のんびりとみんなでTVを見る現在なり。
衛星電波を受信する実験を試みる阿笠博士を尻目に、私たちは地上波初放送の「劇場版・仮面ヤイバー」を見ていた。
ショッカーならぬジョッカー達に囲まれたヤイバーの、緊迫の一場面だ。
岩場に立つヤイバーが構え直す。
私はもそもそとソファから立ち上がった。
「どうしたんですか?」
「いいとこ見逃しちまうぞ!」
「ちょっと調子が悪いので外の空気を吸ってきます」
など言っている間に必殺技が放たれようとしている。
ヤイバーの代名詞、ヤイバー雷神拳だ。
子供達と一緒に見るうちに覚えてしまったんだよな。
拳に込められた力がわっと解放………される直前、プツッと映像が切断された。
子供達の絶叫が響き渡る。
博士がパラボラアンテナを改造しているが故の事故だろう。
現在、衛星通信網を利用して命令拡散機を軽量化できないか試行錯誤が続いている。
手足への自死命令の緻密な分析と要素の解析も同時並行。
スマホからでも自死命令を発信できれば、もっとずっと応用が利くようになるはずだ。
その基礎研究……手前の博士の趣味がよく現れている。
手を加えたパラボラアンテナがあまりよくなかったらしい。
灰原さんが「映らないわ。博士、どう?」と声をかける。
庭の博士が頭をかいて困り顔をした。
「うーん、うまくいかんのぉ。この形なら十分じゃと思ったんじゃが。今日は地上波で我慢してくれんか」
「えぇーーっ!?仮面ヤイバーは!?今一番いいとこだったんですよ!?」
「俺ショックで腹減ってきた」
「元太君はいつもお腹ぺこぺこでしょ」
私は庭に出て、冬の空気をうーんと浴びて己の頬にビンタをした。
そう、今は冬である。
先日海水浴に行ったような気がしたが、あれは気のせいだ。
深く考えると頭痛がするのでよくない。
むむむ、と魂に力を込める。
転生者たる魂は巨大なもので、肉体君を格納したまま外に力を放つなど簡単なことだ。
力を込めるとちょっとだけコバンザメどもが逃げていくのか、魂が癒えるような感覚がした。
『このゲスども!往ね!往ね!はぁ、はぁ、キリがない!』
「無理せずに。前にパクッとやられそうになったでしょう。僕の中から出ちゃだめですよ」
『でもこいつらまだ……あっまた来た!また来た!!!死ねっ死ねっ!!!』
「言葉が汚い。もっとお淑やかに」
『なぶり殺しにして差し上げますよ!!!』
そうじゃねーよ、フリーザ様になっちゃったじゃねーか。
庭の博士に聞かれないよう、小声で私は肉体君を注意した。
あれからだんだん、コバンザメの侵食は激しさを増してきている。
魂が傷ついて元気がなくなってきているのだ。
ふっと気が抜くと、初期にあった肉体の破壊衝動に飲まれて無闇に暴れかけることも出てきた。
もう灰原さん達にはバレているし、さりげなく再検査もされた。
だがどうも体の不調は見つかっていないようで、彼女らの心配は尽きない。
それも当然。
これは魂の問題なのだから医療と化学でどうにかできる範疇ではない。
私がぼう、と空を眺めていると、不意に私の手が引かれた。
「空君はどうする?」と灰原さんが声をかけてきてくれたのだ。
話を聞いてなくて私は慌てた。
「え、なんでしたっけ」
「野辺山の天文台よ。来週の月曜日。体調悪いならお休みする?」
「!!!」
もうそんな時期になっていたらしい。
野辺山の天文台といえば劇場版の舞台、隻眼の残像の話に違いない。
流石の私もそこまで代表的なワードが来れば思い出した。
「行きます。僕も行きます」
「本当に大丈夫?……昨日も、眠れていなかったようだけど」
灰原さんが心配そうに眉を下げた。
眠れなかった、なんてレベルではない。
夜中に意識のないまま3時間も歩いて海辺まで言って大音量の電波で「来い、我が手足よ」って喚いてたのだ。
私の夢遊病癖はどんどん酷くなっている。
あらかじめ探偵バッジを持たせられてたのは幸いだった。
すぐにコナン君達に見つかって回収されることができた。
降谷さんから「なんか空君が呼んでるんだけど様子がおかしくて」とコナン君達に連絡があったのだ。
それで慌てて電波録音機材を確認して、私の叫んでる声が記録されていて。
私は仰天して「誤報、誤報です!!来なくていいです!!」と叫び直す羽目になった。
実のところ夢に魘された私の声には位置情報が入ってなかったから、大事には至っていない。
手足の側も「女王が呼んでる!でも何処!?」となっていたらしい。
家にいた手足達もとりあえず「うおおおお!」と暴れていたが、行くべき場所は把握してなかった。
私が家に戻ると手足はみんなさめざめと泣いていた。
聞くと「女王が来いって言ってたのに行けなかった。下等…われわれすごく下等……」とのこと。
気にしてないよって元気付けたのだが、命令破りがショックすぎたらしい。
今日も皆揃って食が細い状況が続いている。
手足…繊細な生き物……!
誤報とは連絡したが、世界各地の手足が変な動きをしないといいのだがと願うばかりである。
『なぜもっと抵抗しないんです、あなたならなんとでもなるはずなのに!』
肉体君が悲痛に顔を歪めて私の巨大な魂に縋り付いている。
まあ、それに関しては簡単な話だ。
その気が起きないだけ。
たぶん、最初にコバンザメ共の呪詛を受けた時に、侵食を受け入れろあたりの命令が入り込んだのだろう。
だから抵抗する気が起きない。
やばいと思いつつ動けない。漫然と死んでいくばかり。
このまま、内側から食い荒らされてしまうのだろうか。
私は灰原さんにピトッと張り付いた。
「体調不良をおしてでも行きたいです!あと実利的に一人になりたくない面もありまして」
「………よければ私も家で」
「それは嫌です。迷惑をかけないよう頑張りますから、どうか連れて行ってください!」
灰原さんとて子供達との旅行は楽しみにしているはずだ。
それを邪魔したくない。
私は目をうるうるさせて全力で灰原さんに媚を売った。
どや。可愛いやろ。
というか、隻眼のコナン君は割とマジに命の危機だ。
特に中盤の雪崩とか、ラストの氷滑走とか。
原作とズレて彼が死んだら死んでも死にきれない。
灰原さんは少しだけ目元を優しく緩めて、私を柔らかく抱きしめた。
「分かったわ。でも絶対に無理しちゃダメ。いい子にできるわね?」
「……はい、灰原さん」
後ろからニカっと明るく笑ったコナン君が頭を撫でてくれる。
パパン…ママン……幸せやで……。
むすっとしたあゆみちゃんが、突如激しく光彦君の頭を撫で始めた。
それを見た元太君が真似して光彦君の頭をわしゃわしゃする。
謎にくしゃくしゃにされた光彦君が目を回しているようだ。
「なんなんですか僕が何したって言うんですか!!」と叫ぶ声が聞こえる。
これが可哀想可愛いやってやつか。
コナン君が後ろで手を組んでニコニコした。
「ま、俺は行けねーんだけどな」
「どうせ愛しの彼女とデートでしょ。何処行くのよ」
「………サッカーの試合。二人で」
「デートじゃない」
「デートですね」
照れたコナン君はスススとさりげなく阿笠博士の後ろに隠れた。
これは園子ちゃんと共有してネタにせねばなるまいよ。
しめしめと笑っていたら、「おいそこ!恋バナネタで消化すんじゃねーぞ!」と怒声が入った。
流石名探偵、私の思考などお見通しということらしい。
そうして、私の野辺山観光が決まったのだった。
・悪霊「夢のきざはし」
コバンザメに長く尖った触手を生やしたような悪霊。
本作2話の時点で魂に取り付いてたが、女王の成長まで待ってた。
恨みでなく希望と好奇心を燃料とした呪詛を放つ。
・本ルートについて
本ルートはノーマルエンドです。
→「子供の話」章にてあむぴがクローンに電話をする
ほか3つのフラグを取得するとトゥルーエンドに移行します。