一応、降谷さんにお電話するなり。
私は地下から出てすぐにスマホを取った。
「オリジナル、今大丈夫ですか」
『問題ない。どうしたんだい?ただ、忙しいので手短にしてくれると助かる』
「結論からお話ししますと。なにやら悪霊が会場内にいます」
降谷さんは数秒フリーズした。
それから眉間をもみほぐすような重いため息が聞こえてくる。
『ええと、前言撤回。最初から聞いてもいいかな』
「僕が悪霊に取り憑かれてるのは以前お話ししましたよね」
『そうだね。なんだか強力なやつなんだろう?』
「そいつが先週、僕に見切りをつけて逃げ出してしまいまして」
急に「あっ肩が軽い!」とは思ったんだよ。
転生当初から憑いてるから気にもとめてなかったんだが、流石は悪霊。
やはり付けていると肩は凝るということらしい。
「それで、このコクーンのお披露目会の会場にいるところを発見しました」
『…………専門家じゃないからわからないんだが、危険性は?君に憑いている時は何もなかったように見えたんだが』
「意思のある毒ガスと同じ部屋に閉じ込められる感じです。僕は強いので毒無効。けれどその気になった瞬間参加者が全滅します。僕とて未来での死亡理由はこの悪霊なので」
『!!!』
降谷さんが思わずと言ったように息を呑んで硬直した。
死亡当時の状況は弟君から聞いている。
状況からして、私が操られてしまうことを察知して、死なば諸共で悪霊を地獄に連れてったのだと思われる。
弟君が当時を思い出したのか、私にピトッと引っ付いて離れなくなってしまった。
粘着性モチモチ。
おーよしよし怖かったな、もう私は死なないから大丈夫だぞ。
激しくなでさすればモチの震えが少し止まった。
降谷さんが苦虫を噛み潰したように結論を出した。
『無理だ。今回のコクーンについて、日本企業の努力で安全性は書面でしっかりと確認が取れている』
「別件での踏み込みは……いや、無理ですね」
『ああ。踏み込むこと自体はできるが、その後それに足る証拠を提出することができない』
悪霊被害の証拠なんて出せるわけがないしな。
踏み込んだその頃にはネット回線を通じてノアズアークも逃げてしまっているだろうし。
私はふむ、と思考を整理した。
「ならばできるだけ情報規制を。コクーン試遊のタイミングで何か事件が起こる可能性が高いですから、動く準備だけはしておいてください。僕も内部から悪霊の動きを調べます」
『わかった。気をつけて』
電話を切ったタイミングで、だだだだだ、と子供達が駆け寄ってくる。
私の姿を見て、満面の笑顔でコクーン参加証のバッジを見せびらかした。
私も笑顔で子供達を褒め称える。
「本当に手に入れられたんですね!流石少年探偵団!大人顔負けの商才ですよ!」
「へへーん!灰原の分もあるんだぜ!」
「コナン君ずるいんですよ、自分一人ちゃっかり手に入れてて!」
「ねえねえコナン君はどこで参加権手に入れたの?」
「ちょっとな」
わちゃわちゃする少年探偵団と、引きずられるコナン君。
そして一歩引いたところから灰原さんが嬉しそうな顔を見せた。
灰原さんは阿笠博士からもらったのだろうか、子供達の嬉しそうな様子に自然と頬が綻んでいる。
私もついニコニコした。
「一緒に頑張りましょうね」
「おう!少年探偵団!出発進行!!!」
「おーー!!!」
ブイブイ言わせてる少年探偵団を連れて、セキュリティゲートへと向かう。
コクーンは丸くて大きくて、どこか培養槽に似ている。
なんとなくぞくっとして、私は身を震わせた。
座ると中にはヘッドセットがあって、スタッフさんが一人一人回って接続を確認してくれた。
ついにフルダイブVRの始まりだ。
ヘッドセットが中枢神経に接続され、それは五感を支配していく。
私は魂だけで行動が可能なため、自分の体の周りぐらいは確認ができるが。
無防備な体を狙われたら普通の子供は一巻の終わりだろう。
そのまま光と共にゲームが始まる。
遠くなる意識の中、私は目をそっと閉じたのだった。
真っ暗な中に、スポットライトの灯りだけが揺れている。
ゲーム用のオープニング舞台に飛ばされたらしい。
そこはまるで深海の底だった。
立ち上がると、揺れ動く水で満たされているのがわかる。
海藻のようなものがステージの端で揺れていて、魚もちらほら。
息はできるが、どこか不気味な雰囲気は拭えない。
私は一応うちなる世界に確認の意識を向けた。
『いますか』
『もちろん。単に明晰夢を見ているだけのようなものですから。にしても、陰鬱な場所ですね』
『もう少しシンプルな作りだと思っていたんですが』
原作と雰囲気が違うようだ。
子供達がワイワイ水底でジャンプして遊んでいる。
水で浮くのが楽しいらしい。
蘭ちゃんも一緒なのか、保護者のように皆を見守っている。
頭上に広がる大きな光の輪が無機質な音を発した。
「初めまして。僕はノアズアーク。早速だけど、君たちには死んで欲しいんだ」
「ッ!!!」
「君たちの体が僕には必要でね、君たちが死んで、代わりに僕が入りたいんだよ」
突然の話に子供たちの顔に不安の色が浮かぶ。
が、最初から飛ばし過ぎたらしくて皆上手く飲み込みきれていないようだ。
原作とも違うノアズアークの発言に、私も動揺が隠しきれない。
「でも君たちもノーチャンスじゃ可哀想だと思ったからね。特別に機会をあげよう」
ノアズアークは虹色に輝いて厳かに宣言した。
「誰か一人でもこのゲームで生き残ったら、全員無事に帰してあげる。全員死んだら、君たちの体は僕がもらっちゃうから。どうか頑張ってね。あははハハハハハ」
ヒビ割れた哄笑とともに虹色の輪が崩れ落ちる。
言うだけ言って消えたのか、自身も蝕まれているが故にそれだけしか喋れなかったのか。
私はそっと目を閉じ、現実世界にある己の肉体を確認した。
すると視界のドアップに映ったコバンザメの姿に、私は肝を潰した。
『うぉっっっ居るんですけど悪霊!顔の真ん前に!ハゲタカ並に待ってる!!!』
『マジですか!?うわホントだ。キモ』
肉体君がぺっと反吐を吐いた。
丸呑みにする時を今か今かと待ち侘びたコバンザメの悪霊が、私の肉体を検分している。
口がエイリアンみたいに二重になっとるやんけ。
ビチビチ跳ねて、コバンザメは餌箱の前の犬のように期待に満ち溢れていた。
おそらく全員にこのコバンザメが付いているのだろう。
そして全ての子供がゲームオーバーになった時、こいつに食われるのだ。
今は体が動かせないから、微妙に距離があってコバンザメを引っ掴んでやることができない。
まあいいや、体に入ってきたら遠慮なくフッてやってやるとしよう。
上等だ返り討ちにしてやんよオラァン!
でも問題は子供達と灰原さんの方だ。
彼らは抵抗の術を持たないから、なんとしてでも止めなければならない。
ちなみにコナン君は放っておいてもなんの問題もない。
あんな視線を合わせるだけでフラッシュバン喰らったみたいになる魂、突っ込んだらジュッって蒸発するんよ。
諸星君がおずおずと「お前はどれにする?」と声をかけて来た。
「貴方がオールド・タイム・ロンドンにするなら、僕もそうしましょうか。あの子たちもそれにするでしょうし」
「あのガキ連中に足引っ張られるのはごめんだぜ」
「下手な大人より優秀で聞き分けがいいですよ。それより、貴方は死なないようご注意を」
「わかってる」
五つの光の扉が円形に開いていく。
蘭ちゃんもコナン君についてオールド・タイム・ロンドンに行くことに決めたようだ。
これはジャックザリッパーを追う頭脳・推理系のゲームで、比較的子供の身のデメリットが出づらいのが特徴だ。
肉体的デメリットが出づらい初心者向け、とも言い換えられる。
ロンドンでは戦闘シーンは無効化されてしまうし、本当は効率だけで言ったら蘭ちゃんにはコロセウムに行って欲しいんだがな。
というか、私と蘭ちゃんでコロセウムRTAが一番固いと言うか。
いや、私はパリ・ダカール・ラリーに回ってもいいか。
まあ、蘭ちゃんとてコナン君が心配だから難しいし、私にも立場がある。
なんにせよ、オールドタイムロンドンに足を踏み入れることになるのは確定だった。
そうして私たち恐る恐る、あるいは好奇心に突き動かされながら先に進むのだった。
・震えるモチ
兄君が死ぬ話はトラウマ。
雷鳴った時の犬ぐらい震える。
前みたいにクローンの魂の奥の方に入ろうとしてサイズオーバーでムギュッてなる。
「待って弟君や入らない入らないから君みたいなデカ餅口に入らないモガッッッ」