爆豪勝己の再教育   作:てるみや

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初期プロットから引っこ抜いてきてたら、設定にするつもりがなかったものまで引っ張ってきてしまった…! 申し訳ないです!!


トラウマ

脳無の巨体が、空の彼方へ消えていく。

ドームの天井に穿たれた穴から、白い光が降ってくる。さっきまでの轟音が、嘘みたいに遠い。

 

勝己は、まだ霧を押さえていた。

歪んだ金属の感触が、掌の下にある。逃がさねェ。出入口を塞いだままここで全部終わらせる。それだけを考えていた。

 

遠くで、サイレンが近づいてくる。

教師陣だ。あと数十秒で、ここはプロで埋まる。黒霧は封じた。死柄木は、逃げ場を失っている。

 

(……変わった、のか)

 

胸の奥で、確かめるみたいに、ひとつ呟く。

一度目、相澤先生は両腕を砕かれた。13号は半身を削られた。オールマイトは古傷を抉られかけた。みんなボロボロになって、それでようやく追い返した。

 

今日は、違う。

誰も散らされていない。相澤先生の腕も無事だ。出久の怪我は、指一本で済んでる。俺のたった一発でここまで変わった。

 

(このまま、死柄木を獲れば──あの一年は、根っこから変わるかもしれねェ)

 

そこまで考えた、その時だった。

 

死柄木が、ぼさついた頭を掻きむしっていた。

 

「……ありえねェ。なんで、こんな……黒霧ィ!!!お前、なんで散らさなかったんだよ……ッ!」

 

霧は、答えない。

答えられるわけがねェ。こいつの実体は、俺が握り潰したままだ。ゲートも、開けねェ。死柄木はたった一人、この広場に取り残されている。

 

ざまァねェ。

そう思った。思って──しまった。

 

――――――――――――――――――――――――

 

ズンッ、と

空気が軋んだ。

 

霧でも、煙でもない。もっと粘ついた密度の黒が、死柄木の足元から滲み出してくる。

そして。 声が、響いた。

 

『おやおや。これは、これは』

 

どこからでもなかった。

ドームそのものがその声で満たされていく。穏やかで、低くて、どこか芝居がかった慈しむような声だった。

 

勝己の、心臓が跳ねた。

 

(────)

 

息が、止まる。

掌の先から、すうっと熱が引いていく。指が、勝手に震えた。

 

知っている。

この声を──俺は知っている。

 

ずっと先の、あの戦場。

何もかもが灰になった、世界の終わりのど真ん中で。崩れていく仲間の上に、まるで天気の話でもするみたいに、悠々と降ってきた声だ。全部を奪って、全部を壊して、それでいて、ひとかけらも揺らがなかった、あの声。

 

オール・フォー・ワン。

 

(なんで……なんで、ここで。こんなに、早く──)

 

頭の奥で、見たくもない景色が勝手に再生されていく。

焦げた匂い。崩れていく、何もかも。動かなくなった手が、いくつも、いくつも。誰のものとも分からなくなった、それ。声を鳴らして名前を呼んで、それでもひとつも返ってこなかった。

 

やめろ。

奥歯を、噛みしめる。今は違う。ここは、まだ、USJだ。みんな、生きてる。生きてるんだよ。

 

あの声を、二度とこの耳で聞かねェために。あの終わりを、もう誰にも、繰り返させねェために。俺は、十五の朝まで、戻ってきたんじゃねェのかよ。

それが、どうだ。一年も経たねェうちに、もう、聞こえてやがる。

 

そう言い聞かせても、震えは止まらなかった。

中身は、――の俺だ。何年も、あいつの影と向き合ってきたはずだ。なのに体のほうが先に覚えてやがる。あの声は、終わりの合図だと。

 

(……ここには、いねェ)

 

分かっている。あの男は今この場にはいない。

どこか遠くから、ただ手を伸ばしてきてるだけだ。それだけで、これだ。声ひとつで俺の膝を笑わせやがる。

 

『弔。今回は、失敗だったね』

 

声に、責める色は、欠片もなかった。

むしろ、転んだ子どもをあやすみたいに、どこまでも柔らかい。

 

オールマイトが焦るように声を荒らげ始めた。

 

「貴様は!なぜ貴様が生きている!!」

 

『今は君に構ってる暇はない。さぁ、弔を返してもらおうか。』

 

「ふざけるな!!また、全てを奪うつもりか!ぐっ…制限が………」

 

『それに君はこの状況で戦えるほど万全じゃあないだろ?無理するなよ。弔を連れて帰るだけさ』

 

「話が違うぞ先生!平和の象徴は健在だ!」

 

『今回はタイミングが悪かったね。でも、めげることはないよ。次こそ、君という恐怖を世に知らしめるんだ』

 

「待て!くそ…ッ!まさか、生きて…!!」

 

死柄木の足元から、黒が這い上がっていく。

膝へ、腰へ、ゆっくりと。出口を塞いだはずの黒霧ごと、まるごと、別のどこかへ攫っていくみたいに。

 

『いくらでも、やり直せばいい。──そのために、僕がいる』

 

(させ──!!)

 

反射で、霧を押さえた掌に、力がこもった。

だが、遅い。いや、そもそも届かねェ。今の俺のこの手の出力なんざ、この"黒"の前じゃ、火花ほどの意味もねェ。

 

ドッ、と虚しく爆ぜた火が、黒に呑まれて、消える。

 

死柄木が、黒の中へ沈んでいく。

最後に一瞬、濁った目が、こちらを向いた気がした。いや──何も、見ちゃいねェ。ただ安心しきった幼ェ顔で。親に迎えに来てもらったガキみたいな顔で。

 

そして、黒が閉じた。

 

死柄木も、黒霧も、まるで最初からいなかったみたいに、広場から消えていた。

 

ドームの中に、白い光と、瓦礫と、生き残った俺たちだけが、残される。

 

(……っ、くそ)

 

逃がした。

出口は、塞いだはずだった。罠は、完璧だったはずだ。なのに、あの男は、ぜんぶ飛び越えて、片手で攫っていきやがった。まるで最初から、俺の手の届く高さになんて、いなかったみたいに。

 

(足り、ねェ)

 

痛いほど、思い知らされる。

今の俺じゃ、届かねェ。爆破も知識も覚悟も、何もかも。あの男の前じゃまだ何ひとつ、足りてねェ。

 

それに──変えた。

一度目、あいつはここに、出てこなかった。死柄木は普通に逃げてそれで終いだったはずだ。なのに、俺が出口を塞いだせいで、あの男は自分から手を伸ばしてきた。

 

変えれば、向こうも変わる。

当たり前のことが、今さら、ずしりと重い。俺の知ってる"未来"なんざ、もう、半分は地図にならねェのかもしれねェ。

 

――――――――――――――――――――――――

 

壁が、砕けた。

 

今度こそ、教師陣だった。

プレゼント・マイクの怒声が、残党の雑魚を一掃する。スナイプが銃を構え、エクトプラズムの分身が散らばっていく。遅れて、ちょこんとした影──根津校長が、瓦礫の上に立った。

 

「……完全に、虚をつかれたね」

 

小さな体が、ぐるりとドームを見渡す。

 

「それより今は、生徒らの安否さ」

 

セメントスが、コンクリートを操って足場を均しながら、よく通る声を上げた。

 

「生徒は、ゲート前に集まってくれ! ケガ人は、こっちで診る!」

 

わらわらと、生徒が動き出す。

そのどさくさに、セメントスがコンクリートの壁を一枚、すっと立てた。皆の視界から、隠すように。

 

壁の陰で、オールマイトの輪郭から、湯気が噴き出していた。

一度目みたいに、古傷を抉られちゃいねェ。傷は、浅い。ただ──時間が、ねェ。あと数秒で、戻っちまう。

 

「……すまない、セメントス」

 

かろうじて、笑みの形を保った声。

 

「あとは、頼んだ」

 

セメントスに肩を借りて、平和の象徴が、保健室の方へ消えていく。

脳無を場外まで吹き飛ばして、それでも子どもらの前じゃ一度も膝を折らなかった男が。その背中が、いつもより、ずっと小さく見えた。

 

(……あんたも、限界、抱えて立ってんだよな)

 

胸の奥が、ちりっと焦げた。

この人だって万全じゃねェ。すり減りながら、笑顔を貼りつけて、それでも立ってる。たった一人で平和の象徴、なんてものを背負って。

 

担架に乗せられた相澤先生が、運ばれていく。

両腕を晒し布で固定されて、それでも、生徒の一人ひとりを、目だけで数えていた。いつものあの人だ。

 

「……ほぼ全員、無事か」

 

誰かが、呟いた。

ああ。攫われた奴も、欠けた奴も、いねェ。今日は、誰も。

 

出久が、折れた指を抱えたまま、こっちを見ていた。

何か言いたげな、いつものクソうるせェ顔で。だが、何も言わなかった。言えなかったんだろう。あの黒を、あの声を、こいつも見て聞いたから。

 

だが、こいつにも誰にも、言えやしねェ。

あの声の正体も、この先に何が待ってるのかも。あの男が、これから、どれだけのものを奪っていくのかも。ぜんぶ、俺一人の頭の中にしかねェ。

 

(……背負う重さだけは、一人ぶんじゃ、ねェってのにな)

 

――――――――――――――――――――――――

 

USJの事件は後にニュースで散々騒がれたらしい。

雄英の警備がどうとかヒーロー社会の綻びがどうとか。だが、雄英は屈しなかった。

 

予定された行事は、予定通りやる。

それが、平和の象徴を擁する学校の意地ってやつだった。

 

「──雄英体育祭が迫ってる!」

 

ホームルームで、晒し布まみれの相澤先生が、気だるげに言い放った。

 

ざわ、と教室が沸き立つ。クソ学校っぽいのが来た、と誰かが叫んだ。一度目と、同じ顔ぶれ。同じ、能天気な歓声。

 

勝己は、机に視線を落としたまま、動かなかった。

さっき、あの黒に呑まれて消えた火花の熱を、掌は、まだ覚えている。

 

(……体育祭、か)

 

あの男には、まるで届かなかった。今の俺じゃ、火花にもならなかった。

 

正直、分からねェ。

あんな化け物を、ほんとうに、ひっくり返せるのか。未来を知ってるってだけのただのガキが。塞いだ罠さえ、片手で踏み越えられたってのに。

 

それでも──やめる、なんて選択肢は俺の中にだけはねェ。

 

なら、登るしかねェ。一段ずつ、なんて悠長なことを言ってる暇はねェんだ。最短で、てっぺんまで。あの男の高さに、手が届くところまで。

 

一度目俺はこの体育祭でただ勝つことしか考えてなかった。

二度目は、違う。

 

勝って、目立って、力をつけて──そうして、いつか必ず。

あの灰を、書き換える。

 

窓の外で、空が、嫌になるくらい、晴れていた。




ちょっと短いですが今回はこの辺で。修正も順次行っていきますので…!
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