戦いは始まりからずっと、一種の膠着状態を続けていた。
幾重にも重なるミセルの斬撃。それに対してクロウはひたすら、ひょいひょいと身軽にかわしていく。
凄まじい動作精度で剣を振るいながらミセルが吠えた。
「そこに直れ、叩っ斬ってやる! ちょこまかと動くな貴様ァッ!」
「でもそんなことしたら斬られるからな……」
言葉を交わしながらも双方の動きは止まらない。
観戦する仲間から戦いぶりを酷評されるミセルだったが、しかし実際のところ、決して手を抜いているわけではない。
文字通り一撃必殺の刃を秒間に複数回閃かせ、クロウの間合いを確実に切り裂いていく。
既に開戦当初の怒りは消え、ただひたすらに目の前の相手を切り伏せることだけに腐心し、その技量を存分に発揮する。
だが、それでもなお、クロウを捉えることは一度たりともできなかった。
それは間違いなく、クロウの尋常ならざる身体能力が原因だ。だが……それだけでは、決してない。
ミセルの振るう刃は、ただの反射神経だけで避け続けられるようなものではない。
仮にこの一太刀を避けることはできよう。だが、避け方を一手過てば、その先の一太刀を避けることは不可能────対峙するものは最適解を選び続けるほかない。
だが、クロウはその至難を簡単に成し遂げていた。
剣の軌跡からほんの僅かに滲むミセルの意を感じ取り、次の行動を予測し、身体能力により避ける。
それが可能であるからこそ、ミセルの刃を受け止めるですらなく、ただひたすらに避け続けるという曲芸が成立していた。
ミセルは思わず問いかけた。
「……クロウ、何故、私の剣が読める!?」
「ふむ……」
クロウは避けながらちょっと考え込み、だらだらと答えた。
「……気のせいかもしれないが、ミセルの剣はなんとなく、ザクスと似ているような気がする。おれはあいつの攻撃は知っているんだ。だからじゃないか?」
「……なるほど、なっ!」
ミセルは大振りの一撃を放ち、クロウと距離を取った。
クロウは不思議そうに問いかけた。
「なんだ、終わりか?」
「このまま続けてもお前には当たらないだろう」
ミセルは大きく息を吐いた。
……実際のところ、クロウの言うことは一部正しい。
迷宮の攻略に参加するようになって以降、ミセルはザクスたち戦士隊へと幾度も指導を行っている。
故にミセルの武がザクスの動きに滲むのは必然。そこから逆算しミセルの動きまでも予測できたというのは、確かに考えられないことというわけではない。
……考えられないことではない、のだが。
「……謝罪する。クロウ、お前を侮っていた。力まかせに暴れるだけの相手だと思い込んでいた」
「ふむ? 別にそんなに間違ってないとおもうが」
「力しか取り柄の無いものにこんなことができるものか」
ミセルは嘆息した。
ザクスの動きからミセルの動きを類推するといっても、動きのレベルも扱う武器も違う。
それでも予測ができたというのならば、それは動きを単に模倣したというレベルではなく、動きの根底に流れる理合そのものを看破されたということに他ならない。
「肉体が優れているからこそ余裕が生まれる。故により高い視点から俯瞰できる。理解したことをズレなく肉体に反映できる。……この僅かな間ですら、私から技術を見取り、お前の動きのキレは上がっている。このまま続ければ続けるほど、お前を切り伏せることはできなくなっていくだろう」
「そうか。よくわからないが、それでミセルはどうするんだ?」
クロウのその問いかけに、ミセルは静かに答える。
「────悪いが、貴様には使えない武器を使う」
クロウに知覚できたのは、ミセルが軽く、剣を素振りしたことだけだった。
なんとなく、その軌跡の延長線上から身体を逸らし────その肌から僅か数mmの場所を、恐ろしい疾さで何かが通過した。
虚空を疾駆した何かは────斬撃は、クロウの背後数百mの大地を割断した。それに遅れて空気が断絶し爆ぜる音。発生した衝撃波がクロウの肌を打ちつける。
「これを使う気は無かった。観ているものたちに何がお前を殺したのか伝わらないのでは、今回の趣旨に反する。だが……私の未熟だ。これが無くてはお前に敵わない」
ミセルは長く息を吐き、静かに宣言した。
「行くぞクロウ────『剣聖』ミセルが、お前を殺す」
◇◇◇
「な、んだ、アレ……」
それ以上の言葉をジャックは発することができず、絶句した。
眼下で繰り広げられる破壊の規模は、明らかに個人によるものではなかった。
儀式級魔法を遥かに凌駕する射程と範囲と威力の斬撃が、ほんの瞬きの間に繰り出される。
しかもそれを放った後には僅かな隙すら生じない。クロウというただ一人に向けて、千人を一度に撫で斬りにできる斬撃が間断なく襲いかかった。
「いったい何が起きている……!? 魔法……いや違う、魔力はほとんど感じない。何だアレは……!?」
「だから言ったでしょ、僕らの中でミセルが最強だって」
フィルバードが声をかけると、呆然としていたアルマは我に返った。そして少し悔しそうに、しぶしぶと自分の不明を認めた。
「そうだな。確かに私が間違っていた。……教えろ。あれはいったい、何が起きている? ただ剣を振っただけでああなるはずもない。いったいあの女は、何をやっている……!?」
「魔法でも剣技でもないっていうのは確かに正解だね。あれにはたぶん、正確な名前は無いんだけど……そうだね。魔力を使った技術……言ってみれば魔術ってやつかな」
その返答に、アルマは訝しんだ。
「嘘をつけ、魔力はほぼ感じない。それにあの規模の破壊に魔力が費やされるなら、ああも連発することなど不可能だ」
「もう少し目を凝らしてみたら?」
「……?」
アルマは改めて戦いを観察した。
そして気付く。一瞬、ほんの僅かな時間……斬撃のたび、ほのかに光る、魔力の線が空間を奔っていることに。
「魔力の……刃……?」
「うん、正解。彼女のやってることは単純でね。剣を振りながら、ほんの一瞬だけ、薄く細く長く伸ばした魔力刃を展開するんだよ。本当にただ、それだけ。使う魔力自体は少ないから、簡単に連発できる」
「それでなぜああなる……?」
理解不能という顔をするアルマにフィルバードが説明した。
「大きい剣って、いかにも威力が出そうに見えるでしょ? でも実際、ある程度で頭打ちになってさ。刃を大きくすればするほど重くなって、速く振れなくなるんだ。速度が頭打ちになれば攻撃の威力は上がらない」
フィルバードは視線をミセルに向けた。
「……でも、魔力で形成した刃なら別だ。魔力で形成した刃は物体に干渉できるけど、重さが無いんだ。重さがないから剣を動かす速度は変わらない。長く伸びた分だけ刃の先端は速度を増す。そもそもミセルの斬撃そのものが一流なわけで、速度が何倍にも増幅された魔力の刃は……」
ズン、と崩落の音がした。
巨大な斬撃が、フィルバードたちと反対側に位置する崖を切り落とした音だ。
「────音速なんて遥かに通り越して、あんな威力になる」
唖然とした表情でジャックが問いかけた。
「ま、待て待て……そんな簡単な原理なら……もしかしてアイツだけじゃなく、お前らも同じことができるのか?」
「いや、できない」
無理無理、とザクスは肩を竦めた。
「言葉にすれば簡単だけどな、あんなのを実践レベルで使えるのはミセルだけだ。……俺も魔力刃自体は戦術に組み込んでるが、あんな無茶苦茶な使い方じゃなくて、攻撃の射程をちょっと伸ばすくらいだよ」
ザクスは遠い目をして呟いた。
「……いやな、俺もやり方を教えてくれって頼んだんだ。で、返ってきた答えが『何に苦労しているのかが分からない』だぞ。……魔力刃をあれだけ長く、制御を保ったまま瞬間的に伸ばすのは、マジでアイツだけの特殊技能だよ」
フィルバードが淡々と言った。
「ミセルの場合、剣士のくせに本当に何一つ、間合いが意味無いんだ。本来、魔法使いに距離を取られたら剣士は無力なんだけど、魔法使いよりもミセルの斬撃の方が射程が長い」
「お、おう……」
「じゃあ近づけばいいのかといえばそうでもなくて、そもそも彼女は最高峰の剣士だ。それに最悪、誇りを捨てたガン逃げで距離を取られたら絶対勝てない。ついでに魔力もほとんど消費しないから、長期戦でも勝ち目はない」
「理不尽すぎるだろ……」
絶句したジャックに、ザクスがしみじみと共感しながら頷いた。
「俺さあ、アイツに無理矢理『剣聖』って称号を贈呈したヤツらの気持ち、分かるんだよ。……剣士連合のお偉いさんども、絶対に思ってたぜ。『お前は剣士じゃなくて剣聖で、もう俺たちとは別カテゴリだから。頼むから剣士ヅラするのはやめてくれ』って。ミセルと一緒にされんの、他の剣士にとってはもうそれ、理不尽ってレベルじゃねぇもんな」
ウルが恐れの入り混じった表情で口を開いた。
「あの……ではクロウさんは……」
「殺せるはずだ。……そんな顔しないでよ、ちゃんと生き返らせるから」
フィルバードは爆心地の如く間断なく爆裂音が響き渡る戦場に、感情の滲まない平坦な目を向けて呟いた。
「でも万一、それでも、ミセルですら彼に勝てないことがあれば。その時は────」