今日も平和な1日である。……おおむね。
買い物をしていると、ばったりと昴さんに出会ったわけである。
このスーパー降谷さんも使ってたけど、赤井さんもかよ。
近場で一番品揃えが良くて安いからみんなここに来るのはわかるけど。
亜麻色の髪に、優しげなマスク。
低い声はどこか甘やかで、線が細そうに見えて筋肉質。
そんな男が、ほー、と面白そうな顔で私を見下ろしている。
「随分と重そうですね。手伝いましょうか」
「ありがとうございます、ですがお構いなく」
「これはこれは、随分としっかりしている。この辺に住んでいるんですか」
昴さんは完全に探る態勢だ。
私の顔は降谷零とほぼ同一。
彼から見ればミニバーボンに違いない。
どこからどう見たって血縁関係とあれば、そりゃ探りの一つぐらい入れるだろうさ。
私は眉を下げて彼を見上げることにした。
「僕、鼻がいいんです」
「はい?」
「特殊な液体ラバーを顔に塗って変装する方法は、僕も怪盗キッドで間近で見ています。特徴的なラバーの香りだ」
「……ええと、言っている意味がよく…?」
「どなたか存じ上げませんが、口外はしませんので安心してください。特に、僕の家族には言ったりしませんので」
私は白菜を選びながらそのように肩をすくめた。
というか、降谷さんには言えないと言った方が正しい。
ここで赤井秀一を失ったら原作がどんな形で跳ねるのか想像がつかないからな。
わざわざコナン君の手駒を減らすような真似はしたくないし。
何より、彼は灰原さんを守る盾だ。
いてもらわなきゃ困る。
一段、彼の声が低くなる。
「君は何者だ?」
「さて。子供のことは子供が一番よく知っていると言いますし、身近な子に聞いてはいかがでしょうか」
「なるほど。そうさせてもらうとしよう。君は随分と事情通のようだ」
そう言って彼は特に残心を残すこともなくあっさりと去って行った。
不利を悟って戦略的撤退を決めた、とでも言うべきか。
私はふう、とため息をついて肩を落とした。
内側の弟君が荒ぶっている。
『赤井ッ秀一ィイイ!貴様どのツラ下げて……じゃない!オリジナルが強すぎる!待ってこれ飲み込まれる!』
『流石内なるあむぴ。暴れ狂っておられるようですね』
『ちょっと、僕にだけ押しつけずに兄君も対処するんですよ!ほらこれ!』
『!?うおおお赤井秀一嫌いビームが打てそう。毎秒新鮮に嫌い…!』
弟君にぎゅむって投げつけられた衝動を堪えながら、良さげな大根を手に取った。
今日は里芋鍋にしようそうしよう。美味しそう。
『うっもう無理。残りのあむぴ任せた』
『やです。兄君が処理してください』
『3:7。僕が3』
『ふざけろ。6:4で4受け持ってもいいですよ』
嫌いなピーマンを押し付け合う兄弟みたいになりつつ買い物を済ませて外へ。
ビニール二袋を担いでよいせよいせと家へと向かう。
その道中、電話がかかってきた。
スーパーを出てすぐの場所で、降谷さんからの電話だ。
『やあ、ちょっと相談があるんだけど』
『どうかしましたか?』
珍しいこともあるものだ。
降谷さんは基本的に忙しくて、電話をするとなると結構重要で込み入った内容ぐらいのものだからな。
私が聞き返すと、降谷さんはやや弾んだ調子の声を出した。
悪い知らせではなさそうだ。
『もうすぐ、シンドラーカンパニーと日本の企業が共同開発したコクーンというゲーム機が発表される。それの完成披露パーティに参加しないかとお誘いだよ』
コクーン。
すなわち劇場版名探偵コナン、ベイカー街の亡霊である。
正直めちゃくちゃ参加したい。
だって本物のフルダイブ型VRゲームだぞ!?
とはいえ何故私に声がかかるのか疑問も残る。
「興味は大いにありますが、いったい何故?」
『実は察庁のお偉いさんの子供も参加するんだけど、ほら、お偉いさんが、最新のテクノロジーは分からんから怖いとね』
なんとまあ、ナヨっちいことを言うものだ。
でもお偉いさんの気持ちも分からんでもない。
だって脳に直接干渉して五感を支配するテクノロジーだ。
スマホの電波は体に悪そうなんてレベルではない話である。
多分その気になれば洗脳とかもできそうだし。
「つまり、僕は見張り役というわけですか」
『ああ。まあ、そんなに気負わなくていい。安全性はメーカーで実証されてるし、単にゲームを楽しんでくるつもりでいるといいさ』
「それはそれは。心が躍りますね」
『だろう?史上初の完全体感型ゲームだ。まさにゲームの世界に入り込めるんだからな』
私はうむうむと頷いた。
ちょいと命の危険はあるが、それ以上にフルダイブ型のVRゲームは心惹かれるものだ。
ソードアートオンラインとか昔読んだなぁ、と懐かしい気持ちでふくふく笑う。
これ、ノアズアークのせいで開発がポシャるのマジで世界の損失だと思うんだよな。
肉体君が難しい顔でふぅむと唸った。
『VRゲームですか。カプセルの中に入るのはちょっと抵抗ありますね…培養槽に似てて鳥肌が立ちそうだ』
『うーん、あんまり不快なら僕の奥で寝てますか』
『いや。兄君を一人にすると不安なので僕も一緒にいます。何しでかすか分からないので』
『なにゆえそんなに信用度が低いのか』
私はむしゃくしゃして、激しく弟君の魂をモチモチした。
そーれモッチモッチ。モッチモッチ。
「わわわわなにすヘブッやめぶふぅ」と弟君がもんどり打って転がりまわっている。
これ癖になるんだよな。すっごい柔らかくて手触り最高で気持ちがいいと言うか。
「むしゃくしゃしたからと言って僕をコネない!!」とポコポコ怒る弟君を宥めながら、帰り道を歩いていく。
そのあたりでギャルルルル!とスケボーの音を響かせながら現れたのはコナン君だ。
何やら急いでいる様子だが、私の姿を見て急ブレーキ。
慌てて私の隣にやってきた。
「あ!空お前!」
「ん、コナン君どうもです。お急ぎですか?」
「そんなことよりお前、昴さんに会ったのか!」
がしっと肩を掴まれて、私は困惑した。
赤井さん、爆速でコナン君に報告したらしい。
行動が早い!
「昴さんがどなたかは知りませんが、凄く怪しいラバーマスクの変装男には会いましたね。もう絶対赤井秀一なので威嚇しときました」
「おおおおおおおおい!!!!」
私はガクガクとコナン君に揺さぶられ、振り回された。
ゆすらないで気持ち悪い気持ち悪いから!
「おえっぷ。だってオリジナルの記憶にあるのと同じタバコの銘柄の匂いがぷんぷんしてたし。あの男禁煙させた方がいいですよ。下手すれば一般人にもバレます」
「………安室さんには言ったのか」
「言わないつもりです。素手で触れば火傷しそうな因縁だったので。コナン君も気をつけてください。噛みつかれますよ」
「そんなにかよ。赤井さんは軽そうだったけど」
私はブンブンと首を振ってその言葉を否定した。
「とんでもない。刑事ドラマ2シーズン連続で作れる怨念の量でしたよ。殺人事件になってないのが驚きです。いや今から殺人事件になるんですけど」
「鋭角ジョークはやめような。でもそうか、なら気をつけねぇと、赤井さんが危ないか」
「赤井秀一とどこで知り合ったのか知りませんが、優秀な人物には違いないのでコナン君には重要な人物かもしれませんね」
赤井秀一は実に癖のある人物だが、優秀さはピカイチだ。
単独行動癖と思われがちだが、人には躊躇いなく頼る方である。
単に、頼るだけの能力がない人物と見たら何も言わないだけで。
というわけで結果的に単独行動マンになることが多い男だ。
それでもコナン君となら、報連相が行き届いたベストパートナーになるはずだ。
なにせお互いの能力は保証されているからだ。
うーん赤井秀一、問題児であることよ。
実はジェイムズ・ブラックのことは認めてるので逐一報告は欠かさない赤井秀一である。
私の買い物袋を見て、ん、とコナン君が手を差し出した。
「どうしました?」
「片方持つ。重いだろ」
「そんな。僕にはこんなの重いというレベルには達していませんよ」
「いいからいいから。最近スケボーに荷物運搬機能がついたから、その試運転だよ。ほら貸せって」
コナン君に荷物をひったくられ、私はなんとなく気恥ずかしい気持ちで二人並んで街を歩いたのだった。
ああ、平和な日々よ、優しき日常よ。
騒然としつつも麗しく、こんな日がずっと続いてくれればいいと切に願う。
・コバンザメ会議
「緊急会議ッッッ!!」
「永遠平和な親子ドラマでこのままだと干からびる。やっぱ次の宿主を探そう」
「バーボン様は?」
「ロマンが皆無。却下」
「なんか主任生き残ってるって」
「え……主任は元気に実験しててほしいし」
「おーいこっち!意思を持つ人工知能があるって!日本のリセットを望んでるって!」
「「「!!!!」」」