事件は無事に解決した、ということらしい。
福城聖は罪を犯すことなく、失意のままに父の逮捕を見届けていった。
斧江拓三は逮捕され、北海道の大財閥の不祥事を地元新聞は大きく取り上げた。
暗号機に関しては函館市が管理して、新たな観光に繋げていくらしい。
カドクラこと新種君はアメリカの研究所に引き取られていった。
私も知る例のデンバーの研究所だ。
そこでブライアン・D・カドクラの体を離れ、ペット用のオウムに入って余生を過ごすらしい。
オウムならば電波を介さず人間とコンタクトがとれるからな。
やけに賢いオウムとして研究を手伝う……前に、人間カドクラがやった悪事とか財産問題とかに直面して四苦八苦しているらしいが。
そこはまあ、人間の悪性と対面して頑張ってほしいところである。
1日1回私とも通信しているのだが、向こうの賢い手足達とも仲良くやっているようだ。
「同胞を大切にするぐらいできんのかこの男は!」「カネの化身なのか!?」「なぜ同胞を使い捨てにする!!意味がわからん!!」と名言を連発。
裏社会の金に汚い小悪党に爪の垢を煎じて飲ませたい様相を呈していた。
手足は同胞にすごく優しいもんな。
飢えても必ず仲間と肉を分け合うし、傷ついた同胞は顔見知りでなくとも必ず介抱するし。
カドクラには子供や後継がいなかったようで、今後交渉型君によって福祉施設などに寄付する運びになるらしい。
なんとも、色々と考えさせられる人と手足の違いである。
というわけで組織のアジトにやってきた私である。
長いようで短い北海道旅行を終え、私はバタンと自室の扉を開けた。
がちゃり。
「ただい………いや何!?!?手足君ムッキムキになってるんですけど!?!?」
『どや。選ばれし民、本気を出せばこんなもん。むきっ』
扉を開け放ってまず目に飛び込んできたのは、ポージングするムッキムキの手足であった。
肩にメロン乗っけてるみたいな仕上がり切った三角筋。
ムキムキの野生の力満載、バキバキの上腕三頭筋がずらりわさわさ。
フィクションでしか見ないようなドラゴンボール画風じみた立派な筋肉であった。
襲われたら逃げられなさそう。
なんならかめはめ波出そう。
今日の分の肉を解凍中の降谷さんが「あ、おかえり」と柔らかく微笑んでくれた。
「なんかウォッカと意気投合して、ここ3日程頑張ったらしいよ」
「3日でこうなるんですか!?いや、1日で巨大になる手足なら全然考えられることかもしれませんけど!?」
得意そうな手足君が決めポーズで己の筋肉をアピールしている。
やはりまずは褒めてやらねばなるまい。
私はムキっとした首筋に抱きついて撫でまくってやった。
「よーーーしヨシヨシヨシヨシ。手足君は偉い!頑張った!すごい!流石僕の手足!世界一!」
『えへ。えへ。えへ。女王が褒める。えへ。選ばれし民はすごい?』
「凄い。とても凄い。頑張りましたね!」
『えへへへへへ』
至極上機嫌になり、あっというまに手足君は顔がダラダラになった。
そのまま私を乗せて、ダバダバ走り出した。
ムキっ!ムキっ!とみなぎる筋肉で背中が硬い。
ボンボン跳ねて座り心地も悪い。
たゆんたゆんの腹が早くも恋しくなってきた私である。現金なものよ。
そしてひとしきり走り回った後、手足は降谷さんにダル絡みし出した。
『下っ端。敬え。選ばれし民はお前より偉い。選ばれし民はブサイクなお前と違ってイケメン』
「ぶっブサイク!?初めて言われたんですけど!?」
『お前ブサイク。気付かないの可哀想。足2本しかない。ヒョロくてキバも丸っこい。可哀想なほどブサイク』
「なんかムカついてきた。女王、あいつが僕に悪口言ってくるんですけど」
謎にバーボンモードで私に言いつけてくる降谷さんはブスくれ切っている。
プライドがいたく傷ついたらしい。
私は手足君を窘めた。
「いい手足は他人の悪口言わないんですよ」
『……!!選ばれし民、悪いやつ?』
「はい。悪い奴です。僕に嫌われますよ」
『ヒェッ。ごめんなさいする。下っ端に酷いこと言った』
素直な手足君はあっという間に小さくなってブルブル震えながら降谷さんの方に這いつくばった。
降谷さんが神妙な顔で「許します」と言うと手足君に笑顔が戻る。
そんな手足君を撫でながら、降谷さんが苦笑した。
「なんというか、生態の割には穏やかな性格の生き物だよね、ネバダ虫って」
「無垢というか、捻くれてませんよね。……僕はそんな彼らを裏切って絶滅させようとしている」
「人と彼らは共に生きられない。ならば、君の選択は間違いではありえないだろうさ」
降谷さんの淡々とした言葉に、私は顔を伏せた。
手足君の耳元にそっと囁く。
「手足君。僕、人間の味方なんです」
『美味げ?女王も美味げのこと好き?』
「ええ。人間が死ぬくらいなら、手足を殺す程度には好きです」
食料として好きだと答えているであろう手足君に対して、あえて私は残酷な言葉を吹き込んだ。
人と手足なら、私は人を選ぶ。
するとなぜかぱっと手足君の顔が明るくなった。
『女王のために死ぬ!いいこと!』
「人間が生きるために殺されるんですよ、貴方達」
『女王の願いを叶えて死ぬ!嬉しい!』
すごく意気込みが強まったらしい。
ガジガジと降谷さんの服の端っこを噛んで、意気揚々と走り出そうとする。
『下っ端!死ぬぞ!女王の命令がある!』
「僕は死なないよ」
『え………!?!?』
手足君はショックを受けた。
そして気遣わしげに恐る恐る私を見上げ、進言するように口を開く。
『いくら下っ端でものけものは可哀想。女王、女王、下っ端も死にたいって言ってる』
「僕が死にたいことになってしまった」
どうやら降谷さんを気遣っての言葉らしい。
気遣いの方向性が手足すぎるが、これも降谷さんを仲間と見ている証拠だろう。
私は息をついて目を伏せた。
なんとも、研究者も罪な生き物を作るものだ。
降谷さんが少しだけ目を鋭く細めて私を見る。
「彼らの知能は個体差が大きい。全てが全て、こうだとは限らないはずだ」
「そうですね」
「それでも君は人類を選ぶのか」
「もちろんです。僕の大切な人は人類なのですから」
今日、アメリカで大規模な高出力の命令拡散機を搭載したドローンによる一斉浄化作戦が開始された。
これは各国でも順調な成果を上げているもので、少しづつ人類圏は取り戻されつつある。
海手足の駆除に関しても実証実験に成功し、統率型による生きた拡散機作戦は成功の芽が見えてきている。
2050年にはネバダ寄生虫を完全に根絶できると、専門家の意見が出てきているほどだ。
その未来は明るいだろう。
降谷さんが肉の柔らかさを確かめて、それからひょいと餌皿に肉を放り込……もうとした途中で着地前に手足が掻っ攫っていった。
「肉!肉!」ともぐついて満足そうにしている。
降谷さんが慣れた調子で机を拭き始める。
「あ、このアジトそろそろ引き払いたいんだけど」
「組織の解体が順調に進みましたか」
「昨日不意打ちで幹部は全員引っ張ったし、ここにもガサ入れしたいからね。霞ヶ関近くの宿として便利だったんだけど」
「了解しました。ならこの手足君は阿笠邸で飼っておくことにしましょうか」
あっけないものだ。
だがそれも当然だろう。
私が関わる以上、それは人の戦いではなかった。
ジャンルは権謀術数が飛び交うミステリーではなく、人外に蹂躙されるホラー映画。
そもそも土俵が違うのだから、人が立ち向かうのは困難を極める。
彼らはホラー映画冒頭、自業自得で滅びる悪の組織の科学者である。
降谷さんはため息ついて肩を落とした。
「まあ、烏丸を取り逃したのは本当に痛いんだけどね」
「そこは仕方ないでしょう。病的に慎重なタイプですし、僕がRUMを掌握した段階で逃げの準備を整えてたみたいじゃないですか」
「次があるとしたら僕の定年退職後だな。引き継ぎ用の資料まとめとかないと」
定年退職後。
そのワードに、不意に薄寒いものを覚えて私は立ち止まった。
そういえば、僕はいつまで生きるんだろうか。
いつまでこの体で転生の渦に囚われるのだろうか。
「どうした、空君」
「いや。なんでもありません」
考えても仕方のないこととして、私は努めてその疑問を胸の中に押し込めることにした。
・コバンザメ研究者達
「一旦落ち着こう、和解しよう」
「つまり人類絶滅に同意すると?」
「オォン?……いやそうはなく、スモールステップを踏もう。まず手足の頂点に立つ女王になる感じで」
「ふむ」
「ロードマップだ。ここに要望を入れ込もう」
「賛成」「なるほど」「一理ある」
「そう、まずは、女王に女王の自覚を持ってもらわねば」