爆豪勝己の再教育   作:てるみや

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2度目の常闇戦

ベスト4が出揃った。

 

電光掲示板に四つの名が並んでいる。準決勝第一試合は轟と飯田。第二試合が勝己と常闇だった。

 

さっきまでの切島戦の熱が、まだ拳の奥にくすぶっている。

勝己はひとり控えの通路へ戻って壁に背を預けた。

 

切島はもう医務室へ運ばれていった。あの男のことだ。どうせじきにけろりとした顔で観客席へ戻ってくる。

 

掌に汗が滲んでいる。昼を回って会場の気温はいよいよ上がってきた。夏の陽気はこの体に残された数少ない味方だ。冬場のスロースターターな掌とはわけが違う。

 

天井越しに客席のどよめきが伝わってくる。準決勝ともなれば観客の目も肥えてくる。半端な勝ち方ではもう沸きもしないだろう。

 

壁にもたれたまま勝己は次の相手のことを考えた。

 

常闇は厄介だ。影一枚を盾に距離を取られれば、近づく隙はそうそう生まれない。芦戸もそこを最後まで崩せずに押し出された。

 

要は近づく口実をどう作るかだ。

 

一瞬でいい。影を完全に潰す光をくれてやる。影さえ剥がせば本体はもうこっちのものだ。

 

(あの黒さも所詮、陽の下じゃ張りぼてだ)

 

切島戦で掌はだいぶ酷使した。だが常闇相手なら、大きな火力はいらない。小さく速く、的確に刻むほうがよほど効く。

 

本当の勝負は決勝だ。そこへ上がるには、まず目の前の一戦を確実に抜く。勝己の頭は、もう次の段取りを描き始めていた。

 

通路の壁越しに、第一試合の開始を告げるミッドナイトの声が聞こえた。勝己は背を起こして、競技場の見える場所まで歩く。

 

――――――――――――――――――――――

 

轟と飯田がフィールドの中央で向かい合う。

 

ヒーロー一家の長男坊と、ぶっちぎりの優勝候補。生まれも育ちもどちらも筋金入りのエリート同士だ。客席の期待もこの一戦には特に厚かった。

 

飯田は、いつもの折り目正しさをかなぐり捨てた顔で構えている。仲間うちじゃ誰より礼儀にうるさい男が、今日ばかりは一人のライバルとして本気で轟を喰いにいくつもりだ。

 

飯田が深く腰を落とす。脚のエンジンがひときわ高い音で唸りを上げた。

 

合図と同時にその姿が消えた。

 

エンジンを一息に吹かして、目で追えない速さで轟の懐へ突っ込む。霞んで見えるほどの一閃が轟の胴へ吸い込まれていった。

 

速い。一回戦の頃より明らかに脚を仕上げてきている。

 

客席がその速さにどっと沸いた。

あの脚はまともに食らえば、一撃で勝負が終わる。並の相手なら、為す術もなかっただろう。

 

だが轟はその一線を読みきっていた。

 

氷を出す動作に、一切の無駄がない。飯田の踏み込む線を、轟は最初から見抜いていた。

 

飯田の蹴りが届くと同時に、足元から氷が噴き上がる。伸びきった脚のマフラーごと、その爆発的な加速を根こそぎ凍りつかせた。

 

推進力を奪われた飯田は、勢いを殺せずに前へ泳ぐ。立て直す間もなくそのまま場外へ転がり出た。

 

ミッドナイトが轟の勝ちを告げる。

 

勝己はその一部始終を腕を組んだまま見ていた。

 

轟は右の氷しか使わなかった。

 

出久との試合では、あれだけ派手に左を解いてみせた男がだ。相手が飯田に変わった途端、また右半分だけに引っ込めている。

 

せっかく自分の手で表に出した火を、こいつはまた奥へ押し戻していた。

 

(とことん煮え切らねェ野郎だ)

 

あいつの中で、まだ何かの片がついていない。出久が体を張って暴き出したものを、本人がいちばん持て余している。

 

胸の内で吐き捨てて勝己は前へ向き直った。轟のことは決勝でけりをつける。今はその前に、片づけなきゃならねェ相手がいた。

 

――――――――――――――――――――――

 

「準決勝第二試合。常闇踏陰、対、爆豪勝己!」

 

ミッドナイトの声に押し出されて勝己はフィールドへ立った。

 

向かいで常闇が静かに身構える。その背から黒い影がゆらりと立ち上がった。実体を持った闇が、主の頭上で鎌首のように揺れている。

 

「我が宵闇、貴様を捉える」

 

低く張った声とともに黒影が動いた。

 

何本もの腕に枝分かれして、四方から勝己へ殺到してくる。芦戸を一歩も寄せつけなかった、あの手数だ。

 

勝己は爆破で身を飛ばした。腕の網を縫うように横へ流れ、追いすがる影を爆風でいなしながら常闇の側面へ回り込もうとする。

 

だが届かない。

 

間合いを詰めようとするたび、影が壁になって正面をふさいでくる。常闇本人はほとんど足を動かさない。影だけを器用に操って、勝己を一定の距離より内へ入れまいとしていた。

 

一回戦も二回戦も、ろくに本体を晒さずに勝ち上がってきただけのことはある。

 

影の腕は、伸びる速さも戻る速さも一定じゃない。常闇はそれを不規則に散らして、勝己の踏み込む拍子をわざと外してくる。

 

伸びてきた影の腕が、勝己の肩や脇を何度もかすめた。まともに掴まれれば、そのまま場外へ放り出されかねない。守りと見せて、本命は外への一押しだ。

 

勝己はむやみな深追いをやめた。焦って踏み込めば、あの腕の餌食になる。今は攻め急ぐ場面じゃない。

 

一発、二発と牽制の爆破を散らしながら、勝己は影の挙動を測った。どの腕が本体に近く、どの腕が囮か。何度かやり取りを重ねるうち、影の届く範囲がおおよそ読めてきた。

 

一度、影の腕の間隔が空いた隙を突いて一気に距離を詰めにかかった。だが常闇は慌てない。後ろへ滑るように下がりながら、空けたはずの正面をすかさず別の腕で埋めてくる。やはり付け入る隙は、向こうから差し出しちゃくれねェ。

 

(焦るな。あの影はどのみち、長くは保たねェ)

 

昼の光の下で黒影はもとから本調子を出せない。長く出していれば、それだけで常闇のほうがじわじわ削れていく。時間は勝己の側にあった。

 

現に常闇の影は、さっきより心なしか動きが鈍い。陽射しの下で長く出し続けたぶん、確実に精彩を欠いてきている。

 

だが、ただ待っているだけじゃ向こうも仕掛けてこない。守りきって判定に持ち込まれれば、それはそれで面倒だ。

 

ならば、と勝己は腹を決めた。

 

向こうが守りに徹してくれているなら、こっちにはむしろ好都合だ。攻めに転じてこない相手ほど、こっちが舞台を組み立てやすい。

 

勝己はあえて正面から大ぶりの爆破を撃ち込んだ。

 

影がそれを防ごうと前へせり出してくる。常闇の意識が、正面の一点へ吸い寄せられていく。思惑どおりだ。影を厚くさせればさせるほど、その裏は手薄になっていく。

 

もう一度、同じように正面から爆破を浴びせた。影がまた厚みを増す。常闇は守りきっているつもりでいる。その実、自分から一番もろい形へ近づいているとも知らずに。

 

厚くなった影は、その分だけ取り回しが利かなくなる。守りを固めれば固めるほど、咄嗟に引っ込めるのが間に合わなくなる。勝己が欲しいのは、その一瞬の隙だった。

 

客席のどこかから、聞き慣れた野太い声が飛んできた。さっき自分が叩き伏せたばかりの男が、もう観客席まで這い上がってきて、誰より大きな声で何か喚いている。

 

 

何発か浴びせ続けるうち、常闇の構えにわずかな余裕が混じり始めた。このまま影で抑え込めば勝てる。そう値踏みしている顔だ。

 

そら来た。守りで勝てると踏んだ相手は、必ずどこかで気を抜く。その油断こそ、勝己が待ち構えていた合図だった。

 

こっちにとっては、それでいい。その慢心ごと引っくり返してやる。

 

頃合いだった。

 

勝己は影の真正面へ、自分から一歩踏み出した。これまで散々避けてきた、影の懐の内側へ。

 

常闇が、仕留めにきたとばかりに影を寄せる。

 

そこへ勝己は掌を突き出した。

 

威力を限界まで絞る。火力で押すんじゃねェ、狙うのはただ一点の光だ。

 

閃光弾(スタングレネード)。

 

ゼロ距離で炸裂した光が、目の前の影を白く塗り潰した。

 

黒影が声もなく身をすくめる。強い光を浴びて、見る間に縮こまっていった。あれほど自在に伸びていた腕が、今はぶるぶると震えながら主の背へ逃げ帰ろうとしている。

 

「ぐっ……修羅め…!」

 

常闇の体が、初めて影の陰から剥き出しになった。

 

影に頼りきった戦い方の、たった一つの穴だ。本体そのものは、特別頑丈なわけでも素早いわけでもない。

 

(もらった)

 

傘を失った常闇の懐へ、勝己は一息に踏み込む。

 

がら空きの胴へ、今度は手加減なしの爆破を叩き込んだ。

 

至近の爆音が常闇の小柄な体を軽々と浮かせる。受け身も取れないまま、その体はフィールドの外まで吹き飛んでいった。

 

場内が一拍遅れて沸き返る。

 

「常闇くん、場外! 爆豪くんの勝ち!」

 

ミッドナイトの宣言が歓声の波に飲まれた。

 

地面に倒れた常闇が、ゆっくりと身を起こす。悔しげに、それでいてどこか得心したように口の端を歪めた。

 

「見事だ。我が弱点を、こうも容赦なく抉ってくるとはな」

 

勝己はそれに応えなかった。

 

弱点を突くも何も、最初から狙いはそこ一点だけだった。影の手数も、常闇の守りの堅さも、すべてはこの一瞬の光へ繋ぐための前置きにすぎない。

 

力で押し切ったわけじゃねェ。相手の弱みを見極めて、そこへ届く一手を組み立てただけだ。

 

踵を返して勝己は競技場を後にした。

 

――――――――――――――――――――――

 

これで決勝に残った。

 

最終戦、相手は轟だ。

通路へ引き上げながら、勝己はさっきの飯田戦の轟を思い返していた。

 

出久には炎を解き、飯田には氷だけ。あいつはいまだに、自分の半分をどう扱うのか決めかねている。

 

中途半端な火を抱えたまま、どっちつかずの面で決勝の舞台へ上がってくるつもりか。

 

冗談じゃねェ。

 

こっちは相手の出せるもんを残らず出させた上で、それを丸ごとねじ伏せる。それでようやく完膚なきまでの一位だ。そんな轟をひねったところで、一ミリの値打ちもありゃしねェ。

 

通路の先に、出口の白い光が見えてきた。

決勝で、あの半分野郎の火を洗いざらい表へ引きずり出してやる。出久に出来て、俺に出来ねェはずがねェ

 

それで隠しようがなくなった全部に、真正面から勝つ。

 

話はそれからだ。

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