side焦凍
「ダメだ……ダメなんだ。今すぐそのクズ野郎から離れるんだ姉さん。姉さんは知らないかもしれないがソイツはクズ……いわゆる女の敵なんだ!!だから!!早くソコから逃げてくれ!!」
スマホの画面越しの姉さんに向かってそう叫ぶ。
そうだ、あのバーニンすらも「アイツはクズ。それも超絶クズ。最低最悪の女の敵。焦凍くんは絶対!!あんな大人になっちゃダメだからね!!」と言っていた。そんな最低最悪のクソ野郎なんだ。
だから……頼む!!ヤツの毒牙にかかる前に早く!!早くソコから逃げてくれ!!
俺の想いのこもった叫びを聞き、クズ野郎はへらへらとしまりのない顔で楽しそうに笑いながら、
『クックック……マジかよ……マジで超絶ウケるんだけど……いやーコッテコテのお返事ありがとうねー親戚くーん♡おかげで僕たち今すっごく楽しんでま〜すぅ~!!』
『お、落ち着いて焦凍!!そ!そういうのじゃないのよこれは!!たまたまこの前の体育祭で氷叢さんと出会ってね!!それで名刺もらったからちょっとお話しに来ただけなのよ!!』
「……なっ!!体育祭の時に俺の姉さんに目をつけたのか!!クソ!!俺がその時近くに居さえすればこんな事には!!」
『しょ!!焦凍!!絶対誤解してるわよ貴方!!ほ!!本当にそういうのじゃないから!!』
『そ〜そ〜……まぁ……落ち着きなよ
「誰が
「「「「スゴイ!!何か知らんけど上手いこと全てが芸術的に噛み合ってる!!!」」」」
クラスの連中が俺の後ろで何かを言っている。だが!!今の俺にはそれを気にする余裕が無い!!
女の敵とあのバーニンに言わせるような男が、今俺の姉とソファーで横並びに座っているのだ!!そう!!クズの家で!!
(落ち着けるワケがねえだろう!!)
『あーウケるわーマジおもしれー……おもしれーからこのままいこー……まあそんなカッカするなっての弟くん♡あんま興奮するなって♡俺はお前の姉ちゃんとこの前の体育祭で
『ひ!!氷叢さん!!その言い方はちょっと!!』
へらへら笑うクズと慌てる姉さん!!
「……今すぐその巫山戯た戯言ばかり囀る口を閉じやがれこのクソ野郎が!!」
『え〜?弟くん厳し〜い♡ちょっと独占欲強過ぎな〜い?零至なら絶対にそんな事言わないのにな〜♡ねえねえお姉ちゃん的にはどう思う〜?』
『……えっ!!あ!!その!!』
そう言ってズイッ!!とソファー上で少し姉さんへの距離を詰めるクズ!!
「テメエ!!このクソ野郎!!それ以上姉さんに近づくんじゃねえ!!」
『あわわわ!!お!!落ち着いて焦凍!!コレは違っ!!絶対にそういうのじゃないから!!』
「安心しろ姉さん!!今すぐ俺がそっちに行く!!絶対に俺が姉さんを助けるから!!だから!!姉さんももう少しだけ頑張ってくれ!!俺がそっちに行くまで!!何とかそのクズの魔の手から逃げ続けてくれ!!」
『え〜♡なになぁに?チョ〜ウケるんですけど〜♡ま〜僕たちこれから
「キサマァァァ!!キサマァァァ!!!」
『おち!!お!!落ち着いて!!落ち着いて焦凍!!』
俺を安心させようと気丈に振る舞う姉さん。
その横で、
『あっかんべろべろべー♡話が終わるまでに間に合いまちゅかね〜♡』
「テメエ!!氷叢ぁぁ!!氷叢ぁぁぁぁ!!」
軽薄に笑い巫山戯ているクズ!!叫ぶ俺!!
そしてクズはとてもとても好色そうな……あり得ないくらいに不快な笑みを浮かべ、
『……ま〜わかってるんだろ〜けどね♡大人同士のお話合いが終わっちゃった後にぃ〜♡いい年した男女2人が密室にいたら……その後は………わかるよね?』
「その薄汚ぇ手で姉さんに指一本でも触れてみろ!絶対に!!絶対に!!絶対に俺はテメエの事を許さねえぞこのクソ野郎がぁぁぁ!!」
「「「「「スゴイ!!最近はSNSでもめったに見ないくらいに超絶どストレートなチャラ男構文のやり取りだぞコレ!!!」」」」」
「「「「最近はSNS上でもちょい捻ったネタばかりなのに!!まさかの現実でコレを見る事になるとは!!」」」」
背後でクラスの皆が以下略!!
仕方ねえだろ!!何せ一刻の猶予も無いんだ!!
姉さんがクズの魔の手にかかる前に!!姉さんを助けないと!!
「緑谷ぁぁぁぁ!!」
「……えっ?あ?……僕?マジかぁ……」
当然だろ!!何せ!!
「あのクズの居所を!!アイツの事務所を教えろ!!今すぐに!!」
「うわぁ……構文を知らない天然をこの手のネタでイジるとこんなにも悪魔的にハマるんだなぁ……」
「お前も聞いてただろ!?悪いが時間が無いんだ緑谷!!頼む!!早く教えてくれ!!」
『……およ?やっぱそっち出久きゅんいるのね?もすもす〜出久きゅ〜ん♡あ・と・は……よろしくね〜ん♡』
……ブッ!!
「……な!?ね!!姉さん!!姉さーん!!!!」
「うわぁ……よりにもよってこのタイミングで通話を切るじゃんあのクズコーチ……いつものパターンだなぁ……大概これで僕が苦労するんだよね。後、何故かこの手の女性絡みのネタで僕にヘイトが集中する。ホントに不思議なくらいに」
「「「「苦労してんな緑谷!!!!」」」」
「み!!み!!緑谷!!何でオマエはそんなに冷静なんだ緑谷!!」
「うーん……まあとりあえず一端は落ち着こう。落ち着いてね轟くん」
「だけど!!だけど姉さんが!!」
救いを求めて緑谷の両肩を掴みすがる俺。
そんな俺を生暖かい目で見る緑谷……そして、周囲のクラスメイト達。あの爆豪ですら「どうすっかなコレ……」という目で俺を見ていた。
クソ!!ここに俺の味方はいねえのかよ!!
ならスマホでクズの事務所を調べつつ!!俺一人だけで姉さんを助けに行かないと!!そう考えたのと同時くらいに、
「ええとね……轟くん。君には大変残念なお知らせなんだけど……この世には『チャラ男構文』というものがあってね?」
「……はっ?ちゃ?チャラ……男?何だって?」
「……ケッ!!察しが悪いな半分野郎……テメエはまぁたあのクズ野郎にからかわれた、って事だボケ……」
「……爆豪?」
「……まあかっちゃんが全部言ってくれたんだけど……細かい事説明するからよく聞いてね轟くん」
……そして……緑谷と、他のクラスメイト達も混ざって先程のやり取りを解説してくれる。
……そして全ての説明を受けた。
……そして全てを理解し、俺は。
「……結局……あのクズをブチのめすのが正解って事じゃねえかよ!!」
「「「「「まあそれはそう!!!!」」」」」
……先程とはかなり違うけど。結局、ヤツへの怒りが俺の脳裏から離れる事は無かった。
side零至
「……あーおもしれー!!おもろかったー!!」
「うーん……良いのかなぁ?」
よっこいしょ……と俺は立ち上がり、女の向かいのソファーへ移動。そこに腰を下ろす。
そして正面の女から承諾を得ることはせずにタバコを取り出し火をつける。
「……タバコ、吸うんですね。ヒーローなのに」
「……ん……おー……すうすうー」
「……軽いんですね」
軽く……もう一回くらい軽く煙を体内に取り込みつつ……俺は改めて目の前の女に視線を向けた。
……あのエンデヴァーの娘に。
確か轟冬美だったかな?まあどうでもいいんだけど名前なんて。
正直、覚える気もないし。
あの体育祭でなる早で会話を打ち切るために渡した名刺。その名刺からコイツはわざわざコンタクトを取ってきた。
実にめんどくさい話だ。
『お聞きしたいこと。お話したい事があります。いつでもいいのでご都合がいい時に少しお時間を取って頂けないでしょうか?』
……正直、バックれても良かった。
良かったのだが、この話が父親に……エンデヴァーの耳に入るとそれはそれでめんどくさい。
だから『30分だけ』という縛りで今日話す時間を作った。
そのうちの10分くらいは先程のやり取りで潰した。
……たまたまだけど君は実に役に立ったよ親戚くん。今度会ったら飴ちゃんをやろう。何なら感謝の投げキッスくらいならしてやってもいいね。受け取ってくれるかは知らんけどな。
「……それで、あの……改めて、お忙しい中、本日はお時間を取って頂きありがとうございます」
「……ん」
……やれやれ、現実逃避の時間もここまでかね……
目の前の何たらって名前を忘れた女が、俺の目を正面から見据えて口を開いた。
「……轟燈矢という名前に、聞き覚えはありますか?」
さっきまでの、何処か困ったような様子でありながら、でも本当に少しは笑っていたような笑顔。
……それとは全く種類の違う、顔面に貼り付けただけ……そんな能面のような笑顔で俺を見ながら、女は冷たくそう言った。
「……当然、聞いたことくらいはある。体育祭での俺とオッサンの笑えるやり取りは見てただろ?本人からも、気を利かした周囲の連中からも一通りの事情は聞いてる」
「……そうですか」
俺の言葉を聞いて女は無言。
本当に……本当に静かに俺を見ていた。
まあ……この女的には色々な想いがあるのだろう。
轟家の話は色々な人から聞いた。
その色々な人達……その全ての人達が口を揃えてこう言っていた。
『……あの家は、長女の献身によってかろうじて家としての体裁を維持している』と。
そんな女が、今俺の目の前にいた。
「……ま、何だな……」
「………?」
そんな女に、俺は気楽に、
「しょーもない家の事情でおたくも苦労してるね。同情するぜ」
そう言った。
それに、
「……その言い方は不快です。訂正して下さい」
「……おん?」
……それに、女は静かに……本当に静かに俺を睨み、
「本当の事を何も知らないクセに……勝手に私の事を……私の家の事情を知ってる風な口で語らないで下さい。何も……何も知らないクセに……私の家を勝手に決めつけないで下さい。私の、私の家の苦労を、幸せを、勝手に決めつけないで下さい……」
「……へえ?」
能面のような冷たい笑顔。
……だけど、静かにその目だけが……瞳だけが冷たく燃えていた。
「……なるほど。悪かったよ。訂正する。謝るわ。勝手に決めつけてすまんね。悪かった」
「……え?」
俺の急な謝罪に、少し戸惑う女。
「……そらそうだわな。さほど関係の無い連中が、外から自分の家の事情を勝手にやんややんやと評したらムカつくわな。正直すまんかった。そらムカつくよな。本当の事を何も知らねえクセに『アンタも大変だったんだな』なんて言われたらそらぶち切れるわ。そらそーだわな」
「…………?」
「
「……貴方……は……」
……わかるよ多少はアンタの気持ちが。
安い同情が欲しいワケじゃないんだろ?
今の、過去の自分の境遇を誰かに教えて「うんうん!!大変だったね!!頑張ったね!!」とかのクソほどの役にも立たないお気持ち論を聞きたいワケでもないんだよな。
だからこそ……俺は、初めて能動的に目の前の女を見た。
轟冬美。
あの萌が『最悪』と評した轟家。
その唯一と言っていいバランサー役を担う女の、その顔を。
そんな女が、
「前フリはもういいだろ」
「………」
「結局、俺と何を話したくて来たんだテメエは?」
「………」
……そんな女が、一体、俺と何を話に来たのかを。