「オメー、怪盗キッドだよな?」
江戸川コナンはそのようにニヤリと笑みを作った。
場所は横浜海洋大学犯罪研究会。
その部室の壁に寄りかかって、白馬探に扮した怪盗キッドはため息をついた。
「参考までに聞きたいんだが、どうしてわかったんだ?」
「白馬探のインスタ見てたから。5時間前の投稿でロンドンの夜景と共にナイトキャップが映り込んでたから、普通に寝てるだろ」
「アイツインスタとかやってんの!?!?」
コナンが白馬と知り合ったのは、烏丸の洋館を巡る事件がきっかけである。
その時に連絡先を交換していたのが始まりだ。
彼はロンドンの隠れた名所の案内などもしていたから、コナンもインスタは頻繁に見ていた。
ゆくゆくは蘭を連れて観光とかしたいゆえに、半分地元民である彼の力を借りようと画策しているのだ。
安室透が面白そうにくつくつ笑った。
「流石はキッドキラー、キッドとも親しいんだね」
「まあね。腐れ縁だけど」
キッドは実におずおずとした動きで小さくなり、安室のことを小動物の如く威嚇しながら様子を見ている。
「ところでそっちの怖げなお兄さんはどちらさん?名探偵越しに俺を睨んでくるんだけど」
「おや、ご挨拶申し上げませんでしたか。僕は安室透。探偵ですよ」
「もう絶対ただの探偵じゃないもん。俺は無害な怪盗だぞ!助けて名探偵!」
キッドはだいぶ豪快にメソメソした。
半分は演技なんだろうが、もう半分は素な気がする。そんな泣き様である。
「おまけに息子は紅子の弟子なんだろ。最近紅子の機嫌がいいから怖ェし。ファンタジー過ぎんだろ!」
「…ッ!」
「紅子?誰だそれ」
コナンは首を傾げて問い返した。
耳慣れない名前だ。この男が自分から私生活を詳らかにするなんて滅多にないことだ。
意外そうな顔でキッドはパチクリと瞬いた。
「あれ、名探偵は聞いてないのか。俺の知り合いのファンタジー担当。名探偵側のファンタジー担当はあの子供なんだろ」
「ファンタジー担当ってなんだよ。剣と魔法の話はしたことねーぞ」
「いや、あの子が悪霊に取り憑かれてるって話だよ。狼男じゃないらしいけど」
「悪霊?」
なんの隠語なのかわからなくて、コナンはむむむと首を傾げた。
組織の関係の話なのかもしれないが、とんと見当がつかない。
意外にもそれに答えたのは安室だった。
「それについてだけど、悪霊は除霊成功したらしいよ。万事解決だって」
「お、そうなのか。よかったじゃん」
「僕からも魔女さんにお礼の菓子折りを渡したいんだけど、何かおすすめはあるかな」
「アイツ案外流行りのスイーツが好きだから、そういうのがいいかもな」
「なるほど」
コナンは一人だけ話についていけずヤキモキした。
「あの、安室さん………?」
「コナン君。あのね。人間、時には信心深くなることも必要なんだ。いや違うか、科学の不完全性を認めなくちゃならなくなる時が来るというか」
「言ってる意味わからないけど」
「いやさぁ、君だって小さくなっといてまだ科学がどうこう言うのかい」
「これは組織の薬だって言ってるでしょ!!」
「薬で人は幼児化しない」
ぐうの音も出なくてコナンは黙り込んだ。
それはそうなんだが、こう、それを言い出したら話が進まないと言うか。
キッドが肩をすくめて伸びをした。
「ともかく、早いとこ解決しちまおうぜ。俺も命を狙われて面倒極まりないし、向こうは大丈夫でも、名探偵はボンッ!とされたら死ぬしかねーからな」
「いやいくら空でも爆破されたら死ぬぞ」
「うーん……怪しい」
「なんでだよ」
今は不本意ながら思考を傍に置いて、コナンは事件に集中することにした。
魔女、ファンタジー、悪霊。
わからないことだらけだが、安室は詳細については理解していそうだ。
ならば、知らずに致命的な事態になることはないだろう。
必要となれば情報開示があるだろうし、それを待つのみである。
私たちは園子ちゃんに和葉ちゃんを新たなパーティメンバーに加え、ミラクルランドを自由に巡っていた。
和葉ちゃんは平次君の付き添い、すなわち爆弾ID。
園子ちゃんは突如出現した野生のお嬢様である。
どこにでもいるんだよな、この財閥令嬢。
休暇と言い張る目暮警部と白鳥警部も添えて。
職場の男二人で休暇中モサモサとテーマパークを巡るわけないし、事件がらみなのは一目瞭然である。
「わしらと一緒に回らんかね!!!」とすごく怪しい動作で誘ってくるし。
警官でなきゃ通報されてた怪しさだ。
私は己の腕時計型のIDを指差して「ちょっと飲み物を買いたくて。一緒にいてもらえませんか?」と言って建物の影へと目暮警部を導いた。
蘭ちゃんは私の視線を受けて頷いたようだ。
子供達を見ていてくれるらしく、子供たちの注目を集めるべく突如クイズ大会を開催した。
蘭ちゃんもすごく察しが良くて胆力があるんだよな。
事情はすでに目暮警部側も掴んでいるらしい。
私が「爆弾IDの件ですね」といえば、苦々しげに俯いたようだった。
「君らのIDに爆弾が仕込まれているのとは毛利君から聞いておる。君らの状況は?」
「僕と灰原さん、蘭さんは承知済み。あとは混乱を避けるため伏せています」
「………そうか。一応、水面下では公安も動いておるようだが…犯人はまだ捕まえられておらん」
「分かっています。ともかく、今は子供達をミラクルランド外に出さないようにすることです」
私は爆弾付きIDに手を添えて頭を下げた。
「当面は不測の事態がないようスーパースネークを使用中止にしていただけると助かります。万一にも子供が忍び込めば、爆発は搭乗員全員の命の危機になる」
「わかった。君らも、必ずわしらが守ってみせる。安心するんだ」
力強い声だ。
数々の修羅場を潜ってきた警視庁捜査一課の叩き上げ警部なだけはある。
向こうのほうで「泥棒!」と言う声がして、佐藤刑事らしき人が捕まえているのが見える。
まあ、米花町ならよくある光景だ。
目暮警部が眉を下げた。
「それで、君らはこれからどうするかね」
「まだまだ回りきれていないアトラクションが多いので、そちらを回る予定です。本当なら安全を加味して人払いしたレストランなどで一カ所にまとまっていたほうがいいのですが」
「……それはあまりにも酷だろう。わしが責任を持つ。せめて、楽しんできなさい」
「ありがとうございます」
一般市民の安全を考慮すれば、一カ所にまとめて軟禁したほうが固いのは明らかだ。
だが目暮警部はそうしなかった。
もしミラクルランドに閉じ込められ死ぬしかない状況に陥ったなら、せめて限界ギリギリまで楽しい思い出で彩られてほしい。
誤魔化されてほしい。
それは人情味あふれる決断だったと言えるだろう。
私は深く頭を下げて感謝の意を示した。
どちらにしろ子供達に体力がなくなったら、どこかのレストランを借り切って爆発に備えることになる。
タイムリミットは10時。
それまでになんとかできなければ、全員死ぬしかないのだ。
そうして。
時刻は午後9時40分となった。
残りタイムリミットは20分を残すのみ。
豪勢に、この特設レストランの料理は全て目暮警部のおごりとなった。
最後の晩餐というやつだろう。
私は灰原さんに小声で話しかけた。
「いいんですかね。僕らとは顔見知りというだけの関係で、死ぬ人間の飯の金まで払うなんて。死者に食事は必要ないのに」
「あら。これなら死後飢えに苦しむことはなさそうじゃない?このチキンのステーキいいわよ」
「あっ僕もそれにします。旗付きいいですね」
『兄君、さらっと人の心のない発言はやめましょうね』
弟君はむすっと注意したあと、「旗!旗ポテトサラダに刺し直しましょう!」と盛り上がった。
私はそれをニコニコしながら、この席から動かずじっと時を待っている。
私の能力は「永続・あるいは生きる」。
うまく編み込めば、爆発しても全員の命を繋ぎ止めることができるかもしれない。
一応紅子さんにも相談はしてある。
ただ、熟達した魔女でも、そこまでの破壊に対応することは難しいのだという。
悪意に邪魔されて、腕から爆弾を取り外すことができないのだ。
げに恐ろしきは殺意と悪意で塗り固められた現代科学、ということらしい。
だが、私の能力であれば希望があることはお墨付きがある。
どちらにせよコナン君と降谷さんのタッグがいるから活躍する機会はなさそうだが。
席を立った蘭ちゃんが、切なそうな顔をして携帯電話を握りしめて廊下の奥へと消えていく。
死を覚悟して工藤君に電話するつもりなのだろう。
それでも気丈に、涙すらこぼさず子供達の面倒を見るさまは、誰よりも何よりも強く見えた。
2分前。
私がデザートのシャーベットアイスをモグついていると、スマホに着信があった。
どうやら降谷さんからのようだ。
爆弾を解除できたのだろうか。
私は気軽な調子で電話をとった。
「はい、空です」
『逃げろ!全員バラバラに距離を取るんだッ!!!』
「は……」
『三つ解除できなかった!!!』
私は思考するより先に叫んでした。
「みんなバラバラになって!誰かのIDが爆発する!全員バラバラに距離を取るんです!!!」
次に蘭ちゃんが「早く!」と叫んだ。
慌てて全員がバラバラに距離を取る。
その瞬間。
目のくらまんばかりの閃光が走った。
和葉ちゃん、私、元太君のIDが炸裂したのだ。
だが同時に、私の能力が発動する。
「生きる」能力は再生に特化しているが、装甲を作れないわけでもない。
爆発の衝撃を上に逃すように壁を作って、運命の改竄によって生きる筋道を得る、という工程を作る。
爆破が前に飛び、壁が破壊された衝撃で反対側に飛ばされる。
私は天井近くまで吹き飛ばされたので、慌てて天井から垂れたライトにしがみついた。
爆音に、爆風。
すごい破壊だったが、咄嗟に全員が距離をとったため怪我は最小限で済んだようだ。
腕に派手な切り傷を作った光彦君が涙目になりながらみんなの安否確認をしている。
「大丈夫かね!!!」と目暮警部の怒号が響いた。
私もなんとか煤だらけになりつつも凌ぐことができたので、スマホを構え直して降谷さんに声をかけた。
「よし。ちょっとズルはしましたが全員生存です。安心してください」
『……ほん、とうなのか』
「ええ。ふふふ、僕の後詰が力を発揮できて嬉しい限りです。頼りになるでしょう?」
『……、………僕なんかには勿体無いほどだよ」
一拍遅れて。
震える声で、そのように降谷さんは嗚咽を飲み込んだようだった。
・3つIDが解除できなかった理由
犯人「試しにその三つはコードを別に設定していた。杯戸中央病院に同型の腕時計を貸し出すつもりで設定を変えていたんだ」
研究者「電車内で爆発させれば効率的に感染させられるかなと思ったんだが、美しくないと思ってお蔵入りした計画だよ」