まれびとがたり   作:深夜テンション

2 / 2
二話◎父娘

「あら、正道さん。早かったですね」

 

 屋敷の玄関に続く石畳を掃いていた女が、明るい声音で言う。

 艷やかで豊かな金髪を、後ろに流して纏めている。造り物めいた美女であった。

 

 夜蛾正道は、強面を微かに緩めて応じる。

 

「補助監督が気を利かせてくれてな」

 

 あとはいなくても代わりませんから、という投げ遣りな言葉を思い出し、夜蛾は苦笑いをする。

 おそらくはまぁ、気を遣わせまいとする気遣いだったのだろう。

 

 娘と夕食をとるのだ、と零してしまったことを、少し後悔していた。

 自分とてそんなことを言われれば、このワーク・ライフ・バランスなどという言葉とは無縁の地獄から、つかの間戦友を押し出してやろうと意気込むに違いない。

 

「日頃の誠意が返ってきたんですよ。

 お陰で依奈(えな)が喜ぶわ」

 

 女はくすりと笑う。

 切れ長の目、冷ややかに整った顔立ちを、穏やかな表情と細縁の眼鏡が和らげている。

 

「そうかな」

「そうですとも!」

 

 夜蛾のぼやけた言葉は面映ゆさによるもので、弱気、というつもりでもなかったのだが、食い気味の激励が被せられる。

 

「今日はずっと機嫌が良かったんですから。

 ……多分、お流れになったとき重くしないように、すました顔をしているんです。あの子」

 

 困った子、と、頬に手を添えて苦笑する。

 その様子に込められた深い気遣いと情愛を感じて、夜蛾は目を細めた。

 

 ……彼女たち(・・・・)の、夜蛾正道に対するスタンスは様々であるが。

 特に眼の前の女は、自分にある種の理想を求めている節がある、と、夜蛾は認識していた。

 

「……そうだな。聡い子だ、本当に」

 

 それを――例えば、夜蛾正道の“父親”としての自負を促成し、自信を手入れし、こまめに夜蛾正道を保守(・・)するような強かさを、夜蛾は嫌いにはなれなかった。

 付き合いももう五年目である。今や、夜蛾は彼女たち(・・・・)のことを信頼していた。

 確かに感じる自分への親愛と、それら余剰とは比べ物にならない、あの子(・・・)への愛情を。

 

「これ以上は待たせられないな。

 お目通りを願えるか、羽織(はおり)

 

 少し冗談めかした言葉を受けて、女――羽織は、慇懃に目を細める。

 

「どうぞ、こちらへ。……主がお待ちです」

 

 ―――◇―――

 

「――まさみち。たまの休みに何をしているんだ、おまえは」

 

 開口一番に浴びせられたのは、ため息交じりの非難であった。

 

 和室に一瞬の沈黙が満ちる。

 部屋に居合わせた者……細身の青年と小柄な少女は顔を引き攣らせる。

 妙齢の女はすました顔。夜蛾を伴って合流した羽織は、困ったように笑う。

 

 非難を向けられた夜蛾はと言えば、穏やかに笑っていた。

 

「たまの休みに家族と過ごせないのでは、何のために働いているのか分かったものじゃないだろう」

 

 打てど響かぬ嬉しげな様子に、畳の上、座卓に向かう童女は、鼻を鳴らす。

 

 歳の頃は5歳ほど、長い黒髪に黒い瞳、白い肌。ところどころ舌足らずな発声と、頑なな言葉選びが奇妙なこども。

 強面の巨漢に物怖じせず、じとりと睨め上げている。

 

「わたしの顔など、その気になれば見れるだろうが。

 外の妻子はそうもいかんだろう。

 子供が子供である時間は短いぞ、行事に顔を出せばいいと思ったら大間違いだ」

 

「自分は子育てを終えたようなことを言うなお前は……」

 

「茶化すな」

 

 童女の眉の皺が濃くなったのを見て、夜蛾は小さく笑い、「すまん」と詫びた。

 

 そして片膝をつき、視線を近づける。

 ……呆れと心配が綯い交ぜになった、大人のような顔。

 色々と特殊な事情を抱え、何かと勝手の違うこの子供を、なるべく子供でいさせることは、夜蛾正道が己に課した責務であった。

 

「そうだな。なるべくすぐに時間を作ろう、次はあの子達に会いに行く。

 ……だがな、依奈(えな)――」

 

「ああ、ああ、いい。分かった」

 

 童女……依奈は声を上げて言葉を遮る。

 常から表情の乏しい子供であったが、それが気恥ずかしさであることは、この場の誰にも明らかであった。

 

「……強がりで言っているわけじゃないんだぞ。

 わたしがぐれる(・・・)としたら、愛情不足ではなく過干渉だ」

 

 水を向けられた者たちが照れくさそうに、あるいは誇らしげにする様子が、夜蛾からは見えた。

 

「分かってるよ。俺がそうしたいだけだ。

 

 ……ただいま、依奈」

 

 依奈は深くため息をつくと、観念したように、薄く笑みを浮かべた。

 

「……おかえり、まさみち。……まぁ、ゆっくりしていけ」

 

 ―――◇―――

 

「いやぁ、何か考え込んでるとは思ってたけど……そんなこと思ってたのかい、依奈」

 

 線の細い男が安堵のため息をつく。

 温かい色味の短い茶髪はよく手入れされた艷やかな質感で、装いも洒脱なもの。眉尻を下げつつも、穏やかに話しかける様子は、気の優しい兄のような様子。

 

「わたしはこう(・・)だ、保護者としては気も揉むのは分かる。意思表示はしておくべきだろう」

 

「考えすぎー! もっと甘えて良いんだよ~~」

 

 小柄な少女が、依奈の頭を掻き抱く。

 菫色の髪。額を出す髪型やつぶらな瞳も相まって、愛くるしい印象を与える。

 

「そうですよ依奈。正道は娘との団欒に癒しを求めているのです。

 彼のためを思うのなら、むしろ頻度を上げろとせがんでやるべきです。

 ――そうですね、正道。私は時には、外にも連れ出すべきだと考えていますが」

 

「……ああ、まぁ……

 ……済まない、外出はもう少しかかりそうだ」

 

 緑の黒髪、怜悧な印象の女がちくりと刺してくるのに、夜蛾は冷や汗を滲ませる。

 

「あまりまさみちをいじめてやるな、(ゆう)

 真に受けなくていい、別に窮屈な思いをしているわけでもないよ」

 

 少女に抱かれて揺られながら発せられる声が、ややくぐもって聞こえる。

 

「まぁ、結の勧める“喫茶店”とやらに興味はあるが。

 いずれは行かせてくれるんだろう?」

 

「ああ。必ず」

 

 静かに返す夜蛾に、依奈は微かに目を細めた。

 

「楽しみだねぇ。カフェ巡りしてみたいし、オシャレなお店でランチもしてみたいな~」

 

「行ってみればよかろうに。

 わたしへの義理立ては不要だぞ、(かがみ)

 (すずり)も、服やら靴やら見てみたいだろう」

 

 言葉を受けて、鏡と呼ばれた少女と、硯と呼ばれた青年は顔を見合わせる。

 そして、依奈にそれぞれ笑顔を向けた。

 

「僕たちも、いつか行けるならそれでいいかな。

 今はこうしてるのが楽しいよ」

 

「結や(なぎ)と違って、1人でお勤めするにはちょっと不安があるしね~」

 

「…………」

 

 そうか、と、抱かれたまま、もごもごと言う。

 そして、それをただ眺めている夜蛾に視線を向けた。

 

「暇じゃないか」

「いいや」

「…………」

 

 依奈は少し考える素振りのあと、やんわりと鏡の腕を解く。

 

「急な任務に駆り出されてもつまらん。

 少し早いが、食事の支度をしよう。くつろいでいろ」

 

 言って立ち上がるのに、夜蛾は少し目を丸くした。

 

「……お前がやるのか?」

 

 去年頃、羽織達と、刃物を解禁する話をした。

 調理の手伝いくらいはできてもおかしくないだろうが、そも、台所はほとんど全て、児童のためのサイズではない。

 

 夜蛾が困惑する様子に、依奈は薄く微笑んだ。

 

いいや(・・・)? 私は何もしない」

 

 ……謎めかすように、思わせぶりに気を惹く様は。

 迂遠ではあったが、子供が親に戯れつく素振りのようでもあった。

 

「……気になるな。見せてもらっても?」

「なんだ、休めと言ったのに。まぁ、かまわんが」

 

 夜蛾は立ち上がり、歩いていく依奈の後ろをついていく。

 居残る者たちは、それを眩しげに見送った。

 

 四者四様の嗜好があったが、この時間が素晴らしいものであるということは、共通の認識であるようだった。

 




人数が 人数が多い
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

謎丸立香はわからない(作者:久保サカナ)(原作:多重クロス)

▼落ち込んだ時に「藤丸立香はわからない」を読んだらめちゃくちゃ元気出たので販促小説です。▼謎丸立香が異世界転生をして色々なキャラクターになります。▼転生してもよくわかっていないしゆるふわしてます。▼脳内で槌田先生絵に変換しながら読んでください。▼※ただし、鯖は全員ついて来るものとする。▼作者も型月作品をよくわかっていない…どころか知識クソカスなので設定にこだ…


総合評価:66/評価:-.--/短編:4話/更新日時:2026年06月22日(月) 17:53 小説情報

【目指せ】ORTの倒し方とついでに聖杯を探すスレ【極限の単独種】(作者:暴走樹海奇行ワイモ・オルトヤー)(原作:Fate/)

 ⚠あらすじを読む時はレッツゴー陰陽師を流してください⚠▼ あらゆる世界での死が転生で解決するこの令和の時代▼ 転生者達の間に築かれる掲示板が存在していた▼ 暇を持て余したどうしようもない奴らに娯楽を提供する、FGO世界に転生したバカみたいな考えの男が一人▼ その名は、オルト・エインズワース▼ そう、転生者達は彼を⋯⋯フォーリナーと呼ぶ▼ ※呼びません▼ 本…


総合評価:16000/評価:8.12/連載:62話/更新日時:2026年07月10日(金) 12:00 小説情報

原作知識持ち転生者が蜘蛛子にヤンデレられる話(作者:蜘蛛子たちのヤンデレが見たい)(原作:蜘蛛ですが、なにか?)

ヤンデレな蜘蛛子を見てみたかったけど誰も書いてなかったので書きました▼書いてたら他キャラのも見たくなってきました


総合評価:5393/評価:8.49/短編:9話/更新日時:2026年07月05日(日) 00:00 小説情報

ダンジョンに魔虚羅がいるのは絶対に間違っている(作者:パクチーダンス)(原作:ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか)

深夜に思いついたネタ▼呪術廻戦とのマコラとは一部乖離がある。▼


総合評価:4881/評価:8.52/連載:4話/更新日時:2026年05月18日(月) 08:30 小説情報

個性『天の聖杯』!!??(作者:マガラナイ)(原作:僕のヒーローアカデミア)

▼個性発現したら、なんかエッチなお姉さん出てきた。▼……いや、俺の個性、刺激強すぎないか!?▼※▼・本作品は、『ヒロアカ』と『ゼノブレイド2』のクロスオーバー小説です。▼・砂藤くん不在です。▼・下ネタあります注意。▼・オリジナル設定、捏造設定が多量に含まれますので、苦手な方はブラウザバックをお願いします。▼


総合評価:2333/評価:8.26/連載:15話/更新日時:2026年08月15日(土) 01:00 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>