過労死ゲーマー、藤吉郎になる。 ~知識チートはあるが、人の心が重すぎる~ 作:ブンチョウ
清洲城の一室。 表向きは、織田家当主・信長が病に倒れた、重苦しい見舞いの間。 その実態は、弟・信勝を確実に仕留めるために張られた、冷酷な「罠」だ。
俺は、信長の枕元に座らされている。 (選べ…選べ…!) 目の前の【強制選択肢】が、俺の返答を待っている。
A: (毒を盛るフリ) C: (寝返るフリ)
(ダメだ! AもCも、信勝を油断させる前に、俺が信長に斬られる!)
俺は、震える意識で、唯一「実行可能」な馬鹿を選んだ。 【B】だ。
「……若様」 俺は、震える声で信長に呼びかけた。 「は、腹が減っては、病は治りませぬ…!」
「……何?」 布団の中で弱々しく咳き込む信長が、怪訝な顔をする。
俺は、懐からゴソゴソと何かを取り出した。 火打石と、小さな干し芋だ。
「若様! 元気になるには芋が一番にございます!」
俺は、信長の枕元で、あろうことか火打石をカチカチと打ち始めた。
「拙者が今ここで、熱々の『焼き芋』を作りますぞ!」
火花が散る。 病人の枕元で火事を起こそうとする、救いようのない馬鹿。 これ以上ない「道化」だった。
(俺は、何をやっているんだ…) (治水工事で人を救った、その舌の根も乾かぬうちに…) (人を殺すための、茶番を…!)
その時だった。 「――兄上。ご容態は、いかがにございますか」
声と共に、
信勝の視線が、部屋を走る。 布団で弱々しく咳き込む、兄・信長。 その枕元で、火打石を打ちながら「芋! 芋!」と騒ぐ、馬鹿。
「…………」
信勝の顔から、緊張がフッと消えた。 その目は、俺を「人間」として見ていなかった。「獣」か「何か」を見る目だ。
「……兄上。落ちぶれたものでございますな」
信勝は、俺の奇行を完全に無視し、信長に近づいた。
「病に伏せる兄の枕元に、このような『猿』しか
(かかった…!)
信長は、芝居を続けた。 「……ゲホッ、ゲホッ……信勝か……。下がれ、猿……。お前の芋は、いらぬ……」 弱々しい声。
信勝は、その「弱った兄」と「無害な馬鹿(俺)」を見て、完全に油断した。 彼が、この部屋に入った時点で、俺の「道化」としての役目は終わっていた。
「兄上」 信勝は、信長の布団のすぐそばに膝をついた。 「もはや、兄上に尾張を治める力はありますまい。家督は、この信勝が」
信勝が、懐に手を入れた。 短刀だ。
(来る!)
俺が叫ぶより早く、信長が、布団から「病人のそれ」ではない速度で、身を起こした。
「――遅いぞ、信勝」
「なっ!?」
信長が叫ぶ。 「柴田! 川尻!」
声に応え、隣室の襖が蹴破られた! 「はっ!」 柴田勝家と、川尻秀隆(信長の親衛隊)が、抜き身の刀を持って飛び込んできた!
「き、貴様ら! 謀ったな!」 信勝は、短刀を抜いて応戦しようとする。 だが、遅かった。
「ぐあっ!」
柴田の槍が、信勝の肩を貫く。 川尻の太刀が、信勝の脇腹を
「か……はっ……」
血が、畳の上に噴き出した。 信勝は、自分の身に何が起きたか分からない、という顔で、兄・信長を見つめた。 そして、ゆっくりと倒れた。
(あ…………)
俺は、その場に座り込んだまま、震えていた。 タケシの「首」とは違う。 「身内」が、「謀略」によって、目の前で、鮮血をまき散らして死んだ。
俺は、火打石を握りしめていた。 (俺の、せいだ…) (俺が「道化」を演じたから、信勝は油断して、この部屋に入ってきて、殺された…!)
「……」
信長は、立ち上がった。 さっきまでの「病」は、跡形もない。 彼は、返り血を浴びた柴田と川尻に、冷たく命じた。
「……片付けろ」 「はっ」
そして、信長は、未だに火打石と芋を握りしめて震えている、俺を見下ろした。 その目は、俺の「心の重さ」など、一切気にかけていなかった。
「……猿」
「は、はひっ…」
「貴様の『芋』、役に立ったな」
「…………」
「『馬鹿』は、時として、鋭い刃よりも『使える』と知れ」
信長は、俺の「奇行」を、「謀略の道具」として完璧に評価した。 俺は、人を救う「治水」でも、人を殺す「暗殺」でも、この魔王の「道具」でしかない。
俺の頬を、涙が伝った。 焼き芋のことを考えていたのに、なぜか、ひどく、寒かった。
【そして、時間は跳躍する(1560年・春)】
あの「清洲城暗殺事件」の後、信長は弟の派閥を完全に
俺、木下藤吉郎は、「治水(内政)」と「暗殺(謀略)」の両方で「使える道具」と認められた結果、「普請奉行」の筆頭格として、城下の整備を一手に任されていた。 権蔵たち「木下隊」も、今や織田家随一の「技術者集団」として、他の家臣たちからも一目置かれる(…というか、便利使いされる)存在になっていた。
俺は、 「木下様」、あるいは「お奉行様」と呼ばれることすらあった。 「人の心」の重さには、少しずつ、麻痺が生じてきていた。(殺さなければ、殺される。それがこの時代だ)
だが、1560年5月。 俺の『覇道』知識が、歴史上、最悪のアラートを鳴らした。
「――伝令! 伝令!」 「今川義元、兵力二万五千を率い、駿府を出立! 狙いは、尾張にございます!」
広間に、絶望が走った。 二万五千。 対する俺たち織田軍は、かき集めても、三千。
(来た…!)
日本史最大の逆転劇。 そして、失敗すれば、織田家が「詰む」イベント。
(「桶狭間の戦い」だ!)