武蔵転生記   作:masasoukoku

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第八十六回 【じゃあ 見せて】

その頃――カルネ村。

 

「はぁ……。」

 

武蔵の姿をしたナーベは、小屋の中で頭を抱えていた。

 

鏡に映るのは見慣れない顔。

 

日に焼けた肌。

 

乱れた長髪。

 

大きな体。

 

どう見ても宮本武蔵だった。

 

「どうすればいいのよ……。」

 

普段なら怒鳴るところだが、今は怒る相手もいない。

 

結局、ナザリック製の伝言魔法具を取り出し、連絡を入れる。

 

光が灯る。

 

『こちら、ユリ・アルファです。』

 

「ユリ姉さん!」

 

「大変なの!」

 

「まだ元に戻れないの!」

 

ナーベは昨日起きたことから、武蔵がナザリックへ行ってしまったことまで一気に説明した。

 

通信の向こうでは、しばらく沈黙が続く。

 

やがて。

 

『……やっぱり。』

 

大きなため息が聞こえた。

 

「え?」

 

『こちらでも大騒ぎよ。』

 

『ナーベの姿をした武蔵さんのおかげで。』

 

ナーベは嫌な予感しかしなかった。

 

「……何したの?」

 

『闘技場を半壊させました。』

 

「は?」

 

『フェンリルを峰打ちで気絶させました。』

 

「はぁ!?」

 

『そして、自分で"わしは武蔵じゃ"と認めました。』

 

「…………。」

 

ナーベはその場で固まった。

 

「な、何やってるのよ、あの変態!」

 

通信の向こうでユリが再びため息をつく。

 

『戻る方法はこちらでも考えます。』

 

『だから、あなたはそちらで大人しくしていなさい。』

 

「……はい。」

 

通信は切れた。

 

静かになった小屋で、ナーベはがっくり肩を落とす。

 

「大人しくって言われても……。」

 

武蔵の身体では何をするにも落ち着かない。

 

椅子に座っても軋み。

 

立てば天井に頭をぶつけそうになる。

 

「最悪……。」

 

その時だった。

 

コンコン。

 

小屋の戸が叩かれる。

 

「武蔵さん?」

 

聞き慣れた声。

 

ナーベは慌てて姿勢を正す。

 

「お、おう。」

 

なるべく低い声を出す。

 

戸が開き、クレマンティーヌが顔を覗かせた。

 

「あ、ちょうどよかった。」

 

「ちょっと相談したいことがあるの。」

 

武蔵の姿をしたナーベは内心で冷や汗を流す。

 

(よりによって、この女……。)

 

クレマンは何も気付いていない。

 

そのまま机の前に座る。

 

「寺子屋のことでね。」

 

「子供たちに文字を教えてるでしょ?」

 

「そろそろ計算も教えようと思うんだけど――」

 

ナーベは必死に武蔵を演じる。

 

「あ、ああ。」

 

「よいことじゃ。」

 

(武蔵なら何て言うのよ!?)

 

クレマンは首を傾げる。

 

「……武蔵さん?」

 

「今日はなんか変ね。」

 

「いつもなら『ほう、それは面白い』とか言うのに。」

 

ナーベは心臓が跳ねた。

 

(まずい。)

 

(怪しまれてる。)

 

咳払いを一つして、慌ててそれらしく言う。

 

「ほう。」

 

「それは……。」

 

「面白いの。」

 

クレマンはじっと見つめる。

 

「……。」

 

「……。」

 

「武蔵さん。」

 

「風邪ひいた?」

 

ナーベは思わず机に突っ伏した。

 

(お願いだから。)

 

(それで済ませて……。)

 

-------------------------------------------------------------

カルネ村の外れ。

 

武蔵がいつも修練している広場。

 

「ところで。」

 

クレマンティーヌは腕を組みながら笑った。

 

「武蔵さん。」

 

「あなた、疾風走破できるんだって?」

 

武蔵の姿をしたナーベは固まる。

 

「……。」

 

「見せてよ。」

 

「!」

 

ナーベの心臓が跳ねた。

 

(ま、まずい!)

 

(疾風走破なんて見たことはあるけど、使えないわよ!)

 

顔を引きつらせる。

 

クレマンは首をかしげた。

 

「どうしたの?」

 

「まさか。」

 

「できない?」

 

「そ、そんなことはない!」

 

思わず大声になる。

 

「じゃあ。」

 

クレマンはニコッと笑う。

 

「見せて。」

 

「う……。」

 

逃げられない。

 

(やるしかない。)

 

ナーベは深呼吸した。

 

(武蔵ならどうする。)

 

(武蔵なら。)

 

(集中して。)

 

(風のように。)

 

武蔵が何度も言っていた言葉を思い出す。

 

『余計なことを考えるな。』

 

『己が風になればよい。』

 

(風……。)

 

(私は風。)

 

(風……。)

 

クレマンが首をかしげる。

 

「まだ?」

 

「うるさい!」

 

ナーベは叫ぶ。

 

「今集中してるの!」

 

その姿はまるで、以前ナザリックで武技を披露しようとした自分そのものだった。

 

「私は風。」

 

「私は風。」

 

「私は風……。」

 

クレマンはぽかんと見ている。

 

「何その呪文。」

 

「武技ってそんな覚え方するの?」

 

「し、知らないわよ!」

 

「武蔵がそう教えたんだから!」

 

「へぇ。」

 

「武蔵さん、意外と変わってるんだ。」

 

(本人なんだけどね!)

 

ナーベは心の中で叫ぶ。

 

やがて。

 

身体の中で何かが流れた。

 

「!」

 

(これ……。)

 

(いける!)

 

ナーベは地面を蹴った。

 

「疾風走破!」

 

ビュンッ!

 

一瞬だけ姿が消える。

 

次の瞬間には二十メートルほど先に立っていた。

 

「できた!」

 

思わずガッツポーズをする。

 

だが――

 

止まれない。

 

「え?」

 

「ちょ、ちょっと!」

 

「止まらない!」

 

「きゃああああ!」

 

ドゴォン!

 

そのまま納屋の壁へ激突した。

 

木材が派手に飛び散る。

 

「いったぁぁぁ……。」

 

瓦礫の中から武蔵の姿が這い出てくる。

 

クレマンは口を開けたまま固まっていた。

 

「…………。」

 

「できてるじゃん。」

 

「でも。」

 

「武蔵さんなら壁にぶつからないわよね?」

 

「!」

 

ナーベの顔から血の気が引く。

 

(しまった。)

 

(また怪しまれる!)

 

クレマンはじっと見つめる。

 

「ねえ。」

 

「本当に武蔵さん……よね?」

 

ナーベは冷や汗を流しながら、必死に武蔵らしく咳払いをした。

 

「こ、これはじゃな。」

 

「久しぶりに使ったので。」

 

「少々加減を誤っただけじゃ。」

 

クレマンは腕を組み、疑わしそうな目を向ける。

 

「ふーん。」

 

「なんか今日の武蔵さん。」

 

「いつもよりドジね。」

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