過労死ゲーマー、藤吉郎になる。 ~知識チートはあるが、人の心が重すぎる~ 作:ブンチョウ
清洲城、大広間。
「二万五千の
「
「いや、降伏の使者を……!」
柴田勝家や佐久間信盛が
(違う……!)
俺は、その光景に焦りを覚えていた。
(『覇道』のシナリオでは、信長はここで「
なのに、目の前の信長は動かない。
(なぜだ!? まさか、この『リアル』では、信長は奇襲ルートを知らないのか?)
(俺が『治水』や『暗殺』で、史実〈シナリオ〉を微妙に変えてしまったせいで、桶狭間の奇跡が起きない……?)
もし、このまま篭城を選べば、織田家は詰む。
権蔵も、部下たちも、そして……ねねも、今川軍に
(俺が、動かすしかない!)
(「馬鹿担当」じゃない。「普請奉行」の俺が!)
俺は、重臣たちの議論を割って、前に出た。
「若様!」
「猿! 貴様、引っ込んでおれ!」
柴田勝家が怒鳴る。
だが、俺は止まらなかった。
(システム! 選択肢は出ないのか!? 出ないなら、俺の「素」でやるまでだ!)
俺は、『覇道』の知識〈地図〉を、信長の前に叩きつけた。
「若様! 『普請奉行』木下藤吉郎より、緊急のご報告がございます!」
「……ほう。この期に及んで『普請』か、猿」
信長の目が、初めて俺を捉えた。
俺は、地図の一点を指差した。
「はっ! 先の治水工事の折、周辺の測量を行いました。その際、この『
「獣道だと?」
重臣たちがざわめく。
俺は、一世一代の大芝居〈ハッタリ〉に出た。
「はっ! そして、今朝方、今川の本隊が、この田楽狭間に続々と入っていくのを、俺の部下が確認しております!」
(嘘だ! 確認なんかしてない! 俺の『覇道』知識〈ゲーム〉がそう言ってるだけだ!)
俺は、自分の『知識』を「部下〈権蔵たち〉からのリアルな偵察情報」として、信長に「進言」した。
「若様!」
俺は、床に頭をこすりつけた。
「敵は二万五千。ですが、本陣〈義元〉は、この狭い谷間で、先の
「…………」
静寂。
柴田勝家が「馬鹿めが! 貴様の『測量ごっこ』で、織田家の存亡を賭けろと申すか!」と俺を蹴り飛ばそうとした。
それを、信長が手で制した。
信長は、俺が差し出した地図を、食い入るように見つめていた。
(頼む……! 乗ってくれ!)
やがて、信長は、フッと笑った。
あの、俺の「ごっこ遊び」を見た時と同じ、だが、それよりも遥かに狂気を帯びた「魔王」の笑みだった。
「……ククク。獣道、か」
信長は、ゆっくりと立ち上がった。
そして、
「――人間五十年、
(来た!)
信長は、幸若舞を舞い始めた。
「
舞い終えた信長は、
「猿!」
「はっ!」
「貴様の『獣道』、案内しろ。貴様の『木下隊』もだ」
「はひっ!?」
「貴様の『知識』が、俺を勝利に導くか、それとも俺たち全員を地獄に送るか。……その目で、確かめろ」
「出陣だ!」
【1560年5月19日・桶狭間】
地獄だった。
俺の『覇道』知識通り、信長は熱田神宮で兵を集め、俺の『知識』通りの獣道〈間道〉を進んだ。
そして、俺の『知識』通り、豪雨が降り出した。
「天が、我らに味方しておるわ!」
信長の
(違う……! 味方なんかじゃない!)
俺は、馬の横で、泥水にまみれながら走っていた。
(これは、ただの『シナリオ』だ!)
「若様! 敵本陣、発見!」
「よし! 全軍、突撃!」
「うおおおおおおお!!」
柴田勝家も、権蔵たち「木下隊」も、雨で視界が効かない中、今川の本陣めがけて突撃していった。
二万五千〈本陣は数千〉対三千。
奇襲とはいえ、無謀な突撃だった。
俺は、後方で震えていた。
『戦闘55』の俺に、できることは何もない。
「ぐあっ!」
「た、隊長!」
(!)
俺の目の前で、権蔵が、今川の屈強な武者に組み伏せられていた。
武者の槍が、権蔵の喉元に突きつけられる。
(権蔵!)
俺は、自分が何をしていたか、分からなかった。
体が、勝手に動いていた。
(死ぬ、死ぬ、死ぬ!)
俺は、腰にあった、飾り同然の短刀を抜き、泥の中を転がりながら、その武者の背中に、無我夢中で、突き刺した。
「が……?」
武者は、信じられない、という顔で俺を振り返り、ゆっくりと倒れた。
生温かい血が、俺の顔にかかる。
(あ…………)
俺は、人を、殺した。
この手で。
「……おええええええっ!」
俺は、その場で胃液を吐いた。
「……隊長! しっかりしな!」
権蔵が、俺の胸ぐらを掴んで立たせた。
「あんたが、俺の命の恩人だ! だが、死ぬな! あんたの『知識』は、まだ必要だ!」
その時、戦場の反対側から、地響きのような声が上がった。
「今川義元! 討ち取ったりいいい!」
「…………勝った?」
嘘のようだった。
あれほど絶望的だった戦が、俺の『知識』と、俺の『殺人』によって、終わった。
戦の後。
俺は、泥だらけのまま、信長の前にいた。
信長は、勝利の興奮で、不気味なほど上機嫌だった。
「猿。貴様の『獣道』、見事であった」
信長は、俺に酒を注いだ。
「この勝利、半分は貴様のものだ」
それは、「焼き芋」や、「寝そべり」に対する「
「道具」として、最大級の賛辞だった。
俺は、その酒を、震える手で飲み干した。
酒の味はしなかった。
ただ、さっき殺した武者の「血」の匂いと、ねねの「雑炊」の温かさだけが、頭の中で混ざり合っていた。
俺は、生きて帰った。
「誓い」通り、『元気』に。
だが、その「元気」は、俺が人を殺した「代償」の上にある。
(これが、俺の『覇道』か……)
俺は、「天下統一」というゲームのシナリオの、本当の「重さ」を、この手で知ってしまった。