現在、私たちはアフロディーテ号のメインダイニングルームにいる。
出航を祝して、豪華なディナーパーティが催されるのだ。
降谷さんがすっと整ったスーツに身を包み、甘いマスクがやや暗めの照明によく映える。
グレーのストライプのジャケットに黒いシャツ。
白めのタイが艶かしく、腕にはめた腕時計はブランドもの。
なるほど、どこに行っても容姿を褒められること間違いなしの色男であった。
コナン君はいつもの青ジャケットに蝶ネクタイ。
意外と彼はいつも正装なのだ。
子供達も各々シャキッとした服装で、米花町が富裕層の街であることを思い起こさせる。
私はミニバーボンスタイルだ。
歩美ちゃんに「かっこいいね!」と言われてご満悦。
弟君と一緒に魂でダブルマッスルポーズを取るなどした。
そう、我らはかっこいい。
園子ちゃんがほへぇ、と瞬いてうんうん頷いた。
「ほーんと、下手な業界人よりもイケメンよね、安室さんって。探偵するの大変そう。浮気調査依頼するつもりがうっかり依頼人が本気、とか」
「あはは。それは本当に困る。うん」
降谷さんは割と真顔で深刻そうに頷いた。
もうその手の事件があったらしい。
可哀想に、人妻が「あんな男忘れてあなたと一緒になります!!!」って叫んだんだろう。
そういや降谷さんと街を歩いている時に女の人に声をかけられたこともあったっけ。
「私本気です!!!」って言われて降谷さんが心底困ってたやつ。
あれもそうだったのだろうか。
子連れフリーターに本気って言えるのはまあ、見直してやってもいいとは思うが。
なお、本日のメニューはフルコースである。
待ち侘びた元太君が餌箱の前で待てをされた犬みたいなテンションで別卓の香りを嗅いでいる。
「この匂いは……うなぎ!!!」とこの世の真理を悟った顔をしている。
まじか、良かったな元太君。
私は降谷さんにコソコソと話しかけた。
「そういえばその服ってどうしてるんですか。安室透の値段帯の服じゃないですよね」
「バーボンのだよ。安物着てると舐められるから。腕時計だけ高いから僕の財布で買ったやつ」
「なるほど。光ものまでは経費が出なかったと。そこが一番足元見られるポイントなのに」
「ね。わかってない連中は困るよ」
クスクスニコニコ、降谷さんは上機嫌そうだ。
今日の午前中だけでも結構楽しんだからな。
いずれ爆発があるとはいえ、来て良かったと思ったのかもしれない。
そのようにして食事を待っていると、なにやらシナリオライターを名乗る男性がふらりと席に現れる。
確かこいつと隣の建築家の女性が犯人だったんだったか。
とはいえ、今のところ爆弾は船内に仕掛けられていない。
念のため出航前に降谷さんが公安に指示してチェックさせたから、それは確定。
これから仕掛けられるのかもしれない。
毛利探偵がむっつりしながら降谷さんにチラリと視線を向け、声をかけた。
「安室、お前どうだ。男手一つで子育てだと大変じゃねぇか」
「空はいい子ですから、むしろ僕の方が助けられてるぐらいです。申し訳ないけれど一部家事もやってもらったりしていて」
「体が弱いって話だったろう、病院はどうしてんだ」
「専門医のところに通わせています。今のところ負担には思ってないみたいですが、僕も心配で……仕事がもう少し落ち着けばいいのですが」
「あん?探偵なんざ自由業なんだからセーブすりゃいいだろ。俺もそのために探偵してるみてーなもんだったし」
「少し付き合いがありまして。なかなか断れないんです」
大人二人がしっとりとした会話をしつつ、その裏に探るような響きがあるのを私は感じ取っていた。
おそらく降谷さんの服装が安室透のそれにしては高価すぎることをすぐに見抜いたはずだ。
毛利探偵とていろんなパーティに出席する身だからな。
値段帯ぐらいわかるだろう。
それで「ホストの副業とかしてできた子供を捨てたのか」と疑っているのだ。
でも毛利探偵は立場のある大人なので口には出さない。
じっと観察して確証を得たら動けるように準備をするだけ。
そんな毛利探偵の疑念を降谷さんも理解している。
だからあえてバーボンの高価な服に身を包み、「だとしても今は心を入れ替えて子供を愛してるよ」と断続的にメッセージを入れているのだ。
コナン君が隣で「安室さんも大変だな…」みたいな半笑いを浮かべている。
いや、君が一番とんでもないんやで、1000万の通帳とともにポンと置いてかれた身元不詳の1年生君や。
なにはともあれ、毛利探偵はかっこいい大人の人だということでファイナルアンサーだ。
キラキラ目を輝かせていると、降谷さんから「なにやら不当に僕が悪役になってない?」としょっぱい顔をされた。
まあガキを放置する元ホストの男は多少はね。
弟君がプニプニ跳ね回って私に体当たりした。
『これ食べ終わったら夜の海見に行きましょう!夜の海!これで朝昼晩コンプリートですよ!』
『はいな。船旅もいいものですね。海風を浴びたらラウンジに顔を出しましょうか。ジュースくれるって話でしたし』
『いいですね!!!海!海!海!』
盛り上がっているようだ。
私は首を傾げて弟餅に問いかけた。
『前回は海行ったりしなかったんですか。多分そういう余裕結構ありましたよね』
そう言うと、むすっと弟君が器用に魂で腕を組んでうんうんと頷いた。
『恥ずかしながら、前回はそこまで心にゆとりがありませんでした。鈍麻だったと言うべきか…。今は見る全てが新鮮です』
『情緒の、発育……!』
『兄君のことぶん殴っていいですか』
『ヘブッ!?答える前に殴るのは無しでしょう!』
何にせよ弟君の成長はいいことだ。
私は褒めるように弟君をたくさんモチモチした。
弟君も悪い気はしないのか、モチモチされながら私の魂の袂に入り込んだ。
この私の袂、弟君のお気に入りポイントでよく入り込んでくるんだよな。
私も撫でやすくて助かる位置だけど。
降谷さんが静かに席を立って微笑んだ。
「少し僕は席を外します。すぐ戻りますので」
「あ、じゃあ僕もお手洗い行きます」
「早めに戻れよ、次の飯が来ちまうからな」
二人揃ってトイレの方向に行く……と見せかけて、人通りの少ない廊下を確保。
そのまま内緒話にしけ込むことにする。
降谷さんが目を細めて低い声を落とした。
「彼女、秋吉美波子と言ったか。彼女には八代英人氏の殺害の嫌疑がかかっている」
「どういうことです?」
「半月前に自動車事故で死亡しているんだが、怪しいところがあってな。今回僕らが乗船するにあたり、我が公安でも再調査をしたんだ」
なるほど。
降谷さんが直接関わったのであれば、そこに仕組まれた殺人の痕跡に気付くのも不可能ではない。
降谷さんは顎に僅かに手を当てた。
「彼女と一緒にいるのが日下という男だが。そちらも気になる」
「何かあるんですか」
「どちらも、15年前の八代グループの沈没事故被害者遺族だ。今回殺されたのは八代グループの人間でもある」
「真っ黒ですね。今回この船を爆破して全員亡き者にすれば復讐は完了だ」
「それが一番困るんだがな」
降谷さんは大きくため息をついた。
「まあ、君らの予言によって決め打ちで捜査できるから楽なものだ。強引に捜査一課から仕事を奪ってしまったから少々恨まれたかもしれないが」
「ダメじゃないですか。目暮警部は優秀な人でしょう」
「それはそうなんだが、僕は何事も自分の手の中にないと安心できないタチでな。どうだろう、捜査一課の飲み会に参加して愚痴を盛り上げるとかでチャラにならないかな」
「公安の警視が身分を隠して愚痴飲み会に参加するのは何らかのテロに該当する重大犯罪だと思いますよ」
「そうかなぁ」
ちなみに、降谷さんは警視である。
原作では警部だった気がしたが、原作はキャリアとノンキャリが曖昧だからそこまで気にしなくとも良いだろう。
ウェルカムドリンクが運ばれてくる。
乾杯、と言う声があちこちから聞こえてくるようだ。
一般的にはアルコールだが、子供用にノンアルコールも用意されているらしい。
一口無警戒に飲み込んで、私はピリリとしびれるような不可思議な感覚を覚えた。
隣で降谷さんもウェルカムドリンクで喉を潤している。
「オリジナルも飲むんですね」
「そりゃ海上で何日も飲まず食わずと言うわけにも行かないからね」
何だか変だ。飲めば飲むほど、飲み物に違和感を覚える。
素早く弟君が私の体の主導権を借りて、口ではない奇妙な器官で発生した。
『オリジナル。聞こえますか、僕の声』
「え?聞こえるけど……どうかしたのかい」
弟君は絶句した。
そして諤々と青ざめながら言葉を紡いだのだった。
「このウェルカムドリンク、幼生が入っています」
→〈Hard〉幼生を拡散させない -
→〈Extreme〉幼生を拡散させない ⬜︎⬜︎⬜︎