朝から港の方に事件の匂いがするということで、私たちは急ぎ港へ向かっている。
服部君は港で見つかった。
いやこの言い方だと水死体に聞こえるな。
そうでなく、普通に港のベンチで仮眠とっていたところを、警察に声をかけられて容疑者として確保されていただけだ。
服部君は「いやぁ、すまんすまん」と言って恥ずかしそうに解放されて私たちの元へとやってきた。
伝家の宝刀、大阪府警本部長の息子が決まって慄いた警察官達に解放されたらしい。
浅見光彦シリーズじゃないんだから。
「ところで、本当にそっくりでしたね、工藤君と怪盗キッド」
「だから他人の空似だっつってんだろ」
「いやその誤魔化し方は間違いなく何か訳知りですよね。まあいいですけどー。隠し事にモヤついてたりしてないですー」
「ったく悪かったって!」
毛利探偵は北海道警察の警部さんと死体の確認中だ。
私たちは呑気にくっちゃべってるだけとも言う。
昨日の話で盛り上がり、私たちは完全におしゃべりモードだ。
「こういうの工藤はいっつも水臭いんや。なぁ!」
「ですです。シュプレヒコールしましょう。不当な情報統制について僕らで声を上げるんです」
「お前ら楽しんでんじゃねーよ!!」
まったりとした空気の中、惨殺死体からの血液の香りがここまで漂ってくる。
これがサスペンスラブコメディの底力ってやつだ。
私はニヨっとしてしめしめ笑った。
「ところで、今朝剣道大会の会場で遠山さんがイケメン大学生に粉かけられてましたよ」
「!?!?待てやおい!誰や!」
「福城聖とかいう医学部生です。剣道で─」
「おい待てって、こう言うのはじっくり楽しむのが作法だろ」
「っ!そうですねコナン君。僕が未熟でした。反省します」
「暴れたろかオイ。暴れまくったろか???」
おぉん?と服部君に凄まれて私たちはニヤニヤ悪質な笑いを浮かべた。
咳払いしたコナン君が不意にシリアスをブッコム。
「ところで服部、死体の状況はどうだった?」
「鋭利な刃物で正面からばさり、や。相当な手だれやで。日本刀か、ものごっついので斬られとる」
「辻斬りですか。なんとも時代がかってますね」
「所持品は航空券とタクシーの領収書と、空のゴルフバックに銃砲刀剣類登録証」
「!なら、ゴルフバックには美術品の刀が入ってたってことか!」
「たぶんな。それを犯人に奪われたんや。見たところ、斬られた後に奪われとるけどな」
つまり奪った刀をその場で試し切りしたわけではないらしい、ということだ。
私は転生者として今回の事件の一切の顛末を知っている。
それが行う必要のない犯罪と殺人であることもだ。
止める義理がなかったと言うか、私自身それどころではなかったから今までノータッチだった。
直接関わるとなるとハイリスクだし、そもそもそんな慈善活動家でもない。
だが、タイミングが合えば不自然でない範囲で手を差し伸べるのも悪くはないだろう。
あくまでキッドに次代のお知らせをするついでだがな。
「ところでなんですけど、北海道にいますね……手足」
「は?」
コナン君が目をまん丸にして口を開けている。
私は重苦しく頷いた。
「どこにいるとかは分からないんですけど、声が聞こえます。意外とここから近いかと」
「待ちぃや!それほんまか!?」
「はい。反応が小さい、というか声が小さいので気付くのが遅れました。まだ1匹しか反応ありませんが、手足は放っておけば爆発的に増える生き物です」
1匹見れば30匹。それがガチなのが手足の怖いところである。
服部君が顔を青ざめさせて中腰で立ち上がった。
「そいつが殺した可能性はないんか」
「手足にそんな鋭利な刃物を持つ種は確認されて……いや、狩人型なら、あるいは」
狩人型はグリズリーぐらいのサイズのカマキリに似ていて、運動能力と探査能力に非常に優れている。
手にあるのは刃物ではなくハサミだが、使い方によっては日本刀のように使えなくもないだろう。
原作を信じ切っていたが、たしかに手足が犯人であるの可能性は否定しきれない。
一応消毒もしておいたほうがいいだろう。
「『死ね』……これで半径100メートル以内は清浄です。この辺には水揚げされた物用の命令拡散機もたくさんありますし、たぶんこれで大丈夫かと思いますが」
「サンキュー空。にしても厄介だな。殺人事件に、キッドの不可解な動きに、手足の存在。全部が一つを端に発してるわけでもなさそうだ」
私は立ち上がって膝の砂を払った。
「僕は声の主を探します。手足の捜索は任せてください」
「なら俺もついてったるわ。足も必要やろ」
「俺置いてく気かよ。ったく、頼んだぜ服部。俺はおっちゃん達と事件を追う」
「任しとき」
というわけで、まず声のする方向に直進である。
そこにはホテルがひとつあって、そこが電波の発信源であることがわかった。
「おそらくはこの最上階にいるんでしょうね」
「なんやえらいリッチなネバダ虫やな。高級シャンパン飲んで夜景を見下ろす感性が虫にあるんかいな」
「僕と言うネバダ虫筆頭を忘れてますよ。高級シャンパン飲んで夜景を見下ろしたいです」
「せやった。ほんなら自然か」
すごくのんびりとした感想を言い合ったあたりで、上に動きがあった。
突然最上階から煙が吹き出し、キッドが窓を割って飛び出たのだ。
私は慌てて叫んだ。
「貴方はキッドを追ってください!僕はネバダ虫と話をつけに行きます!」
「っ、気ィつけるんやぞ!」
キッドを追ってバイクで走り去る後ろ姿を確認し、私は電波で上の階に語りかけた。
『僕の声を聞け。女王である。女王である。お前の目的を問う』
『…ッ!?!?女王!?こ、こんなところにおられたのですか!?』
この距離なら私の呼びかけに答えられるらしい。
ネバダ虫は大層慌てたように言葉を繋いだ。
『い、一体どちらに居られるのですか!?』
『ホテルの受付フロントです。話がしたいのですが会えたりしますか?』
『も、勿論ですとも!しばしお待ちください!!』
しばらくすると、目つきの悪いスキンヘッドの大男がのっしのっしと現れた。
なんだか緊張した面持ちで「ボスはこちらです」と言って私を案内してくれる。
案内されたの窓が破られた部屋の隣のようだ。
部下は全員退避させられていて、ここなら私も思う存分話ができそうだ。
目の前に立つのはアメリカの資産家ブライアン・D・カドクラである。
悪そうな顔で真摯に私の前に膝をつき、実にニタニタした笑みを浮かべた。
別に電波で歓喜しているだけだということは分かるが、今にも殺されそうで若干身がすくむ。
「女王よ、よくぞお越しくださいました!」
「貴方は……無症状感染者には見えませんね。新種ですか?」
「私は生命の身のうちに入りそのものと化す、御身の手足のうち、最も隠密に長けるものです」
なるほど、外交型ということか。
外交型は人類の脳を捕食し成り代わるタイプだったから、それを用いて地位を築いたのだろう。
外交型はかなり特殊なタイプだ。
人間だけでなく手足にも感染して、その脳へと成り代わる。
その創造理念はおそらく「意思の統一」。
意見の相違が起きた時、対立を丸ごと消滅させるための機構である。
私は慎重に唇を湿らせて、手足に問いかけた。
「なぜ日本を訪れたのですか」
「単に財と力の形成のためです。人間社会ではその二つが特に重要な位置を占めることはすぐにわかりました。ゆえに、女王陛下のお力になるべく、私はひとまず力と財を集めることにしたのです」
「なるほど、優秀な手足なのですね」
「おお……女王陛下よ、あまりに勿体無いお言葉です」
まったく困ったことになった。
私はしょっぱい顔をしてなんとか口を開いた。
「ともかく今は、長居すれば警察にわれわれの関係を疑われかねません」
「ええ、もちろん。裏口は確保してありますゆえ、どうぞお使いください。それとこちらの連絡先になります。私は生得的に声の届く範囲が短いので」
名刺を渡されて、私はそれをポケットに突っ込んだ。
手足に名刺を渡される日が来ようとはな。
「それと、絶対に手足を増やさないよう。今増やしている分はありますか?」
「下手に増やせば足がつきますので、私がこの地位に立って以降同胞を増やす行為は控えております」
「では最後に、貴方がブライアン・D・カドクラに成り代わった経緯をお聞きしても」
私が聞くと、彼は実にあっさりとこう答えたのだった。
「アメリカで行われた妨害型主導の繁殖実験の結果です。多くの人間を攫って苗床にしましたゆえ、その成果のうちの一つというだけですね」
「………そうですか」
それは私の罪ではない。
だが一般的に、責任を取るべきは上の人間であることは明らかだ。
「後で連絡します」
そのようにいうのが精一杯のまま、私は部屋を後にしたのだった。
部下のナチョとかいう人にバス停まで送ってもらって、そこからホテルに戻ってきたなり。
コナン君達が帰ってきたのは、夜もかなり更けてからのことだった。
コナン君がフロントで軽く手を上げるのを、私は立ち上がって歓迎した。
「悪い、遅くなった」
「構いません。少し、繊細な話がありますので、外で話しましょう」
部屋にはもう蘭ちゃん達がいるし、あまり内緒話には適さないからな。
服部君も気になるのか、ちゃっかりついてきて話を聞く姿勢をとった。
「なんや、ネバダ虫となんかあったんか」
「ネバダ虫は人の脳を喰らいその人物になり変わる、新種でした。ブライアン・D・カドクラという資産家に成り代わって過ごしています」
「!!!」
派手に吹き出した服部君が身を乗り出して私に問いかける。
「ば………この街は無事なんか!?」
「本人が潜伏を選んだため、ネバダ寄生虫の散布は厳に慎んでいるとのことでした。ひとまず、函館は心配入りません」
コナン君が黙って高速で思考を回転させている。
カドクラの活動地は米国。
後方の清浄地域で人知れずことが進行しているとするなら……かなりの打撃になることは間違いない。
「なんちゅうこっちゃ。久垣を殺したんもそいつか」
「いえ。それは知らないと。女王の前での発言です。嘘である可能性は極めて低いでしょう」
「なら、別の犯人がいるっちゅーことか」
「カドクラの狙いは女王に、僕に献上するための武力と財力の確保です。とはいえ、まだこの地に眠る兵器の見当はついていないようでしたが」
私がホテルに帰ってから、部屋で電話して確認したことだ。
それが暗号機であることを伝えると、大層がっかりしていた。
そして「このような無様を女王陛下に見られるなど…」とめちゃくちゃショックを受ける様子を見せた。
「ともかく、斧江財閥の宝からは手を引くそうです。今後については…正直、持て余しています」
「せやな。単にネバダ虫を退治したとして、別の奴がトップに立つだけや。それが人間の強かなとこでもあるけどな」
「俺も米国と少し話し合う。妨害型が主導してるアメリカの繁殖実験とやらも気がかりだ」
「ええ。頼みましたコナン君」
なんにせよ、問題は山積みということらしい。
・手足界のイケメン
基本、足がたくさんついてて体格がデカく、牙が大きくて長いのがイケメンとされる。
人間が手足をキモいと思うのと同じように、手足は人間を可哀想なハゲデブ的存在だと思っている。
女王のことは「ちょいキモだけど偉大」「足二つしかないけどかっこいい」枠。
・アジトの手足
生まれつき普通の手足より足がたくさん生えてて、大きくて長い牙がぞろりと生えてる。
手足界のイケメン俳優ぐらいの存在。
でもビール腹。