翌日は研究データの詳細を渡して、その翌々日。
やや目の下にクマを拵えた降谷さんが現れたのは、待ち合わせのカフェである。
悩みに悩み抜いたのが一目でわかる苦悩顔だ。
症状は憂いを帯び、どうも映えないどんよりとした曇り空。
それでも絵になるんだからイケメンは罪深い。
席に着いて早々、降谷さんはこのように切り出した。
「僕と一緒に暮らさないか」
「???????」
今日、私は謎に突然呼び出されている。
データも一通り送ったし、これで私はコナン世界でのバカンスを楽しむだけだと思っていたのだが。
なぜかまだ私に用があるらしく、メールで時間指定で私を近場のカフェに呼び出したのだ。
私は咳払いしてから、ちろりと慎重に降谷さんを覗き見た。
「あの、一から説明をお願いしたいのですが」
そう言えば、降谷さんは赤面した。
どうやら自分が急きすぎていたことが分かったらしい。
ばつが悪そうに視線を横に向けて、口を開く。
「君の身の上を思えば、危険は数えきれない。特に民間人のもとに置いておけば、万が一があった時被害が拡大する恐れがあると考えた」
「それは……」
否定できないことだ。
降谷さんの元で暮らすのは確かにリスキーだが、その分迅速に対応できるとも言える。
もし不慮の事態があって阿笠邸が襲われることがあれば取り返しがつかない、というのは頷ける話だ。
降谷さんが何故かやや卑屈な顔をして早口で言葉を続ける。
「君は一人で生活できるし、食品デリバリーサービスなどを使えば外出を極力避けて暮らすことも十分可能だ。場所を選べば、この東京で隣人を気にしないマンションなどいくらでもある」
「その、医療的なもので若干不安が残ります。阿笠邸では専門家が見てくれていますから」
「博士は医療にも精通しているのか?なら、そちらは僕の手配した息のかかった医者に見てもらえばいい。どちらにせよ通常の病院にかかることはできない」
「ううん……」
寂しいが、まあ仕方ないところか。
本当は灰原さんが私の体について一番知識があるんだが、灰原さん自身の安全を脅かしてまで見て欲しいわけではない。
そのあたりで肉体君が突然喚き出した。
『バカ。あんぽんたん。母君はあなたのことを大切に思ってるんですよ。急にこんな形で離れ離れになったら悲しむに決まってるでしょう!』
『誰が…?』
『記憶喪失やめてください。母君がっつってるでしょ』
『なんで……?』
『急に三秒しか記憶持たなくなったんですか』
ドチャクソに言われて私はしょげかえった。
私を大切に思って悲しむ…?日本語が理解できない……。
ベシッと魂をどつかれて私はいかにも全部理解したみたいな顔を作った。
私は眉間の皺を深めて、降谷さんに言葉を続ける。
「説明にあたり、貴方の身分を同居人に明かしたいんですが」
「構わない。これは必要経費だ。できれば避けたいことではあるが、単なるフリーターの男に子供を預ける親はいないからな」
まあそれはそうだ。
灰原さん達に説明しつつ、どうにか定期的に灰原さんに会える体制に持っていきたいが……。
「あれ、空こんなところに……ッ!!!!」
そこに偶然通りかかる運命の鬼ことコナン君である。
何故いるし。なんか第六感みたいなのでもあんのか?
奥の方の席に毛利探偵がチラリと見えたから、おそらく普通に遅めの朝食に来たのだと思われる。
コナン君は硬直している。
私の元となった人間が組織幹部バーボンだということはすでに聞いているからな。
その私に激似の人物が私とお茶していれば、そりゃバーボンだと思うだろう。
降谷さんが「友達の子かな」と安室透を取り繕った。
「う、うん!お兄さん誰?」と子供のふりをしようとしたコナン君を引き寄せて、私は頷いた。
「僕の保護者のコナン君です。実質、僕は彼に引き取られました」
「へ」
「お、おい空!?」
「……んー、なら少し時間を貰えるかな。状況把握できてないが、なんにせよ彼にまず話を通せということだろう?」
「その通りです」
「ならここじゃまずい。僕の家に行こう」
組織幹部の家に行く、ということで突然すぎる話にも関わらずコナン君も挑戦的な視線に切り替わった。
虎穴に入らずんば虎子を得ずの申し子みたいなタイプだからな、コナン君も。
「じゃあついでですし行きましょうか。コナン君は毛利探偵を誤魔化しておいてください」
「ああ、ちょっとメール入れておく!」
おお、保護者に短いメール入れただけで飲食店から姿をくらませる小学1年生かぁ。
やんちゃってレベルじゃねーぞ。
とことこと、あるいはコソコソと会計を済ませてRX-7で近場のセーフティハウスへと向かう。
多分使い捨ての部屋の一つだ。
そこまで重要度の高い拠点ではないが、正体について話すからにはそこそこにセキュリティには気を配っている、と言ったところか。
中に入るとモデルルームのように何も家具がなくて、申し訳程度に真新しいベッドが放置されているだけだった。
なぜかクローゼットに新品の服だけが目一杯詰め込まれている。
段ボール内に未開封のシャンプーやタオル、整髪剤などが詰め込まれてポツンと置かれていた。
なるほど、着替えるためだけの部屋なのはすぐに理解できた。
肉体君がボソボソ私に囁く。
『いいですか、兄君。父君もかなり僕らのことを大切に思ってます。序列二位、「身内」というポジションです』
『なるほど、一位「蘭さん」、二位「身内」、三位「味方」ぐらいの順位のあれですね。……ん?ポッと出の僕が身内?』
『どうしたら愛を理解してくれるんです?僕が拳で餅になるまで愛を叩き込めばわかりますか?』
『そこで暴力に向かうあたりオリジナルの血統ですよね』
瞬間ポカって魂をどつかれ、私は悶絶した。
暴力反対!!!
フローリングにペタリと座って輪を作る。
「こんなところにごめんね」と降谷さんが眉を下げた。
「さて。まずは僕の自己紹介から。僕は安室透。プライベートアイ……探偵をしてるよ」
「初めまして、僕は江戸川コナン。空君がこの街に来た時、僕と博士が初めに対応したんだ。だから僕に話を通せって言ったんだと思う」
「なるほど。君たちが彼を拾ったんだね………それだけじゃないと、君は知っているみたいだけど」
うっそりとバーボンの気配を漏らし、降谷零が微笑んだ。
香り立つような裏社会の気配に身がすくむ。
それでもコナン君は堂々と挑戦的に笑って真っ直ぐに前を見たようだった。
「コードネームはバーボン、だろ」
「空君から聞いたのかい?空君が信頼しているようだし、何者なのかな」
自分のクローンが信頼しているのがただの子供なわけない、と言いたいのだろう。
私はそのあたりで痺れを切らし、話の短縮にかかった。
「あの、効率のため時間を短縮させていただきますね。こちらは安室透こと公安警察降谷零です」
「!?!?」
「そしてこちらは江戸川コナンこと工藤新一です。組織の薬により高校生の姿から子供になってしまいましたが、その頭脳に翳りはありません」
「!?!?!?」
二人がめちゃくちゃギョッとして硬直している。
うむ。話は早い方がいいからな。
「降谷零の目的は黒の組織の壊滅です。その潜入捜査官の腕は確かで、信じるに足るものでしょう。工藤新一はひょんなことから体が小さくなる失態を犯しましたが、その頭脳は僕らより上。未だ至らぬ点こそありますが、将来性は抜群です」
つまり、協力できるという意味だ。
コナン君は困惑に表情を歪め、私の顔を確認した。
「本当なのか」と確かめるように聞き返す。
「はい。僕にはその記憶がある。黙っていて申し訳ありません。オリジナルの不利に働くといけないので隠匿していました」
「いや、そうか、経歴に抱いていた違和感はこれが原因だったってわけだ。なら納得できる」
探偵として、コナン君はバーボンについて何か違和感を覚えていたらしい。
探偵の勘というやつか、ともかく納得が早いことはいいことだ。
降谷さんが皮肉げにハッと半笑いで肩をすくめた。
「あの高校生探偵の工藤新一君か。確かに実績は輝かしいが……君のいうほどのものなのか?」
「でしゃばりで痛い目を見たのはフォローできませんが。よーいドンで競争すれば頭脳面で勝利するのは彼です。公安向きではありませんが、知恵者の相談役としてならこれ以上ない逸材です」
「君の意見はすなわち僕の所見に等しい。なら、その言葉は確かなんだろう」
納得はしてくれたらしい。
というか私を信頼している、というべきか。
ちょっとコナン君が過去の失敗に触れられて苦い顔をしている。
コナン君が私を見てゆるゆると口を開いた。
「それで、俺呼んだ理由はなんだ」
「僕の身柄をオリジナルが引きとりたいそうです」
いかにも苦い顔をして、コナン君が降谷さんを見た。
「危険だ。潜入捜査官が子供連れなんて、弱みをぶら下げて歩いているようなもんだろ」
「そうだね。だが彼を民間人のもとに置いておくよりましだ。手元で守れるし、対処も容易だ」
「アンタが空を組織でのし上がるための餌に使わないとも限らない」
「そんな人非人じゃないさ。僕は警察官だよ。子供は守るさ」
「どうだか」
お互い正体はわかってんのになんでこんな好感度低いんだろうか。
私は首を傾げながらもことの次第を見守った。
降谷さんが引かないことを理解したのか、コナン君がぴん、と人差し指を立てた。
「基本は一週間に一回。それと、見守る人間のいない時間帯。俺らのところに渡してくれ」
一週間に一回というと、私の健康診断のタイミングだ。
あと見守る人間がいない……というのはそうか、彼らは必ず私を一人にせずどちらかが阿笠邸にいるように注意している。
それをそのままルールに適応しているのだろう。
「アンタが空を阿笠博士の家に通わせてくれ。それ以上期間を空けることはできない」
「なるべく外出は避けて欲しいんだが。それに、こちらでも医師はつける」
「こいつの身体は分からないことの方が多い。専門家もいるし、そっちで不調が出たらなるべく早く対応してやりたいんだ」
「……わかったよ」
降谷さんは出ずっぱりで帰れる時間の方が少ないはずだ。
となると、基本は阿笠邸と彼の家を行ったり来たりすることになりそうだ。
降谷さんは降参と言ったように両手を上げた。
「それと、こっちでわかってる空の体についての注意事項をまとめてデータに起こして渡す。捨てアドでもいいし、USBを直接渡すでもいい」
「直接の方が安心かな。後で日程を合わせよう」
「ああ」
コナン君は強い強い、高校生よりも遥かに大人びた表情でバーボンへと啖呵を切った。
「空は俺たちの大切な家族だ。危険に晒したら承知しねぇからな」
「………わかった。僕が守って見せるさ」
少しだけ降谷さんの態度が軟化する。
その心意気は認めた、と言ったあたりか。
果たして本当に、私にそれほど思われる価値などあるのだろうか、そのよう、
瞬間、魂に奔る衝撃!!!
『ヘブゥ!?!?』
『また碌でも無いこと考えてましたね。これを僕は愛の鉄槌と名付けました。脳天に僕のしなる魂をギャリギャリぶつける大技です』
『愛が物理的威力を伴って押し寄せてくる!』
『荒療治です』
『愛ってそういうもんでしたっけ!?!?』
そんなふうに、私の降谷さん宅滞在は急遽決まったのであった。
・灰原さん
息子を誰とも知らぬ組織幹部に渡すもんですかモードに突入。
超皮肉満載で対応して降谷さんをタジタジさせる。
・風見さん
突然家具や子供服買いに行かせられて困惑。