暴走した作業用レイバーの通報を受け、特車二課第二小隊は調布・泉川に出動する。しかし現場に到着した時には、事件はすでに収束していた。
静まり返る現場の中、後藤はその違和感の正体を確かめるように目を細めていた。そこには、一人の制服姿の男が映っていた。

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制服のサボタージュ

『——現在、調布市泉川町二丁目、甲州街道付近において、作業用レイバー一機が暴走中。周辺の車両および建物を損壊しつつ、つつじヶ丘方面へ進行中。特車二課第二小隊は、直ちに出動し現場へ急行せよ。繰り返す、特車二課に臨場出動を要請——』

 

 東京湾の埋め立て地にある特車二課のプレハブに、本庁からの緊迫した出動要請が響き渡った。

 

 後藤隊長の号令のもと、けたたましいサイレンを鳴らして第二小隊が発進する。 

 太田功が『撃てる』と息を荒くする中、第二小隊は中央道を激走して一路、調布・泉川へ急行した。

 

――しかし、彼らが現地の甲州街道に到着したとき、そこに待っていたのは「暴走するレイバー」などではなかった。

 

「ねえ、あれ……」

 現場では、暴走していたはずの作業用レイバーが、駆動系から煙を吹いて、空き地に滑り込むように突っ伏していた。

「あー……完全に気を失ってやがる」

「自滅してくれてラッキーだったな」

 コックピットからはすでに調布署の署員によって犯人が引きずり出されている真っ最中である。

「くそぉ!  せっかくの射撃の機会がぁ!」

「おいおい太田、お前は撃ちたかっただけか? ……それにしても、ずいぶん手際がいいな。あいつらだけでレイバーを大人しくさせられたのか?」

「知るか! どうせ勝手にぶっ倒れただけだろ!」

 不満を爆発させる太田を遊馬がいなし、他の隊員が事件の考察を始める中、ミニパトのシートに深く腰掛けた後藤だけは、フロントガラス越しに「静まり返った現場」をじっと見つめていた。

 なぎ倒された放置自転車、破損したコンクリート塀、暴走の爪痕の中で、外れたマンホールが一つだけ残っていた。

「隊長、どうします?」

「……そうね、お片付けだけ手伝って、帰りましょうか。一号機、二号機、デッキアップの準備」

 そう口にした後藤隊長の目には、浮足立っている学生達に紛れた一人の少年が映っていた。

「……偶然、にしちゃあな」

 

「ったく、昨日アンタはどこ行ってたのよ!」

「すまない、急用ができて……」

「言い訳しない! こっちはアンタのせいで大変だったんだからね!」

「……すまない」

 夕暮れの泉川で、二人の学生がいつものように言い合いをしながら歩いていた。

 畳み掛けるように文句を並べる千鳥かなめと、申し訳なさそうにその後ろを歩く相良宗介。家路を急ぐ学生や買い物客で賑わう泉川駅の自動改札口が、すぐ目の前に迫っていた。

 二人が定期券を取り出そうとした、その時だった。

「おーい、そこのキミ、ちょっといいかい」

 改札口の脇、声をかけた主はヨレヨレのスーツを着た痩せ型の中年男性だった。

(——何だ、この男は)

 敵意や殺意は感じないが、まるで獲物を見つけたかのような目つきをしている。

「いやあ、デート中のところ、ごめんね。おじさん、警察でさ」

「ちょっとソースケ、また何かやらかしたワケ?」

「いやいや、お嬢さんが心配することじゃないよ。だけど、サガラソウスケくん、君にちょっとお話聞かせてほしくってさ」

 名前が割れている。その瞬間、宗介の警戒が一気に高まった。

 目的は護衛対象(千鳥かなめ)ではなく自分自身。

 本物の警察か、偽装した敵の工作員か、いずれにせよこの場を穏便にやり過ごすには、自分が残るのが得策だと判断した。

「千鳥、なるべく真っすぐ家に帰るんだぞ」

「えっ……あ、うん……ソースケも気をつけてね」

 宗介の声色が変わった、本気の宗介にかなめは従うしかなかった。

「悪いね、まあ、飯でも食いながら話しましょうか」

 そう言って指さしたのは、すぐ近くの中華料理屋だった。

 

「好きなもの頼んでいいよ。あ、おばちゃん、ビール1つと餃子2つ、おねがい」

 この男は、何の目的で接触してきたのか。昨日の事件だろうか、にしては早すぎる。それに、職務中なのにアルコールを頼むなど、正気ではないと思った。

「昨日の事件、大変だったろ。あの辺、学校から駅までの道だろ?」

「ええ」

 昨日のPS(パワースレイヴ)*1が暴走した事件。宗介はあの事件をひっそりと"処理"していた。

「君も飲むかい?」

「いえ、未成年なので」

 平然と未成年飲酒を進めるこの男は果たして本当に警察なのだろうか。

「そりゃそうか。あ、頼むもの決まった?」

「……チャーハンで」

「欲がないねぇ、おばちゃん、チャーハンもおねがい」

 ここはアジトか? いや、この店は友人達と来たことがあるし、歴史も長いはず。単に近くにあったから選ばれただけだろう。否、はじめからそのつもりで駅前で張っていたか? あるいは店主の女が扮装した工作員か?

「ま、無事に帰れたなら何よりだよ」

「は、はぁ……」

「しっかし、あのレイバー妙な止まり方しててさぁ……」

「ど、どんな事があったんですか」

「いやね、あのレイバー、半開きのマンホールに足突っ込んで転んだらしいのよ」

「それは……すごい偶然ですね」

 マンホールの蓋への偽装は、誰にも見られてないはず。

「しかもね、なんか他にも引っ掛けたっぽいのよ。こりゃ人がやったならすごいなって感心したの」

「は、はぁ……」

 ワイヤーは片付けたはず、なのになぜこの男は知っている?

「それでね、君、警察のレイバーが着いた時に見かけたんだけどね、妙に落ち着いてるなと思ったのよ」

「……そんなことはありません」

「やっぱりそうか。いやー、君たちぐらいの歳だと、警察のレイバーなんか見たら普通ははしゃいだりケータイで写真取ったりするもんだから、気になってねぇ」

 まずい、引っ掛けだったか。

「調布の人にさ、知り合いがいてね、妙な事件によく関わっている学生がいるって聞いたのよ」

 考えていることがわかったのか? ここまで掴まれているのであれば、これ以上ごまかす意味はあるのだろうか?

「いやね、別に君がやったとは言ってないよ? けど、あの場であんな芸当ができる人は早々いないでしょ?」

「偶然の出来事では?」

「偶然かぁ……車も人も建物も多いエリアなのに、ピンポイントで空き地の近くで止まったのは、確かに偶然かもなぁ……」

「……」

「でも転び方も気になるんだよね。周辺のマンホールを調べてもらったんだけど、あそこ以外は異常がなかったんだってさ」

「……それは、運が良かっただけでは」

「そうかもしれないねぇ……宝くじでも買ったほうがいいかなぁ」

 まずい、どこまで読まれている?

「俺はね、君が誰かを守っている、そういう動きに見えるんだよね」

 正体に気づいているのか? 自分の身分がバレているのであればかなりまずい。偽造書類に銃火器の所持、やましいことはいくらでもある。それがこの男にバレてるのであれば、相当やっかいな事になる。この男は、どこまで気づいているのだろうか。

「まあ、よかったね。花壇、ギリギリ踏まれてなかったんだってさ、まるで避けたようにって。あの花壇ってあの辺の学校で植えたヤツでしょ?」

「は、はぁ……」

 その言葉に宗介は安堵した。否、気が抜けてしまった。その言葉もまた事実であった。

「ま、困ったことがあったら、俺に連絡していいからさ。うち、レイバーを扱ってる部署でね」

「あの有名な、特車二課ですね」

「お、アタリ。さすがに鋭いね〜」

 そう言って男は名刺を出す。特車二課第二小隊隊長、後藤喜一警部補。それが男の正体だった。偽造を疑った所で、この男がそんなことをする理由がない、そういう気配があった。

「ま、あんまりおじさんにつき合わせちゃ気まずいでしょ、ここいらで終わりにしようか」

「はっ……」

 

「あの……ごちそうさまでした」

「いいのいいの、おじさんの与太話に付き合わせた礼みたいなもんだし」

「い、いえ……」

「それじゃ、気をつけて帰りなよ〜」

「あ、ありがとうございました」

「あ、そうそう。この辺さ、幽霊みたいにレイバーが現れたって噂があるのよ。ま、所詮ただの噂だろうけど、ね?」

 やはりこの男、全部を見通しているのではないだろうか。答えが出ることはなかった。

 

 そこから一週間、陣代高校で妙な騒ぎが増えたのは、また別の話。

*1
PS(パワースレイヴ):フルメタル・パニック!世界での人形重機の呼称。詳細は『フルメタアナザー』を参照。ここでは作業用レイバーのことを指す。




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