過労死ゲーマー、藤吉郎になる。 ~知識チートはあるが、人の心が重すぎる~   作:ブンチョウ

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第12話:道化(どうけ)の涙と血の代償

清洲城の一室。 表向きは、織田家当主・信長が病に倒れた、重苦しい見舞いの間。 その実態は、弟・信勝を確実に仕留めるために張られた、冷酷な「罠」だ。

 

俺は、信長の枕元に座らされている。 (選べ…選べ…!) 目の前の【強制選択肢】が、俺の返答を待っている。

 

A: (毒を盛るフリ) C: (寝返るフリ)

 

(ダメだ! AもCも、信勝を油断させる前に、俺が信長に斬られる!)

 

俺は、震える意識で、唯一「実行可能」な馬鹿を選んだ。 【B】だ。

 

「……若様」 俺は、震える声で信長に呼びかけた。 「は、腹が減っては、病は治りませぬ…!」

 

「……何?」 布団の中で弱々しく咳き込む信長が、怪訝な顔をする。

 

俺は、懐からゴソゴソと何かを取り出した。 火打石と、小さな干し芋だ。

 

「若様! 元気になるには芋が一番にございます!」

俺は、信長の枕元で、あろうことか火打石をカチカチと打ち始めた。

「拙者が今ここで、熱々の『焼き芋』を作りますぞ!」

 

火花が散る。 病人の枕元で火事を起こそうとする、救いようのない馬鹿。 これ以上ない「道化」だった。

 

(俺は、何をやっているんだ…) (治水工事で人を救った、その舌の根も乾かぬうちに…) (人を殺すための、茶番を…!)

 

その時だった。 「――兄上。ご容態は、いかがにございますか」

 

声と共に、(ふすま)が開いた。 弟・織田信勝が、数人の供回りを連れて入ってきた。 『覇道』のCGよりも、ずっと線の細い、だが猜疑(さいぎ)心に満ちた目をした男だった。

 

信勝の視線が、部屋を走る。 布団で弱々しく咳き込む、兄・信長。 その枕元で、火打石を打ちながら「芋! 芋!」と騒ぐ、馬鹿。

 

「…………」

 

信勝の顔から、緊張がフッと消えた。 その目は、俺を「人間」として見ていなかった。「獣」か「何か」を見る目だ。

 

「……兄上。落ちぶれたものでございますな」

信勝は、俺の奇行を完全に無視し、信長に近づいた。

「病に伏せる兄の枕元に、このような『猿』しか(はべ)らせぬとは。……織田家の恥でございますぞ」

 

(かかった…!)

 

信長は、芝居を続けた。 「……ゲホッ、ゲホッ……信勝か……。下がれ、猿……。お前の芋は、いらぬ……」 弱々しい声。

 

信勝は、その「弱った兄」と「無害な馬鹿(俺)」を見て、完全に油断した。 彼が、この部屋に入った時点で、俺の「道化」としての役目は終わっていた。

 

「兄上」 信勝は、信長の布団のすぐそばに膝をついた。 「もはや、兄上に尾張を治める力はありますまい。家督は、この信勝が」

 

信勝が、懐に手を入れた。 短刀だ。

 

(来る!)

 

俺が叫ぶより早く、信長が、布団から「病人のそれ」ではない速度で、身を起こした。

 

「――遅いぞ、信勝」

 

「なっ!?」

 

信長が叫ぶ。 「柴田! 川尻!」

 

声に応え、隣室の襖が蹴破られた! 「はっ!」 柴田勝家と、川尻秀隆(信長の親衛隊)が、抜き身の刀を持って飛び込んできた!

 

「き、貴様ら! 謀ったな!」 信勝は、短刀を抜いて応戦しようとする。 だが、遅かった。

 

「ぐあっ!」

 

柴田の槍が、信勝の肩を貫く。 川尻の太刀が、信勝の脇腹を()ぐ。

 

「か……はっ……」

 

血が、畳の上に噴き出した。 信勝は、自分の身に何が起きたか分からない、という顔で、兄・信長を見つめた。 そして、ゆっくりと倒れた。

 

(あ…………)

 

俺は、その場に座り込んだまま、震えていた。 タケシの「首」とは違う。 「身内」が、「謀略」によって、目の前で、鮮血をまき散らして死んだ。

 

俺は、火打石を握りしめていた。 (俺の、せいだ…) (俺が「道化」を演じたから、信勝は油断して、この部屋に入ってきて、殺された…!)

 

「……」

 

信長は、立ち上がった。 さっきまでの「病」は、跡形もない。 彼は、返り血を浴びた柴田と川尻に、冷たく命じた。

 

「……片付けろ」 「はっ」

 

そして、信長は、未だに火打石と芋を握りしめて震えている、俺を見下ろした。 その目は、俺の「心の重さ」など、一切気にかけていなかった。

 

「……猿」

「は、はひっ…」

「貴様の『芋』、役に立ったな」

「…………」

「『馬鹿』は、時として、鋭い刃よりも『使える』と知れ」

 

信長は、俺の「奇行」を、「謀略の道具」として完璧に評価した。 俺は、人を救う「治水」でも、人を殺す「暗殺」でも、この魔王の「道具」でしかない。

 

俺の頬を、涙が伝った。 焼き芋のことを考えていたのに、なぜか、ひどく、寒かった。

 

【そして、時間は跳躍する(1560年・春)】

 

あの「清洲城暗殺事件」の後、信長は弟の派閥を完全に粛清(しゅくせい)した。 尾張は、名実ともに信長のものとなった。

 

俺、木下藤吉郎は、「治水(内政)」と「暗殺(謀略)」の両方で「使える道具」と認められた結果、「普請奉行」の筆頭格として、城下の整備を一手に任されていた。 権蔵たち「木下隊」も、今や織田家随一の「技術者集団」として、他の家臣たちからも一目置かれる(…というか、便利使いされる)存在になっていた。

 

俺は、 「木下様」、あるいは「お奉行様」と呼ばれることすらあった。 「人の心」の重さには、少しずつ、麻痺が生じてきていた。(殺さなければ、殺される。それがこの時代だ)

 

だが、1560年5月。 俺の『覇道』知識が、歴史上、最悪のアラートを鳴らした。

 

「――伝令! 伝令!」 「今川義元、兵力二万五千を率い、駿府を出立! 狙いは、尾張にございます!」

 

広間に、絶望が走った。 二万五千。 対する俺たち織田軍は、かき集めても、三千。

 

(来た…!)

 

日本史最大の逆転劇。 そして、失敗すれば、織田家が「詰む」イベント。

 

(「桶狭間の戦い」だ!)

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