王国のとある令嬢は、つい出来心から国内で屈指のセキュリティを誇る王城の内庭に潜入を試みてしまう。
無事潜入には成功した令嬢だったが、その内庭の中で彼女は無防備に隙を晒している第一王子の背中を見つけてしまい……
「……や……やってしまいましたわ……」

気持ちバイオレンスなギャグコメディです。
カクヨム様、小説家になろう様にも投稿させていただいております。

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第1話

「や、やってしまいましたわ……」

 夕刻。茜色の日差しが人の顔に影を落としている王城の内庭で、この国の第一王子が背中に包丁の柄を生やして倒れていた。刃先は腎臓にクリティカル。うつぶせにの状態で王子は死んだように声も上げないが、よしんば生きていたところで痛みで声を出すどころではないことだろう。

「ち、ちが。わた、わたしそんなつもりじゃ……」

 それを見下ろして、この現場を作った下手人が声を震わせた。何も違わない。その両手は言い訳の余地もないほど真っ赤に染まっていたし、正体隠しに付けた面頬にまで返り血がはねている。暗殺者なのか。いや、違う。少なくとも昨日までは。情け容赦なく王子を背後から急襲し、プロ顔負けの躊躇のなさで腎臓をぶっすりやっちまったこの人物。実はこの国の貴族令嬢なのである。

 

 しかし、令嬢とてこんなことをする予定はなかったのだ。

 ただ『絶対』に曲者の侵入を許さないと謳われている王宮の内庭に、ちょっぴり侵入してみたかっただけ。

 勿論第一王子に恨みなど抱いていたわけではないし、そもそも王子と令嬢の間には接点すらろくになかった。関わりがないのなら相手を恨む理由だってない。

 なのに、何故こんなことになってしまっているのか。

 理由は。

 理由。

 そう、強いて理由を上げるなら、間が悪かったとしか言いようがない。たまたま令嬢が『絶対』に侵入不可能と言われる城の内庭に侵入した時、偶然内庭にいた王子が目に止まってしまったのだ。護衛もつけずに、無防備に背を晒していた。

 ――あら珍しいこと。いつも周囲に人を纏っている王子が、たったひとりでいらっしゃるなんて。貴族令嬢はそう思った。そしてそれ以上の感想もなかった。関わりのない他人など、空気のようなものだ。注意して観察すれば個性というものも見出すことができるが、意識して焦点を合わせなければそれはただ人という記号の背景でしかない。

 とにかく、令嬢は侵入不可能な城の内庭に侵入するという当初の目的を果たせた。そのことに満足して、令嬢はその場を立ち去ろうとして、

 ぴたりと足を止めた。

 好奇心が疼いた。

 もし、普段は『絶対』安全に警護されている筈の第一王子がこの場で殺されてしまったら、きっと国中がひっくり返るような大騒ぎになるでしょうね。しかも犯人は不明。この場には他の誰の目もない。そして令嬢が城にいることは誰も知らない。目撃者さえいなければ、疑われることはまずない。そんな事を考えてしまった。

 貴族令嬢はばら撒かれる号外の紙面に踊る、第一王子暗殺の大見出しを空想した。少し愉快な気分になった。非常事態は想像するだけなら楽しいものだ。

 そして思考がなんとなく、懐に忍ばせてある出刃包丁に接続した。令嬢は実は板前であるとか、誰かを刺そうと計画していたとか、そういう理由で持ち歩いているものではない。護身用だ。乙女の嗜みだ。貴婦人なら誰でもどこかしらに出刃包丁の一本は隠し持っている。

 更に思考を進める。なんとなく、事が露見した後で城から脱出する経路を考えてみる。大丈夫。騒ぎが起きても、まず人と鉢合うことはなさそうだと思った。

 空想を切り上げて、令嬢は今度こそ帰ろうとした。

 耳元で、魔が囁いてきた。

 

 なんか、やれそう。

 

 重ねて言う。

 全てはタイミングが悪かったという他ない。

 

 それから暫くが経った。

 令嬢の想像通り、第一王子の急死は世間を多いに騒がせた。そして当初の予想通り、またその後にずっと抱き続けていた不安に反して、この件で令嬢に捜査の手が及ぶことは一切なかった。

 当たり前だ。たまたま城に忍び込んでいた貴族令嬢がたまたま見かけた第一王子を通り魔的動機でつい殺害してしまったなどと、一体誰に推理できようものか。お釈迦様だってわかるまい。

 しかし城では当然のように犯人捜しが行われ、消去法で、犯人はたまたまその時城を訪れていた使節団の誰かだということになった。大切な後継者を殺された王様は当然のように激怒し場当たり的な戦争を始めた。そして当然のように場当たり的な軍事行動が長続きするわけもなく、結局戦争は王子殺害の主犯とされる男の引き渡しによって、一応の幕が引かれたのであった。

 

 王子殺害犯絞首刑の見出しに目を走らせて、令嬢はこのところずっと張り詰めっ放しだった胸を撫で下ろした。

 ああ、ごめんなさいね私の代わりに。でも安心して下さいまし。貴方と王子の犠牲を無駄にはしません。私は大いに人間的に成長しましたわ。もう絶対、私は思いつきで城の中で王子を通り魔なんかしません。きっと立派な人間になります。もうゴミを道にポイ捨てしません。どうか先に亡くなった王子と一緒に、天国から私のことを見ていて下さいまし。

 令嬢は見上げた青空に、犠牲者二人の笑っている顔が見えたような気がした。

 

 ◇

 

「や、やってしまいましたわ……」

 開け放った窓からさわやかな風が入る、うららかな陽気のお昼時。不意に彼方に立ち上った、きのこが傘を広げたような形の雲を見て、貴族令嬢は思わず慄き呟いていた。爆心地は何百キロと離れているであろうにも関わらず、その衝撃波は令嬢の部屋の中を一瞬で駆け抜けていった。その理外の爆風が、一体何人の命を飲み込んでここまで走ってきたのか。想像するだけでも恐ろしかった。

「ち、ちが。わた、わたしそんなつもりじゃ……」

 そうとも。こんなことが起きるとは思ってもみなかったのだ。

 令嬢はただ『絶対に』押してはいけないボタンを押してはいけない手順で押してみただけ。それだけでこんな大爆発が起こるとは、一体誰に想像できたものか。

 きっと、この件は誰が悪いという話ではないのだ。いや、管理体制には大いに問題があったかもしれない。更にそもそも論を言うなら、押してはいけないボタンなんか作った奴がまず悪い。

 仮に云百キロ離れた人間が同時に操作をしなければ作動しない仕組みで保険をかけていたとしても、セキュリティに絶対はないのだ。偶然はいつか起こる。まさに、今がそうであるように。

 

 その国家粉砕ウルトラスーパーデンジャラス魔法陣の存在を貴族令嬢が耳にしたのは、誘われて出席した茶会の席でのことだった。

「まあ、そんな恐ろしいものがありますの? 怖いわ。そんなものがこの世にあって、それがいつ爆発するのか考えてしまうと、私夜も眠れなくなってしまいそうですわ」

 令嬢が顔を青くしてそう言うと、その威力がもたらす凄惨さを見てきたように語っていた相手はころっと口調を改めた。

「ふふふ、ごめんごめん。でも実のところ、怖がる必要なんてないのよ。そういう魔法陣があるってだけなのよ。魔法の起動には議会の決定と王様の許可が必要だし、起動が決定されたとしても東西南北4つの都市に4人の元帥を派遣して、4人が4人とも決まった時間の間に複雑な順番で起爆ボタンを押さなきゃいけないのよ。4人のうちの一人でも拒否すれば不発。ボタンを押す手順を間違えても不発。使える魔法陣はたった一個。やり直すチャンスはなし。そんなのやれって言われて上手くやる方が難しいわよね。そりゃ可能性でいえばゼロではないけど。でも、そこまでいけば人だって同じよ。疑おうと思えば目の前にいる相手が人殺しじゃないかとかどこまででも疑えるわけだけど、そこまで疑わないから私達はこうして並んでお茶を楽しめるわけだし。つまるところ、怖いものを作り出してるのは自分の想像力なのよ。要するに幽霊と一緒。違いはただ実際に物があるかどうかっていうだけ。ごめんごめん脅かしちゃって。安心して。そんな魔法が起動することなんて、この先『絶対』にないから。私が保証してあげる」

 お茶会の話はそこで終わった。

 しかし、屋敷に帰った貴族令嬢はふと考えた。本当にできないのかしら?

 

 全ては間が悪かったという他ない。

 お遊びめいた計画が丁度整った時に、軍の元帥四人が四人とも各都市に出向いていたのは全くの偶然だったし、たまたま元帥権をハック可能で令嬢が操作可能な人間が四人見つかってしまったのも偶然だ。偶然揃ってしまった条件を前にして、令嬢の好奇心は疼いた。

 耳元で、魔が囁いてきた。

 

 なんか、やれそう。

 

 重ねて言う。

 全てはタイミングが悪かったという他ない。

 

 起こらないはずの事が起こり、ドミノ倒しで起きてはならない事が立て続けに起きた。

 国家は孤立した。弾けた不信は各国の国交を断絶させ、やられる前にやれの精神で国家はこぞって国家粉砕ウルトラスーパーデンジャラス魔法陣の研究に邁進した。

 もし黒幕として魔王が手を上げることがなければ、世界は終末に一直線だったかもしれない。魔王のその行為は、果たして悪名を掠めたかったのか。それとも誰かが生贄にならなければことは収まらないという諦観からの行動だったのか。

 真相は闇の中。

 勇者と刺し違えた魔王が、真の動機を語る機会は永遠になくなった。

「……今度こそ本当に、本当にわたくし反省しましたわ。もう絶対に好奇心に駆られて押してはいけないボタンを押してはいけない手順で押すような愚挙は絶対にしません」

 今度こそ令嬢は猛省した。自らの行為の贖罪を決意した。争いで荒廃してしまった土地にボランティアに行こう。雨後の筍のように増えてしまった恵まれない子供たちのためにお小遣いを寄付しよう。寝る前には毎日ちゃんと歯を磨こう。

 令嬢は見上げた空に、勇者と魔王の笑っている顔が見えたような気がした。

 

 ◇

 

「や、やってしまいましたわ……」

 世界は、滅びの瀬戸際にあった。正しき星の並びによって目覚めた最悪災厄最強邪神デスヘルデスデストロイヤーが世界の全てを混沌に還し始めたのだ。

 逆巻く滝のように立ち上がった大地を邪神の手が虚無へと分解していく様は、一見すると荘厳な絵画のようであった。神秘的ですらあった。住まう世界が消えていく様を見ながら、令嬢は他の多くの人間と同じように、天に祈っていた。最早自体は人の手に余る。この上は神を頼むしかない。

「か、神様。わた、わたしこんなつもりじゃ……」

 しかし誰が悪いという話ではない。強いて言えばタイミングが悪かった。

 混乱した社会で宗教が流行るのは世の理であり、こういう時はどこも入れ食いで信徒が増えるので由来の怪しい宗教が突然社会現象になったりもする。デスヘルデス教団も、そうした混乱期に乗じて上手く勢力を伸ばすことに成功した新興宗教のひとつだった。そして怪しい新興宗教がどこもそうであるように、デスヘル教団もまた反社会上等反体制最高な教理をお題目として掲げていた。

 曰く。星々が正しい位置に輝く時、終末の神デスヘルデスデストロイヤーが降臨して世界は滅び去る。デスヘルの教えに敬虔な信徒だけが滅びを生き延びる。滅びの後の世界はパラダイスであり、そこを目指さない人間はまさに救いようのない馬鹿か能無しだけだ。そしてこの場合の敬虔というのは勿論、教団に多額の献金をしたり、敵対勢力の人間に爆弾を抱えて突っ込んだりというような行為を指す。まあつまり、そういうことだ。因みに観測に基づいた計算によれば、教団が待ち望む星の並びが天に現れるのはおよそ千年後であるという。生きているうちに拝むのは『絶対』に無理だ。ふかしにしても随分気の長い話である。

 気の長い話だった。

 その教団を揶揄するコラムを暇つぶしに眺めていた令嬢が、ページを捲る指をピタリと止めるまでは。

 あれをこーして、これをあーして、

 

 なんか、やれそう。

 

 重ねて言う。タイミングが悪かった。

 これがもし一年後ニ年後の話なら令嬢だってただ黙って待っただろう。更に言うならば、でっちあげの経典にわざわざ教団がモノホンの引用などしなければそもそもこんな事態は起こり得なかった。

 しかし、事は本当に起きてしまった。

 滅びる世界の縁に立ち、今度こそ令嬢は猛省した。今度の今度こそ海よりも深く後悔した。神様、どうかこの世界に救いを。もう玉突き的に星の軌道に干渉したりしません。そのために利用したいくつかの怪しげな魔術書も一切全部焚書します。もうランチに出されるしいたけ残しません。今度こそ心を入れ替えてちゃんとした人間になります。だから、どうか、

 

 令嬢の祈りに神は応えた。

 しかし神は神でも邪神だった。

 

『祈るがいい。怯えるがいい。お前たちにできることはもうそれだけなのだから。俺の齎す滅びからは『絶対』に誰も逃れることはできん』

 

 頭の中に響いた声に、ぴたり、と令嬢の震えが止まった。

 

 なんか、やれそう。

 

 間が悪かったという他にない。


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