日々を平和に過ごしつつ、夜、食卓を囲みながら話をする毎日である。
今日は降谷さんの当番の日なので、おいしい焼き魚定食だ。
帰りに専門店でトロにしんを買ってきた降谷さんはウキウキだった。
食卓を囲みながら、弟君が姿勢を正した。
「僕の力に理解を得られた今なら問題なく説明できる案件なので、今のうちに耳に入れたいのですが」
「うん、君は弟君だよね。どうしたんだい?」
「組織の研究員・酒井卓が凶行に及ぼうとしています」
降谷さんとの団欒は平和だが、時折こうして弟君の「予言」が入る。
忙しいだろうに、夜だけは頑張って帰ってくる降谷さんは素早く肩に力を入れ直した。
私はピンとこなくて首を傾げた。
「誰ですそれ?───無麻酔で僕の脳にチップを埋め込んだアンチクショウです。ぶち殺す───なるほど、第七生物科学研究所の科学者ですか」
弟君は未だ恨みが深いのか、ごうごうと怨念の炎をあげてぶつぶつ言っている。
第七生物科学研究所の研究員も麻酔ぐらいしてやれよ全く。
降谷さんが眉間に深い皺を刻んで、心配そうに息をついた。
「それは、君の能力とやらで察知したことかい?」
「はい。杯戸中央病院を根城にしているかと。コマンド・行動原理デザイン主任の男です。どうか奴を止めてください」
「すぐに調査する。君を傷つけさせたりはしないさ」
食べ終わった食器を流しに運ぶ。
私の要望に従って、この新しいセーフティハウスには食洗機が導入されている。
だから私がすることは皿を軽くすすいで食洗機にセットするだけだ。
風呂はすでに用意してあるので入るだけ。
たるたるした部屋着のまま、降谷さんが思いっきり伸びをしてソファに倒れ込んだ。
ここ最近のメディア対応のせいでお疲れのようだ。
まあ、降谷さんは裏方だから指示がメインで、顔出しはしないんだけどな。
私は降谷さんのバキバキの肩に手を当てて「必殺!能力波マッサージ!!」と叫んで能力を発動させた。
「生きる」とはすなわち生命力を示す。
無限に生命力を持つ私のマッサージは凝りを深部からほぐし、活力を与えること間違いなし。
エビデンスはない。勢いはある。
少なくとも心地良くはあるらしく、降谷さんは「あーーーー」と言語を失ったようだった。
弟君がうむうむと同意するように頷いている。
『これ凄くいいんですよね。魂にされると溶ける。ヘニャヘニャになる』
『ふふふ。僕のマッサージにほぐせぬものはない』
『いや肩こりがほぐれるかはまた別問題ですけどね』
『えっ』
解れないらしい。話が違う。
ぶつぶついいながら能力波マッサージを続けていると、ややとろけた様子の降谷さんがふにゃふにゃ笑いながら口を開いた。
「ところで、空君はミラクルランドに興味はあるかな?」
「ミラクルランド、というと横浜に新しくできた施設ですよね」
劇場版名探偵コナン、探偵達の鎮魂歌の舞台になった遊園地だ。
大きなジェットコースターが売りで、最新の腕時計型パスも注目を集めている。
降谷さんがヘニャヘニャしながら私の頭を撫でた。
「探偵の知人からの紹介で、断りきれなくてね。資産家の依頼人が探偵を募ってるらしいんだ。同伴者は調査の間ミラクルランドで遊んでていいって話だから、せっかくだし一緒にどうかな」
にっこり笑う降谷さんは本当に幸せそうで、こちらまで幸せが伝わってくるようだ。
「コクーンに関しては君を大変な目に巻き込んでしまったから、お詫びがしたいんだ。僕なら調査を早めに終わらせられるし、親子らしいことを一緒にしたい。ね?」
「…………」
私は沈鬱に頷いて降谷さんの運命に涙した。
こんなに巡り合わせが悪い人って実在するんだ、という驚愕の気持ちが8割。
おお可哀想な降谷零!苦しむがいい!と言う悪魔の囁きが2割。
悪魔よ去れ!!
「………これは本当に、その、同情的な気持ちで話すことなんですが」
「う、うん?」
「たぶんミラクルランドで爆発が起きます」
「んんんん???」
降谷さんが急転直下の話題にびっくりして飛び起きた。
「巡り合わせが悪すぎてほぼギャグですねこれ」と弟君がため息をつく。
「いやいやいやいや、どういうことかな!?」
「僕も詳しくは知りませんが、依頼人の資産家に爆弾取り付けられて散々だったってコナン君が言ってましたよ。オリジナルの首輪爆弾といい爆弾体に巻くの流行ってるんですか」
「僕は体に爆弾巻いたことなんて無いが」
「これから巻くんですよ。可哀想に、似合ってましたよ」
弟君の容赦無い語り口にどんどん降谷さんの顔色が悪くなっていく。
冷酷な弟君をポカって殴れば、「なんで殴ったんですか!!」と非難の声が上がった。
そんな本当のことを言ってはいけない。
処理能力の限界を超えたのか、降谷さんはしばしフリーズ。
その後神妙に椅子に座り直し、そのまま小さく蹲ってしまった。
可哀想に、受け止めきれない大きなショックを受けているのだろう。
私は激しく降谷さんの背中を撫でさすった。
「オリジナル、オリジナル、元気出して。オリジナルの巡り合わせが悪いのは今に始まったことじゃないでしょう?」
「僕にとどめ刺そうとしてる?」
「そんな。ともかくオリジナルのせいじゃないですから。ね。ファイト!ファイト!」
「ううううーーー」
降谷さんはついに、丸まって変な呻き声をあげる置物と化してしまった。
こればっかりはね、仕方ないよね。
降谷零は大切な人を失う運命にあると言うか、なんというか。
風見さんの身がそろそろ心配になってきた今日この頃である。
グズグズになった降谷さんがメソメソしながら怨念みたいなか細い声を出す。
「ともかく、さっきの話は聞かなかったことにしてくれ……ミラクルランドには僕一人で行くよ……」
「いや、僕は行きますよ」
「!!!」
降谷さんが驚きに目を見開いた。
その意図を私に聞くように視線が私に降り注ぐ。
「実質的な話をすると、オリジナルに人質がいないとわかると、資産家側から余計な小細工を仕掛けられかねません。ある程度向こうの意図に沿う方が、想定外に被害が拡大することを防げるでしょう」
「……確かにな。だが危険だ」
「というか、この程度オリジナルにかかれば絶対解決可能でしょう。実質無料ミラクルランド観光ですよ」
「いや君ね、僕にも不測の事態というものはあるんだよ?」
呆れたような降谷さんの言葉には、しかし照れたような色が混じっている。
私はクスクス笑った。
「コナン君達に連れられてミラクルランドへ行く子供達が心配です。僕がついていてあげたい。それに、僕なら最悪爆発しても生きていられるので」
「………それは」
「生物兵器の生命力に、魂の能力までついてきます。僕ほど生命力に長けた生き物もいませんよ」
「…心強いな」
私は自慢げに胸に手を当てて仁王立ちした。
「気合い入るでしょう、僕が人質なんですから」
「入りすぎて肩が凝りそうだ。コナン君もいるんだっけ」
「そうですよ。ふふふ、オリジナルと二人そろえば百人力ですね」
「そうまで言われては失敗はできないなぁ。君も無茶しないようにね」
「もちろんですよ」
私たちは笑い合って、その絆を確かめ合ったのだった。
と、そのあたりでおもむろに部屋の脇に置いてあった段ボールを開封する私である。
降谷さんが至極訝しげな顔をした。
「今日帰ってからずっと気になってたんだけど、それはなんだい?」
「魔女からもらったお手軽魔法行使セットです。書き込み済み魔法陣シート、初心者用香炉エトセトラ。魔法行使DVD付き」
「なんだそのディアゴスティーニみたいなセット。お金取られてる?」
「いや、僕の魂パワー提供してきました。これで僕も魔法少年ですよ!」
「胡散臭すぎる!!!」
私は無視して魔法陣シートを広げた!
どうやら絨毯に魔法陣が刺繍されているようだ。広げればパタンと高級そうな魔法陣絨毯が床に広がった。
え、高そう………私の魂パワー一握りで買えていいものなのか…?
ともかくDVD通りに小物をセット。
入門手順書(冊子)に位置図も書いてあったので、迷わずセットすることができた。
香炉に火をつけて、15分程度で準備完了。
降谷さんは所在無さげに部屋の端に追いやられている。
弟君が「よし!よし!よし!」とワクワクして気合いを入れ直した。
「あ、あのさ、なんの魔法を発動するつもりなんだい?事前に念のため聞いときたいんだけど」
「意中の殿方を振り向かせる魔法です。紅子さんの得意技らしいです」
「意中の………殿方…………????」
降谷さんが背後に宇宙を背負ってしまった。
ここには男しかいないと思っているのが丸わかりだ。
私はうむうむ頷いて訂正した。
「僕は生物学的にメスです」
「!?!?!?空ちゃん!?!?」
「はい。卵巣と牙に産卵管もあります」
「牙に……産卵管……?」
急に不穏な感じになって、降谷さんは無限に訝しげになってしまった。
まあそれはともかく、魔法を発動させよう。
魔法陣の描かれた絨毯の所定の場所に立ち、うーんと力を込める。
「それーーー!!!」
「呪文とかはないの???」
「呪文あるやつは難しいらしくて。まずはこの程度で頑張れとのことです。ところで僕のこと好きになりましたか」
「意中の殿方……僕……?」
「他に男がいないので」
「消去法で…僕……?」
降谷さんが遠い空を見つめる構えになってしまったので、私は己の魔法の失敗を悟って憮然とした。
難しいな。
ラブラブのメロメロになるはずだったのに。
弟君も「オリジナルに焼肉食べ放題に連れてかせる計画がぱあですよ」とぶつぶつ文句を言っている。
まあなんにせよ、練習あるのみだろう。
魔法は1日にしてならず。
降谷さんが私の頭を撫でてにこりと笑う。
「そんなことしなくても、僕は君らのことが大好きなのに。わかって無いな」
そんなふうに、優しい言葉を感じて微笑む今日なのである。
・意中の殿方を振り向かせる魔法
紅子さんなら発動に動作すら要らない。
何故か怪盗キッドには効かない。
魔女にとって初歩中の初歩。
・魔法キット
魔法が使ってみたい!と目をキラキラさせた輪廻の渡り鳥のためにあつらえた手作りセット。
自分だけだと思っていた魔女仲間ができるなら、悪く無いかな。
先輩としての愛と気遣いが籠っている。