全身を焼くような痛みが襲ってくるが決して苦しそうな顔を出さないようにする。
彼女を不安にさせないためにも俺が苦しそうな顔なんかしたらいけないからな。
俺が悲しそうな顔をしたら優しい君はきっと苦しむ……。
だから―――笑って別れよう。
彼女が元気でいられるように…正しく生きていける様に…ずっと幸せでいられるように
想いを込めて歌を歌う……。目に涙をいっぱいに溜めながらも我慢して俺を見上げ続ける彼女……。
勝手な願いかもしれないけど……自分勝手に君の傍からいなくなる『アイボー』の願いは一つだ……もう一度―――笑顔を見せてくれ。
体が消えて行く刹那、最後に俺の目に映ったのは―――彼女の笑顔だった。
―――
「んぅ。……ここは……」
随分と懐かしい夢を見た。そう感じた俺こと南雲ハジメは起き上がる。
青白く光る鉱石によるボウっとした光が灯る洞穴の中。全身がズキズキと痛み、思考がボ〜っとするが、寝る前に何をやっていたのかを記憶の糸を辿る。
「そういえば……ここに落ちてから随分と経った気がするな」
俺は漸くこの場に至る経緯を思い出した。
数週間前、学校で昼食を取っていた時、クラスごと異世界へ召喚されてきたこと。
実戦形式の訓練として来たオルクス大迷宮でクラスメイトの一人が罠にかかり、魔物であるベヒモスと戦う羽目になった事。
その結果、橋が崩れて地下に落ちてきたこと。
そして、生き残る為に魔物を喰らい、おぼろげな知識を元に周辺の鉱石を使って銃を作り、地上に出る為に迷宮の中を探索していたこと。
「……時間はそんなにかかって無いか」
俺は懐に入れた懐中時計の時間を見て、それほど経っていないことを確認する。
この時計は王国の宝物庫に置いてあったもので、見た目は”かつての俺”が持っていた物に良く似ていたので無理を言って貰ったものだった。
「そろそろ、行ってみるか」
俺はこの五十層で作った拠点にて銃技や蹴り技、錬成の鍛錬を積みながら少し足踏みをしていた。というのも、階下への階段は既に発見しているのだが、この五十層には明らかに異質な場所があった。
それは、なんとも不気味な空間だった。
脇道の突き当りにある空けた場所には高さ三メートルの装飾された荘厳な両開きの扉が有り、その扉の脇には二体の一つ目巨人の彫刻が半分壁に埋め込まれるように鎮座していたのだ。
俺ははその空間に足を踏み入れた瞬間全身に悪寒が走るのを感じ、これは不味いと一旦引いた。
もちろん装備を整えるためで避けるつもりは毛頭ない。あの扉の向こうには無視してはいけない何かがある。そう予感していた。
「鬼が出るか蛇が出るか、それとも別の何かか」
自分の今持てる武技と武器、そして技能。それらを一つ一つ確認し、コンディションを万全に整えていく。全ての準備を整え、俺はゆっくりと自作の銃ドンナーを抜いた。
「……行くか」
扉の部屋にやってきた俺は油断なく歩みを進める。特に何事もなく扉の前にまでやって来た。近くで見れば益々、見事な装飾が施されているとわかる。そして、中央に二つの窪みのある魔法陣が描かれているのがわかった。
「?……分からないな。結構勉強したつもりだが……こんな式見たことないぞ」
俺は王国に居た頃に座学に力を入れていた。もちろん、全ての学習を終えたわけではないが、それでも、魔法陣の式を全く読み取れないというのは些いささかおかしかった。
「相当、古いってことか?」
俺は推測しながら扉を調べるが特に何かがわかるということもなかった。いかにもいわくありげなので、トラップを警戒して調べてみたのだが、どうやら今の知識では解読できるものではなさそうだ。
「仕方ない、いつも通り錬成で行くか」
一応、扉に手をかけて押したり引いたりしたがビクともしない。なので、いつもの如く錬成で強制的に道を作る事にする。俺は右手を扉に触れさせ錬成を開始した。しかし、その途端。
バチィイ!
「うわっ!?」
扉から赤い放電が走り、俺の手を弾き飛ばした。手からは煙が吹き上がっているのを確認してすぐさま神水を飲んで回復する。直後に異変が起きた。
――オォォオオオオオオ!!
突然、野太い雄叫びが部屋全体に響き渡った。
俺はバックステップで扉から距離をとり、腰を落として手をホルスターのすぐ横に触れさせいつでも抜き撃ち出来るようにスタンバイする。
雄叫びが響く中、遂に声の正体が動き出した。
「なんとまぁ、ベタと言えばベタだな」
苦笑いしながら呟く俺の前で、扉の両側に彫られていた二体の一つ目巨人が周囲の壁をバラバラと砕きつつ現れた。いつの間にか壁と同化していた灰色の肌は暗緑色に変色していく。
その瞬間。
ドパンッ!
凄まじい発砲音と共に電磁加速された弾丸が右のサイクロプスのたった一つの目に突き刺さり、そのまま後頭部を爆ぜさせて貫通し、後ろの壁を粉砕した。
左のサイクロプスがキョトンとした様子で隣のサイクロプスを見る。撃たれたサイクロプスはビクンビクンと痙攣したあと、前のめりに倒れ伏した。巨体が倒れた衝撃が部屋全体を揺るがし、埃ほこりがもうもうと舞う。
「悪いけど、空気を読んで待っていてやれるほど余裕がある訳じゃないんだ」
ハジメはすぐさま銃をもう一体のサイクロプスに向けて発砲。
しかし、ここで予想外のことが起きた。サイクロプスの体が一瞬発光したかと思うと、その直後、直撃した銃弾を皮膚が弾いたのだ。
「むっ?」
ハジメは、おそらく固有魔法を使ったのだろうと推測する。どうやらサイクロプスの固有魔法は防御力を著しく上げるもののようだ。
サイクロプスが小馬鹿にしたように口元を歪めた。
ハジメは特に思うところもなく銃口を離すと、サイクロプス(左)の頭部めがけて蹴りを叩き込んだ。
豪脚により、俺の蹴りはかつての蹴りウサギを思わせる美しい軌跡を描いてサイクロプスをカチ上げ仰向けにひっくり返す。そして、あらわになった目に再度銃口を押し付けて引き金を引いた。
流石に、目まで強化することはできなかったのか、弾丸はあっさり貫通しサイクロプスの頭部を粉砕した。
「さて。肉は後で取るとして……」
俺は、チラリと扉を見て少し思案する。
そして、スキルの風爪でサイクロプスを切り裂き体内から魔石を取り出した。血濡れを気にするでもなく二つの拳大の魔石を扉まで持って行き、それを窪みに合わせてみるとピッタリとはまり込んだ。
直後、魔石から赤黒い魔力光が迸ほとばしり魔法陣に魔力が注ぎ込まれていく。そして、パキャンという何かが割れるような音が響き、光が収まった。同時に部屋全体に魔力が行き渡っているのか周囲の壁が発光し、久しく見なかった程の明かりに満たされる。
ハジメは少し目を瞬かせ、警戒しながら、そっと扉を開いた。
扉の奥は光一つなく真っ暗闇で、大きな空間が広がっているようだ。ハジメの〝夜目〟と手前の部屋の明りに照らされて少しずつ全容がわかってくる。
中は、聖教教会の大神殿で見た大理石のように艶やかな石造りで出来ており、幾本もの太い柱が規則正しく奥へ向かって二列に並んでいた。そして部屋の中央付近に巨大な立方体の石が置かれており、部屋に差し込んだ光に反射して、つるりとした光沢を放っている。
その立方体を注視していた俺は、何か光るものが立方体の前面の中央辺りから生えているのに気がついた。
近くで確認しようと扉を大きく開け固定しようとする。いざと言う時、ホラー映画のように、入った途端バタンと閉められたら困る。
しかし、俺が扉を開けっ放しで固定する前に、それは動いた。
「……だれ?」
かすれた、弱々しい女の子の声だ。俺は慌てて部屋の中央を凝視する。すると、先程の生えている何かがユラユラと動き出した。差し込んだ光がその正体を暴く。
「なっ!?」
生えていた何かは人だった。
上半身から下と両手を立方体の中に埋めたまま顔だけが出ており、長い金髪が某ホラー映画の女幽霊のように垂れ下がっていた。そして、その髪の隙間から低高度の月を思わせる紅眼の瞳が覗のぞいている。年の頃は、18歳くらいだろう。随分やつれているし垂れ下がった髪でわかりづらいが、それでも美しい容姿をしていることがよくわかる。
だがそれだけじゃなかった。目の前の少女の姿にある人物の姿と重なったのだ。
「……ミラ?」
似ていたのだ。かつての俺が救うことが出来なかった女性に。
俺が思わずつぶやいたこの言葉に、目の前の女性は目を見開く。
「何で……貴方が……その……名を……」
彼女は信じられないっといった様子で凝視するが、俺もその反応を見てそんなことがあるのか?と思考が乱れる。
「まさ……か……ルド……ガー?」
彼女がかつて俺の名前を言い当てた瞬間、なりふり構わず彼女の元に向かった。