その日、部屋に忍び込んできたのはかのルパン三世であった。
赤いジャケットにシワひとつなく、パリッと決めた姿は奇想天外、縦横無尽。
神出鬼没な彼の姿に、私はゆったりと笑みを浮かべた。
「女王の寝室に赦しなく入り込むとは、不敬ではありませんか、ルパン三世」
「そいつぁ失礼。でも泥棒に礼儀を期待する方が無粋ってもんだぜ」
「違いない」
私は厚く病巣型が覆う椅子に腰掛けて、その歓喜に沸き立つ座面をゆったりと撫でてやる。
ルパンが軽く肩をすくめて言った。
「んー、やっぱ俺らの苦手な分野だな、こりゃ」
「どう言う意味です」
「オバケ。どうしようもねーもん。次元がいたらビビるだろうなぁ」
「なんの話をしているのかわかりませんが…?」
私は首を傾げて眉間に皺を寄せた。
ルパンというと、たしか200年前のお化けが出てきた描写がアニメ版であったんだったか。
オバケって、私のことを言ってるのだろうか。転生者に対してそれは結構失礼なんだが。
ルパンの言葉に、後ろから出てきた少年は頭をかいてむすっとした表情を見せた。
「本当だろうな。この後に及んで幽霊だなんて」
「こういう道で長くやってるとな、不可思議な現象の一つぐらい遭遇すんだよ。錯覚やトリックでどうしても片付けらんねぇもんがな」
「調べてもなんも不調は出なかったんだろ?」とルパンが少年に言う。
見覚えのない、そう、見覚えのないメガネの少年は苦虫を噛み潰したような顔をした。
「ああ。でも脳のことは現代医療でもブラックボックスだ。何か不調が起きてたかは正直わからない」
「どうする、ガキンチョ。俺のデリバリーサービスはここまでだぜ」
「…………」
少年が真っ直ぐに、煌々と青い光を携えた瞳が私を見て、反射的に身がすくむ。
少年の手には何か、無線機のような謎の機械が握られている。
外部と連絡を取り合うためのものだろうか。
少年ははっきりとした口調で問いかけてきた。
「なんでこんなことをしたか、聞いていいか」
「なんでって、変なことを聞くんですね。人を滅ぼすのは僕の使命です。人間如きが僕を前に無駄な質問をするとは」
私はせせら笑って、うちなる焦燥感を取り繕った。
「僕はアストロの女王。矮小な人間如きが口を聞いていい相手ではありませんが」
「俺のことを覚えてるか」
「……うん?人間の見分けはあまりつかないんですけど、お会いしたことがあったんですか。すみません」
私はふむ、と考えてから思い直した。
そんなの結局食われるだけなのだから、結論は何も変わらないだろう。
「では、さようなら人間。朝食にはちょうどいいデリバリーサービスでしたよ」
どすん、と。
建物を揺らすような重量が上から降ってくる。
落ちてきたのは戦争型だ。
上でよく寝ているので呼んだのだが、いい具合に入り口を塞ぐ形で落ちてきてくれたようだ。
基本みんな夜行性なので、今の時間帯寝てるんだよな。
差し込む朝日が遮られ、暗い室内にねっとりとした吐息がしゅうしゅうと吐き出される。
侵入者に戦争型も激怒しているようだ。
さて。
ルパンはどうとでも逃げるだろう。
だが、そこの少年を連れて逃げる暇はあるまい。
美味しい朝ごはんといこうではないか。
私が舌なめずりすると、少年が静かに、悲しげに震える拳を握りしめた。
「お前のSOSは受け取った。お前をずっと見てきた俺たちには、お前の家族である俺たちには。お前を止める責任がある」
「遺言はそれでいいんですか?もっと考えてものを言った方がいいですよ」
「……………ごめん。空」
少年が手の中の小さな無線機を掲げて。
猛然と戦争型が襲いかかるその前に。
あっけなくスイッチが押される。
「死ね」
『死ね』
【死ね】
「死ね」
圧縮した自死命令が滝のように流れ出し、気付けば、私は地面に倒れ込んでいた。
戦争型は即死のようで、かかっていく勢いのままどしゃりと壁にぶつかって屍を晒していた。
部屋の端で侵入者にも気づかず眠りこけていた手足君が、そのまま眠るように事切れている。
私は力が入らず震える手足で起きあがろうともがいた。
「どうや、って、僕のアクセス変更、を」
「説明するほどでもない。単なる総当たりだとさ」
天才にかかれば暗号化の方式すら解析が済んでいた。
暗号化の方法は単純だった。
だったら、暗証番号の全通りを送信して無理やり突破してやればいい。
ブルートフォース(総当たり)攻撃だ。
単純で、効率的なやり方に違いない。
私はパタリと手を落として、ゆったりと微笑んだ。
「そっか、流石博士ですね」
「!っ、お前意識が…」
「死の間際、に、意識を取り戻せたのは幸運でした」
ようやく意識が明瞭になってきた。
翼を広げて全力で「死ね」と三発撃ち放つ。
病巣型を通じてこの命令は各地に届けられ、大きく手足の数を減衰させるだろう。
どうせ私は死ぬのだから、遠慮なく自分にも効くように命令を放てた。
コナン君が悲痛に叫んで、私のことを抱き起こす。
さて、私の計画を説明しよう。
あのコバンザメが悪霊の性質があるのはすぐにわかった。
多くの恨みを受けてきたのか、その気はどす黒く澱んでいたからな。
そこで問題になるのは肉体君だ。
ポワポワの産毛みたいな魂、遠からず犠牲になることは明らかだった。
彼は家族で、守らなければならない大切な弟。
そのために、なんとしてもあのコバンザメを排除することは必須事項であった。
コバンザメは転生にもついてくるし、強くてしつこくて肉体君を巻き込まずに撃滅するのは不可能だった。
だから今回の計画を仕組んだのだ。
ともに同じ罪を重ねて同期を強めて、この転生のタイミングで地獄に引き摺り込む。
奴らを好きにやらせたのは、充分に私たちが一体となるためだ。
転生者の権能を剥がしても、私という極大の魂を地獄に落とす怨念を集めるには、相当な罪を重ねる必要があった。
そして夜な夜な私の位置情報をコナン君に送り、とどめを刺してもらうよう依頼。
自死命令の詳細を研究していたのは私も把握していたし、きっと阿笠博士ならできるだろうと踏んでいた。
その間肉体君が絶対無事なように壁の中に閉じ込めて。
こうして私とコバンザメは共に地獄へ落ちる時がやってきたというわけだ。
肉体君はまっさらなまま、私の渡した能力をガイドに転生をするだろう。
阿笠邸にはあらかじめ私が次なる転生先のためのために電波を仕込んだ幼生が残っている。
これは警視庁爆破事件の時にくすねたヴェスパニア鉱石に守られていて、私の自死命令連打からも守られる。
コナン君たちは悲しむだろうが、次の体にはきちんと肉体君が生まれ落ちるだろう。
彼らがあればきっと安心だ。
大きく手足の脅威が激減した世界で、人類は盛り返すことができる。
こふ、と無意識に咳き込む
手の中に血の塊が吐き出された。
どうやら内臓が壊死して剥がれ落ちたらしく、とめどなく血が噴き出て気持ち悪い。
肌もまだら模様に内出血してしまっている。
「ちゃんと、僕を殺してくれてありがとうございます、コナン君」
「…………」
「僕は次には行けませんが、僕の中のもう一人が行けるとは思いますので、仲良くしてあげてください
「空」
「すごく内気でチワワみたいに気が強いですが、いい子ですから。あなた方のこともとても」
「空!!!」
コナン君が絶叫した。
急速に目が霞んで、景色が見えなくなっていく。
ああ、時間がない。
「……お前さ、酷いやつだよ」
コナン君の声は明らかに震えていた。
「俺たちはお前のことをこんなに思ってるのに、こんな、こんな結末あんまりじゃないか。酷すぎるじゃねーか」
「手を下させてすみません。でも、他の知らない誰かは嫌だったので」
「分かってる。………分かってるよ」
ああ、手に雫を感じる。
ぱたぱたと、灼熱を感じる手に雫が落ちていく。
泣いているのだろうか。彼が。コナン君が。
「暗号はすぐ解けてた。でも、もっと他に方法がないか探してたんだ、1ヶ月、ずっと……」
「ダメじゃ、ないですか。早く来ないと。たくさんの人が…犠牲になったのに」
「っ、お前は!!!」
叫んだ言葉は続かなかった。
私はクスクス笑って、吐息の間から血が溢れていく。
幼生のいなくなった血が目から、鼻から、爪の間から流れていく。
私は彼の心を軽くしようと、小洒落た言い回しを務めた。
「───コナン君の薦めてくれた『シャーロック・ホームズの回想』、面白かったですよ」
「……『君を確実に破滅させることが出来るならば、公共の利益の為に僕は喜んで死を受け入れよう』ってか。ははは」
言葉を切ってから。
コナン君は喉の奥から振り絞るように言葉を落とした
「俺、初めてホームズのこと……嫌いに、なりそうだ」
コナン君が泣いているから、私はそっと血だらけの手を伸ばして彼の頬をなぞった。
「灰原さ、ん、元気ですか」
「ああ。絶対についてくるって聞かなかったから、麻酔銃打ち込んできた。一人が定員だったし、手足に食われたら俺が立ち直れねーよ」
「元気そうならよかった。へへ」
コナン君が肩を震わせて、それから私を強く抱きしめた。
ああ、血がついたらダメなのに、いや、もう血がついてもいいんだっけ。
「──母親との最後の挨拶を用意できなくて、すまなかった」
「かまいま、せん。貴方が……いて、くれたから」
もうそろそろ本気で意識がなくなってきた。
バタバタと慌てて逃げようとするコバンザメをがっしり取り込んで、私の魂は地獄に堕ちようとしている。
同時に私の力で作った壁が薄くなり、呆然と立ち尽くす肉体君がそこにポツンと残された。
「みと、みとめない」
「すみ、ません。次の体は用意してありますので、灰原さんに、挨拶してあげて、ください」
「認めない認めない認めない…絶対にみとめない」
「では、これにて。僕の名は貴方が使ってください。空と。透き通るような青い空と。その意味を真実とするような子でいるようにと───」
「嫌だ、嫌だ嫌だ僕と一緒にいて!!!お願い、おねがいだから!!」
体が沈んでいく。
自業自得の墜落が始まったのだ。
しっかり掴んだコバンザメどもは1匹残らず道連れにしてやろうではないか。
私を思う存分使ったのだから、地獄も一緒に行くわけである。
肉体君が手を伸ばす。
涙でぐしゃぐしゃになりながら、必死に懸命に走って私を引き上げようとしている。
それでも一歩届かずに。
私は無明の闇に包まれたのだった。
「あ」
「ああ」
「あああああああああああああ」
「みとめない」
「この結末を認めない」
「父君が泣いてる」
「母君も、いやだ。絶対にいやだ」
「僕は、この力のもとやり直しを要求する」
・肉体君の転生特典
転生特典は転生者が必ず一つ所持するもの。
転生した段階で例外なくランダムに所持が決まる。
彼の転生特典は「選択肢を選ぶ」力。
セーブ&ロードの亜種。決定的な分岐点を選び直す力。
数ある転生者の中でも極大の、運命干渉系の能力である。