「う、うむ。」
武蔵の姿をしたナーベは、わざとらしく胸を押さえた。
「すこし風邪気味かの。」
「ゲホン、ゲホン。」
いかにも芝居じみた咳をする。
クレマンティーヌは申し訳なさそうに微笑んだ。
「あら。」
「それじゃあ無理させちゃったのね。」
「悪かったわ。」
「お大事に――」
一拍置いて、にっこりと笑う。
「ナーベさん。」
「ええ。」
ナーベは何気なく返事をした。
その瞬間だった。
「!」
ナーベの顔が凍り付く。
クレマンティーヌの口元がゆっくりと吊り上がる。
「ふふ。」
「やっぱり。」
「おかしいと思ったんだ。」
ナーベは冷や汗を流す。
「な、何がおかしいのよ。」
「今、自分で返事したじゃない。」
クレマンは腕を組みながら楽しそうに言う。
「私、さっき『ナーベさん』って呼んだのよ?」
「武蔵さんなら『わしはナーべじゃない』って返すはず。」
「それなのに。」
「『ええ』って。」
「完全に認めちゃった。」
ナーベは額を押さえた。
(しまったぁぁぁ!)
(またやった!)
クレマンは吹き出す。
「あははは!」
「引っ掛かった!」
「武蔵さんなら絶対そんな返事しないもの!」
ナーベは観念して深いため息をついた。
「……いつから気付いてたの。」
「最初から少し変だとは思ってた。」
クレマンは指を折って数え始める。
「喋り方が少し違う。」
「お茶を飲む時に音を立てない。」
「字を読ませても『ほう』しか言わない。」
「それに。」
「疾風走破で壁に突っ込む。」
「武蔵さんなら絶対やらない。」
ナーベは肩を落とした。
「そこまで違ったのね……。」
「うん。」
クレマンは笑顔で頷く。
「でも安心して。」
「誰にも言わない。」
ナーベは怪訝そうに見る。
「……どうして?」
クレマンは少しだけ真面目な顔になる。
「だって。」
「武蔵さんには命を助けてもらったもの。」
「あの人が信用してる相手を、わざわざ困らせるほど私は馬鹿じゃない。」
少し照れくさそうに鼻を掻く。
「まあ。」
「昔の私だったら面白がって村中に言いふらしてたけどね。」
ナーベは思わず小さく笑った。
「少しは反省したのね。」
「寺子屋の先生って、案外悪くないわ。」
クレマンも笑う。
「それより。」
「本物の武蔵さんは?」
「ナザリック。」
ナーベはため息混じりに答えた。
「体が入れ替わっちゃったの。」
クレマンは一瞬黙る。
「……。」
「やっぱり。」
「あなたたち。」
「普通じゃないわね。」
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クレマンティーヌは腕を組み、何度も頷いていた。
「なるほどね。」
「つまり、武技とあなたの持っている魔力がぶつかって逆転現象が起きたわけよね。」
「ええ。」
武蔵の姿をしたナーベは肩を落とす。
「超加速を教えてもらって……。」
「私が制御できなくなって。」
「武蔵を巻き込んで。」
「気が付いたら入れ替わってたの。」
クレマンは顎に手を当てて考え込む。
「ふーん……。」
「やっぱり再現するしかないかぁ。」
「え?」
ナーベは顔を上げる。
クレマンは地面に枝で図を描き始めた。
「最初。」
丸を二つ描く。
「あなた。」
「武蔵。」
その間に大きく矢印を書く。
「武技。」
「魔力。」
「ドーン。」
最後に丸が入れ替わる絵を描いた。
「こうでしょ?」
「ええ。」
「だったら。」
クレマンは枝をくるりと回した。
「もう一回。」
「あなたと武蔵が同じ行動をすれば、元に戻る可能性は高いわね。」
ナーベの表情が少し明るくなる。
「ほんと!」
だが、クレマンはすぐに首を横へ振った。
「でも。」
「それはあくまで可能性。」
「同じ現象が起きる保証はない。」
「もし失敗したら?」
「さらにややこしいことになるかもしれない。」
ナーベの笑顔が固まる。
「た、例えば?」
クレマンは真顔で指を折る。
「魂だけ入れ替わる。」
「半分だけ戻る。」
「記憶だけ混ざる。」
「あるいは――」
少し間を置いて、
「このまま固定化。」
「……。」
「……。」
ナーベは青ざめた。
「ええ~……。」
何とも言えない情けない声が漏れる。
「そんなの嫌よ!」
「ずっと武蔵の姿なんて!」
クレマンは肩をすくめる。
「私だって嫌。」
「武蔵さんがナーベさんの姿のまま固定されたら大事件よ。」
ナーベは頭を抱えた。
「武蔵が私の身体でナザリックに住むなんて……。」
「考えたくもない。」
クレマンはくすっと笑う。
「でも。」
「武蔵さんなら案外そのまま馴染みそうだけど。」
ナーベは即座に叫ぶ。
「馴染まないわよ!」
「この前だって!」
「私の姿で闘技場壊してフェンリルを気絶させたのよ!」
クレマンは吹き出した。
「あははは!」
「想像できる!」
「絶対『すまんの』って笑ってるでしょ?」
「笑ってたわよ……。」
ナーベはげんなりした顔で答える。
「じゃあ結論。」
クレマンは真面目な表情に戻る。
「軽々しく試すのは禁止。」
「武蔵さんが戻ってきて、何が起きたか詳しく聞く。」
「その上で、安全な場所で再現実験。」
「それが一番ね。」
ナーベは小さく頷いた。
「……そうするしかないわね。」
「でも。」
「武蔵が帰ってくるまで、私この身体で生活するの?」
クレマンはにやりと笑う。
「頑張りなさい。」
「今日の薪割りも、畑仕事も全部武蔵さんの担当だから。」
ナーベは武蔵の大きな手を見下ろした。
「……。」
「筋肉痛になりそう。」