あれから風見さんが来たり急遽阿笠邸にほど近いところにあるマンションに引っ越したり。
まったりする時間は少なかったが。
それでも、忙しい中わずかな隙を縫って降谷さんは家に帰ってきているようだった。
「ただいま、空君。変わりなかったかい?」
「はい。今日は少年探偵団の皆と阿笠邸で遊んだり、彼らに誘われて公園で追いかけっこなどをしました。子供の遊びも真面目にやると体力の消耗が激しいですね」
「はは、大人になるための体力作りには適切だな。励むといいさ」
帰ってきた降谷さんはスーツを脱いで、それをハンガーにかけて肩を回した。
今日は警察庁の方に顔を出したらしい。
グレーのスーツはややくたびれて見えた。
私は自分用だと言い張って買った炊飯器から炊き立てのご飯を盛って、煮物をもう一度温めて二人分の和食を用意する。
降谷さんは眉を下げた。
「家事なんかしなくても構わないよ。だいたい、僕は君にそんなことさせるために預かったわけじゃない」
「実のところ、貴方の凝り性がすごく影響してます。ご自身の立場だったとして、何もせずに我慢できますか?」
「………部屋中ピカピカにしそうだ。そんなとこ似なくてもよくないか?」
憮然とした降谷さんに、私はクスクスと笑った。
降谷さんも不格好に笑って、それから嬉しそうに席に着く。
ぎこちなくも柔らかな愛。
ささやかで取るに足らない日々。
まだ一週間だと言うのに、それは間違いなく家族というに相応しい暖かさを有していた。
彼自身、愛に慣れていないのか、過度にサービス的になったり、挙動不審なところが多い。
だからこそ愛に疎い私はそれがよく分かった。
あるいは彼の記憶があったからこそ、彼の愛についてよく知っていたのか。
彼がまったりと煮物を口に入れて、「美味しいな。結構手間がかかってるんじゃないか?」と笑顔になった。
「オリジナルと同じレシピですよ。味は変わりません」
「やっぱり人に作ってもらうっていいな。懐かしい気がする」
本当に嬉しそうなのは、彼がこの手料理を作ってもらっていた頃……すなわち諸伏景光との平和な生活を謳歌していた頃のことを思い出しているのだろう。
基本的に、作るのは降谷さんの係であることが多い。
洗い物は私が主で行うが、私が作った日は降谷さんが洗い物の係だ。
食後、私はテレビの前でゴロリと転がった。
なんとなくまったりとした時が流れる。
私は瞬きしてむむむと唸った。
『僕達、さては相当愛されてますね?』
『そうですよ。意外と理解が早かったですね。母君と父君の愛をあんなに否定しておいて』
『いや……進研ゼミでやったとこ的な……』
降谷記憶ゼミで死ぬほどやったとこなので流石の私も分かったというか、不器用な方向性が似てたと言うか。
降谷さんのひねくれ具合がしっくり魂にフィットしたと言うか。
「僕の苦労は一体…」と弟君はさめざめと泣き始めた。
いや、あの、ある意味すごく降谷さんがわかりやすかったからなんだよな。
ゴブリン語で愛を語るもの同士馬があった的な。
こういうのは相性がものを言うからな、ウン。
私は弟君に魂の端っこを引っ付けて犬のように媚を売った。
弟君がぴと、と寄り添って機嫌を直してくれる。
『ごほん。ひとまず、今後について整理しましょう』
『あらほらさっさ』
『そこ、ふざけない。まず第一はあのコバンザメどもをなんとしてでも滅殺してやることです』
『そんなのいるんです?』
私の疑問に弟君は魂をぐるぐる捻って悩み出した。
どうも予定と違ったらしく、苦悩している。
『何故か見つからなくて…もういるものだとばかり思っていたんですが、おかしいな……でもなんかあのネチョネチョした視線は感じるし』
コバンザメ、とやらは正体不明の悪霊らしい。
たくさんの魂が集まって寄生魚の形になったもので、人の希望を喰らって糧とする悪質な能力を持つ。
そんな強大なものを私が見えないはずないんだがなぁ。
「魂といえば、僕が殺した研究所の連中とか恨み買ってそうですけど、どうです?』
『人数的には…そうですね、合いそうです。ですが、だとすると既に憑いてなければおかしいかと』
『うーむ』
正体は一旦保留にするしかないようた。
私はグネグネと体を捩って弟君をモニュモニュして、肉体でテレビをニュース番組に変えた。
『幽霊だとすれば真っ先に小泉紅子に頼むことを思いつきそうなもんですけど、以前は除霊を頼まなかったんですか?』
『誰、ですか?』
『名前も聞いたことない、と。すでにその時点で思いつかないほど侵食されていたということか』
ともかく、彼女にコンタクトを取るには怪盗キッドに繋ぎを取るのが必要不可欠だろう。
『あと、最後に幼生は撒き散らさないように細心の注意を払いましょう』
『ん?んー、免疫を担ってるアレですか』
『未来では、全世界で悲劇を引き起こしていましたから、それもできれば避けた方がいいと思いまして』
『なるほど。もしかして日本でパンデミックでも起きていましたか』
『いや、米国に誘拐されて向こうが勝手に自爆しました』
Oh……。
私は眉間のシワを揉んで思い悩んだ。
『となると、オリジナルの家にいるのはいい選択肢でしょうね。米国に拐われる可能性はグッと減るかと』
『ですね。あっ、突然モニュモニュやめないで下さい。責任とってもっとモニュモニュして』
『なんと。では遠慮なく』
兄弟で勝手にまったりしていると、洗い物を終えた降谷さんがソファの隣に座って微笑んだ。
「そういえば、もう一人の君に好き嫌いは無いのかい?」
これは弟君への質問だ。
ここに来てすぐ、「オリジナルにはガツンと言ってやりますから僕に代わってください」と言われたので多重人格と紹介している。
降谷さんは専門医に見せたかったらしいが、私が抵抗したので今のところその様子はない。
というか魂が実際二つ入ってるんだから医療で治せるもんでもないしな。
素早く入れ替わって、肉体君がむすっとした顔をして表に出た。
「……ええ。僕に好き嫌いはありませんよ。毒でなければなんでも食べます。貴方とてそうでしょう、オリジナル」
「嫌だな、僕にも好き嫌いくらいあるさ。セロリとか好きな方だし」
「同級生の迷惑な女子に何が好きか聞かれた時の回答じゃ無いですかそれ。本当に好きだったんですか」
「案外好き。風味がいいよね。君は好きじゃ無いのかい?」
「普通です。兄君はもっと好き嫌い激しいですけどね」
話が私に出たので、入れ替わってうむうむと頷いた。
「高級品、好きです。黒毛和牛、北海道産ホタテ、伊勢海老。高級な動物性タンパクの全てを愛してます」
「知ってた。焼肉店の前通ると目が輝くし」
「最近ふるさと納税のほたてが宣伝してたんですよ。あれ、オホーツク海産訳あり1キロ」
「安室透はふるさと納税するほど収入ないよ」
「暴れていいですか」
「待った待った、普通に買えばいいから。ね」
「肩揉みします」
「変わり身が早い」
くすくすと私はもう一度笑った。
なんだかとても満ち足りていて、心がホワホワする。
これが愛か。柔らかくてふわふわでとっても素敵。
だとしたら、灰原さんには随分と心配をかけてしまった気がする。
これまでの分も含めて、明日阿笠邸に行くときには菓子折りを持って行かねば。
そのように決意して、私はふくふくと忍び笑いしたのだった。
・フラグ状況
→〈Easy〉降谷零が電話をする Clear!
→〈Very Hard〉阿笠空が真に愛を知る -
→〈Hard〉幼生を拡散させない -
→〈Normal〉悪霊xxxxxを除霊する -
弟「まだ真に愛を知っていない…だと…?」