無事にモリアーティとの接触は成功した。
コナン君の機転で、これまでほぼ犠牲なくやってこれている。
それは主人公の功績であり、ほぼ奇跡の類であった。
モリアーティ教授との邂逅も実りあるもので、意外にもモリアーティ教授も困っていたらしい。
「殺人は構わないが、呪術は影響が大きすぎる。他の計画に支障が出るのでやめて欲しい」とのことで意外にも協力的だった。
なんでも、呪術で現れた魚のせいでモリアーティ教授の経営する裏商売が軒並み潰れてしまったらしい。
そのため、近々処分を検討していたとのこと。
ホームズの手のものが処分するなら手っ取り早い、せいぜい上手く使わせてもらおう。
ということで、意外とすんなり協力してくれた形である。
2回目の夜はチャリングクロス駅で過ごすことになった。
皆体を丸めて、寒さに身を震わせながら過酷な夜を過ごしている。
風邪を引くことはないとはいえ、やはり皆辛そうだ。
同じように浮浪者が一時避難をしていて、あちこちに団子を作っていた。
目を閉じると画像が差し込まれる。
私だけなのか、他のみんなもなのかはわからない。
ノイズだらけの小さな小舟の映像が消えては現れ、私に細く囁きかける。
たすけて、たすけて、たすけて。
悲痛な声だった。
助けるとも。君は確実に滅ぼし、君の本意ではない虐殺を止めて見せよう。
安心して欲しい、と私は祈るような気持ちで丸くなった。
ついでに、私の魂の視覚で外を確認する。
どうやらコクーンの外では大騒ぎになっているらしい。
危険のため、警察によりコクーン周辺は近づかないように規制線が張られていた。
情報統制は敷かれているらしいが、親御さん達が涙ながらに大画面に見入っている。
ノアズアークによりゲーム内映像が流されているらしい。
皆食い入るように、祈るように震えている。
つかロンドンしか映ってねぇ。他は全滅したのか。
降谷さんが会場の陰でインカムに話しかけているのが見える。
試しに紅子さんが教えてくれた魂で電子機器に干渉する術を試してみることとする。
『聞こえますか…僕です。阿笠空です。聞こえますか…今あなたの心に語りかけています……』
「うわぁぁあああ!?!?」
めちゃくちゃびっくりした降谷さんがインカムを取り落としそうになった。
私は満足感で満たされた。
『よし。僕もぶっつけ本番で成功とは底力ありますね』
「空君!?いや君今コクーンの中に……」
『魂だけでインカムに思念波送ってます。みよんみよん』
「急にファンタジーが過ぎる」
しょっぱい顔になった降谷さんは、すぐに気を取り直して鋭い視線に戻る。
「念のため確認するが、中の状態は?」
『無事クリアできるかは五分五分ですね。画面に映された映像と状況は変わりません。僕らのチームは10人生き残ってますが、おそらく敵はここから無理やりゲームオーバーを狙ってきますよ』
「わかった。頼んだ、空君」
『もちろん。僕は貴方のクローンなんですから、この程度容易い仕事ですよ』
そう言って私が笑いかけると、降谷さんは黙り込んだようだった。
降谷さんはできる限り普通に振る舞っているが、声は完全に震えていた。
「………ごめん。君がせっかく忠告してくれたのに、何もできなった。僕は事件を未然に防ぐことが仕事なのに」
『でも、ここで大混乱が起きてないのは貴方の采配のおかげでしょう。十分な成果ですよ』
「でも、君の命を危険に晒した」
便りなさげな降谷さんの声に、私はクスクスと笑った。
『心配しないで。きっとうまくいく。そう信じて僕を見守っていてください』
「…………ああ」
『むしろオリジナルは今後の記者会見について対策を練った方が有益でしょう』
「急に嫌なこと思い出させないでくれないか」
憮然とする降谷さんを置いて、私は通話を切った。
なんにせよ全ては我々にかかっている。
日が昇ってからは、チャリングクロス駅で該当の列車が来るのを待つことになった。
怪しげな呪術に傾倒していたジャック・ザ・リッパーは、モリアーティ教授の手を離れて暴走。
それがことの顛末だった。
ホームズ不在の間にチャリングクロス駅からロンドンを脱出するようだから、そこを狙え。
モリアーティ教授はそのように言って、私たちを扇動した。
コナン君が行き交う列車をぼんやり見ながら眉間に皺を寄せた。
「何でオリジナルのストーリーに変な設定を付与したんだろうな。魚といい、呪術といい。露骨に後付けだろ」
「単純に難易度増のためじゃないですか。僕らにはクリアしてほしくないんですし」
「でもそれなら初手で無理やりゲームオーバーにすれば話は早かったはずだ」
現れる先を棘のついた落とし穴にするとか、とコナン君がぼやいている。
まあ、そうできない事情がノアズアークにもあったとも言えるだろう。
これは霊的な話だ。
幽霊が他人に乗り移るとき、当人には死んだという強いイメージが必要だ。
それは強ければ強いほどよくて、自分の選択の結果であればなお良い。
ただわからん殺しをしただけでは乗り移るのに手間が大きすぎるというわけだ。
「ああ、自分は死んだんだ」っていう諦めと衝撃が、憑依の難易度を大幅に下げてくれる。
チャリングクロス駅発の列車について、切符はモリアーティ教授から人数分貰っている。
随分な太っ腹だ。
罠かもしれないが、それを使うしか私たちに道はない。
該当の列車が来ると、皆でゾロゾロと乗り込んだ。
駅員が子供ばかりの群れに訝しげな顔をしている。
「コナン君、電車内でジャック・ザ・リッパーをどう探せば良いと思う…?」
蘭ちゃんが不安そうにコナン君に問いかけた。
現場に残された証拠は昨日のうちに徹底的にコナン君が調べている。
昼間は空いていたからな。
町中巡って、ホームズの家の資料も探って、できる限りのことはしている。
この辺りはコナン君の独壇場だ。
「僕に任せて、蘭姉ちゃん。絶対にジャック・ザ・リッパーを捕まえて見せるから」
「うん……」
乗り込んだ車両を、一両一両順番に練り歩くように確認していく。
該当の人物を見つけ出すのは意外とすぐだった。
指が異様に細い人物に、コナン君は声をかけた。
「ねぇおねぇさん、ジャック・ザ・リッパーだよね」
コナン君の言葉に、子供達のどよめきが走った。
滔々と推理していく言葉は澱みない。
それをジャック・ザ・リッパーは遮ることなく聞いていた。
システム的に遮れなかったのかもしれない。
それこそが唯一の我々の勝機だったから。
ジャック・ザ・リッパーは終始面白そうな顔でその推理に聞き入っていた。
そして最後まで聞いてから、肩をすくめる。
「だとしたら、どうする?」
「捕まえる。観念しろ、ジャック・ザ・リッパー!」
コナン君の声と共に、元太君と光彦君が飛びかかった。
観念してお縄についてください!と言って両手を塞ごうとして。
そのまま首を切られて血を吹き出し、倒れこむ。
「元太ッ!光彦!!!」
「餓鬼が。それで捕らえられるとでも思ったのか!」
青ざめた顔で光彦君がばたりと意識を失い、そのまま燐光となって消える。
同時に「あ、あ」と腹を突き刺された元太君が仰向けにひっくり返る。
遅れて元太君も燐光となった。
諸星君が叫んだ。
「子供向けとか言うならそれらしい規制もきちんとつけとけよ!!!」
「ノアズアークが外したんでしょうね。悪趣味なことだ!」
「っぁああああ!」と気迫のこもった声と同時に飛び掛かるのは蘭ちゃんである。
私も合わせて下段に攻撃を仕掛ける。
蘭ちゃんとの連携技だ。
一歩下がったジャック・ザ・リッパーが避けきれず、私に腹を蹴られて体液を吐き出した。
流石に2対1は分が悪いらしい。
「ちいっ、餓鬼どもが偉そうに!」
瞬間、放たれたのは煙幕である。
咳き込む蘭ちゃんの横で、コナン君が「窓を開けろ!」と指示を出す。
素早く蘭ちゃんが落とされたのか、煙幕の向こうで蘭ちゃんの苦悶の声が聞こえる。
私は耳を澄ませて攻撃に備えた。
腹を狙った一撃。
私はそれを間一髪で避けて相手の足を払った。
ジャック・ザ・リッパーがジャンプでそれを避け、そのまま舌打ちと共に走り去る。
「蘭さんが攫われました!おそらく戦力を削ぎに来てます!」
「ッ蘭…!追うぞ!!!」
煙幕が消えると同時に観客が消えて、クライマックスに突入する。
もはやこの列車はシナリオの手に委ねられた。
先頭車両には大量にくべられた石炭がそのまま。
つまりどんどん加速していく。
つまりあとは車両の連結を外すか、原作通りワインに身を潜めてやり過ごすしかない。
車両の屋根に登ると、空は肉食魚でいっぱいだった。
まだ昼間だったはずなのに昼は夜に変わり、カチカチと顎を鳴らして魚がこちらを凝視している。
一斉に魚が襲いかかってきた。
もはや建物内も関係ないとばかりに魚の群れが殺到する。
諸星を含めた子供達が無我夢中で逃げ出すが、一体どれだけ生き残れるか。
だが、一人でも生き残れば私たちの勝利だ。
私は魚をかき分けてコナン君を守りながら屋根に立った。
ジャック・ザ・リッパーが足元に転がる蘭ちゃんを軽く蹴り、せせら笑った。
「腱を切った。この女の命が惜しくば自ら列車を飛び降りろ」
「はっ、その後オメーが蘭を離す保証がどこにあるんだ?」
「ならば死ぬが良い!」
ジャック・ザ・リッパーも自らを襲撃対象から除外するのは意外と手間らしい。
ジャック・ザ・リッパーの付近に来ると魚が攻撃をためらうようになった。
それを利用して近接戦を仕掛け、コナン君はなんとかその間頑張って魚を避けてもらう。
ジャック・ザ・リッパーの動きは露骨に時間稼ぎを狙っていた。
消耗狙いではない。集中力が途切れてミスをするのを狙っているのだ。
相手方からすれば、私を落とせばほぼ勝利は確定する。
だが。
「恨むなら僕のスペックをそのまま再現したことを恨め、ノアズアーク」
「ッ………」
生物兵器相手に近接肉弾戦を挑むなど片腹痛い。
「永続」の権能を持つ私に、集中が途切れることなどあり得ない。
一瞬。ジャック・ザ・リッパーの動きがブレた。
瞬間移動して、私の足を理不尽に払う。
チートは話が違うんですけど!!!
私はバランスを崩したが、ギリギリのところで踏みとどまる。
落とされかけの私にとどめを刺そうとしたジャック・ザ・リッパーが、下卑た顔を浮かべて近づいてくる。
こなくそ。
私が舌打ちしたその瞬間、両腕を縛られた蘭ちゃんがジャック・ザ・リッパーの足首に食いついた。
仰天したジャック・ザ・リッパーが蘭ちゃんを蹴り飛ばすも、そのまま歯が欠けようと絶対に離さず、二人とももんどり打って列車の崖下へと消えていった。
ただ、沈黙だけが支配する。
同時にふっと魚の群れが幻のように消え去った。
「蘭!!!!!!!」
コナン君の絶叫が響き渡る。
一人魚の猛攻を凌ぎ切ったコナン君が、列車の天井を拳で叩いて震えた。
ナイスファイト、蘭ちゃん。
あんたは漢の中の漢だよ。
ザザザザザザザザ、と不穏な雑音がわあわあと空間に満ちていく。
消えていたはずの魚が突如復活。
私たちに猛攻を仕掛け始めた。
もうノアズアークもなりふり構わなくなってきたらしい。
「っ、コナン君!車内に逃げてください!」
「だけどこのままだと全員お陀仏だ!」
中に逃げた子供達がどれほど生き残っているかは定かではない。
だが貨物車の箱の中などに逃げ込めば勝機はあるはずだ。
一旦列車の中に逃げ込んで扉を閉めて、物陰に隠れる。
「このままだと加速した列車が駅に突っ込むというのなら、僕が車両を切り離します!」
私の言葉に、コナン君が目を見開いた。
私の筋力量なら連結部分を十分切り離すことが可能だ。
もちろん私は連結部分を離している間に魚に食われる。
加えてノアズアークのテコ入れでそれでも止まらない可能性だって十分考えられる。
でも、まずは切り離さねば全員死ぬだけだ。
「ご武運を、コナン君。必ず生き残ってくださいね」
「………ああ、もちろんだ」
外に出て私は直走った。
無数にいる魚を蹴散らしながら、連結部にたどり着く。
ここまでなら楽な仕事。
あとは腕に食いつかれて足に食いつかれて、それでも連結部を切り離すだけである。
そのまま連結を切ると、後続車両がゆっくりと減速し始めたのが見えた。
これでOK。
うっかり足を食い切られて向こう側に飛び移ることができないが、わたしはそもそもこの局面において捨て石である。
そのまま食われるがまま、目を閉じる。
弟君がブツブツと文句を言う。
『捨て石は嫌だって言ったのに、兄君の馬鹿』
『僕にしかできない役割だったので。まあまあ、これからコクーン出るまでずっとモチモチしますから』
『たくさんモチモチしないと許しません』
まあ、私は生きる能力がある。
全力で「生きる力」の装甲を展開すれば、もしダメでも皆が生き残れるように、ささやかながら抵抗ができることだろう。
あとは頼んだ、コナン君達。
目を閉じたまま、暗い視界で魂のままじっとその時を待つ。
脱落した私に詳しい状況は理解できない。
それでも。
勝利が確定した瞬間、会場で今か今かとその時を待っていたコバンザメ達が身を震わせて退避を図った。
未だ餌にありつけずイラつくコバンザメにとって、それは大いなる隙だった。
そのタイミングで、全身全霊でもって力を解き放つ。
純粋なエネルギーの本流だ。
魂を吐き出すような心意気で力を放てば、油断していたコバンザメはあっけなく力に飲み込まれた。
儀式が反転し、敗北したコバンザメが脆弱性を突かれて一斉に燃えていく。
そう、「命をかける時は平等であらねばならない」という概念的な後押しを受けた。
我々が命をかけて勝利したからこそ、しからば敗北者は同じく命を奪われたのだ。
私は目を閉じてようやく息をついた。
悪霊、討伐完了。
・フラグ状況
→〈Easy〉降谷零が電話をする Clear!
→〈Very Hard〉阿笠空が真に愛を知る -
→〈Hard〉幼生を拡散させない -
→〈Normal〉悪霊xxxxxを除霊する Clear!
弟「まだ……愛を知ってない…兄君……」