過労死ゲーマー、藤吉郎になる。 ~知識チートはあるが、人の心が重すぎる~   作:ブンチョウ

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第14話:「知識チート」と勝利の「重さ」

清洲城、大広間。

 

「二万五千の(しら)せに、織田家の重臣たちは「絶望」していた。

 

篭城(ろうじょう)あるのみ!」

「いや、降伏の使者を……!」

 

柴田勝家や佐久間信盛が(わめ)く中、信長は、ただ無言で床を睨んでいた。

 

(違う……!)

 

俺は、その光景に焦りを覚えていた。

 

(『覇道』のシナリオでは、信長はここで「幸若舞(こうわかまい)」を舞い、奇襲を叫ぶはずだ!)

 

なのに、目の前の信長は動かない。

 

(なぜだ!? まさか、この『リアル』では、信長は奇襲ルートを知らないのか?)

 

(俺が『治水』や『暗殺』で、史実〈シナリオ〉を微妙に変えてしまったせいで、桶狭間の奇跡が起きない……?)

 

もし、このまま篭城を選べば、織田家は詰む。

 

権蔵も、部下たちも、そして……ねねも、今川軍に蹂躙(じゅうりん)される。

 

(俺が、動かすしかない!)

 

(「馬鹿担当」じゃない。「普請奉行」の俺が!)

 

俺は、重臣たちの議論を割って、前に出た。

 

「若様!」

 

「猿! 貴様、引っ込んでおれ!」

 

柴田勝家が怒鳴る。

 

だが、俺は止まらなかった。

 

(システム! 選択肢は出ないのか!? 出ないなら、俺の「素」でやるまでだ!)

 

俺は、『覇道』の知識〈地図〉を、信長の前に叩きつけた。

 

「若様! 『普請奉行』木下藤吉郎より、緊急のご報告がございます!」

 

「……ほう。この期に及んで『普請』か、猿」

 

信長の目が、初めて俺を捉えた。

 

俺は、地図の一点を指差した。

 

「はっ! 先の治水工事の折、周辺の測量を行いました。その際、この『田楽狭間(でんがくはざま)』の裏手に、山を越える『獣道』を発見いたしました!」

 

「獣道だと?」

 

重臣たちがざわめく。

 

俺は、一世一代の大芝居〈ハッタリ〉に出た。

 

「はっ! そして、今朝方、今川の本隊が、この田楽狭間に続々と入っていくのを、俺の部下が確認しております!」

 

(嘘だ! 確認なんかしてない! 俺の『覇道』知識〈ゲーム〉がそう言ってるだけだ!)

 

俺は、自分の『知識』を「部下〈権蔵たち〉からのリアルな偵察情報」として、信長に「進言」した。

 

「若様!」

 

俺は、床に頭をこすりつけた。

 

「敵は二万五千。ですが、本陣〈義元〉は、この狭い谷間で、先の(とりで)の勝利に油断しているはず! この獣道を使えば、我ら少数でも、敵の『首』を直撃できます!」

 

「…………」

 

静寂。

 

柴田勝家が「馬鹿めが! 貴様の『測量ごっこ』で、織田家の存亡を賭けろと申すか!」と俺を蹴り飛ばそうとした。

 

それを、信長が手で制した。

 

信長は、俺が差し出した地図を、食い入るように見つめていた。

 

(頼む……! 乗ってくれ!)

 

やがて、信長は、フッと笑った。

 

あの、俺の「ごっこ遊び」を見た時と同じ、だが、それよりも遥かに狂気を帯びた「魔王」の笑みだった。

 

「……ククク。獣道、か」

 

信長は、ゆっくりと立ち上がった。

 

そして、(うた)うように、あの有名な一節を口にした。

 

「――人間五十年、下天(げてん)のうちをくらぶれば……」

 

(来た!)

 

信長は、幸若舞を舞い始めた。

 

夢幻(ゆめまぼろし)のごとくなり! 一度(ひとたび)生を()け、滅せぬもののあるべきか!」

 

舞い終えた信長は、(かっちゅう)(まと)う。

 

「猿!」

 

「はっ!」

 

「貴様の『獣道』、案内しろ。貴様の『木下隊』もだ」

 

「はひっ!?」

 

「貴様の『知識』が、俺を勝利に導くか、それとも俺たち全員を地獄に送るか。……その目で、確かめろ」

 

「出陣だ!」

 

【1560年5月19日・桶狭間】

 

地獄だった。

 

俺の『覇道』知識通り、信長は熱田神宮で兵を集め、俺の『知識』通りの獣道〈間道〉を進んだ。

 

そして、俺の『知識』通り、豪雨が降り出した。

 

「天が、我らに味方しておるわ!」

 

信長の哄笑(こうしょう)が響く。

 

(違う……! 味方なんかじゃない!)

 

俺は、馬の横で、泥水にまみれながら走っていた。

 

(これは、ただの『シナリオ』だ!)

 

「若様! 敵本陣、発見!」

 

「よし! 全軍、突撃!」

 

「うおおおおおおお!!」

 

柴田勝家も、権蔵たち「木下隊」も、雨で視界が効かない中、今川の本陣めがけて突撃していった。

 

二万五千〈本陣は数千〉対三千。

 

奇襲とはいえ、無謀な突撃だった。

 

俺は、後方で震えていた。

 

『戦闘55』の俺に、できることは何もない。

 

「ぐあっ!」

 

「た、隊長!」

 

(!)

 

俺の目の前で、権蔵が、今川の屈強な武者に組み伏せられていた。

 

武者の槍が、権蔵の喉元に突きつけられる。

 

(権蔵!)

 

俺は、自分が何をしていたか、分からなかった。

 

体が、勝手に動いていた。

 

(死ぬ、死ぬ、死ぬ!)

 

俺は、腰にあった、飾り同然の短刀を抜き、泥の中を転がりながら、その武者の背中に、無我夢中で、突き刺した。

 

「が……?」

 

武者は、信じられない、という顔で俺を振り返り、ゆっくりと倒れた。

 

生温かい血が、俺の顔にかかる。

 

(あ…………)

 

俺は、人を、殺した。

 

この手で。

 

「……おええええええっ!」

 

俺は、その場で胃液を吐いた。

 

「……隊長! しっかりしな!」

 

権蔵が、俺の胸ぐらを掴んで立たせた。

 

「あんたが、俺の命の恩人だ! だが、死ぬな! あんたの『知識』は、まだ必要だ!」

 

その時、戦場の反対側から、地響きのような声が上がった。

 

「今川義元! 討ち取ったりいいい!」

 

「…………勝った?」

 

嘘のようだった。

 

あれほど絶望的だった戦が、俺の『知識』と、俺の『殺人』によって、終わった。

 

戦の後。

 

俺は、泥だらけのまま、信長の前にいた。

 

信長は、勝利の興奮で、不気味なほど上機嫌だった。

 

「猿。貴様の『獣道』、見事であった」

 

信長は、俺に酒を注いだ。

 

「この勝利、半分は貴様のものだ」

 

それは、「焼き芋」や、「寝そべり」に対する「馬鹿(おもちゃ)」への評価とは、まったく違う。

 

「道具」として、最大級の賛辞だった。

 

俺は、その酒を、震える手で飲み干した。

 

酒の味はしなかった。

 

ただ、さっき殺した武者の「血」の匂いと、ねねの「雑炊」の温かさだけが、頭の中で混ざり合っていた。

 

俺は、生きて帰った。

 

「誓い」通り、『元気』に。

 

だが、その「元気」は、俺が人を殺した「代償」の上にある。

 

(これが、俺の『覇道』か……)

 

俺は、「天下統一」というゲームのシナリオの、本当の「重さ」を、この手で知ってしまった。

 

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