福城聖は留置所にいるようだ。
このタイミングしか話しかける隙がなかったので、私は北海道警の川添刑事に変装してる初代怪盗キッドの力を借りることにした。
「キッドから聞き出した私生活とかをお話ししますので、何卒手を貸してはいただけませんでしょうか」と頭を下げたのだ。
それが一番手っ取り早かったし、角も立たない。
私の申し出に、実に面白そうに初代キッドは口角を吊り上げた。
「どうしてわかったのかね」
「私は鼻が利くんです。貴方のラバーマスクの香りは明瞭でした」
「それはそれは。流石は世間を騒がせる凶悪な生物兵器だ」
私はするりと目を細めて四肢に力を漲らせた。
「どこからその情報を掴んだんです?」
「私からすれば、機密は機密ではない。興味があることは直接見に行けばいいだけの話だ」
「なるほど、ルパンと同じ理屈ですか」
忍び込んで機密書類を直接見た、ということらしい。
これだから泥棒属性の人は厄介なんだよな。
そのまま私達は留置所へとやってきて、正式な手続きを経て福城聖と面会することになった。
初代キッド様様だ。
福城聖は私たちを、正確には刑事部の川添刑事の姿をした初代キッドを見て目を見開いたようだった。
食いつくように焦りをあらわにしている。
「貴方は…刑事部の方ですよね!僕はやっていないって言いましたよ!」
「ああいえ、少し話を伺いたくて。どうぞどうぞ」
初代キッドは私のためにパイプ椅子を用意してくれたようだ。
遠慮なくそこに座って、ぺこりと挨拶する。
私の姿に福城聖は目を丸くした。
「……昼間に和葉ちゃんと一緒にいた子供だよね、君」
「はい。お伝えしなければならないことがありまして」
私は少しだけ間を置いてから、彼の瞳をまっすぐに見た。
「函館山で大きなお宝が見つかりました」
「!!!」
「大きな大きな、斧江家の家紋が入った戦前のお宝です」
これはきちんと初代怪盗キッドにも確認をとって、カドクラを向かわせて確認させたことである。
私の言葉に余計に焦ったのか、福城聖の額に汗が伝う。
「すでに誰かの手に渡ったのか?」
「いえ。まだ誰の手にも。というか、誰も欲しがらないでしょうね」
「………どういうことかな」
「中身は戦前の暗号機、すなわちコンピューターでした。普通にこのスマホの方が遥かに性能良いぐらいのものです。当時は画期的だったんでしょうけど」
「な」
口をあんぐりと開け、一瞬福城聖は呆然とした。
父から聞いていた悲願の品が、そんなどうでもいいものだとは思っても見なかったのだろう。
「そ、ん……」
「戦況を一変させる兵器でしたね。惜しむらくは、時代の流れの速さでしょうか。保存状態は良好ですし、今後はこの地の観光資源として活用するのが良いんじゃないかと思います」
「そんな、馬鹿な」
思考が追いついていないようだ。
父の志を受け継ぐつもりで覚悟を固めていた彼にとって、それは青天の霹靂だったことだろう。
大山鳴動して鼠一匹。
これはそう言う話である。
項垂れる彼に、私は静かにそーっと内緒話のポーズをとった。
「これは僕と貴方だけの秘密ということで。話の出どころは誰にも言わないでください。できれば、ですけどね」
「………ああ」
留置所を出てから、初代キッドは肩をすくめて呆れるように首を捻った。
「なぜわざわざ彼に宝のことを話したんだい?」
「犯さなくて良い罪を犯すのは、一般に悲しいことと言われますから」
「彼が何か凶行を犯すとでも?」
「なんとなくです。なんとなく、コナン君を見習って正義と真実のために動こうかなぁって思いまして」
答えになってるようななっていないような、ふんわりした話でけむにまく。
現時点で彼が罪を犯す動機は何もない。
でも転生者としての知識が、彼をとんでもない罪に駆り立てたことを知っている。
具体的には、宝を破壊するために爆弾積んだ小型飛行機で観光客のたくさんいる函館山に突撃しようとしたこととか。
ならば少しでも救った方が、コナン君の心は軽くなるだろうと思ったのだ。
初代キッドはくすりと笑って目を細めた。
「なるほど、君は随分と良い人に拾われたようだ」
「ええ。僕には勿体無いほどの善人ばかりの家でした。彼らのようになりたいと、日々思うばかりです」
「これほどの幸運はあるまいよ。君は世界を滅ぼしうる凶悪な兵器だった」
謳うような声が誰もいない廊下に響く。
「君が悪意で虫を撒けば、東都は死の都となった。多くの屍の上で傅かれ、王となることもできた」
「………」
「でも、それをしなかった」
外へ出ると真上から秋の日がさした。
まだ日は高く、函館の清涼な空気が吹きつけてくる。
「君は善良な人間に囲まれ、善良に育った。見ず知らずの人間に手を差し伸べるほどに、善良に」
「なんとなくと言ったでしょう。そんないい子ちゃんじゃありませんよ」
「それでもだ。驚くべき巡り合わせだよ。人類に残された最後の幸運と言っていいほどの」
盗一氏は優雅に一礼した。
「君の選択に、私も一人の人類として感謝しよう」と言って。
振り返った時には、すでに彼の姿は綺麗さっぱりと消えていた。
そうまで言われることかなぁ、と私は頭をかいた。
コナン君も間も無く到着したようだ。
なにやら劇場版的切った張ったがあったようで、新種君の言っていた工場を中心に爆発やら警察車両の大渋滞やらで現場は大混乱だったらしい。
無事に二人が帰ってきて何よりだ。
「よ、空。何か変わりはないか」
「特に大きな変化はありません。そちらはどうでしたか?」
「斧江拓三を確保できた。福城さんと一悶着あったけど解決済み。ったく、函館山を吹っ飛ばせるロケット弾出してくるなんて思わないだろ…」
「せやな。あの爺さんすんごい使い手やで……度胸もえらいこっちゃ」
何やらすごく苦労したようだ。
なんか攫った斧江よりも被害者の福城さんの方が暴れたみたいな言い草だが、本当に何があったのやら。
「僕は一足早くお宝の方を確認しました。カドクラを派遣して、函館山の隠し宝物庫を見ました。すごいかっこいいところでしたね」
「はぁ!?お前カドクラを向かわせたのか!?」
「大丈夫ですよ、僕の手足なので。まぁ中は時代がかった暗号機なのでマジで観光資源にしかならないですけど」
「ほーん、戦況を一変…まあ、当時使っとったら確かに戦況は一変しとったかもなぁ。博物館に置けば結構集客見込めそうやないか?」
「維持が大変そうですけどね。でも収蔵部屋も含めてすごい雰囲気があって、あれは一見の価値ありですよ」
函館山の新たな観光地って感じで金取れそうではあったな。
維持にも馬鹿にならない費用がかかりそうだが…まあそれはともかく。
コナン君がふうと少しだけ息をついて、これからが本番だと言わんばかりに腹に力を込めた。
「ブライアン・D・カドクラを呼んで欲しい。少し話したいことがある」
「いいですよ。もう戻ってきてる頃だと思うので……はい、返事来ました。すぐここに馳せ参じると」
「早ぇよおい」
LINEに登録してあったので、集合!とスタンプを送った瞬間爆速で返事が来た。
すごく真面目な人で冗談を好まないが、嘘のない実直な人である。
5分後。
カドクラこと新種君は息を切らせながら現れた。
コナン君達を見て少し眉間に皺を寄せて私を見る。
「これは、この者たちは…?」
「僕の信頼する人たちです。貴方に少し話があるそうなので呼ばせてもらいました。少し話せる場所に向かいましょう」
「かしこまりました。カフェでいいでしょう」
歩いてゾロゾロと向かうは、徒歩5分の場所にあるチェーン店である。
観光客で埋まっていて、これなら盗み聞きの心配は薄そうだ。
コナン君が水を舐めるように口に運んでから、慎重に口を開いた。
「ブライアン・D・カドクラ。お前はネバダ虫だろう」
「……それがどうした。同胞を殺されたことに憤っているのか、人間」
僅かな敵意が双方の間に滞留する。
新種君の余裕は拳銃を持っているが故だろう。
自分の身を守るというより、万が一の際に女王たる私を守ろうという思いだろうことは察しがついた。
「お前がアメリカの繁殖実験で発生した個体だということは空から聞いてる。その上で、その群れのトップはすでに討滅済みだ」
「そうか」
「お前に俺への敵意はあるか」
「お前は女王が信頼を寄せる人間だ。ならば、その優先順位は同胞より高い。あの信心深い同胞らが死んだのは悲しむべきことだがな」
淡白、な訳ではない。
悲しいのは本当のことだろう。
その上で女王を優先しているだけの、真面目で誠実な手足だった。
コナン君が険しい表情で問いかける。
「お前が信を置く女王は、人間に肩入れしてる。その上でお前はどう動く?」
「もちろん、女王の命に従う。我らは女王の手足。女王のためだけにある存在だ」
返事は力強かった。当然のことを聞かれたように堂々と、迷いなく答えている。
「女王が死ねと言えば速やかに死ぬ。それが良い手足というものだろう」
「………なら、協力しろ、ブライアン・D・カドクラ。お前たちの生態を暴き、人類が生き残るために」
同じくコナン君の言葉にも嘘や虚飾は一切ない。
これがネバダ寄生虫という種への裏切りであることも明示した上で、あえて悪し様に行ってのける。
それは一種の誠実さでもあった。
私は頷き、女王としての責を果たすために口を開いた。
「命令です。我々に協力してください。貴方が同胞を思う心を持つことを理解した上で、僕は命令します」
「もちろんです女王よ。この体はいかがしますか。人間に協力となると、この体は都合が悪いかと」
「そうですね……中から出ては来れますか?」
「いえ。私は体がなくば生命維持もままなりません。できればこの体とは別の、代用体があればいいのですが」
「それは人間でなくとも構いませんか?」
「はい。ある程度のサイズの脳がある存在ならば犬猫だろうとかまいません」
あっさりと頷いてから、新種君は少しだけ瞳を伏せた。
しばしの沈黙が場に満ちる。
「女王よ。やはり貴方は……我らではなく、人を選んだのですね。共に歩くものを、人類種と決めた」
静かな声は寂寥を纏って、少しだけ寂しげな香りを残して小さく消えていく。
私は息を呑んで、それから、ゆっくりと頷いた。
「ええ。すみません、貴方たちを第一とできなくて」
「構いません。そも、己が手足を第一として生きるなど本末転倒。貴方様は貴方様の望みのままに生きるべきだ」
けれど、隠しきれぬ切ない響きがそこに残る。
新種君は柔らかく笑った。
「せめて。我らの最期のとき、ほんの少しでもどうか貴方様の愛をいただければと思います。それだけで、我々の生まれた意味があったと思える。報われる」
「………わかりました。必ずやそこに愛を与えましょう」
「ありがたき幸せでございます、女王陛下」
向き直り、巌の如き顔でコナン君を睨みつける。
「我らが失せたその時。最後に女王を弑すことだけはあってはならぬぞ、人間」
違えることあらば、我ら億万の亡霊が貴様らを呪うとしよう。
コナン君はその視線を正面から受け止め、同じだけの強さを持って受け止めて見せた。
「もちろんだ。空は俺たちが守る」
「なら、いい」
・外交型君
女王が人間の味方なことは知ってた。
だって人間の使う命令拡散機は、女王の声を録音したものだ。
それでも貴方に忠誠を尽くしましょう。忠義を抱きましょう。命を捨てましょう。
なぜなら、我々はそれ以外の生き方を知らないのですから。