というわけで急げや急げ、江古田高校である。
まだ見ぬ悪霊対策をするならば早いほうがいい。
江古田町は数駅で辿り着けるため、遠出というほどでもない距離だ。
そこで夕方、高校生達を私は出待ちしているというわけである。
一応外出許可はもらったから、心配されることもないはずだ。
理由を聞かれたので「魔女って名乗ってる女子高生に会いに行くため」って正直に白状させてもらった。
降谷さんは素早く宇宙猫に進化した。にゃーん。
前にもらったキッドカードも持ってるし、できればサインも貰いたいなと思う次第である。
のんびり出てくる短髪癖っ毛の高校生に、私はトコトコと走り寄った。
「すみません。黒羽快斗さんですよね」
「あん?」
胡乱な顔を……した瞬間、私の顔を覚えていたらしく「げっ!?」という表情を噛み殺した。
顔が引き攣っている。
隣の髪の長い女子生徒がきょとりと首を傾げた。
「快斗、知り合い?」
「いや知らね。誰だこのガキ」
「言い方乱暴!もう、青子が対応するからね!」
どうやら彼女は青子さんらしい。
中森青子。まじっく快斗の登場人物で、主人公黒羽快斗のお相手さんである。
青子さんは丁寧に中腰になって私と視線を合わせ、にっこりと微笑んだ。
「快斗に何か用かな、ぼく」
「前にもらったカードのお礼を言いたくて。あれから少しトランプマジックの練習をしていたんです」
「へぇ、君もマジック好きなんだ。快斗もね、すっごく上手いんだよ!」
黒羽快斗、すなわち怪盗キッドの顔が緊張に張り詰める。
私にカードを渡したのは怪盗キッドをやっていた時のことだ。
つまり、正体がバレているということ。
「思い出した。俺が話しとくから青子は先帰っててくれ」
「ええ!?本当に大丈夫?乱暴なこと言っちゃダメだよ?」
「わあってるって」
私をずるずる引きずって、怪盗キッドは裏手てと私を連れてきた。
「で、俺が何のカードを渡したって」
「これです。改めて思ったんですけど、手書きのサインも欲しいです」
「キッドカードだろそれ。俺とは何にも関係ねぇよ」
「僕は鼻がいいので、貴方の匂いは覚えました。僕から見れば貴方が怪盗キッドであることは純然たる事実です」
私の主張にキッドは嫌そうに顔を歪めた。
「証拠になってねーよ。犬か」
「まあそう言わずに。別に警察に突き出したいわけではないですし、本題は別にありますから」
私がごそごそとカードをしまうと、余計にキッドは胡乱な表情になってしまった。
「訳わかんねー理屈つけてまで俺に話って、一体なんなんだよ」
「貴方から魔女の方を紹介してもらいたいんです、怪盗キッド」
「は……?」
怪盗キッドは目をまん丸にした。
「……」
「僕たちはのっぴきならない事情で困っています。魔法で何とかしなければならない類のことで。それで、貴方のお知り合いの魔女さんを紹介していただければと思ってます」
キッドは完全にしょっぱい顔になってしまった。
むむむと唸って眉間に深い谷間が刻まれている。
「ええと、鼻がいいのは狼男さんか何か…?」
「いえ、僕は人型生物兵器です。そういうファンタジー界の住人でなく、こう、SFグロホラーです」
「ジャンル違くね。なんで魔女が必要なんだよ」
「悪霊に取り憑かれてしまって。ファンタジーのことはファンタジー界の人に聞くべきだと思った次第です」
「ナニソレそういう界隈があんの???」
不思議なお宝のことはルパンに聞くべき、ぐらい当たり前のことである。
いろいろ理屈は放り投げて、そういうモンだと思うことにしたらしい。
キッドは「あー、あーーー」と謎の母音を垂れ流しながら目頭を揉んだ。
「紅子関係ならわかった。でも今日は下校時間だし、明日紅子と話をするからその後に連絡するから。それでいいな」
「ありがとうございます。差し入れのちょっと高級なネタ文具です。お納めください」
「あー、サンキュ。うお、生わさびチューブ型蛍光マーカー!センスあるなお前」
「ありがとうございます」
リアル魚ボールペンとどっちにしようかと迷ったんだがな。
そういえばキッドは魚が苦手なことをギリギリ思い出して生わさびに変えた次第である。
そんなふうに話がまとまったところで、後ろから歩いてくる人物が一人。
静謐な夜の香りがふわりと漂う。
「はあ、別に明日まで待たなくともいいわ。そんな不格好な呪いをぶら下げて歩かれてはこちらの気が休まらないもの」
「うっ、聞いてたのか」
「もちろん最初から聞いていたわ。ルシュファー様のお告げがあったし」
優雅にゆったりと微笑んで、魔女・小泉紅子は私を見下ろした、
「カフェメニューの一つでも奢ってもらえるのよね?」
「もちろん。右から一列とはいきませんが、それなりにご満足はいただけるかと」
「ならいいわ。魔力のめぐりのいい店を選ぶから、ついてらっしゃい」
「そんなカフェあんの???」
うーむ、世界観の違いを感じざるを得ない。
キッドは疑問符を乱舞させながら、ひとまずついてくることを選んだようだ。
もしかしたら形だけでも幼児に見える私のことを心配してくれているのかもしれない。
と言うわけでキッドと顔を見合わせながら都内のこじんまりとした雰囲気のいいカフェにやってきた。
そこで一番高いケーキを頼んだ紅子さんは、すむ、という顔をして私をまじまじと見た。
「貴方に取り憑いた悪霊は、非常に珍しいものよ」
ぱちくり、と瞬く。
たしかに意味わからん生態のコバンザメ寄生虫らしいが。
私は見たことがないのでわからん。
紅子さんはクルクルと人差し指を回した。
「霊は強い思念によってこの世にとどまるものよ。普通それは最も強い思念、すなわち恨みにて現世に杭を穿つ」
「なるほど。例の悪霊は違うと言うことですか」
「ええ。もっと先が見たい、続きが知りたい、完成する様を見たい、あるいは希望や上昇意欲と呼ばれるもの。つまり一般的には正の気に属するもので取り憑いているのよ」
なんとまあ、真っ直ぐな欲望をお持ちだこと。
私は感心した。
そこまでの意欲があれば、表社会でどれほど素晴らしい科学的発見ができたことか。
それをこんなアングラ生物兵器の開発に捧げるなど、許されざるよ。
肉体君が苦虫を噛み潰したような顔で口を挟んだ。
『研究者達は僕らの完成、すなわち生物兵器アストロの活躍を見届けたかった。そのために貴方の活力を奪って操っていたんでしょうね』
「そうね。そこのおデブ君の言う通り、悪霊は貴方の活力を奪うつもりでしょう」
『……?………おでぶ!?!?!?』
肉体君がブッと吹き出して紅子さんと私を交互に見比べた。
そして「僕の声聞こえてるんですか!?!?」と叫ぶ。
まじか、これまで私しか聴こえるものなんていなかった魂の声なのに。
紅子さんは面白そうに口角を優雅に引き上げた。
「莫大なエネルギーと権能で太った、輪廻の空を舞う巨大な渡り鳥。まさかこんな間近に見ることになるとは思ってもみなかったわ。それも一つの体に二つ」
「え、僕らのことも見えてると?」
「そんなにパツパツで頑張ってるんですもの。面白いから見るわよ」
「面白いんですか…???」
私が身を縮こめて転生者式収納術を発揮しているところを面白がっているらしい。
まあ、一人用ベッドに頑張って成人二人で寝てる感じだからね。
寝返りしたら落ちるのよ。
怪盗キッドが困り果てた顔で姿勢を正して肩を落としている。
何だか卑屈な顔だ。
「あの、ファンタジー用語連発されてらっしゃるなか悪いのですが、俺にも解説を…」
「単に僕にはやや特殊な二つの魂が同居してると言うだけです。双頭の蛇みたいなもんです」
「へぇ」
ぽちぽちと瞬くキッドの横で、紅子さんが実に興味深そうに私を見た。
「貴方が純正の輪廻の渡り鳥ね。もう片方のおデブ君は貴方が無理やりそう仕立て上げたのかしら」
「僕の覚えはありませんが。未来の僕が彼を惜しんで連れて行ったのでしょうね」
「ふぅん、未来。なるほど」
値踏みするように鋭い魔女の視線が突き刺さる。
縮み上がった弟君が魂だけでファイティングポーズをとる。
「やんのかこら」って、腰がひけてんぞ。
「せいぜい頑張りなさい。案外達成はすぐそばよ」
「……何か知ってるんですか」
「悪霊は単に今は流れと一体化して見えないだけ。要は様子見してるの。現れればすぐに貴方達のエネルギー量があれば祓えるわ」
まっすぐに見つめるのは弟君が、あるいはその中にある権能か。
魔女は厳かに宣言した。
「それと、おそらく貴方の見た未来は悪霊をこれ以上なく強めていた。悪霊の目的を潰していきなさい。アレが希望を持てば持つほど、アレは厄介になるわ」
「ありがとうございます、大変参考になりました」
「それと、これは有益な提案なのだけれど」
食べ終わってフォークをおろし、紅子さんは紅茶で喉を潤した。
「貴方の永続の権能、どうか参考にさせて頂戴。その対価に、ある程度の継続的な助力をしてあげるわ」
「永続?」
正直何もわかっていなくて、私は首を傾げた。
私に転生特典と呼ぶべきものがあることは理解しているが……何があるのか全然わからないから無視していたんだよな。
「僕、制御できませんよ?」
「解析させてもらえれば制御の方法も教えてあげられるわ。それは永遠の美貌を実現できる、すごく単純で強力な力だから、私も見ておきたいのよ」
「貴方が望むならいくらでも。僕たちとしても、貴方の協力が得られるのはありがたいです」
「なら契約成立ね」
キッドが困った顔をしてコソコソ私に耳打ちする。
「大丈夫か、魔女との契約なんて」
「馬鹿ね。輪廻の渡り鳥のような強大な怪異相手に詐称を働けば酷い目を見るのは愚かな魔女の方よ」
「怪異なんですか、僕」
「人間はそんな怪物のような莫大なエネルギーを魂に持ってないの」
呆れたように言われ、私はブツブツ文句を言いながら口を尖らせた。
流石に人間だわい。私も弟君も。
ともかく、一定程度の収穫はあった。
また一歩前進、と言ったところである。
・輪廻の渡り鳥
転生者。強大な怪異として知られる。
本人達は前世人間と主張している。
が、どう見ても人間の規格ではない莫大な魂といい、所持する強大な権能といい、それを信じている魔女はいない。
前回目撃があったのは1500年前。
・おデブ弟君
前回の世界で一方的にエネルギーと権能を渡されて、現在権能二つ持ち。
使いこなせもしなくてぶよぶよに太ってしまっている。
使いこなせるようになるとシュッとなる。