『よし、まずはオリジナルに声をかけましょう』
弟君……空君だったか。
彼の言葉に私は眉を下げた。
『えぇー、別にそう急ぐことでもないじゃないですか?まだ初めまして前ですよ?』
『またあの男に壊れられると面倒なので。早めにガツンと言っておきましょう』
『ううむ、気は進みませんが未来人がそう言うのなら』
空君はおそらく今よりも先の時間軸から飛んできた魂だ。
どういった形の時間遡行なのかは正直定かでは無い。
並行世界移動なのか、タイムトラベルなのか、アニメや漫画が描く「やり直し」の類なのか。
ただ少なくとも彼の言葉は経験者の言葉で、であるのならば先人の知恵には従っておくべきである。
断片的に察せられるだけでも、彼の経験する未来は結構な地獄だったようだしな。
彼の名前の「空」も、明らかに元は私の名前だ。
彼の口ぶりから察するに、私が死んで名を受け継いだのだろう。
ならば私は新しい名前を考えておかねばなるまい。
彼も以前の世界でもらった「空」の名前は大事にしたいだろうし。
私がスーパーに入り追跡を始めると、すぐさま降谷さんも追跡者の存在に気がついたらしい。
流石潜入捜査官、追跡者の気配に凄まじく敏感だ。
彼はふらりとスーパーを出て、裏路地に入って行った。
私も頑張ったからどうやら姿は見られてないらしい。
追跡者が子供だとわかったなら、人通りの少ない場所で尋問する必要はないからな。
無防備にそこを歩いていくと、がちゃり、と拳銃を突きつけられた。
降谷さんの目が驚きに見開かれる。
「っ子ども?」
「随分なご挨拶ですね。こんないたいけな子供に銃を突きつけるとは」
動揺する降谷さんは険しい表情で黙り込んだ。
やはりあむぴはかっこいいものだ。
私は無意識に笑顔になった。
降谷さんがパッと人好きのする笑みになって肩をすくめる。
「ああごめんね、怖い人かと思ってオモチャで威嚇しようとしたんだ」
「組織幹部のバーボンがおもちゃを持ち歩くなんてするんですね。てっきり本物かと思ってびっくりしました」
「…………」
降谷さんはすう、と表情を取り通したように真顔になった。
それが彼の取り乱した時の反応だと私は記憶を通して知っている。
それでも、逆鱗に触れたように見えて途轍もなく恐ろしい。
そして私を上から下まで値踏みするように見て、ゆったりと目を細めた。
「……君の母親から聞いたのかな」
「似たようなものですね。つまりこの邂逅に敵対的な意味合いは無いのですが……信じてはいただけないようですね」
「信じるさ。だが、僕の立場を知って声をかけてきたのだとしたら、随分と出来の悪い子供のようだとがっかりしただけさ」
せせら笑うさまは実に悪質でねっとりした悪意に満ちている。
すぐさま私を遠ざけるための態度に切り替えたらしい。
流石はバーボン、嫌な奴として振る舞うプロだ。
「僕に何が望みだ?小遣いが欲しいなら鬱陶しいからドラム缶に投げ込むが。愛は生憎売り切れていてね、系列店で働いて僕に働いて金銭奉仕してくれたなら考えるよ?」
「そこまで即物的なものは求めていませんよ。少しお話ししなけらばならないことがありますので、この電話番号に電話してください」
「困ったな、本当に頭の回りが悪い子のようだ」
メモ帳に書いた電話番号を渡そうとすると、心底見下げ果てたとばかりにため息をつかれた。
急ぐものでは無いので……と言おうとして、内側の空君が突如喚き出す。
『兄君、この腰抜け野郎はほっといたって電話なんてしてきませんよ。でかい釘刺して今晩にでも電話させるんです』
『いやそれは…ふむ、やってみます』
そんなに急ぐ意味があるようには思えないが。
でも未来人の言うことは絶対なので、この辺りで聞いてみるべきか。
私は降谷さんを見上げて、そっと耳元に囁いた。
「埒が明かないので言わせていただきますが───降谷零に関わることです。どうか今晩お電話を」
「ッ!?!?!?」
バッと驚愕の表情でのけぞり、降谷さんは一瞬震えた。
致命的な情報を握られたように奥歯を噛み締め、その顔がこわばる。
それからすぐさま方針転換したらしい。
降谷さんは取り繕うのをやめ、公安の顔である巌の如き表情で私を睨み据えた。
「今すぐにでも、話すことはできるが」
「僕の用事がありますから。家でお腹を空かせた子供たちが待ってます。僕がご飯係なので、遅れたら重い刑罰が科せられます」
「なるほど、それは重大だ。児童養護施設の類か?」
「いえ、民家で同級生が集まってるだけです。僕は一般的な家庭にお世話になってます」
「それは重畳」
私はぺこりと頭を下げて、それでも視線は切らずに警戒を続けた。
今の彼は危険人物だ。
「では、これにて。どうかお電話を。それと、僕を不意打ちで気絶させて攫うと言う考えは捨ててください」
「………そんなことをするように見えたかな」
「僕ならそうすると言うだけです。電話の時まで待ったりしませんよ」
「それはそれは。前言撤回する。君は、僕によく似て優秀らしい」
それだけ言ってスーパーに戻る。
ミッションコンプリートである。
私は空君に詰め寄った。
『どうするんですか凄いオリジナルに敵対的に接されたじゃないですか!ごちそうさまでした!美味しかったです!!!』
『情緒おかしいですよ』
『でもあの三つの顔がコロコロ変わる感じが!コンテンツ力の塊で!やっぱ良いですねぇ!』
『向こうは情緒ジェットコースターなのにこの反応は人の心なさ過ぎですよ。兄君ってこんな感じだったなそういえば…忘れてた……』
なんか妙な反応をもらってしまったが。
無事ヨーグルトと牛乳を買いつつ、今日のお昼の手作りカルボナーラは非常に満足のいく出来だったのであった。
降谷零は焦燥に歯噛みした。
ああ、あれは間違いなく己の子だ、と心の底から確信できた。
憎らしいほど頭の回転が早く、穏やかに見えて舌鋒鋭く、その上で賢しらに立ち回る度胸がある。
姿形もさることながら、その立ち回りでもって降谷は強くその血脈を理解したのだ。
そのうえで、彼は降谷の身分をしっかりと理解していた。
どこまで正確に把握しているかはまだ謎だが、少なくとも降谷零という本名と、犯罪組織の幹部である証を知っていた。
問題は、誰との子供なのかだ。
ベルモットからの電話がかかってきているが、運転中だと言い訳することにして電話を無視する。
今あの女相手に口を開いたらボロを出してしまうかもしれない。
その危険は冒したくなかった。
「大学時代……?だがそんな関係あったか?高校は気をつけていたし」
顔に寄ってくる有象無象をそれなりに食い荒らしたが、子供だけは気をつけていたはずだ。
その頃は自分も荒れていて、あまりいい思い出はない。
どちらかといえば裏の立場で断れなかった関係で潜入後の方が心当たりは多いが。
それならば「降谷零」の名前を知るはずもない。
「民家……養子か?なら相手は育児放棄もしくは死亡。生きていると厄介だが、あの子の顔形で手放すとは考えにくいし、死んでいると考えた方が妥当か」
ああ、汚い発想ばかりが脳裏をこだまして、薄汚れた打算ばかりが思考を巡っている。
相手が死んでいていいことなんて何もない。
だってあの子はそれだけの苦労を歩んできたことになる。
両親の愛に恵まれぬ苦痛を、自分はよく知っている。どれだけ苦しいか心の底から理解している。
その苦しみを、己が子に味合わせているのだろうか。
思考が空回り、いつのまにか予定の買い物もしないまま車に戻ってきていた。
スマホは沈黙を貫いている。ベルモットは諦めたらしい。
車のフロントシートに体重を預けて、降谷はしばし目を瞑った。
なんにせよ、今晩全てがわかると信じて。
・牛乳で作る濃厚カルボナーラ
クリーミーでブロックベーコンがごろり。
あらびき胡椒をチラリと乗せれば完成。
クローン主特製、元太君も絶賛の一品。