阿笠邸で懇々と説教を受ける私である。
「君、頼むから突然考えなしにならないでくれないか」
「うす」
「僕がこれからどれだけ頑張って各種情報を握り潰すことになるか分かるか。分かるだろう。僕のクローンだしな」
「っすっす」
「ひょっとこみたいな顔をしない。それ警察学校時代の松田の真似だろう。鬼塚教官に見つかって始末書三倍になったのは都合よく忘れてるのか?」
ズモモモモ、と暗黒の波動を出す降谷さんを前に、私はソファの上に正座しているわけである。
私は結局無罪放免となった。
あの事件に関与していない、ということで話が決着したのだ。
つまり行動制限もないが表彰もない、みたいな塩梅になる。
だがかなりの綱渡りには違いない。
日本にネバダ寄生虫の女王がいるなどと言う話は国際的な信用問題にも関わってくるし。
国内的にも「監禁しろ」「殺処分しろ」という話が出るのは明らかだ。
私のやったことはそういう、自らを危険に晒す行為である。
しょぼ……と改めて小さくなっていると、降谷さんは深くため息をついた。
私の頭を優しく撫でてくれる。
「でも、君の決断のおかげで多くの警察官の命が助かった。ありがとう」
「……いえ。僕が力になれたなら良かったです」
私は微笑んで降谷さんを見上げた。
にっ、とやや男らしい降谷さんの素の笑顔が返ってくる。
「僕達の方も相当立て込んでたからな。そっちにまともに情報も送れていなかった。僕らが動ければ君に出てもらうこともなかったのに。すまなかった」
「構いません。本命のテロは防ぐことができたんでしょう。八方よしとはこのことではありませんか」
「そう……だな。もしあそこで君が動かなければ、間違いなく多くの警察官の命が犠牲になった。あまりの被害に、東都を守ることも覚束なくなっただろう」
降谷さんは咳払いした。
「君は偶然警視庁に迷い込んだ被害者の子供、ということになった。目撃のあった謎の飛行体について警察組織は関与しないし、爆弾を発見したのも爆発物処理班だ。」
「え、僕の飛んでるとこ誰かに見られてたんですか」
「当然だろう。あれだけ人がいたんだぞ。カメラに映ってなかったのは幸いだったが」
「うむむ……」
「ともかく、君のことを我々はまるで知らなかった。そういうことになった」
私は頷いて肩をすくめた。
「なるほど。見なかったことにしてくれるんですね」
「君を公に保護できない我々の臆病を責めても構わない。命を助けられたのに、英雄と認め表彰することさえない。見て見ぬ振りしかできないんだ」
彼らも苦渋の決断だったことだろう。
ネバダ寄生虫の女王など、いったいどれだけ国民を危険に晒すことか。
国民のために、今すぐ確保して監禁すべき存在こそが私である。
それを見て見ぬ振りをする。
警察組織というもののあり方を問われる背信行為だ。
それでも私のことを見逃してくれた。
「人の情」とでも呼べるもの、「恩」と一言で表すには重すぎる決断で。
まあ、コナン君が米国を通じて私の安全性みたいなデータも出してたからな。
大人の汚い交渉もあったとは思うが。
降谷さんが息をついて肩を回した。
「だが、君には一度秘密裏にあってもらう人がいる」
「どなたでしょうか」
「白馬警視総監だ。どうやら君もあの騒動の時に話をしたそうだな」
「そうですね。一言二言言葉を交わしただけですが」
本当に「大丈夫かね」「はい」程度の話しかしていない。
いい人そうな雰囲気で、若い頃イケメンだっただろうと想像できる渋おじだった。
降谷さんが柔らかく微笑んで私の肩に手を置いた。
「どんな話があるにせよ、僕は君の味方でいるつもりだ」
「いいんですか、そんな確約をして」
「それがコナン君の選択だろうからね。彼の側についた方が、結局日本のためになる」
「コナン君の存在圧凄すぎないですか」
「僕らの方の現場も、彼なしでは到底あの結末には持っていけなかったさ」
テロ犯制圧とルチアーノの件のことだろう。
どうやら向こうでもコナン君の采配が光ったらしい。
何が起きたのか詳細は知らない。
ただ、超デカなサッカーボールが確認されたことは確かだし、多分劇場版だったのだろう。
「それにしても大丈夫か。顔色があまり良く無いようだが」
やや心配そうな顔で覗き込まれて、私は目を擦って伸びをした。
「なんだか最近寝つきが悪いんです。まだ成体になるには早い感じですし、よくわからないんですが」
「そうか。あまり無理はしないでくれ。君の体は分からないことばかりだからな」
「ありがとうございます、オリジナル」
肉体君が困惑の声をあげている。
「気づいていないんですか?」と困った様子で私を凝視しているような感覚。
あとで詳しく聞いてみることにしよう。
そのあたりで灰原さんの準備が整ったらしい。
とことことやってきて手を叩き、わたしたちを追い立てた。
「説教は終わったかしら?きちんと言ってやってちょうだい。この無鉄砲、江戸川君に似たのかしらね」
「その節は、はい。名探偵スピリットを受け継ぎました僕です」
「まったく碌でも無いんだから!貴方も!過去の行いが教育に悪いんじゃないかしら!」
「ははは。まさか」
「と、言いつつ全身汗ぐっしょりの伝説の悪童なオリジナルです。警察学校での所業の数々は今でも教官達の語り種だという」
目が泳いでいる降谷さんをキッと睨みつけ、灰原さんはため息をついた。
私も睨みつけられ、しおっと小さくなって頭を隠すなどした。
ママン…ごめんなしゃい……。
肉体君も「ちょっと!貴方のせいで僕まで怒られてますよ!どうしてくれるんですか!」とポコポコ怒っている。
すまんて。
「君も彼女の前では形無しだな」
「僕の母君なので。父君はコナン君です」
「………ふは、実に立派な家庭じゃないか。でも父は僕じゃないのか」
「オリジナルは親戚のおじさんです」
「微妙に遠い。どうやったら僕が父親ポジションになれる?」
「僕を守れる男こそ父君に相応しい。権力闘争でコナン君の上に立った時オリジナルが僕の父です」
「すごい、そり立つ壁だった」
降谷さんが慄き出したので、灰原さんが眉を吊り上げて「そこ、コントはそこまで」と止めに入る。
すまんね、くだらん話をして。
「ちょっと奥で相談があるから二人とも来て。もうすぐ工藤君も到着するから。移動するわよ」
「はーい」
私の呑気な返事に合わせて降谷さんがうむうむと頷いて私を抱っこした。
私は歩けるのに……。
移動先は奥の地下室だ。
手足が実験的に飼育されていて、その生態の観察が行われている。
檻の向こうからぬそっと覗き込んだ手足が私を見てパッと明るい声を出した。
『あ、女王だ!聞いて!美味げが美味げで無いを持ってくる!』
『美味げ食いたい…』
『女王!女王万歳!』
『あの下っ端ちょっと生意気。ぺっ』
好き勝手言う手足君は今日も元気そうだ。
あの下っ端こと降谷さんは電波で『ははは、僕は女王の側近だからお気遣いなく』と手足君達に優雅に手を振っている。
あっという間に手足はいきりたち、「嫉妬」「噛んでやる」「嫉妬嫉妬嫉妬」とカチカチ歯を鳴らし始めた。
手足まで煽るんじゃない!
小型プロジェクター前に数脚並べられた椅子に座ってコナン君の到着を待つ。
手足と「なでなで好き?」「好き。女王撫でて」「聞きたいんだが、たとえば僕が代わりに撫でても」「ギギギ(威嚇)」と雑談。
コナン君もしばらくするとやってきたようだ。
ひょいと地下室に入ってきて片手を上げた。
「ごめん安室さん、忙しいのに待たせちゃって」
「構わないさ。君も米国と折衝があったんだろう?君ほど忙しい小学一年生も他にいないさ」
私は首を傾げて灰原さんに声をかけた。
「ところで、これはなんの話ですか。わざわざ地下室に来たと言うことは、それなりに機密を交えた話ですよね」
「お前も前に話してた新種の件だよ」
話し始めたのはコナン君の方だった。
「今、18カ国で確認されてる『ネバダ虫の組織化』について。認識を合わせておきたくてな」
「組織化?手足がですか?」
手足にはいろいろいるが、マス層はやはり一般的に「ブレインリザード」として知られる人間の手がたくさんついたトカゲのようなそれである。
彼らはそんなに頭は良くないし、仲間内に対してなら非常に穏やか。
緩やかに住居を共有して集落を作る程度。
狩りも基本はその場にいる手足と即席連携するだけだ。
彼らは組織を作らない、はずだ。
「きっかけはおそらく新種の発生だ。お前が次代に切り替わったのと同時期に、各地でこれまで確認されなかった新種の手足が見られるようになった」
私は誓って幼生の管理には気を張っていた。
加えて幼生が拡散するにはあまりに広範なことから、単純に私由来の新種ではないと考えられる。
拡散理由は不明。
「別に新種自体はいい。問題は、従来とは違う、組織立った群れを作り出したことだ。そのうち、スリランカの例がこれだ」
プロジェクターで表示したのは、手足の巨大な巣と思しき建物だった。
3階建ての建物が五つ。集合住宅の類だろうか。
人間の建物を再利用して、新種である苔のような種で覆った巣のようだ。
肉色の苔のせいで全く元の建物がなんだったか分からない。
「ここに、人間が23名囚われていたのがわかってる」
「!!!」
降谷さんが隣で息を呑んだ。
ついに人間牧場に本格的に手を出したらしい。
巧妙に命令拡散機を避けて誘拐したらしく、現地でも結構な騒ぎだったようだ。
「繁殖実験なのかなんだったのかは不明。ともかく被害者は現地の軍に救出されたが……道中で全員死亡した」
「死因は?」
「助け出された全員が、移送中に身体中から虫を放出して死んでる。詳しい死因はまだ調査中だ。たぶん、手足側も救助されるのは読んでたんだろうな」
その際に軍の人員も感染したらしく、一時パニック状態だったらしい。
助け出された直後の会話などから分かることは、囚われた人々は毎日「話しかけられていた」ことだけだ。
人の声真似をする手足が彼らの前で喋って。
反応をずっと観察されていたらしい。
私は目を細めて静かに口を開いた。
「前に報告した、人間並みに賢い手足の関与が疑われますね」
「ええ。アメリカの研究機関でも言われていたわ。各地に発生している群れの主が、その高知能型じゃないかって」
あまりいいとは言えない兆候だ。
今まで組織立った活動をしなかったからこそ、人間種はまだ存続できている。
それが一個の組織として活動を始めてしまえば、支配種のシフトが起こることは必定である。
あのタコ型の新種が関わっていると見て間違いないだろう。
「こちらでも至急研究を開始する予定だ。空にも協力してもらいてーんだけど」
「もちろん、ご協力しますよ」
「悪いな。組織の解体の方の進捗はどうだ?」
「そちらは順調だ。たぶんこの状況では烏丸は逃げたが……組織の資金の大部分は押さえた。再び新たな組織を立ち上げるなら半世紀は必要だろうさ」
降谷さんがニヤリと笑ってUSBメモリを手渡した。
コナン君がそれを受け取って「さすが安室さん、仕事が早い」と笑った。
「ナイトバロンの認証キーだ。君らの持つ組織データの入ったフロッピーは、これで中を見られるはず。ついでにRUMの権限でアクセスできる薬のデータも入ってる」
「あれ、コナン君の正体を共有したんですね」
「この依頼をするにあたりな。というか、米国との仲介役になるにも開示は必要だったし。あー、ようやく元の姿に戻れる!」
「馬鹿ね、そんなすぐに解毒薬が作れるわけないでしょ。年単位よ」
「ぇえええ!?!?」
当たり前のことでコナン君がガッカリしておられる横で、降谷さんがポツリと私に話しかけた。
「危険じゃないか」
「へ?何がですか」
「彼らネバダ虫が独自の文化を持つことだ。女王と意見の衝突があった時、彼らが独立した道を歩む選択肢を取る可能性が否定できない」
「つまり、離反するかもって話ですか」
私は首を捻って、それから頷いた。
「それは無いと思いますよ」
「なぜそう言い切れる」
降谷さんが視線を鋭くする。
私はやや微笑んで天井を見た。
「本能です。僕の感覚の話でしかありませんが……彼らは『僕の手足』です。種の存続のために生きているのでは無い。僕のために生きているんです」
「愛ゆえに恋人を殺す人間だっている」
「確かに。僕は彼らの神だが、神であるゆえに恨みの対象にもなるかもしれません」
その時彼らがどのような選択をするのか。
それは、定かではないけれど。
わんわんと声が響く。
「人を滅ぼせ」「人類を滅ぼせ」「次なる霊長となるのだ」。
なんと言っているのか分からない。
どこからしている声なのかも分からない。
幻聴にしてははっきりしていて、目がぐるぐると回る。
私は首を振ってため息をついた。
ああ、体調が悪い。
・開発者コメント(故人達)
「人を滅ぼせ」
「いや人は別にどうでもいいだろう。重要なのはアストロ文明圏を築くことだ」
「でも人を滅ぼすのはロマンだ!」
「アストロには宇宙に進出してほしい派でーす」
「言うて文字の発明が先では?」
「我ら開発者一同、その怨念をもってアストロの女王に呼びかけてます!頑張れアストロ!負けるなアストロ!」
「まず人を滅ぼせと何度言ったら」
「生態系確立!」「宇宙!」「文字の発明!」
(激しい議論が続く)
・クローン主の今晩の寝相
「う゛ーーーーん…人を滅ぼせ人を滅ぼ…え?違う?文明?そうでもない?どっち?」(眉間に皺)