会場の熱が、まだ引かない。
障害物競走の余韻を、ミッドナイトの声が、次の段階へ塗り替えていく。
『ルールを説明するわ。制限時間は、十五分!二人から四人で騎馬を組んで、頭のハチマキを奪い合うの!』
スクリーンに、図解が映る。
順位ぶんのポイントを記したハチマキ。それを首から上で管理し、終了時に持ってるぶんの合計で競う。
『ハチマキを取られても、騎馬が崩れても、脱落じゃない。最後まで足掻きなさい。ただし──騎馬を崩すのが目的の、悪質な攻撃。これはレッドカードで一発退場よ』
個性の使用は、自由。
勝ち抜けるのは、上位四チームだけ。
そして、とミッドナイトが、俺のほうを見た。
いや。もう会場中が、俺を見てる。
一千万点。
たった一つ、桁の馬鹿げたハチマキが、俺の頭に巻かれていく。
(……重さなんざ、布きれにはねェはずなんだがな)
なのに、やけにずっしりと、首にくる。
全方位から突き刺さってくる視線の、ぶんだけ。
――――――――――――――――――――――
「爆豪ォ!」
聞き慣れた、馬鹿でかい声がした。
振り向くまでもねェ。切島だ。
「組むぞ、騎馬!どう考えても、おめーが頭だろ!」
歯を剥いて笑ってやがる。
こいつは、一度目もこうだった。俺がどんだけヘイトを背負ってようが、関係ねェって面で隣に来やがる。
「……勝手にしろ」
そう返すと、切島は「ヨッシャ!」と拳を握った。
そこへ、芦戸が酸の滴る指をひらつかせながら近づいてくる。瀬呂も、肘のテープをほぐしながら肩をすくめた。
「アタシも混ぜてよ。一千万、おいしすぎでしょ!」
「切島に乗ったついでだ。お前さんのハチマキ、誰よりデカい的だしな」
的、か。
否定はしねェ。事実だ。ただ、結局この陣営に落ち着くのだと、なぜが安堵した。1度目と同じ布陣。
(……硬化、酸、テープ)
頭の中で、勝手に役割が組み上がっていく。
切島は、最強の盾。芦戸の酸は、寄ってくる足を止める。瀬呂のテープは、間合いを伸ばし、いざという時に距離をぶった切る。
火力で薙ぐ布陣じゃねェ。
守って、捌いて、しのぎ切るための布陣だ。
(守りに、最適だ)
一度目の俺なら、こんな戦闘の組み方はしなかった。
四方から来るなら、来た端から全部吹き飛ばしゃいい。そう思ってた。今は、違う。
吹き飛ばすための火力が、今の手にはねェ。
だったら頭で組むしかねェ。
「アハハ、見てよあれ。偉そうにしてた一位サマが、試合前にしてもう囲まれてるよ!」
「……組ぐるみか」
横から、間延びした声。
B組の、物間だ。にやにやしながらこっちを指さしてる。
「一千万ポイントなんて、背負わされた時点で君の負けだろう。単純なんだよ、ヘドロ事件の被害者君?今度参考に聞かせてよ、年に1度ヴィランに襲われる気持ちってのをさ」
煽りながら囲んでくる。器用なもんだ。
だが、悪くねェ。それでこそ、てめェらだ。
「……勘違いすんなよ」
前の俺だったら、煽りにいちいち切れて冷静さを失っていた。だが、今は違ェ。冷静さを欠いて、失ったもんは数え切れねぇ。
俺は、首の一千万を、指で軽く弾いた。
「俺が獲んのは、ただの一位じゃねェ。完膚なきまでの、一位だ」
誰一人、文句のつけようもねェ。
そういう天辺を、獲りに来てる。
(一度目、この的を背負ってたのは出久だった)
あいつのチームは、全方位から狙われて、土壇場までもつれてぎりぎりで生き残った。
今は、その重みが俺の頭にある。
(なるほどな。てめェは、これであそこに立ってたのか)
だが──と、思考の隅で、別の声がする。
あれは、一度目の話だ。USJで盤面はもう動いた。あの男が出てきて、一位が出久から俺に変わった。
俺の知ってる地図は、もうかすれ始めてる。
ここから先がどう転ぶか、確かなことはもう何もねェ。
それでも。
(狙われんなら、上等だ)
全部まとめて、返り討ちにしてやる。
そして今度こそ──誰も、落とさせねェ。
――――――――――――――――――――――
『時間です!騎馬戦──スタートォ!!』
合図と同時に、地鳴りみてェな足音が、こっちへ向かってきた。
来た。
予想してた通り、四方からいっせいに。
一千万。
その三文字が、グラウンド中の全部を、俺一点に吸い寄せてる。
「来やがった!爆豪、固まれ!」
切島が前へ出て、硬化した腕を盾みてェに構える。
最初に突っ込んできたのは、名前も知らねェ普通科の騎馬だった。手を伸ばしてくる騎手の指を、切島の硬化が、がぎんと弾き返す。
(押し合いに付き合うな)
正面の力比べは、こっちが消耗するだけだ。
俺は右の掌を、突っ込んできた騎馬の足元へ向けた。
撒くんじゃねェ。置く。
足を支える奴の、踏み込んだ瞬間の、軸足。
そこへ一点火力を抑え、絞った爆破をぽんと置いてやる。
ズッ、と低い音。
派手さはねェ。だが軸を外された騎馬が、たたらを踏んで、勝手に崩れていった。
「うおっ、すげ、なんだ今の!」
「黙って漕げ、瀬呂。次が来てる」
左から、別の騎馬。
今度は瀬呂が肘からテープを射出した。相手の騎手の腕に巻きつけて、ぐっと引く。手を伸ばしかけたそいつの体勢を、横へ流す。
そこへ芦戸の酸が、地面に落ちる。
じゅう、と煙を上げて、相手の足がそれ以上踏み込めなくなる。
(観て判じて、用途を当てて置く)
火力じゃねェ。
どこに、何を、どれだけ。それだけを、ひたすら回し続ける。
息が、まだ保ってる。
無駄撃ちを一発もしてねェからだ。一度目の俺が聞いたら、鼻で笑ったろうな。こんなチマチマした戦い方を。
だが、これが今の俺の勝ち筋だ。
――――――――――――――――――――――
ふいに、囲みの一角が薄く割れた。
押し寄せてた騎馬の波が、なぜか俺の正面で、すうっと退いていく。
(……? 引いた?)
妙だ。一千万を前にして、自分から下がる奴がいる。
理由を探す間もなく、退いた向こうからねっとりした声が滑り込んできた。
「やあ、噂の一位サマ。さっきから、ずいぶん器用に捌くじゃないか」
心操だ。
普通科の、洗脳持ち。騎手のそいつが、にやりと口の端を上げる。
「なあ、教えてくれよ。一千万背負ってる気分は、どうだい?」
(っ──乗るかよ)
知ってる。こいつの個性は、問いに、言葉で応えた瞬間に、刺さる。
口を開いた時点で、操られる。だから一度目、こいつは、まんまと喋らせて獲物を吊り上げてた。
俺は奥歯を噛んで、声の代わりに、掌を突き出した。
返事の代わりの、爆破。
心操の騎馬の正面で、威力を絞った光が、ばっと弾ける。
「うわっ……! 答えないのか、つれないなあ!」
目をやられた騎馬が、よろける。
喋らせて獲るのが、てめェのやり口だ。だったら、一言も、くれてやらねェ。
その時だった。
退いた心操の騎馬。
その斜め後ろ、隊列の端っこに、見覚えのある金髪が、いた。
青山。
心操チームの、頭じゃねェ。馬を担ぐ側だ。
そいつが、おかしかった。
攻めるでも、退くでもねェ。
ただ、半端な位置で、こっちを見てる。へその奥に光をためる構えを、取りかけて──やめた。
(……今、撃てたろうが)
ネビルレーザーを、群衆ごしに一発放てば、俺の足くらいは止められた。なのに、青山は撃たなかった。
一千万は、目の前にある。
ネビュラレーザーを、群衆ごしに一発放てば、俺の足くらいは止められた。なのに、青山は撃たなかった。
撃てなかった、んじゃねェ。
撃たなかった。──そう、見えた。
表向きは、いつものキラキラした澄まし顔だ。
だが、一瞬。視線の角度と、構えの止め方に、芯のねェ、妙な間があった。
(……なんだ、こいつ)
心当たりは、ある。
一度目の、ぼやけた違和感の、その出どころが。だが、今ここで、それを掘り返してる暇は──
ゴォオオオオ──!!
思考を、地鳴りがぶった切った。
――――――――――――――――――――――
緑色が、群衆を割って、突っ込んでくる。
出久だ。
騎手のあいつを担ぐのは、麗日と、常闇と、サポート科の女。
「かっちゃん!!」
(来た。……お前か)
妙な気分だった。
一度目、この立ち位置は、逆だった。背負って逃げる出久を、俺が追ってた。今は、追われる俺を出久が獲りに来てる。
麗日が、出久の腕に触れた。
ふわり、と。
出久の体が、軽くなる。無重力だ。
(っ、浮かせて、間合いを潰す気か)
麗日の個性で、ふっと体重を消した出久が、常闇のダークシャドウと共に、跳んだ。
群衆の頭を越えて、まっすぐ、俺の頭の一千万へ。
鋭ェ。
個性そのものは、まだ自損型のままだ。だが、組み立てが、容赦ねェ。麗日と常闇と、自分の体。あるもの全部を、一手に束ねてきてる。
出久の指先が、俺のハチマキへ、伸びる。
(っ──!)
体が、勝手に熱を持った。
一度目なら、ここで全力で叩き落としてた。「俺の前に立つな」って、心の底から。
だが、その手前で、止まる。
殺すように、潰すんじゃねェ。
俺は身を捻って、頭をわずかに引いた。出久の指が、一千万の端を、かする。
かすって──届かなかった。
無重力で軽くなった体は、力の踏ん張りが効かねェ。あと数センチが、詰まらなかった。
「──くっ、……!」
すれ違いざま、出久が悔しそうに息を漏らした。
「ハッ。甘ェんだよ、出久」
口だけは、いつも通り悪態が出る。
だが、叩き落としはしなかった。胸の内で舌打ちが鳴る。
追われる側の、息のしづらさ。
全方位から狙われる、的の重さ。それを今、自分の首で味わって、初めて分かった。
認めたくはねェ。だが、認めねェのはもっとダセェ。
落下した出久が、麗日に無重力を解かれて、騎馬に戻った。
こっちを見上げる、その目が、悔しさと、それからどこか楽しそうに燃えてた。
ああ。
やっぱり、てめェはそういう奴だ。
――――――――――――――――――――――
だが。
本番は、その後ろから来た。
「そろそろ奪るぞ。飯田、八百万、上鳴。」
轟だ。
飯田が前で牽き、八百万が脇を固め、上鳴が拳を握ってる。一糸乱れぬ、四人の連携。
(……まずい。あの形だ)
知ってる。一度目、こいつらの連携が騎馬戦の盤面を力でこじ開けた。
上鳴の指から、放電が弾けた。
無差別の、広範囲の電撃。本来なら味方ごと痺れさせる出力だ。だが、
「八百万!」
「ええ!」
八百万が、その場で創った絶縁シートを自陣に被せる。
轟たちは無傷。電撃だけが周囲の騎馬を、まとめて貫いた。
「ぐ、あっ……!」
「瀬呂!? しっかりしろ!」
瀬呂の腕がぴくんと跳ねて、テープを取り落とした。
芦戸も酸を構えた手が、痺れて止まる。守りの形が、一瞬ほどけた。
その隙間へ。
飯田の牽引で加速した轟の騎馬が、まっすぐ突っ込んできた。
(来る──!)
切島が前に出る。だが、間に合うか、ぎりぎりだ。
轟の足元から、氷が走る。俺たちの騎馬の足を、地面ごと絡め取ろうとする。
動けねェ。
そこへ、轟の手が伸びた。
「もらってく」
ひやりと、首が軽くなった。
一千万。
俺の頭から、それが、引き抜かれていく。
「──っ、ぁ……!」
時が、止まったみてェだった。
奪われた。個性を躊躇しちまった…!
また、目の前で。守ると決めたものが、するりと、手から零れていく。
(また……っ、また、奪われんのか……!)
一度目の、あの感覚が、背骨を駆け上がる。
何もできずに、ただ見てるだけだった、あの──
ちがう。
ちがうだろ。
俺は何のために、汗が涸れるまであの体育館で一点を置き続けた。
――――――――――――――――――――――
『残り、三十秒ォ!!』
プレゼント・マイクの声が、降ってくる。
轟の騎馬が、一千万を首にかけ、距離を取ろうとしてる。
火力で追いつくのは、無理だ。今の体じゃあの氷を、力で割れねェ。
だったら。
(頭で、獲り返す)
痺れの残る瀬呂を、切島が支える。
俺は、残った汗を握り込んだ。最後の一手を組み上げる。
「切島、突っ込め。瀬呂、テープを轟の馬の脚に。──一拍で、終わらせる…っ!」
「おう!!」
切島の硬化が、轟の氷を、真正面から殴り砕く。
氷の壁に、ひびが入る。瀬呂のテープが、痺れた手で、それでも轟の騎馬の脚に巻きついた。
退路を、縛る。
そして爆破で轟の目の前まで飛び込み、俺は左の掌を轟の顔の正面へ。
威力を、絞る。
光だけを、最大に。
ばぢっ──と、至近で、閃光が炸裂した。
「っ……!」
轟の視界が、白く灼ける。
半冷半燃の顔が、たまらず、目をかばう。その一瞬。氷を出す手が、止まる。
今だ。
俺は、右の掌を後ろへ。爆破推進で、縛られた轟の懐へ、一気に潜り込む。
最後の一点を、撃つ。
その時だった。
握り込んだ掌の奥で、何かが、外れた。
ほんの、半拍。
後ろへ置いたつもりの爆破が、想像してたよりずっと深く、食い込んだ。
体が、押し出される。速ェ。重ェ。手応えが──らしくねェ。
頭が覚えてる、あの──
だが、考えてる暇はなかった。
押し出された勢いのまま俺の手が、轟の首の一千万を掴む。
「ぜってェ、渡さねェ……!」
引き、剥がす。
ぶつり、と。
ハチマキが、轟の首から俺の手へ戻ってきた。
守って、勝つ。
守り切って、勝ってやる。
ありったけの声で、吼えた。
「俺が──一位だ……!!」
――――――――――――――――――――――
『そこまでェ──!! 競技終了ォ!!』
ホイッスルが、長く鳴った。
俺の手の中に一千万が、ある。
握りしめた拳が震えてた。痺れたみてェに、汗が止まらねェ。
「……っ、はぁ……」
膝に、力が入らねェ。
切島が、横でぜえぜえ言いながら、ガッツポーズを作ってる。瀬呂は地面に座り込み芦戸が「勝った……アタシら、勝った……?」と呆けてる。
電光掲示板に、結果が灯る。
一位、爆豪チーム。
二位、轟チーム。三位、緑谷チーム。四位、心操チーム。
勝ち抜けは、この上位四チーム。
出久も轟も心操も。全員トーナメントへ駒を進めた。
(……守り切った、か)
誰も、落とさなかった。
一千万を、最後まで自分の頭に置いたまま。
一度目みてェに、奪われたまま終わらせなかった。
(……ん)
ふと、掌を見る。
さっき、轟の懐に潜り込んだ、あの一瞬の手応え。あれは、なんだったんだ。
熱は、もう引いてる。
握っても開いても、いつもの、十五のガキの掌だ。あの深く食い込む感覚はもうどこにもねェ。
(……火事場の馬鹿力、ってやつか)
追い詰められて、出るもんが出ただけだ。
そう流した。今は、考えても答えの出ねェことだ。
肩で息をしながら顔を上げる。
轟が、一度だけこっちを見た。
何か言いたげに口を開きかけて、結局何も言わずに、目を逸らした。あいつは、これから別の壁とぶつかる。俺の知ってるあの炎の話だ。
そして。
(……あいつだ)
視界の端に、また、金髪がいた。
青山。
チアの準備に向かう人波の中で、一人、こっちを、見ていた。
さっき、撃てたのに撃たなかった。
あの、芯のねェ間。表のキラキラの裏で何かが噛み合ってねェ。
俺の知ってる未来じゃ、あいつは──
(……助けるには…覚悟が足りねぇ)
まだ答えは出ねェ。
出ねェまま、また一つ地図の上に滲みが増えていく。
それでも、と勝己は拳の中の一千万を握り直した。
個人戦は、すぐそこだ。
次は一対一。今度こそ、頭と体の差をもう半歩詰めてやる。
晴れ渡った空の下で、勝己は、まだ見ぬ次の盤面へ静かに目を据えた。