張り詰めさせながら、燃える警視庁を見上げた。
「それにおかしいんだ。中のみんなが電話に出なくて、中の様子がまるで分からないんだ!スマホどころか、庁舎の内線にも繋がらなくて…」
「!!!まさか、ヴェスパニア鉱石が使われたのでは?」
高木刑事がきょとんと首を傾げた。
「ヴェスパニア鉱石?一体何だいそれ」
「もしかして一般には情報が降りてきてないのでしょうか。公安案件で、電波遮断と電子機器無効化の機能がある新素材です」
「な……大変じゃないか!?そんなのがもしテロに、いや、だから警視庁が狙われたのか!?」
高木刑事が知らないということは、内部の人間もほとんど知らないはずだ。
混乱が統制できない状況になっていないと良いのだが。
「でも、それじゃ爆弾も停止するはずじゃ…?」
「たしかに。いったいどんな仕掛けがあるのか、それとも全く別の仕掛けなのか」
電子機器の不可逆な破壊自体、ヴェスパニア鉱石には現在確認されていない事象だ。
しかし転生者たるこの身は知っている。
高電圧にさらされたヴェスパニア鉱石が、電子機器を破壊せしめた描写を。
だが、いくらその現象を使ったとして、電子機器を選んで無効化などできるはずがない。
特に対象はスマホなどを全て無効化しているのだ。
そこまでの自由度があったとしてら、新たな脅威として考え直さねばならないが…。
「でも、とすると内部の人間はまだ爆弾が内部にあることを知らされていない可能性が高いんですね」
「まだ爆弾が中にあるのかい!?」
迫真の顔で私の肩を掴んだので、私は思わずうおっとなった。
愛しの佐藤刑事の命の危機に焦っているのだろう。
「はい。コナン君曰く、まだ本命が内部にあると」
「大変だ!なんとかしないと…ッ!」
中の電子機器が全滅しているということは、私が電波で防災ラジオや無線などで呼びかけても無駄だろう。
上を轟音とともにヘリが飛行している。
バババババ、という羽音が腹の底を揺らすようだ。
救助ヘリが屋上から中の人員を避難させるためだろう。
高所作業車もやってきている。
私はナイショのポーズをとって、しーと人差し指を口の前に持ってきた。
コナン君達の方も相当混乱してたみたいだし、救助隊に爆弾があることを確認することぐらい悪いことではあるまいよ。
「今からすること、誰にも内緒ですよ」
「へ、一体何を…」
私は翼の出力をヘリに向けて、無線に割り込んだ。
「割り込み失礼します!急ぎご連絡したいことがあります!」
『なっ……どこから連絡を入れている!?所属は!』
「警視庁にはまだ内部に爆弾があります!おそらく公安が詳細を把握しています!僕の言葉が信じられなければ、公安にご確認を!そして内部の人間に注意喚起を!」
『ま、待て!?どうして君はそんなことを知っている!?』
それだけ言って通話を切る。
電波で無線に割り込んで滑らかに話せるようになるまで、聞くも涙語るも涙の苦労があったわけだが。
まあそれは割愛していいだろう。
別に既知の情報ならそれでよし。初耳ならこれで上に確認してもらえればさらに良し。
だが避難が間に合うかは賭けになるだろう。
なにせ警視庁には数多の人がいるのだから、その全員を避難となると相当に大事業だ。
高木刑事が絶句して私に瞬いた。
彼から見れば、私が一人勝手に独り言言ってるだけだからな。
「君は一体何を…」
「あのヘリに通信を入れてました。僕は電波が出せます。みよんみよん」
「なるほど!それで救助隊の人に通信を入れたのか!」
「どうしてこの説明で納得するんですか」
思わず突っ込むと、高木刑事がきょとんと私を見て首を傾げた。
まるで当たり前のことを確認するように、瞬いて口を開く。
「だって君、宙君だろう?阿笠博士の発明品だって言ってたし、そういう機能があるんじゃないかと思って」
「………!」
「どうして」と私は声にならず口だけを動かすことになった。
私は今阿笠空、すなわち小さな子供の姿をしている。
宙は高校生だ。同一視されるはずがない。
「翼が外せないって言ってたのは君じゃないか。だから、翼がついたまま小さくなっちゃったのかなって」
「理論が雑です!僕が宙なのはそうですけど!」
「なにより、君は話していて宙君だと思った。違ってなくてよかったよ」
にこりと笑う高木刑事は恥ずかしそうだ。
まったく、なんて人だ。
私は嘆息して立ち上がり、高木刑事の手を取って移動を始めた。
「ど、どこへいくんだい?」
「僕を上へ投げ飛ばしてください」
「へ」
「向こう、人のいない付近から4階の窓を割って侵入します」
「で、でも入って何を…」
「爆弾を探します。爆弾はおそらく、ヴェスパニア鉱石に包まれていますから」
高木刑事が目を見開いて瞬いた。
どういうことだ、と目が私に問いかけている。
「ヴェスパニア鉱石は電波を完全に無効化する。おそらく、ヴェスパニア鉱石自体で包んでるんです」
「!」
贅沢にヴェスパニア鉱石を使い捨てて、鉱石でカプセルを作ったのだ。
それに爆弾を入れれば、絶対に外から干渉されない。
ヴェスパニア鉱石に一定電圧を通した時の破壊からも逃れられる可能性が、なくも無い。
所詮私の想像だが、そのぐらいしか思い当たることがない。
高木刑事が動揺して私に問いかけた。
「で、でもそのヴェスパニア鉱石をどうやって見つけるんだい!?煙でまともに視界もないのに!」
「電波の出ていない空白地帯を探します」
音の無い場所を探すようなものだ!
通常、電波を通さないゆえにあらゆる探査法が無効なのがヴェスパニア鉱石だ!
だからルパンもダウジングなんて使って見つけていた。
でも、私はネバダ寄生虫の主。
電波を生得的に感じられる体の持ち主として、無を感じる手法はやってやれないこともないはず!
私は高木刑事に頼み込んだ。
「ではなるべく高く投げ飛ばしてくださいね!翼で滑空して壁に張り付いてから、自力で窓まで登るので!」
「うん、待って欲しい。20キロはある子供を4階まで投げ飛ばせるのはゴリラだけだよ」
なんでや。
安室さんは転がる観覧車の向こう側までコナン君を投げ飛ばしたぞ。
冷静な高木刑事に、私は憮然として唇を尖らせた。
「警察総合庁舎の屋上に連れてってください。あとは滑空して頑張ります」
「ごめんね…僕の鍛え方が足りなくてごめんね…あと僕も行きたいんだけど」
「体重オーバーで墜落します」
「ぐぅ。わかった。佐藤さんを頼んだよ!」
なんとも締まらない会話をしつつ、私達は走り出したのだった。
というわけで内部。
警視庁捜査一課の権力は結構強く、屋上にはスムーズに辿り着くことができた。
あとは私が全力ジャンプで滑空するのみ。
目撃者も出ただろうが、この際仕方ない。
コナン君にこの場を頼まれたのだから、多少は頑張らないと形になるまいよ。
現在六階から四つ降りて二階。
中は有害な煙で充満していて、視界は真っ暗だ。
だが私は現在アザラシ程度には潜水できるスペックがある。
息を止めて活動するのは得意分野だ。
視界も常に電波を照射して翼で受ければ、擬似レーダーのように大まかな情報なら取得可能。
トコトコと広い庁舎内を歩き回ると、トイレに仕掛けられた爆弾を発見できた。
もしかしたら業者を装って入ったのかもしれない。
アクセスしやすい来客用のトイレに、ヴェスパニア鉱石に包まれた爆弾が清掃用具に紛れて設置してあった。
少し考えて、私のリュックを再利用して中に放り込むことにする。
どうも安価な作りで振動探知系のシステムは無いようだったので安心だ。
しばらく探してから次の階へ、また次の階へと上へ登っていく。
どうやら基本はトイレに仕掛けたようで、爆弾は各階のトイレに押し込められていた。
たぶん見つかったらそれまでと思っていたのだろう。
所詮警視庁の爆弾は陽動の予定だっただろうしな。
いやでも陽動にヴェスパニア鉱石カプセル使うとか大丈夫かテロ組織。
ライブ感で動いてないか?
ちょっと訝しみつつ13階までいくと、人に会うことになった。
煙はまだこの階にはきていないようだが、灯りが途絶えて真っ暗な廊下に懐中電灯を持った警官が複数人屯している。
私の存在は後日憶測と疑問を呼び、ひどく問題になることだろう。
だが高木刑事があんなに協力してくれたのだから、あんなに誠意を見せてくれたのだから。
私も刑事さん達の救助に全力を尽くさねばなるまい。
私は翼を剥き出しのまま、爆弾の入ったリュックを抱えて警官に話しかけた。
「すみません、爆発物処理班の方はいらっしゃいますか」
・手足の賢者君のコメント(米国研究所より)
研究者:では、かの新種はあなた方とは根本的に思想が異なると?
「そう。われわれと違う。われわれ、女王の命令聞くの好き。でもあいつ違う」
研究者:どのように?
「あいつ、女王の『役に立つ』のが好き。おろか。役に立ったかなんて、女王しか分からないのに」
「われわれ、女王の命令聞くのが大事。走れって言ったら走る。踊れって言ったら踊る。死ねって言ったら死ぬ。幸せ」
研究者:死は恐怖ではないのですか
「われわれはすべてでわれわれ。個が死んでもだれかが女王の命令を聞く。めでたい」
「でもあいつ、賢すぎ。考えすぎ。想像しすぎ。女王のこと勝手に考えても、誰も幸せでない」
「『役に立つ』は難し過ぎる。すこし、心配」
研究者:………なるほど