翌日。
無事に紅子さんの予定が押さえられてたので、今日は夕方に会う予定である。
かなりしんどいが、起き上がることぐらいはできる。
パリッとした服に着替えてふらふらと頭を揺らす。
降谷さんが「これ、保冷剤。気持ちいいよ」とタオルに包んだ保冷剤を差し出してくれた。
ひんやりとした冷たさがほてった頭に心地いい。
今日は1日付きっきりで看病してくれた。
火のつくような忙しさだろうに、降谷さんはそれでも甲斐甲斐しく私の面倒を見た。
もうずっと、私よりずっと辛そうな表情のままだ。
私が元気そうに振る舞うと、余計に辛そうにするのでどうしようもない。
挙句「無理に頑張らなくていいから、ね」と優しく窘められてしまった。
バレバレなのは良くないということらしい。
ぽつりと、降谷さんは俯いたまま言った。
「僕だって、君くらいの子がいてもおかしくない年頃だ」
「僕が6歳だとして、23の時の子供ですか。ありそうですね」
「だろう?どこへ行ってもお兄さんかなって言われるけど、それは顔面のせいであって僕はもういい歳だし」
ややプンスカしながら降谷さんはおどけて振る舞った。
降谷さん、若く見られがちだからな。
今でも高確率で大学生に間違えられるし、酒飲もうとすると店員に疑わしげな顔されるし。
本人は伊達航のような男らしい顔立ちが良かったらしく、頻繁にぶつぶつ文句を言っているのを目撃している。
私はクスクス笑った。
「なら僕も将来的に困ることになりそうですね」
「そうだね。その顔は何かと不便だぞ。その気もないのに女性が寄ってくるし、金髪なだけで軽く見られがちで遊び人扱いされるし。良いことが何もない」
「しつこくモデル業に誘われたり?」
「そう。気軽に街も歩けない。知ってるか、逆ナンって実在するんだ」
「それは恐ろしい」
そんなふうに冗談を言い合って、気も紛れたのかもしれない。
もしくは余計に私の寿命について思いを馳せてしまったか。
降谷さんはしばし黙り込んだ。
部屋に沈黙が満ちて、重苦しく身動きが取れなくなる。
降谷さんが暗い瞳で俯いた。
「もう気づいてるんだろう。君の頭脳の回転速度は僕と同等だ」
「僕の寿命、あるいは蛹の時間のことですよね」
私がこともなげに答えれば、余計に降谷さんの表情が暗くなった。
そんな顔、させるつもりじゃなかったのに。
「貴方の培ったスキルは僕にもそっくりそのまま受け継がれています。たとえば阿笠邸のPCをさりげなくバレないように閲覧するとか」
「悪い子だ。説教しなくちゃならないな」
「それはご勘弁を。ともかく、僕は僕の体について正しく把握しているつもりです」
これは嘘ではない。
重い体を引きずって、頑張って居間の出しっぱなしのPCを阿笠博士の目を盗んでハッキングしたからだ。
ハッキング未満というか。
博士、パスワードを付箋でPCに貼り付けるんだよな。
ザル通り越してワクなんよ。セキュリティが。
降谷さんの瞳が暗く沈み、引き攣ったような声が喉の奥から出る。
「いま、何とかする方法を探ってるから。壊滅した第七生物科学研究所のデータを探って、君が死ななくて良いように」
「それは、掘り起こさないで」
「ッ、」
思わず強い口調になってしまった。
第七生物科学研究所のデータは、私が徹底的に潰したものだ。
そのまま闇に葬るべき記録群。
2度とこの世に出してはいけない禁忌の箱だ。
降谷さんは言い募った。
「でも」
「お願いします。僕にこれ以上兄弟は必要ない。あんなふうに愛を知らぬまま死んでいく幼い屍を、僕は見たくない」
「………」
納得していないようだ。
隠れてサルベージしそうな雰囲気がある。
それだけ私を想ってくれている、と言うことでもあるだろう。
私は優しく降谷さんの手を取って言った。
「オリジナル。死ぬ前に、僕のとっておきの秘密を打ち明けさせてください」
「っ、今日来るお客さんのことだよね。幾度も聞いているけど、それは誰なんだい」
「だから女子高生さんですってば」
私が中々に肉体的にしんどいので、引っ越し直前ということでこの家での邂逅を許してもらった形だ。
対価を要求すると思っていた紅子さんは予想外に面白そうで、「紅魔術がどれほど偉大か、無知なものに知らしめるのも悪くないわね」と乗り気だった。
一般人に魔法を見せびらかすのは年相応に好きと言うことらしい。
そのあたりでチャイムが鳴った。
降谷さんが立ち上がる。
「来たみたいですね」
「僕が迎えに行ってくる。君は待ってて」
降谷さんがやや警戒を身に滲ませながら体を固くした。
しばらく。入って来たのは長い黒髪の女子高生だ。
どこか特徴的な夜の香りがして、言語化し難い不可思議な感覚を覚える。
彼女を案内してきた降谷さんが、どこか虚ろな顔でじっと紅子さんのことを見ている。
魅了が発動しているらしい。
ふっと紅子さんが笑ってパチンと指を鳴らした。
同時にはっと降谷さんが我を取り戻して、素早く一二歩下がる。
「何が……」
「わたくしの虜にならない人間はこの世に白き罪人ただ一人。それは貴方とて同じことよ、正しさの執行者」
「はい!僕も魅了されてみたいです!後学のため!」
「わたくしは人間と言ったはずよ。高層ビルみたいな大きさのヒヨコは対象外よ」
「僕、でかヒヨコだった件」
未だ激しく警戒する降谷さんを前に、小泉紅子は妖艶に宣言した。
「わたくしは小泉紅子。江古田高校の生徒で、紅魔術の正統継承者たる魔女よ。平伏しなさい」
「……あの、それは何かの隠語かい。それにさっき、僕に何をした?」
「魅了の魔術よ。わたくしは世の男全てを虜にする。ただそれだけの話よ」
予想のはるか上をかっ飛んでいったという顔をして、降谷さんが閉口した。
普段なら「冗談も程々にしてくれないか」とか皮肉を言うのだろうが、紅子さんが純度100%の本心を喋っていることがわかったのだろう。
何を言って良いか分からずフリーズ状態になっている。
たぶん「江古田高校とやらは麻薬が蔓延してるのか?マトリに言伝を残しておくか」と思っている気がする。
素早く取り繕った笑みを降谷さんは浮かべた。
「そうか、詳しく話を聞きたいんだけど───」
「面倒臭いわね。ひとまず見た方が早いでしょうし、貴方の魂を引き摺り出させてもらうわ」
「なにを」
「サン・ヘイローよ、我を導きたまえ」
瞬間、ばたりと降谷さんが倒れ伏した。
私は慌てて降谷さんの体を押さえて、ソファの上に横たえた。
降谷さんの体は力無くぐったりとしているが、魂はそうではなかった。
ふわふわとたんぽぽの綿毛みたいなのが空中で揺れている。
いや、それよりさらに小さい。
チリみたいな極小の魂だ。
もしかしてあれが普通のたましいというやつなのだろうか。
だとしたら魂とはなんと矮小なものなのか。
肉体君がびっくりして二度見した。
『前の僕より小さい!!吹けば飛びそう!』
『ちょっと、オリジナルに失礼ですよ』
『だってあんなの、コバンザメの鼻息で吹き飛びますよ!?』
小さな小さな魂は「───!────!!」と何やら叫んでいるが、発声機能が無いのか喋ることはなかった。
どうやら普通の魂は魂単体では喋れないらしい。
紅子さんがふんと鼻で笑った。
「そっちのおデブ君は少量なりとも少しづつ輪廻の渡り鳥の莫大なエネルギーを摂取していたはずよ。魂の機能をそうやって拡張したから、いま自然に振る舞えているんでしょうし」
『とすると、僕が初期から喋れたのは兄君のエネルギーを吸っていたからと』
「そうね。魂とは本来至極非力なものよ。でなければこの世は悪霊で満員電車状態だわ」
私はふむ、と首を傾げた。
「ではコバンザメとか呼ばれてる悪霊は何なんですか?」
「見たところ、複数人の魂で構成されてるみたいだけど……夥しい数のさらに小さな魂を燃料にしているように見えるわ。生前、よほど酷い罪を犯したようね」
「!!!」
私は思わず息を呑んだ。
夥しい数の小さな魂を燃料にしている。
そんなの、殺された無数の被験体を利用しているに決まっているでは無いか。
その魂を燃料に使い潰して、私に取り憑いているのだ。
流石に気分が良くなさすぎる。
私が黙りこくっていると、紅子さんが小さな小さな魂を降谷さんの体に戻した。
降谷さんはガバリと体を起こして、鳩が豆鉄砲を食ったような顔でぱちぱちと瞬いた。
それからポツリと一言。
「なんかキングギドラみたいなのが見えた気がしたんだが。それも2頭」
「僕らです。僕と弟の魂です」
「あんな……何………デカ……火吹いたりする?」
「しないです。僕らの魂の強さ、わかってもらえました?」
「強いってレベルじゃなかった」
しわくちゃの顔で降谷さんは蹲ったらしい。
自分の見たものを整理しているようだ。
「幽体離脱してたか今?というか浮いて…自称魔女からはラオウみたいな覇気出てるし、キングギドラは2頭いるし、何なんだ一体…?」と混乱している。
紅子さんがおかしそうに笑って言い放った。
「わかったかしら。わたくしは赤魔術で、彼の特異性を貴方に伝えるよう依頼を受けてここに来たの」
「……常識が崩れてもうしばらく立ち直れそうに無い。ちなみに君以外に魔女ってたくさんいるのかい」
「私は唯一の紅魔術の正統継承者であり、日本に魔女は私だけよ」
「それは重畳。異能を用いた犯罪対策を考えなくて済んだ」
魔法の存在を理解してすぐ考えることがそれなのか。
職業病というか何と言うか。
私は降谷さんの隣に体操座りして、ぴとっと寄り添った。
「オリジナル。僕、魂が強いので死後も自分を覚えていられるんです」
「………」
「僕がたとえ死んでも、また会えます」
降谷さんはしばらく黙ったまま、強く拳を握りしめた。
指先が震えて、吐息だけが静かに漏れる。
「全世界から君を探すのか。80億人の人口の中から、たった一人の君を」
「そんな深刻な話でも無いですよ。転生先は決まってるので」
「……?」
僅かに顔を上げて降谷さんが私を見る。
私はにこりと笑顔を作った。
「ご存知かとは思いますが、この身は四段階を踏みます。第一段階ではミジンコのように弱く。第二段階が今の姿。第三段階で蛹となり、第四段階で成体となる」
「……知っている。彼女に聞いたよ」
「第四段階の終わりには、己の脳内に幼生を抱え込んで次代を育成するようです」
は、と降谷さんが目を見開いた。
私は脳を指し示すように頭をトントンと指差して、穏やかに言葉を紡いだ。
「幼生はいずれ成長し、脳を食い散らして頭蓋を割り開き、生まれ落ちる」
「………」
「僕の転生先はそんな次代そのもの。世界を捜し歩く必要はありません。そこに僕はいるのだから」
「っ、」
不意に、降谷さんが僕を強く抱きしめた、
「そんな簡単に言うことじゃ無い。なら君は、君の最後はあまりに残酷じゃ無いか」
「醜くて貴方の心を傷つけてしまうかもしれないのが気がかりですが。どうか僕を見捨てないで。生まれ直しても僕だから。魂も記憶も全て、僕の生まれ直しでしか無いから」
「でも、君の苦しみはどうなる!そんな頭蓋を食い破られて、どれほど苦しいことか」
「貴方とまた会えるのなら、それは良いことでしょう」
絶望的な顔で降谷さんが身を震わせた。
ふと。
紅子さんがぽつりと、呆れたようにため息をついた。
「どうでもいいのだけれど、貴方は『永続』の力をどうして使わないの。幼いまま健康なままずっと過ごすぐらい簡単でしょう」
「………んん???」
なんかちゃぶ台返しの言葉が聞こえてたきがしたけど。
「つ、使い方がわからないです」
「手を出して」
「はい」
「力んで」
「え、は、はい」
「力を使う気持ちで、ビームを出すような心意気で気合を入れる」
「ふんぬぬぬぬぬ……あ!使い方わかった!!」
使おうとする心意気だけが必要だったらしい。
私に必要なのはそのやる気だけだったようだ。
むむう、と私は直感的な操作感で能力をこねくり回し、体に適用した。
パッと体が軽くなる。
何だこんな簡単なことだったのか!
私は勝利に酔いしれて立ち上がった。
「完全体になりました!オリジナル!僕は永遠の幼児です!」
「えっと、それは逆に問題あるんじゃないかな…?」
「力の調節で成長もできるんじゃないかしら。なにより、この力を持ってて寿命で死んだりしないわよ」
『前回の兄君はやる気がなさすぎた説が出てきてるんですが僕の心の安寧のためにもそれは撤回してほしい』
弟君が私にゴスゴスと頭突きをしている。
痛っ、痛っ、やめてその質量で頭突きしないでゲフゥ。
なにはともあれ、一つ解決ということらしい。
・降谷さん
その夜からちょっとオバケが怖くなった。
え、いないと思ってたから仕事できてたのに話が変わってくるんだけど……?