過労死ゲーマー、藤吉郎になる。 ~知識チートはあるが、人の心が重すぎる~   作:ブンチョウ

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第16話:「ハリボテ」の城と「未来」のヒント

「……木下殿。先ほどの若様の御命令、正気とは思えぬ」

 

 評定(ひょうじょう)の後、俺を呼び止めたのは、意外にもライバルであるはずの柴田勝家だった。

 

 その顔には、「嫉妬」ではなく、純粋な「焦り」が浮かんでいた。

 

「俺も、佐久間信盛も、あの墨俣(すのまた)で城を建てようとして、斎藤の兵に背後を突かれ、資材をすべて流された。あの川は『魔境』だ。……お前、死ぬぞ」

 

「……ご忠告、痛み入ります」

 

(珍しいな。こいつが俺を心配するなんて)

 

 いや、違う。

 

 こいつは、俺という「成り上がり者」が失敗して死ぬのは構わない。

 

 だが、「信長の命令(プロジェクト)」そのものが失敗して、織田家の美濃攻めが頓挫(とんざ)するのが怖いんだ。

 

(だが、柴田殿。あんたたちのやり方が、前世でいう「旧世代のやり方」なんだよ)

 

 あんたたちは、敵地でゼロから「城」を組み上げようとして、敵に潰された。

 

 俺のやり方は、違う。

 

「……隊長。本気ですか」

 

 木下隊の拠点――ボロ屋敷に戻り、俺が「プレハブ・ハリボテ工法」の全容を説明すると、権蔵たち部下の顔が、恐怖で引きつった。

 

「川で『組み立てる』だぁ? 敵の目の前で?」

 

「しかも、城壁は『絵』!? 隊長、とうとう若様の無茶ぶりで、気が触れちまったか!」

 

「うるさい!」

 

 俺は一喝した。

 

「俺の『知識』を忘れたか! 治水の時、俺の指定した場所は完璧だっただろうが!」

 

 権蔵たちが息を呑む。

 

「俺の『知識』によれば、墨俣のあの地点は、川の流れが最も緩やかで、しかも深い霧が発生しやすい! 敵から見えずに作業ができるんだ!」

 

(『覇道』のマップ情報では、あのマスは「天候:霧(多)」だった!)

 

「権蔵! お前たち木下隊は、この尾張――安全な場所で、城の『骨組み(フレーム)』を徹底的に規格化して作れ! 釘一本のズレも許さん!」

 

「は、はい!」

 

(前世の「仕様書作成」スキルが活きる!)

 

「だが、布を張るための枠だけを作るんじゃない」

 

 俺は、地図の墨俣を指で叩いた。

 

「壁の内側には、弓兵が身を隠せる高さの柵を組め。(やぐら)には物見と弓兵の足場を作る。川岸には逆茂木(さかもぎ)を並べろ。門は狭くていい。閉じられればいい」

 

「……絵の城の中に、本物の砦を仕込むんですかい?」

 

「そうだ」

 

 俺は頷いた。

 

「城を一晩で作るのは無理だ。だから城に見せる。だが、砦なら作れる」

 

 権蔵たちの顔を見回す。

 

「敵が近づいて、偽物だと確かめようとした時に、噛みつける砦ならな」

 

「空間(フィールド)を制するんじゃない。時間(納期)を削るんだ。……そして、俺は――」

 

 俺は、信長から奪い取った金で買い集めさせた、大量の布と油、顔料を指差した。

 

「――この世で一番リアルな『城(テクスチャ)』を描く!」

 

【そして、時間は跳躍する――数週間後】

 

 プロジェクトは、二つの現場(チーム)で狂ったように進められた。

 

 現場A――権蔵チーム。

 

 山という山から木を切り出し、俺の指定した「仕様書(設計図)」通りに、櫓の柱、壁の枠、柵、弓兵の足場、矢狭間(やざま)の板、逆茂木までを、寸分違わず「ユニット化」していく。

 

「隊長の図面は相変わらずキチガイじみてやがる! だが、これが『川』を知り尽くした男のやり方だ!」

 

 権蔵たちは、治水工事で得た「自信」を胸に、図面通りの精緻な「施工」をやってのけた。

 

 現場B――俺のアトリエ。

 

 俺は小屋に引きこもり、ひたすら「絵」を描き続けた。

 

 前世、ゲーム会社で死ぬほど学んだ「背景美術」の知識。遠近法と陰影法(ライティング)。

 

 布の上に、油で溶いた顔料を叩きつける。

 

 それは、ただの石垣の絵じゃない。

 

 光の当たる部分の照り返し。

 

 石と石の間に落ちる深い影。

 

 長年の風化を表現する汚れ(ウェザリング)まで描き込んだ、超リアルな「巨大テクスチャ」だった。

 

「……藤吉郎さん。また、寝てないの」

 

 ねねが、心配そうに食事を差し入れる。

 

「ああ……今、『天守閣』の影を描いてるんだ。ここをミスると、全部が『平面(ハリボテ)』に見えちまう……!」

 

(人の心が重い? 冗談じゃない)

 

(今は、この『納期(デッドライン)』の方が、よっぽど重い!)

 

 そして、決行前夜。

 

 最後の「天守閣」の絵を完成させたその時。

 

 俺の目の前に、あのウィンドウが開いた。

 

(来たか……! しかも、5択だ!)

 

【強制イベント:墨俣出陣前夜】

この『奇策』の成功を、何に祈るか?

 

A:「(信長に)若様の『焼き芋(天下)』への第一歩として、必ずや成功させます!」

 

B:「(ねねに)この『城(ハリボテ)』が、俺たちの『新居(リアル)』になることを祈る!」

 

C:「(部下に)ウキキ! この『猿芝居(ハリボテ)』が、美濃の連中を騙せますように!」

 

D:「(部下に)この城の噂が、遠く『北近江』まで届くことを祈る!」

 

E:「(一人で)この『偽りの城』が、『明智』の目にどう映るか、楽しみだ……」

 

 俺は、選択肢を睨みつけ、凍りついた。

 

(A、B、Cは、今までの「奇行」や「プライベート」の延長線上だ)

 

(Dはまだ分かる。いずれ浅井長政を味方に引き込むために、噂を北近江へ飛ばせ、ということだ)

 

(だが――Eはなんだ?)

 

(『明智』!?)

 

 なぜ、今ここで明智光秀の名前が出る!?

 

 『覇道』のシナリオでは、あいつが信長に仕官するのは、美濃攻略が終わり、上洛する時のはずだ!

 

(分かった……!)

 

(これはシステムからの「警告」か!?)

 

 俺の「桶狭間チート」で、歴史が加速しているのだ。

 

 この「墨俣一夜城」が成功すれば、美濃攻略も一気に早まる。

 

 その結果、「明智光秀の台頭」という不気味な因子が、もうすぐそこまで迫っていると、このシステムは俺に突きつけてきている。

 

「……ふざけやがって」

 

 俺は、血走った目で笑った。

 

(俺のせいで未来が加速している。その先には、絶望的な撤退戦――金ヶ崎も、あの本能寺も待っている。……それでも、今さら立ち止まれるか)

 

 俺は、この場で最も安全で、かつ「馬鹿(奇行)」を演じられる【C】を選択した。

 

「ウキキキキ! 皆の者! 出陣だ! この『猿芝居(ハリボテ)』で、美濃の度肝を抜いてやれ!」

 

【墨俣、決行の夜】

 

 『覇道』の知識通りの、深い霧。

 

 権蔵の指揮の下、規格化された「骨組み」と、俺の描いた「巨大テクスチャ(油絵の布)」が、(いかだ)で次々と川を下り、墨俣の浅瀬に運び込まれる。

 

 筏には、柱と布だけではない。

 

 矢束。

 

 水桶。

 

 干し飯。

 

 朝まで持ちこたえるための、最低限の備えも積んであった。

 

「建てろ! 組み立てろ!」

 

「まず逆茂木だ! 川岸へ並べろ!」

 

「櫓を立てろ! 弓兵の足場を急げ!」

 

「布を張れ! 影の向きを間違えるな!」

 

 木下隊の、治水工事で鍛え上げられた「組み上げ」の速度が、暗闇で炸裂する。

 

 まず、川岸へ逆茂木が並ぶ。

 

 次に、規格化された柵が立つ。

 

 櫓の足場が組み上がり、弓兵が上がる。

 

 壁の枠の裏には、兵が身を伏せられる高さの柵を作り、その隙間に矢狭間を設ける。

 

 最後に、俺が描いた巨大な布が、城壁の外側を覆っていった。

 

 城の顔は、絵だ。

 

 だが、その内側には、本物の牙がある。

 

 夜明け前。

 

 視界を覆っていた霧が、ゆっくりと晴れていく。

 

 川の向こう岸――斎藤軍の陣地から、叫び声が上がった。

 

「ば、馬鹿な……!?」

 

「城だ! 城が、一夜にして建っている!」

 

 彼らの目の前には、朝日に照らされ、リアルな「陰影」を帯びた、堂々たる「城」が「出現」していた。

 

(どうだ! これが俺の前世スキル、『ハリボテ(背景美術)』だ!)

 

 だが、斎藤軍はすぐには動けなかった。

 

 偽物かもしれない。

 

 ならば、確かめに出ればいい。

 

 そう考えた斥候が、川岸へ近づく。

 

 その瞬間、櫓から矢が飛んだ。

 

「うわっ!?」

 

 斥候は、逆茂木の手前で身を伏せ、転がるように退いた。

 

「絵ではないぞ!」

 

「柵がある! 櫓にも兵がいる!」

 

「霧の向こうに、どれほど潜んでいる!?」

 

 敵は、城が偽物かどうかを疑った。

 

 だが、疑うことと、確かめることは違う。

 

 城壁の正体が布でも、その裏から本物の矢が飛んでくるなら、命を賭けて近づく理由にはならない。

 

 その迷いが、朝の時間を奪った。

 

 やがて、斎藤軍の前線は後退を始めた。

 

「墨俣に、織田の城が一夜で出現した」

 

 その報は、斎藤軍の混乱とともに、美濃じゅうへ広がっていった。

 

 信長の元へ、その吉報が届いたのは、それから間もなくのことだった。

 

 俺が一夜で作ったのは、まだ城ではない。

 

 だが、もうただの絵でもなかった。

 

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